表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/45

第十一話 洗礼

第十一話 洗礼


 ≪ヴェリオス≫


 はたと俺を見つめるアリーシャの言葉。

「私についてきてください」

 そこには有無を言わせぬ重さがあった。

 先程の震えていた様子は、今は一切ない。


(切り替えが早いというのではない。……こちらが本来の彼女なのだろうな)


 これが貴人のなせるわざかと思い、特に目的のなかった俺はそのまま彼女の後について行った。

 ダレスも当然のようにアリーシャの傍におり、彼女を護り周囲を警戒する。

 俺が休んでいた部屋を出て、廊下をどんどん進み、最奥部ともいうべき部屋に案内される。

 そこは、こざっぱりとしているが、とても広く、その割にどこか落ち着きを感じさせる部屋だった。

 大きな窓からは竹林が見え、武人好みの、黒光りする木材をふんだんに使った造りであった。

 彼女は椅子を勧めると、当然のように上座に座る。

 ダレスはその横に黙って控えていた。

 俺はアリーシャの正面に座る。

 アリーシャが鈴を鳴らすと、どこからか若い女官が現れ、熱い茶を入れて、静かに下がっていく。

「で、どのような趣向で私をここに呼ばれたのか、お聞きしてよろしいかな?」

 俺は一口茶を飲むと、アリーシャに問う。

 アリーシャは冷たい視線を向けて言った。

「貴方を雇いたいのです。名のある武人である、ヴェリオス殿を」

「軍師ではなく、武人として、ですか……」

 俺は気乗りせずに答える。

 武人としての口であれば、武を教える師範として幾らでもある。

 わざわざ、こんな田舎でなくても良かった。

「そうです。先程の件で理解されたでしょうが、私は命を狙われています」

「――それで?」

「私の為に、護衛や衛士が次々と命を落としています。これ以上、彼らの命を無駄にしたくないのです」

「甘いですな」

「甘いですって!?」


 ガタン!!


 両手をテーブルに突き、席を立って憤慨するアリーシャ。

 俺はそんな彼女を同じように冷ややかに見て答える。

「領主の跡取りとして生まれたからには、人の生死の上に生きるが必定。それが例え女性であれ、跡取りとして育てられ、期待されたのなら同じこと」

「それは理屈です!!」

「その理屈に納得できぬというのであれば、跡取りという役割から身を引くべきでしょう」

 俺は冷淡に言い放つと、紅茶を一気に飲み干す。

 彼女とはもっと話したいことがあったはずだが、なぜかこんな憎まれ口しか出ない。

 それは勝手に彼女に何かを期待しており、その期待が外れたせいかもしれない。

「貴方は自身の身の周りの者が、自分のために死んでも気にはならないというのですか!!」

 激昂するアリーシャに俺は言い切る。

「無論。戦場に情けは無用。運の良い者が生き、死すべき者が死す。ただそれだけ。そしてアリーシャ殿の場合であれば、死した者は己が定めに殉じたまでの事。逆に己が生き残り、仕える主が亡き者になるほうがよほど不本意でしょうな」

 本来の口調で冷たく言うと、アリーシャは拳を握りしめ、震えていた。


(男の姿をし、男のように育てられても、所詮は女だな。武人としての心得がまるでなっていない)


 しかし、反面、自分にはない真っ直ぐな気持ちが感じられ、その純真さに俺は、傾倒しそうになっていた。

 主君として仕えるならば、仕えがいがあろうと。

 どこまでも汚れた自分とは違う人物。


(女でなければ……)


 つくづく惜しいと感じた。

「……貴方の考えは分かりました。ならば、私は貴方を刀として、自分の身を護る武器として買います」

「対価は?」

「父への推薦。ただ父は今、せっています。病気が回復すれば、敵は私をあきらめ、襲撃を止めるでしょう。私を見事護り切った暁には、父へ紹介します。父と対面する術がない貴方には、十分な代金ではないでしょうか」

 アリーシャは俺を睨みながら、言った。


(なるほど……)


 感情を振り切って、交渉に出てきたという訳か。

 その条件ならば悪くないと、俺は自分に言い聞かせた。

「なれば短き期間でしょうが、アリーシャ様を主と仰がせていただきます」

 ダレスが脇でおやっと驚く。

 俺という人間が、真の主人となる者以外には雇われぬ者と思っていたのであろう。

 鳥でさえ、目的地に羽ばたくまで、木々で休む。

 アリーシャは、真の主が見つかるまでの宿り木。

 そう思うと、悪くないように思えた。

 いや、そう思い込もうとしていた。

 そうでも思わなければ、情が移りすぎるから。

 俺自身の傾きつつある気持ちを抑えるために。

 あの感情を思い出すと失った時が辛い。

 俺はアリーシャに、いつの間にかリーシュを重ねていることに気づく。


(彼女を失った時のような思いはごめんだ……)


