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焦燥 - Haste is from the devil -

嬉依(きよ)―――!」

 今の電話は一体なんなんだ。

 助けて―――と言っていた。

 絶対にやばい状況になっている。

 慌てて電話を掛け直すが、『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか―――』というのんびりとしたガイダンスが流れるだけだった。

 その淡々とした音声案内が喜一きいちをより一層焦らせる。

「どうしたんだい?木原くん」

 明石が声をかけてくる。

「嬉依……いえ、妹から、助けてくれって電話が―――その、状況が全然わからなくて―――」

 額に汗が浮かび上がってくる。とてもじゃないが冷静に説明していられなかった。

「すみません先生!俺……すぐ行かないと……!」

「木原くん、落ち着きなさい。こういうときこそまず冷静になるべきだ」

 その言葉に思わず激昂してしまう。

「落ち着けって!?そんなこと言ってる場合じゃないんです!離してください!なんで邪魔するんですか!」

 明石が制止しようとするのを手で振り払おうとする。

 喜一は完全に冷静を欠いていた。身内が危ないというのだから無理もない話ではあるのだが―――。

 ふう、と明石はため息をつく。

「弥生」

「うん」

 そのやりとりだけで二人は何をすべきか意思の疎通ができたらしい。

 つかつかと弥生が喜一に向かってきたかと思えば、ずいと顔を近づけてきた。

「え……?」

 ぱん。

 ほっぺにビンタをくらった。

 てんで弱っちいビンタだったが、痛いとか痛くないじゃなく一瞬意識が飛んだ気がした。

 だがそれは、焦燥でぐしゃぐしゃになった頭を一度リセットするには思いのほか効果的だった。

 まるで呆けたような喜一に弥生が淡々と質問してくる。

「電話の相手は妹さん?」

「……はい」

「助けてくれって、言ってたんだね?」

「……はい」

「どこにいるかわかる?」

「わかりません……。けど、今の時間ならまだ学校か、その近くのはずです」

「妹さんの学校はどこ?」

「美須賀大学……付属高校です」

「そっか、妹さんはボクと同じ高校だったんだね。場所はわかる?」

「大体の方向なら。時計塔が目立つ学校でしたし……」

「そこに行くまでどのくらいかかる?」

「10分……は無理ですね。20分くらいだと思います。あまり行かないので……」

 そこまで聞くと弥生は腕を組んでうなずいた。

「ちゃんと冷静になったみたいだね。たぶん魔術を使ってぶっ飛ばしても15分はかかるよ」

 その様子を見ていた明石も喜一に話しかける。

「木原くん、まずは状況の整理だ。まず妹さんを見つける方法も大事だが、そもそも妹さんは何から助けてくれと言っていた?聞こえたのは妹さんの声だけかい?」

 喜一ははっとした。

 確かに考えてみれば他にも色々言っていたし聞こえてきた。

「まず……先輩という男と言い争っているようでした。お前のやっていることは犯罪だとか、付き合うのは無理だとか……。たぶん、昨日妹から聞いていた、妹につきまとっている先輩って奴だと思います」

「なるほど。その先輩とやらに襲われているのだと思ってよさそうだね。他には?その先輩を含めて他の声は聞こえてこなかったのかい?」

「ええと、聞こえました。何かすごいものを見せたらしいこととか、だから自分は得するだとか……。あと、そう……電話をかけていたのがバレていました『誰に電話かけているんだ』って……」

「なるほど、それは危険だな。先輩という男はおそらく犯罪を犯している……少なくとも妹さんから見たらの話だが。しかも駆けつけた相手に対して悪意ある行動をとってくる可能性が高い」

 明石は顎に手を当てて考えこむ。

 喜一はというと、逆に冷静になったことで、さっきまで『妹が助けを求めている』というだけの情報がここまで増えたことに驚きを感じていた。

 まるで焦る心と考える頭が完全に切り離されてしまったような妙な感覚だった。

 そこで、思わず言ってしまった。

「先生、車はありませんか?それと弥生さん。高校時代の後輩で今すぐ連絡できる人はいませんか?今すぐ校内で変なことがないか調べてくれと言ったら見回ってくれるような」

 明石と弥生がぎょっとした顔で見つめてくる。

 自分はなにか変なことを言ったのだろうか。

「いえあの、妹の学校まで遠いので、足が必要なんです。ないのであれば他の先生に説明している時間が惜しいので今すぐ走ります。それから、現地で動ける人がいれば一番早いと思うんです。危ないかもしれませんが……」

