ウェブサイト - A woman runs after who shuns her -
『校内での魔術を使っての移動は禁止』
校内の至るところにそんな注意書きが貼ってある。
ここ数年で魔術機能付きのスマートフォンは急速に普及した。
魔術を使うためには魔法陣は方角などが重要になるが、GPSやジャイロと連動して使用者が方角を意識せずとも発動できるようになったのが大きな要因でもある。
以前はある程度の知識がなければ発動ができなかった魔術だが、今ではほんの少し魔力を扱う練習をすれば小学生でも大抵の魔術は使えてしまう。
そして普及すればそれに付随して問題も出てくるのが世の常だ。
魔術機能付きスマホの普及当初は『転移』を校内でやたら使って他人と激突するようなトラブルが多く起きていたし、本気で何も考えない奴は『滑走』や『加速』といったような高速で移動するような魔術を使って廊下を走るものだから当然大量のトラブルを生み出した。
そして問題が起これば大抵のことは禁止という判断が下されるのが世の常である。
その結果が校内の至るところに貼られている注意書きだった。
そんなルールがあるため、喜一は『転移』が使えば階段の昇り降りが楽なのに、と思いながらも自分の足で階段を上がって教室に向かう。
校舎の3階にある教室に入ると、早速亮平から『念話』で声をかけられた。
『おはよ、喜一っちゃん。ナイショ話があるから鞄置いたらちょっと来てくれないかな』
見れば、光る魔法陣の浮かび上がるスマホを片手に、亮平が手招きをしていた。
なんとなく微妙な表情をしている。あまり楽しい話題ではなさそうだ。
ちなみに『念話』の魔術だが、送信専用だ。相手の考えを読んだりはできないので、会話をしたければお互いが『念話』の魔術を使う必要がある。
ごく近い距離の相手にしか伝わらないことと、魔法陣の光が浮かび上がるために魔術を使っていることがバレバレなことを除けば周りに声は伝わらないし、騒音の中でも話ができるためそこそこ使い勝手はいい。
遠くの相手と会話できないのは電話会社の陰謀だという噂もあるが、実際のところ話しかける相手の姿が見えていないと言葉を送るイメージがしづらいので陰謀以前の問題だろう。
喜一は席に鞄を引っ掛けてから亮平の前の席に座る。
そしてあえて相手に習ってMAGアプリから『念話』を選択して魔術を行使した。
『なんだよ?他人に聞かれたくない話なら、そもそも教室でしない方がいいんじゃないか?』
『『念話』なんて誰でも使ってるじゃないか。それより、これ見てよ』
魔力を流すのを一時的に止めたらしく、魔法陣が消え去る。
そして亮平はアプリを切り替えてブラウザを立ち上げると、喜一に見せるよう画面をこちらに向けてきた。
そこには、フリーの魔術アプリという文句のページが開かれていた。
当サイトは……という見出しからから始まり、どうやら無料で魔術がいくつもダウンロードできるようなことが書かれている。
アプリは専用のものをインストールして使うらしく、追加でダウンロードできる魔術は普通のものより便利で強力だというようなことが説明されており、無料ではあるが『アプリの使用にはユーザー登録が必要です』という注意書きの下にユーザー登録ページに移動するためのボタンが配置されていた。
亮平がスマホに魔力を流し始めたらしく、再度魔法陣が浮かび上がる。
『アドレス送るね』
そして亮平からチャットアプリを通してウェブページのアドレスが送られてくる。
そのアドレスにアクセスすると喜一のスマホにも同じページが表示された。
見れば、先ほど見た説明書きの上に『魔術結社 ブラックローズ』と団体名の記載があった。
その『結社』という単語に喜一は思わずどきりとする。
昨晩、喜一の目の前に現れた女も結社からの勧誘だ、と言っていた。
このサイトとは何か関係があるのだろうか。
しかしここではあえて亮平には何も言わないでおく。昨晩の女はどうにも自分たちの身元を秘密にしておきたい理由があったようだし、亮平に話すことで巻き込むんでしまうことも避けたい。
それに相手が使ってきた非合法な魔術も本物だった。
そんなことを話せば普段は軽薄な態度の亮平でもさすがに心配するだろう。
『昨日、校長が言ってたことが気になって少し調べてみたんだよ。そしたらアングラで最近有名になってるらしいこのサイトがヒットした』
たまたま、ではなく自分から積極的に見つけたということか。
こいつはこいつで同じ学校の生徒が被害に遭ったという話を気にはしていたらしい。
普段の軽い態度からすると少し意外だった。
もちろん、ただの興味である可能性もあるが。
『なるほどな。で、『魅了』の魔術はあったのか?』
『その話は忘れてくれよ……』
本気で嫌そうな顔をする。あれを買った経緯はそれなりに黒歴史だったのかもしれない。
『冗談だよ。で、実際ヤバい魔術も使えるのか?そもそもネタアプリって感じもするんだが』
『いや、まだ試していない』
意外だった。真っ先に試してみてもおかしくないと思っていたのだが。
『ユーザー登録が必要って書いてあるだろ?登録内容はデタラメでもいいんだけど、スマホで登録しようとしたらこっちのGPSの情報を送っていいかの確認画面が表示された。送信を拒否したら登録エラーになったよ。少なくともこちらの位置情報がないと登録できない仕組みになってるらしい。あとちなみにPCからは登録画面すら表示されなかった』
『なんだそりゃ、おっかねえな』
『そうだろ?個人情報より位置情報が必要なんて、何が目的かよくわからないし』
『そういえば最近アングラで有名って言ってたよな。そっちの評価とかはないのか?』
