第十一話 洗礼
第十一話 洗礼
≪ヴェリオス≫
はたと俺を見つめるアリーシャの言葉。
「私についてきてください」
そこには有無を言わせぬ重さがあった。
先程の震えていた様子は、今は一切ない。
(切り替えが早いというのではない。……こちらが本来の彼女なのだろうな)
これが貴人のなせる業かと思い、特に目的のなかった俺はそのまま彼女の後について行った。
ダレスも当然のようにアリーシャの傍におり、彼女を護り周囲を警戒する。
俺が休んでいた部屋を出て、廊下をどんどん進み、最奥部ともいうべき部屋に案内される。
そこは、こざっぱりとしているが、とても広く、その割にどこか落ち着きを感じさせる部屋だった。
大きな窓からは竹林が見え、武人好みの、黒光りする木材をふんだんに使った造りであった。
彼女は椅子を勧めると、当然のように上座に座る。
ダレスはその横に黙って控えていた。
俺はアリーシャの正面に座る。
アリーシャが鈴を鳴らすと、どこからか若い女官が現れ、熱い茶を入れて、静かに下がっていく。
「で、どのような趣向で私をここに呼ばれたのか、お聞きしてよろしいかな?」
俺は一口茶を飲むと、アリーシャに問う。
アリーシャは冷たい視線を向けて言った。
「貴方を雇いたいのです。名のある武人である、ヴェリオス殿を」
「軍師ではなく、武人として、ですか……」
俺は気乗りせずに答える。
武人としての口であれば、武を教える師範として幾らでもある。
わざわざ、こんな田舎でなくても良かった。
「そうです。先程の件で理解されたでしょうが、私は命を狙われています」
「――それで?」
「私の為に、護衛や衛士が次々と命を落としています。これ以上、彼らの命を無駄にしたくないのです」
「甘いですな」
「甘いですって!?」
ガタン!!
両手をテーブルに突き、席を立って憤慨するアリーシャ。
俺はそんな彼女を同じように冷ややかに見て答える。
「領主の跡取りとして生まれたからには、人の生死の上に生きるが必定。それが例え女性であれ、跡取りとして育てられ、期待されたのなら同じこと」
「それは理屈です!!」
「その理屈に納得できぬというのであれば、跡取りという役割から身を引くべきでしょう」
俺は冷淡に言い放つと、紅茶を一気に飲み干す。
彼女とはもっと話したいことがあったはずだが、なぜかこんな憎まれ口しか出ない。
それは勝手に彼女に何かを期待しており、その期待が外れたせいかもしれない。
「貴方は自身の身の周りの者が、自分のために死んでも気にはならないというのですか!!」
激昂するアリーシャに俺は言い切る。
「無論。戦場に情けは無用。運の良い者が生き、死すべき者が死す。ただそれだけ。そしてアリーシャ殿の場合であれば、死した者は己が定めに殉じたまでの事。逆に己が生き残り、仕える主が亡き者になるほうがよほど不本意でしょうな」
本来の口調で冷たく言うと、アリーシャは拳を握りしめ、震えていた。
(男の姿をし、男のように育てられても、所詮は女だな。武人としての心得がまるでなっていない)
しかし、反面、自分にはない真っ直ぐな気持ちが感じられ、その純真さに俺は、傾倒しそうになっていた。
主君として仕えるならば、仕えがいがあろうと。
どこまでも汚れた自分とは違う人物。
(女でなければ……)
つくづく惜しいと感じた。
「……貴方の考えは分かりました。ならば、私は貴方を刀として、自分の身を護る武器として買います」
「対価は?」
「父への推薦。ただ父は今、臥せっています。病気が回復すれば、敵は私をあきらめ、襲撃を止めるでしょう。私を見事護り切った暁には、父へ紹介します。父と対面する術がない貴方には、十分な代金ではないでしょうか」
アリーシャは俺を睨みながら、言った。
(なるほど……)
感情を振り切って、交渉に出てきたという訳か。
その条件ならば悪くないと、俺は自分に言い聞かせた。
「なれば短き期間でしょうが、アリーシャ様を主と仰がせていただきます」
ダレスが脇でおやっと驚く。
俺という人間が、真の主人となる者以外には雇われぬ者と思っていたのであろう。
鳥でさえ、目的地に羽ばたくまで、木々で休む。
アリーシャは、真の主が見つかるまでの宿り木。
そう思うと、悪くないように思えた。
いや、そう思い込もうとしていた。
そうでも思わなければ、情が移りすぎるから。
俺自身の傾きつつある気持ちを抑えるために。
あの感情を思い出すと失った時が辛い。
俺はアリーシャに、いつの間にかリーシュを重ねていることに気づく。
(彼女を失った時のような思いはごめんだ……)
俺は様々な思いを吹っ切り、あくまでも一時的に忠誠を誓うのだと自分に言い聞かせる。
深い情は身を滅ぼしかねない。
そう割り切り、宣誓の言葉をそらんじる。
「今日、この日より、アリーシャ殿を主と仰ぎ、背かぬことをここに誓おう」
「本気か?」
ダレスがうさん臭そうに睨む。
俺がよく主を変えることを知っての事だろう。