 さらも二人は驚いた顔をした。

 当然二人も思いつくような内容ではあったが、まさかさっきまでパニックに近い状態だった彼が一番最初にそれを言い始めるとは―――。

 はっとした顔の弥生は携帯と取り出すと、素早くメールを打ち始めた。

 明石は真剣な面持ちで近づいてくると、喜一の肩をぽんと叩いた。

「木原くん、端的に説明しよう。まず、車はない。普段は電車と歩きで通っている」

 ダメか、やはり走るしかないのだろうか。今すぐタクシーを捕まえるなんてこの辺じゃ無理だ。

「だがね、車より早く移動する手段はある」

「ほんとですか!?」

「だが、君にそれを使わせるわけにはいかない」

 喜一の中で怒りが沸騰しそうになる。だが、それは心の中でだけで、頭は別のことを考え始める。

「それって、結社の人しか使えない魔術とかですか?」

 喚く相手に説明する手間は省けたが、ここまでうってかわって冷静になった姿は逆に不気味でもあった。

 思わず明石の頭の中には土壇場になるほど頭がきれる、変人で有名な恩師の姿が頭をよぎった。

「そうだ。結社の人間にしか使わせられない魔術だ。結社で保有している数少ない魔道書の研究成果だからね」

 端的に説明する。今の彼には、おそらく要点だけの説明で十分だ。

「結社の一員になれば、それを使わせてもらえるんですか?俺が今、この場でその結社に入ることさえ表明しさえすれば―――」

「……その通りだ。そうすれば結社の一員が使っただけとして扱うことができる」

 いまや、明石の喜一に対する評価は先ほどと比べてまるで変わっていた。

 きっと今の彼であれば、仮に『修正する者(コレクター)』でなかったとしても結社に引っ張り込もうとしていただろうという気はした。

 明石は自分の携帯を取り出して喜一に説明する。

「いわゆる”飛行”の魔術だ。これなら車より遥かに早い。美須賀大学の時計塔ならここからでも見えるだろう?まっすぐ飛べば10分もかからない」

「わかりました。かわりに俺は結社に入ればいいんですね?そのための証明が何か必要ですか?」

「必要ない。今の君なら約束を反故にすることはないだろう。僕の携帯を貸すから文字通り今すぐ飛んでいきたまえ。それから、()()として3つ助言だ」

 明石はポケットから携帯を取り出し、”飛行”の魔術をスタンバイさせる。

「ひとつ、常に冷静であれ―――。慌てていたら必要な情報すら見逃してしまう」

 喜一にその携帯を手渡す。

「ふたつ、向けられる悪意はそれを利用すべし―――。常に敵対する相手を手玉に取るぐらいのつもりでいろ」

 携帯を受け取りながら喜一が頷く。

「みっつ。攻めるときは徹底的に、完膚なきにまで攻めよーーー。だが決して()()()()()()。深追いも禁物だ」

 意思は伝わったと思う。

 あとは彼次第だ。

「行ってこい。あとは君次第だ。弥生もあとから追いつかせる。僕は僕ですべきことをしよう」

「わかりました。ありがとうございます。()()―――」

 なんだか少し、吹っ切れた気がした。

 未来ある若者達に、得体の知れない―――魔術なんてものを教えてしまっている自分の立場に。

 ()()であれば、きっと使う目的も手段も、自分で決めることができる。

 今だったらそう信じられる気がした。

「『翼ある貴婦人』―――ですか。魔術っぽくない名前ですが……」

 明石から受け取った携帯を眺めて喜一はそう呟いた。

「普通、魔術というのはそういうものだ。()()()として扱われている魔術とは違うからな。普通は()()から名前がつけられるものだ」

「そういうものなんですね。あとで、色々教えてください。()()

「いいだろう。無事に妹さんと一緒に帰ってきたら、色々教えてやる。もう結社の一員だからな。もちろん拒否権はないぞ」

 喜一は明石から借り受けた高機能型携帯端末(スマートフォン)に魔力を込める。

 嬉依、待っていろ。今すぐ助けてやるからな―――。

 全力で魔力を込めながら、開けた窓から飛び出した。

 瞬間、まるで周りからは消えてしまったと見えるほどの速度で時計塔に向かって飛び出した。

 驚愕する。一瞬だった。数分もかかったかどうかわからない。

 たった今喜一は、時計塔と、その下に広がる妹の通う高校を見つめていた。

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