 俺は様々な思いを吹っ切り、あくまでも一時的に忠誠を誓うのだと自分に言い聞かせる。

 深い情は身を滅ぼしかねない。

 そう割り切り、宣誓の言葉をそらんじる。

「今日、この日より、アリーシャ殿を主と仰ぎ、背かぬことをここに誓おう」

「本気か?」

 ダレスがうさん臭そうに睨む。

 俺がよく主を変えることを知っての事だろう。

「ならば、金打に打てば満足か?」

「そこまでするなら信じよう」

 俺は、己が太刀『獅子帝』の鯉口を切る。

 ダレスも腰に下げた名刀とおぼしき刀の鯉口を切る。

 そして互いの刀と刀をつばの辺りで軽く重ねるようにぶつけた。

 静まり返った部屋に、金属と金属のぶつかる音がした。

 これで武人の世界では、約定を破ることは一切許されぬ。

 この儀式を破った者は、誰が見ていなくても、武人の神が見放すという。

 それはつまり、戦場での死を意味する。

「ヴェリオス、頼むぞ」

 そんな俺達を睨みながら、アリーシャが低い声で言う。

 その毅然とした姿に、彼女の面影をつい重ねそうになる。

 とても物事を頼むようには見えないが、主従の契りを結んだ今、主は主だ。

 俺は厳かに答える。

 何も感じていないふりをして。

「御意」

 ダレスが俺とアリーシャのやり取りが終わる頃合いを見て、声をかける。

「ヴェリオス。お前の腕は十分に知ったが、それでも護衛の中には噂のみで、まだ腕を信じられぬ者もいる。――俺ら、アリーシャ様をお守りする護衛の間では、あるしきたりがあってな」

「ほう」

 俺は目を細めて聞く。

 なにやらきな臭い匂いがするからだ。

「新人が入ると、勝ち抜き戦をするのが習わしでな。なに、戦って勝ち抜けばいいだけの話だ。最後に勝ち抜いたものが、新しい護衛の頭を務める」

「分かりやすいな」

 俺は不敵に笑った。

 そういう分かりやすい理論は好きだ。

「だろ?」

 ダレスもそう言うとニヤリと笑っていた。

「アリーシャ様、よろしいでしょうか」

「護衛としてのしきたりは、護衛同士で決めるのが筋でしょう。私に異論はありません」

 冷たい目で俺を見るアリーシャ。

 その目に俺は、一抹の切なさを感じた。




 月夜の中、廊下をダレスと歩き出す。

 稽古場と思しき煉瓦作りの建物の中から、威圧する空気が流れだしてくる。

 扉を開けると、篝火かがりびで四方を焚いた中に、総勢二十名からなる武人が、それぞれの得物を持って待ち構えていた。

 薙刀、短槍、果ては異国の武器であろう、槍と斧を掛け合わせたような武器を持つ者もいる。

 そしてどの者も、腕に覚えありという面構えであった。

 どの者も俺を睨みつけていた。

「準備に時間がかかるようならば待つが」

 ダレスが俺に問う。

「戦場で時間がないと待ってくれればありがたいが、それはあるまい?」

「なら、いいな」

 ダレスが目配せをすると、一斉に男たちは俺を囲みだす。

 同時にダレスは輪の外へ飛び退く。

 俺以外はすべて敵か。


(総当たりとはなかなか愉快な……)


 俺はつぶやいた。

「面白い……」

 それがダレス合図になったのか、ダレスが号令をかける。

「行け!!」

 ダレスの声と同時に、複数の薙刀が俺の足首を狙う。

 すぐさま、真上に飛び退く。

 そこへ一斉に槍衾やりぶすまが現れる。

 俺は、その穂先を鉄板の底に仕込んだ長靴で踏みつけ、槍を踏み台にして大きく後ろに飛び退く。

 常人ではできぬ離れ業に、驚きの声が上がった。

 槍が伸びきったところで一気に前に縮地で距離を縮め、太刀『獅子帝』を抜いて大きく弧を描くように振りかざした。


 キンキンキンキン!!


 次々に槍の、薙刀の刃の根元が斬り折る。

 続けざま、火炎のように激しい動きを繰り出した。

 炎が波打つように一気に突いて出たかと思えば、風のように引く。

 また飛び出したかと思えば、今度は周囲を斬りつける。

 俺は変化自在に動き回る。

 問題は動きを重視するために、致命傷を与えるには程遠い。


(が、今宵はただの勝負。これで十分であろう)


『あいつは夜叉か!?』

『いや、鬼神だ!!』

 口々に叫ぶ武人たち。

 俺はその声に心地よさを感じながら、さらなる獲物を狙う。

 次々に刀がはじけ飛び、天井に突き刺さる。

「この程度の腕で護衛が務まるなら、楽な仕事だな」

 俺は、引き始めた者たちを挑発する。

 気後れし始めていた武人たちは、怒りに身を任せて、再び攻勢に出た。

 それをかわしながら、次々に武器を弾き飛ばす。

 しかし、一方で俺は、自らの足の古傷が少し痛み出したのを感じた。


(……もうそろそろ限界か。最後に圧倒的な差を見せつける必要があるな)


 俺は全神経を足に集中し、一瞬、疾風のごとき速さで武人達の合間を縫う。


カンカンカンカン!!


 次々と武人達の獲物を弾き飛ばしながら移動し、最後には、一番奥に陣取っていたダレスの喉元に太刀を突き付けた。

「誰が一番強いか、納得いかれたかな?」

「わ、分かった。今日より護衛頭の座は、ヴェリオス。お前さんだ」

「分かればよい」

 俺は太刀の血を懐の布で拭うと、鞘に納めた。

 あたりに転がる護衛たちは、俺を畏敬の念で見つめていた。

 それは、ダレスも同様だった。

 一度目は個人戦、二度目は集団戦。

 そのどちらにも勝ち抜いたことで納得いったのであろう。

 視線を感じて見上げると、階上にはほっとした顔のアリーシャがいた。

 しかひ、俺の視線に気づくと、アリーシャは目をそらして去っていった。

 こうして俺はガラニア家次期当主の護衛頭となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