『色々報告はあったよ。『催眠』や『忘却』みたいな黒魔術から、『爆破』や『落石』なんていう、直接相手に攻撃するようなのまで。威力ヤバスwwwなんて書かれてたけど、他の人もステマや釣りじゃないのか判断に迷ってたみたいだった。GPS情報を抜かれるってことで登録しかねてる人も多いみたいだったし』
『ってことは、実際に登録して使ってみないことには本物かどうかもわからないし、どういう魔術があるのかすらわからないってことか』
『そう。それにここまでやるくらいだ。どんなタイミングで位置情報を送信されるかわかったもんじゃない。最初の登録のところだけなんとかできればいいってわけじゃないと思う。ただのネタって線も捨てきれないけど。……ただね、ここを見てくれよ』
亮平がユーザー登録ページに移動してブラウザのアドレスバーを指さした。
アドレスの左端に錠前のようなマークが表示されている。
『これは通信が暗号化されていることを表しているんだけど、その暗号化のためには証明書っていうデータがやりとりされるんだ』
『それがどうかしたのか?』
『その証明書が第三者機関で証明されていない場合、警告が出る。ひょっとしたら偽物のサイトかもしれませんよ、ってね。そんな警告出たかい?」
『いや……つまりどういうことだ?』
『このサイトはきちんと第三者機関に依頼をして証明書が発行されたサイトってことだ。証明書を発行した企業もまともな会社のようだったよ。つまり、個人がネタで作ったサイトである可能性はとても低い。少なくとも個人じゃなくて団体なのは間違いないはずだ』
こいつは変なところでこういうことに詳しかったりする。
確かスマホの中身もいじって遊んだことがあるとか言っていたような。
『信用できるできないかはともかくとして、軽い気持ちで登録するのは余計危ない気がしてきたな……。そういえば他にも同じようなサイトはなかったのか?』
『他にもあるにはあったけどね。ほとんどがネタだったりウイルスまがいのアプリをインストールさせるのが目的のサイトだったり、今のところガチで怪しいのはここだけだ』
『そうか……』
ウイルスまがいのアプリも十分怪しいが、今のところはどうでもいい。
そこまで話して二人は沈黙してしまった。
要するに、試すべきかどうか、もしくは誰かに相談するべきか考えあぐねていた。
警察に通報するのが一番手っ取り早いのだが、そもそもこれが『本物』のサイトかどうかもわからないし、危ないサイトだったらとっくに通報されているだろうという気もする。
そこで喜一は、ふと昨日の言葉が頭をよぎった。
―――個人的な困り事でも場合によっては協力しなくもないよ。
ぶんぶんと頭を振る。
確かにメアドは消していないから、連絡しようとすればできなくもない。
だがさすがにあんな怪しい人間に相談なんてできないだろう。
そもそもあの女も結社と言っていた。このサイトと無関係じゃないとも言い切れない。
そんな様子を見て、亮平が不審な目を向けてくる。
『どうかしたの?』
『いや、考えがまとまらなくってな。とりあえずこの話は保留でいいか?もうすぐホームルームも始まるし』
『わかったよ。俺も何かいい方法が思いついたら話す。ああ、それと』
『ん?』
『念のため言っておくけど、この話は穂村と稲村さんには秘密にね』
『わかってる。あいつら二人ともタイプは違えど暴走癖があるからな。こんな話したらとりあえず試してから考えようなんて方向に突っ走るに決まってる』
燈は雑だし、稲村は正義感が強いというか何気に怒りやすいし。
もちろん、本当に困ったときには二つ返事で強力してくれる二人だが、そもそも問題なのかどうか不明なときや穏便に済ませたいときは二人を巻き込むとかえって面倒なことになったりする。
火のないところに火をつけて、消火とばかり押し流す、壇一高校ムラムラコンビ。
もちろんそのコンビ名は本人達はたいへん不快に思っているらしく、口にすると大変なことになる。理由については推して知るべしだ。
『違いないね。できれば彼女達に話すのは事が終わってからにしたいところだ。じゃあまたあとで』
そうして『念話』を終了して喜一は自分の席に戻る。
なんだか急に考えることが増えたような気がする。
多発しているという魔術犯罪、昨日、勧誘してきた魔術結社の一員と名乗る女、サイトでバラまかれているという本物かどうかすらわからない非合法な魔術……。
ため息をつきながら椅子に座ったところで一人の女子にふと尋ねられた。
別に興味はないけど、といった様子の声だった。
「ねえ、喜一くんって亮平くんとできてるの?」
そんなとんでもないことをなんでもないことのように聞いてくる。
目線はあさっての方向を向いているが、なんとなく手足がそわそわしていた。
クラスメートの田代だ。確かこいつは文芸部だったはずだ。
聞いたことがある。文芸部の女子連中にはそういう話題が大好きな奴が多いと。
明石を妄想のネタにしているような連中だ。あとは美術部にも多いと聞く。
「はあ?何言ってんだ?」
思わず不快そうに返してしまった。ちょっと言い方がキツかっただろうかと思ってしまうが、向こうはそんなことを気にしている余裕はないといった様子だ。
「だってほら、さっき魔術でナイショ話しながら変なサイト見てたでしょ?それともその、エッチなサイトでも見てたのかな?学校で?」
もう我慢できないのか、手足をもじもじしながらそんなことを聞いてくる。
俯いているし、目元の表情は眼鏡の反射でよく見えないが、ニヤニヤしながら顔を真っ赤にしているようだ。心なしか鼻息も荒い。
勘弁してほしかった。文芸部と美術部の連中はこんなのばっかりなのだろうか。
さらに気が付けば、他のクラスメートまでもが喜一と亮平を生暖かい目で見守っていた。
また考えることが増えたような気がするが、あえて頭の中の「考える事リスト」から除外し、忘れるよう努める。
田代をしっしっと追い払ってからもう一度深いため息をつくのだった。