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匿名との再会 - First impressions are the most lasting -

 その日の放課後のホームルームで喜一きいちは担任の石川から生徒指導室に行くよう命じられた。

 また説教が始まるのかと思ったが、どうも違うらしい。

 昨日の一件で生徒指導室を吹き飛ばした片付けがまだ残っているから魔術教師の明石が手伝わせるために呼んでいるのだそうだ。

 あれは明石がやれと言うからやっただけで、まるで共犯みたいに扱われるのは喜一としては心外だった。まったく悪くないわけではないと思ったからこそ昨日は遅くまで手伝ったが、それ以上は言い出しっぺの明石でなんとかしてくれというのが正直な感想だ。

 それにしても、昨日の一件の直後にあらかた片付けたと思ったのだが、破損したものも多かったはずだ。大方ゴミ出しでも残っているんだろう。

 ちなみに亮平たちは先に帰ってもらった。

 いくら事の発端があいつとは言え、これもお前のせいだと言い張るのは無茶がすぎると思ったからだ。亮平としては若干気まずそうだったが、元々適当な性格なので喜一がいいから、と言うとさっさと帰っていった。あれでこそ亮平らしい。

 昨日今日と亮平はなんというか、『らしく』なかったので、喜一としてはそっちの方が気持ちが落ち着くというものだった。

 とはいえ明石には不満たらたらだ。

 生徒指導室に着くと、やる気なさげにドアをノックする。

「入りなさい」

 と明石の声。

「失礼します」

 と言いながら生徒指導室に入るが、その一言にもすでに不満がこもっていた。

「やあ、呼び出してすまないね」

「別にいいですけど。何やったらいいですか?昨日あらかた片付けたと思ってたんですけど」

「ああ、破損したものはすでにゴミに出したし、窓ガラスだって今日の午前中には業者の人が替えていってくれたよ」

「はあ?」

 だったらなぜ呼び出したというのだろうか。

 まさか文学部やら美術部の連中が妄想のネタにしているようなことが現実だったというわけではないだろう。

 もしそうだとしたら、喜一は今から全力で逃走しなければならない。

「いや、話があったんだ。とりあえず座りなさい」

 眼鏡の奥の切れ長の目で見つめられながらそう言われた。

 なんとなくお断りしたい気分だったが、かといってイヤですとも言えない。

 喜一が仕方なく椅子に座ると、同時に明石はつかつかとドアまで歩いていって後ろ手に鍵をかけた。


 かちゃり。


 おい。

 ちょっと待ってほしい。なぜ鍵をかけるのだ。

 喜一は思わず椅子から腰を浮かせる。

 額からはじわりと汗がにじみ出てくるのを感じた。

 そうだ、ぼさっとしているわけにはいかなかった。

 昨晩の不測の来訪者から学んだことだった。考えすぎかもしれないがまずは自衛からだ。

 明石からは見えないようにスマホを取り出した。

 魔術は発動すれば魔法陣が派手に光って魔術を使ったことがバレバレになってしまうが、使う前だったら別段問題はない。

 有事の際には目眩ましぐらいにはなるだろうと『微風(ブリーズ)』の魔術をスタンバイさせる。

 『微風(ブリーズ)』なんて、頼りないどころか普通の人間が使えば女子のスカートひとつ持ち上げることもできない貧弱な魔術だが、喜一が使えば話は別だ。

 相手がたたらを踏んでまともに動けなくなる程度の風は出せる。

 だが今のところ明石は特に抵抗を警戒している様子はなさそうだった。

 いや、待て待て。

 だったらなんで鍵なんてかける必要がある。

 明石もさすがに喜一が不審な目を向けていることに気付いたらしい。

「ああ、すまない。あまり他人に聞かれたくない話でね。深い意味はないよ」

 逆に不安になってしまう。

 他人に聞かれたくない話の時点で深い意味しかない気がするのだが。

「えーと、とりあえず要件だけ聞かせてもらっても……いいですかね?」

 そう声を絞り出すのが精一杯だった。

 さすがに『先生ってもしかして男に興味があるんですか?』なんて聞けるはずもない。

 イエスなんて答えられたら魔術をくらわせた上で窓を破って逃げるに決まっているが。

「いやなに……、君にちょっと興味があってね?」

 ずいと顔を近づけてくる。

 近い近い!しかも超、目ぇ見開いてるし!

 明石は喜一の顔に鼻息が当たるほど接近してきている。っていうか怖い。めっちゃ怖い。

 もう喜一は限界だった。

 無理だ!もうこいつを吹き飛ばして全力で逃げる!誤解だったとしても知ったことか――――!

 そう思った瞬間、窓ガラスをコンコン、とノックされた。

 そういえばドアは鍵をかけたがカーテンは特に閉じたりしていなかった。

 虚をつかれるように喜一と明石が窓を見ると、窓の向こうには怪しいおっさんが立っていた。

 訂正、怪しいおっさんの仮面を被った女の子が立っていた。

 見たことがある仮面だった。そう、確か少し前に話題になったハッカー集団が被っていた仮面だったはずだ。

『やあ喜一くん、また会いにきたよ!』

 と、『念話(テレパシー)』の魔術で声をかけられた。

 昨晩の女の声だった。

 相変わらず変にはしゃいだ感じのする声だ。

 そういえばまた会いに来るとは言っていたが、昨日の今日で学校に来るとは。

 しかも今は一応学校の教師が横に―――。

 と思ったら、明石も呆れた顔をしていた。

「弥生……、お前こんなところで何をやっている」

『あーーー!それ言っちゃダメーーーー!教授(プロフェッサー)に怒られる――ー!』

 耳で聞いたわけではないがその叫び声で二人は顔をしかめる。

「っていうか先生……あいつ知ってるんですか……?」

「知ってるも何も、彼女は僕の従兄妹だ。昨日は君のところにお邪魔したみたいだがね」

 なんでもないことのように明石はそう言った。

 反面、喜一は開いた口が塞がらなかった。

 窓の外で変な仮面を被っている女の子は、今度は中に入ってこようと四苦八苦しているようだった。

『あ、窓鍵掛かってるし!開けてよー、ねえ開けてよー!」

 と、バンバン窓を叩きながら『念話(テレパシー)』を垂れ流している。

 昔見たホラーゲームのCMみたいだった。トラウマなんだからやめてほしい。

「昨晩の話は聞いたが、別に彼女も悪意があってあんな真似をしているわけじゃない。僕からすれば同情に値する理由もあるんだが……。この際だから彼女も含めてちゃんと説明せさてもらえるかな」

 と、普段は淡々とした表情で授業を進める明石にしては珍しく、苦渋に満ちた表情でそう言った。

 なんだか、ただの変人だと思っていた先生の新しい一面をみた気分だった。

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