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第十五話 死合

第十五話 死合


 ≪ヴェリオス≫


 檻の外では、兵士たちが畏怖をこめた視線で俺を見ていた。

 その兵士たちの背後で、大声を出して嬉しそうに笑うレティムス。

 俺は呆然としていつまでも動こうとしない兵士の一人に声をかけた。

「事は終わった。鍵を開けてもらおう」

 慌てて、震えながら鍵をあける兵士。

 俺はそのまま、レティムスの前まで進む。

「杯を取らせる。飲むがよい」

 部下に杯を持ってこさせると、レティムスはそれを俺に手渡した。

 そこに琥珀色の酒が、なみなみと注がれる。

 その匂いは強烈で、鼻にツーンときた。


(どれほどのアルコール度か……? おそらく、八十度は越えていよう)


 通常、庶民が飲めるものは、五度もあれば良い方。

 これは酒で酒を造った類の、上流の酒であり、薄めて飲むのが本来の楽しみ方だ。

 レティムスの方を見やると、彼はニヤニヤと陰惨な顔に笑みを浮かべていた。


(ここは一気に飲み干し、男を見せるべきか……)


 一瞬迷うが、それを振り切り、俺は一息でそれを飲み干した。

 喉に、胃に、焼けるような熱さが襲う。

 だが俺は、平静を装い、さも何事もないかのように杯を兵士に返した。

 これにはさすがにレティムスも感嘆の声を上げる。

「気に入ったぞ、ヴェリオスとやら。あの若造を見限って、わしにつかぬか。それに見合う俸禄も用意しよう」

 これまでの陰湿なにやつき顔をやめ、レティムスは真顔で言った。


(どうやら俺は、彼に気に入られたようだ。――もっとも俺は、気に入っていないが)


「はて、これは異な事を。今宵の催しは、私がアシュリー様の部下に見合うかどうかを試すものだったはず。レティムス様への仕官話ではなかったと思っておりましたが?」

「あれに部下は不要。要らぬ者に、才ある者を仕えさせるは国の損失というものよ」

「なれど、彼の御仁は後に国を継ぐお方。なればこそ、人材が必要かと思いますが」

「お前も多少なりとあれを見ておれば分かろう。あの若造で国を治めるは、荷が重すぎる。継げば早晩、国がつぶれてしまうわ。なればこそ、儂が人材を集め、国を治める」

 レティムスはためらうことなく、アリーシャに代わってこの家を乗っ取ることを俺に宣言した。


(これは……。面倒なことになったな。諾の返事以外であれば、俺を生きて返さぬつもりであろう)


 ぬめるような目で、レティムスが俺を見る。

 しかし、俺はその誘いに乗らなかった。

「一度主と決めたからには、最後まで忠義を全うするのが臣というもの。折角ですがその話、乗れませぬな」

 するとレティムスは高らかな笑い声をあげた。

「これは愉快な……! うぬの噂、儂が知らぬとでも思うてか? 主をすぐに見限り、転々と流浪する貴様が忠義などと。片腹痛いわ」

 腹に手をやり、心底愉快そうに笑うレティムス。

「それは見方の違いですな。忠を尽くすが臣であり、それに値するものを与えるのが主。だが、価値がないとなれば、話は違ってくる。――これまでそれに値するものを示すことができる主と巡り合わなかったというだけのこと」

「ならば、アシュリーはその忠に値するとでも言うのか?」

「今のところ、そう判断しておりますが」

 俺の言葉に再び、彼の目にぬめる光が戻ってくる。

「面白い。貴様の目を覚ましてやるのも、また一興か……。弱者に強者が仕えるなど、時代錯誤も甚だしい」

 そう言うと、彼は脇にいた兵士に武器を持ってくるように命じた。

 それは通常の倍の太さと長さがありそうな、朱色の槍。

 しかし、巨漢のレティムスが持つと違和感なく収まる。

 その独特の形状、穂先、刃文を見ると、ただの槍ではないのが分かる。


(もしや、あれが……)


「気づいたようだな。これが我が愛槍、朱塗大全よ」

 突けば岩をも砕き、斬れば、山をも裂くと言われる名槍。

 あの重そうな槍を見れば、その噂もあながち嘘ではなさそうであった。

「相手とって不足なし、お相手願う」

 俺の武人としての血が騒ぎ出し、するりと口から言葉が出ていた。

 この寒い夜、激しい動きをすれば、間違いなく古傷から激痛が走るのは時間の問題。

 それでも俺は言わずにはいられなかった。

 レティムスは当然のように頷く。

 いつの間にか、周りにいた兵士たちは後ろに下がり、主を見ていた。

 その目には「勝って当然」という確信と期待が浮かんでいる。

 彼は彼で、アリーシャとは違う種類の人望を集めていることが手に取るように分かった。


(なればこそ、兵士と一丸になり、戦場で幾多の功名を上げることができたのであろう)


 俺はレティウムに対する認識を改める。

 そこへ馬蹄を響かせ、騎馬の一団が突入してきた。


(アリーシャ……!)