「ならば、金打に打てば満足か?」
「そこまでするなら信じよう」
俺は、己が太刀『獅子帝』の鯉口を切る。
ダレスも腰に下げた名刀と思しき刀の鯉口を切る。
そして互いの刀と刀を鍔の辺りで軽く重ねるようにぶつけた。
静まり返った部屋に、金属と金属のぶつかる音がした。
これで武人の世界では、約定を破ることは一切許されぬ。
この儀式を破った者は、誰が見ていなくても、武人の神が見放すという。
それはつまり、戦場での死を意味する。
「ヴェリオス、頼むぞ」
そんな俺達を睨みながら、アリーシャが低い声で言う。
その毅然とした姿に、彼女の面影をつい重ねそうになる。
とても物事を頼むようには見えないが、主従の契りを結んだ今、主は主だ。
俺は厳かに答える。
何も感じていないふりをして。
「御意」
ダレスが俺とアリーシャのやり取りが終わる頃合いを見て、声をかける。
「ヴェリオス。お前の腕は十分に知ったが、それでも護衛の中には噂のみで、まだ腕を信じられぬ者もいる。――俺ら、アリーシャ様をお守りする護衛の間では、あるしきたりがあってな」
「ほう」
俺は目を細めて聞く。
なにやらきな臭い匂いがするからだ。
「新人が入ると、勝ち抜き戦をするのが習わしでな。なに、戦って勝ち抜けばいいだけの話だ。最後に勝ち抜いたものが、新しい護衛の頭を務める」
「分かりやすいな」
俺は不敵に笑った。
そういう分かりやすい理論は好きだ。
「だろ?」
ダレスもそう言うとニヤリと笑っていた。
「アリーシャ様、よろしいでしょうか」
「護衛としてのしきたりは、護衛同士で決めるのが筋でしょう。私に異論はありません」
冷たい目で俺を見るアリーシャ。
その目に俺は、一抹の切なさを感じた。
月夜の中、廊下をダレスと歩き出す。
稽古場と思しき煉瓦作りの建物の中から、威圧する空気が流れだしてくる。
扉を開けると、篝火で四方を焚いた中に、総勢二十名からなる武人が、それぞれの得物を持って待ち構えていた。
薙刀、短槍、果ては異国の武器であろう、槍と斧を掛け合わせたような武器を持つ者もいる。
そしてどの者も、腕に覚えありという面構えであった。
どの者も俺を睨みつけていた。
「準備に時間がかかるようならば待つが」
ダレスが俺に問う。
「戦場で時間がないと待ってくれればありがたいが、それはあるまい?」
「なら、いいな」
ダレスが目配せをすると、一斉に男たちは俺を囲みだす。
同時にダレスは輪の外へ飛び退く。
俺以外はすべて敵か。
(総当たりとはなかなか愉快な……)
俺はつぶやいた。
「面白い……」
それがダレス合図になったのか、ダレスが号令をかける。
「行け!!」
ダレスの声と同時に、複数の薙刀が俺の足首を狙う。
すぐさま、真上に飛び退く。
そこへ一斉に槍衾が現れる。
俺は、その穂先を鉄板の底に仕込んだ長靴で踏みつけ、槍を踏み台にして大きく後ろに飛び退く。
常人ではできぬ離れ業に、驚きの声が上がった。
槍が伸びきったところで一気に前に縮地で距離を縮め、太刀『獅子帝』を抜いて大きく弧を描くように振りかざした。
キンキンキンキン!!
次々に槍の、薙刀の刃の根元が斬り折る。
続けざま、火炎のように激しい動きを繰り出した。
炎が波打つように一気に突いて出たかと思えば、風のように引く。
また飛び出したかと思えば、今度は周囲を斬りつける。
俺は変化自在に動き回る。
問題は動きを重視するために、致命傷を与えるには程遠い。
(が、今宵はただの勝負。これで十分であろう)
『あいつは夜叉か!?』
『いや、鬼神だ!!』
口々に叫ぶ武人たち。
俺はその声に心地よさを感じながら、さらなる獲物を狙う。
次々に刀がはじけ飛び、天井に突き刺さる。
「この程度の腕で護衛が務まるなら、楽な仕事だな」
俺は、引き始めた者たちを挑発する。
気後れし始めていた武人たちは、怒りに身を任せて、再び攻勢に出た。
それを躱しながら、次々に武器を弾き飛ばす。
しかし、一方で俺は、自らの足の古傷が少し痛み出したのを感じた。
(……もうそろそろ限界か。最後に圧倒的な差を見せつける必要があるな)
俺は全神経を足に集中し、一瞬、疾風のごとき速さで武人達の合間を縫う。
カンカンカンカン!!
次々と武人達の獲物を弾き飛ばしながら移動し、最後には、一番奥に陣取っていたダレスの喉元に太刀を突き付けた。
「誰が一番強いか、納得いかれたかな?」
「わ、分かった。今日より護衛頭の座は、ヴェリオス。お前さんだ」
「分かればよい」
俺は太刀の血を懐の布で拭うと、鞘に納めた。
あたりに転がる護衛たちは、俺を畏敬の念で見つめていた。
それは、ダレスも同様だった。
一度目は個人戦、二度目は集団戦。
そのどちらにも勝ち抜いたことで納得いったのであろう。
視線を感じて見上げると、階上にはほっとした顔のアリーシャがいた。
しかひ、俺の視線に気づくと、アリーシャは目をそらして去っていった。
こうして俺はガラニア家次期当主の護衛頭となった。




