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登校 - Sufficient unto the day -

 今時、自転車に乗る人間というのは割と珍しい。

 理由は簡単で、魔術を使った移動方法がお手軽になったために自転車を買う人間が減ったからだ。

 さすがに車と比べたら車の方が早いし疲れないが、歩きや自転車程度の距離であれば移動を補助する魔術はいくつかある。

 例えば『滑走(スライド)』だとか、『転移(テレポート)』といったあたりだ。

 『滑走(スライド)』であれば自転車程度の速度で滑るように走ることができるし、赤信号があっても『転移(テレポート)』を使えば道の向こう側程度の短距離であれば瞬間移動することもできる。

 もちろん『転移(テレポート)』を連続して移動すれば早いが、魔力の消費が激しくてすぐ疲れてしまうのでよほど急いでいる人間以外はやらない。

 そして嬉依きよは今日も登校のために自転車に乗っていた。

 理由はもちろん嬉依自身が魔術を使えないこともあるのだが、学校側の規則で魔術を使っての登校が原則禁止されているというのもあった。

 体裁が悪い、事故の可能性がある、魔力を使うので授業中の集中力が落ちる、そもそもスマートフォンを所持していない生徒もいる、色々理由があるようだが前時代的な校則として忌み嫌われている。

 だが魔術の使えない嬉依にとってみれば願ったりだった。

 周りが魔術を使って登校している中、一人だけ自転車で登校して浮いてしまうということがなくて済むからだ。

 そんな嬉依が自転車で走る横を、喜一きいちは魔術を使って滑りながら並走していた。

 今朝はたまたま家を出る時間が同じだったので途中まで一緒に登校することになったのだ。

 高校生くらいになれば兄妹なんて大抵仲が悪くなっていてもおかしくないものだが、この二人の場合は別段そういうこともない。

 かといってやたらべたべたするつもりもないのだが。

 そして道中、喜一はふと気になったことを嬉依に聞いてみた。

「そういえば昨日は聞きそびれたけどさ」

「ん?なに?」

「その告ってきた先輩と付き合う気はまったくないのか?」

「ないね」

 ばっさりである。

「やっぱその、性格の問題?」

「それもあるけどね。上から目線だししつこいし、付き合ったら苦労しそう」

「あー……」

「しかも上から目線ってだけならともかく、『お前は魔術使えないけど、俺は得意だから代わりに使ってやるよ』みたいな言い方してきてさー、カチンときちゃった」

「あー……」

 本人は気にしないように努めてはいるが、魔術が使えないという話題は割と禁句だ。

 喜一がスマホを手に入れた直後、調子に乗って魔術を使いまくってる最中、嬉依がずっと不機嫌だったのを思い出した。

「しかもおまけにさー……」

 嬉依の体から負のオーラが立ち上る。

 ゴゴゴゴゴ……効果音がつきそうな様子で呟いた。

「人の体型のことをあれこれと……」

「あー……」

 体型というか、きっと胸回りの話に言及されたのだろう。

 本人は気にしないように努めてはいるが、その話は真面目に禁句だ。

 というか、その先輩の人となりまでは知らないが、昨日の間だけでこいつの触れられたくない話トップ2を一気に制覇したということか。

 なかなかの猛者のようである。

「っていうか喜一きいっちゃん、さっきから『あー』しか言わない」

「自分から聞いておいてなんだけど、コメントしづらいんだよな……」

 ここで変にこいつのコンプレックスに触れて不機嫌になられても巻き込まれ損だ。

 それにちょっとした興味で聞いてみただけで、正直突っ込みづらい話題というのもある。

「大体、喜一きいっちゃんこそそういう話題何かないわけ?あかりさんとか、水樹みずきさんとか」

 亮平は昔からの付き合いだから当然として、二人と嬉依は一応面識があった。

「ないない。あいつらは友達だって」

「亮平さんと紳士協定結んでるってわけでもないんだよね?」

「そもそもそんな話、したこともねーよ」

「実は喜一きいっちゃんが知らないだけだったりして」

 にやりと笑って嬉依はそう言う。

「気まずくなるからやめてくれよ」

 思わず苦笑してしまった。

「それに俺はアレだよ」

 ちょうどそう言ったところで赤信号につかまった。

 一人であれば『転移(テレポート)』で道路の向こうまで渡ってしまってもいいのだが、嬉依と別れる道まではもう少し距離がある。

「俺は嬉依がいるからそれでいいのさ」

「キモ」

 即答であった。しかも割と本気で不快そうにしている。

 冗談なんだから冗談で返してくれ。

「最近そういう漫画とか多いみたいだからホントそういうのに影響されたりしないでよね。気持ち悪いから」

 更にダメ押しである。そんな漫画持ってねーよ。

 信号が青に変わる。

 走りだすと同時に嬉依が何気なく言った。

「でも実際、そういうのってホントにあるのかな?」

「はぁ?」

「いやほら、漫画とかでそういう話ってよく使われるみたいだから、現実にあったりするのかなって」

「ありゃ義妹設定とか禁断の恋とかって前提があるからネタになるんだろ」

 と、亮平から聞いた受け売りをそのまま言ってみる。

 あいつは割とオタクっぽいところがあるというか、変なネタが大好きだったりする。

「義妹ねぇ……」

 と、ぽつりと呟く。

「そんなご家庭そうそうないと思うけど、そうでもないと話ネタにならないっか」

「そりゃ平凡なご家庭を題材にしても退屈な話にしかならないだろうしな」

「そりゃそーね」

 そして喜一と嬉依のそれぞれの高校に行く分かれ道に差し掛かる。

「ま、ともあれあの先輩と付き合う気はないね」

 最初の話に戻る。

「もう断ることは決めてるから、あたしに彼氏ができたって報告はまだ先になりそう。安心した?」

「俺はお前の兄貴であって親父じゃないの。お前に彼氏ができたかどうかなんて話で一喜一憂したりしないよ。まあ好きな相手と付き合えればそれでいいさ。あと、相手は先輩なんだろ?あんまり話こじれるようなら誰かに相談しろよ?なんだったら俺だって相談くらいには乗るし」

「なんか変に優しいじゃない。気持ち悪いんだけど」

 こいつ、なんか今日はやたら人を気持ち悪いとか言うな……。

「ま、面倒な話にならないようにはするつもり。何かあったら頼りにしてるからね、お兄ちゃん♪」

「キモ」

「うわ、仕返し?」

「そうだよ。んじゃ気をつけてな」

「うん、喜一きいっちゃんもね」

 そして各々の学校へ向かう。

 普段の日常。なんの変哲もない朝。

 そんな登校中の二人がそれぞれ別の人物に後をつけられているなんて、一体誰が想像できただろうか。

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