 それは武人姿のアリーシャ――アシュリーの姿となった彼女と、護衛の一団。

「叔父上! その勝負、待っていただく。そこにいるのは我が家臣。腕試しが終わったならば、返していただきたい」

 キッと馬上からレティムスを睨みつけるアリーシャ。

「戦場のなんたるかも分からぬ若造は、そこで黙って見ておれ!!」

 気迫のこもった怒声に馬が暴れ、アリーシャの護衛たちが次々と落馬する。

 だが、意外にもアリーシャは馬上で何とか踏ん張っていた。

「できませぬ!!」

「生意気な小童が。……貴様が兄上の後を継ぐのを諦めるならば引いてやろう」

「それも、できませぬ」

「ならば口を挿むな。これは武人と武人の勝負よ。それが分からぬ若造が! だから貴様には国を、兄上の後を託す気になれぬのだ」

「なっ!?」

 絶句するアリーシャ。

 はっきりと「国を託すに値せぬ」と言い切ったレティムスの言葉に衝撃を受けたようだった。

「アシュリー様。私も武人としての意地がありますれば、どうかここは目をつぶってくださると助かる」

 俺の言葉に、しばし固まるアリーシャ。

 しかし、少しするとため息をつき、言った。

「殉死する家臣はもう十分。生きて戻ってきて」

 俺はアリーシャの言葉に嬉しさがこみ上げていた。

 今、この瞬間だけは、彼女が俺だけを見ていてくれるということに。

「御意」

 俺は短く答えると、レティムスの前に立つ。

「お待たせいたしました。いざ、勝負を願いましょう」

「儂を前にしてその言葉。その心意気、買おう。存分に腕を試し、あの世で誇るがよい」

 言うが早いか、空気を切り裂き、槍を右半身で構えるレティムス。

 剣の動きに敏に対応する構え。


(まずは様子見といったところか……)


 俺は腰を低く構え、縮地の準備をする。

 互いに睨み合い、ただ時間だけが過ぎてゆく。

 そして、木に積もった雪がドサッと落ちた瞬間、互いに動いていた。

 縮地で、一挙に間合いを狭める。

 そして居合切り。

 一閃して、空を切る。

 レティムスは、いつの間にか上段に構えており、俺の居合切りに対して、とっさに後ろに下がっていたのだ。

 間合いを下げた瞬間に槍を振り下ろして、叩きに来る。

 太刀にあたり、腕がしびれる。

 予想外の動きに、俺は目を見張る。


(これは……面白い……!)


 今までにない高揚感がわいていた。

「ほう。あれで得物を落とさぬとは。……なかなか強情な奴め」

 そういうレティムスも嬉しそうに笑っていた。

「すぐに勝負が決まっては、面白くないのでは?」

「さて、次はどうわしを楽しませてくれるか楽しみよな」

 軽く槍をしごくレティムス。


(槍相手には近くに入らねば、相手の間合いが広すぎてやられる。しかし、奴はあの巨大な槍を軽々と扱っている。間合いに入るのはまず不可能だろうな。ならば、どうするか……)


「どうした、どうした? 勢いが良いのは最初だけか。ならば……」

 一気に攻めて来るレティウム。

 怒涛の突きは、千突の異名をとる俺と互角の速さだった。

 次々と繰り出される槍。

 同じ速さで太刀の突きを繰り出し、切っ先をそらす。

 少しでも手元が狂えば、刺された槍で腕が裂けかねない。

 緊迫する攻防。

 はた目には、槍と太刀の残像が幾百も残っているであろう。

 どよめきが周囲から上がるが、俺の耳には届いていなかった。

 レティウムも同様のようで、必死の形相で額に汗を垂らしながら槍で突いてきていた。


(ここが勝負の分かれ目か。押し勝てた方が、そのまま流れに乗れると見た……!)


 俺は徐々に自分のペースを落としつつ、型を変えてゆく。

 炎の揺らめきのように、突き進むかと思えば引き、引いたと思えば進む。

 その揺らめきは、前後だけではなく縦横無尽。


(果たしてこれに耐えられるかな? レティムスよ)


 俺の動きの変化に、レティウムもまた喜んでいた。

 互いにしのぎを削る戦い。

 一向にらちが明かず、そのまま朝まで続くかに思えた。

 しかし、古傷がそれを許してはくれなかった。

 突然、足に激痛が走る。

 動きが鈍った瞬間、レティウムはニヤリと笑っていた。

 隙が生じたと見抜いたのであろう。

 しかしその瞬間こそが、俺にとっての好機だった。

 一瞬の隙。

 そこに激痛を我慢して、俺は一気に縮地でレティウムののど元まで近づく。

 目にもとまらぬ速さで、一気に首を斬り落とした。

 首は、二メートルは飛び、何か喋ろうとしたまま、固まっていた。

 レティウムは力試しと油断していたようだが、こちらは違う。

 アリーシャを害する者、彼女の障害になる者は誰であろうと、ただ切り伏せるのみ。

 それが家臣たる者の務め。

 アリーシャの護衛たちの歓声。

 それとレティムスの兵士たちの怒声と涙声が混じり、その場は一発触発の状態になっていた。


(あとはアリーシャが俺を見捨て、この場から馬を疾駆させて去れば、終わる……)


 俺の役割は終わったと思った時、そこにアリーシャの声が大きく響いた。


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