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コレクター - Not Collerctor, It's Corrector -

「もういいぞ、木原くん」

 そう後ろから声をかけられて、やっとかと振り向く。

 机の上には魔法陣の描かれたA4用紙が6枚並べられ、その上に触媒となるものがぽつぽつとと並べられていた。

 そしてその横には詠唱音を再生させるためのノートPCが配置されている。

 その机の反対側には、真剣な面持ちの明石と興味津々の弥生が座っている。

「今、この机の上には見ての通り6種類の魔術式が用意されている。私が詠唱を再生するから順番に魔術を発動させていってくれ」

「え、それだけですか?」

 本当だろうか。ただ魔術を使うだけでわかるようなものとは思えないのだが、とはいっても喜一自身も『コレクター』というものがどういうものかわかっていないのだから文句のつけようがなかった。

「ああ、それと頼むから今回は全力でやらないでくれよ。手の平に小さな『場』を作ってくれるだけでいい」

 突っ込みを抑える。昨日全力でやれと言ったのは他ならぬあんただろうが。

「よし、じゃあまずはその魔術からだ」

 明石は6つのうちひとつの魔法陣を指さしながらPCを操作した。

 怪しげな音声が流れ始める。

 本当に人間の声かと思うほどの耳障りな声だった。昔の人間はこんな声を発音しようとしていたのだから大したものだ。

「じゃあ、いきます」

 左手で魔術式に魔力を注ぎ込み、反対の右手を上に向けて『場』を作るよう意識を集中させる。

 魔法陣の上に光る虚像の魔法陣が浮かび上がり、周囲には青みがかった光の粒子が舞う。

 ぽたり。

 と、手の平に数滴の水が垂れてきた。水を発生させる魔術だったらしい。

 こんな風に使用者本人がどんな魔術かすら知らなくても、式と魔力さえあれば魔術は発動してしまう。

 あとは使用者の望むポイントに意識を向ければ、そこに『場』が出来上がる。

 ちなみに『場』とは、魔術が発生する範囲、もしくは魔術による現象そのもののことを指す。

「ただの魔術……ですよね」

 思わず呟いてしまった。

 最小限の魔力しか込めなかったために水数滴しか発生しなかったが、何の変哲もないただの魔術だ。

 強いて言えばなんというか、手応えがなさすぎた気がする。うまく説明できないが、魔力を注いでもそれがすり抜けていってしまうというか。

 あえて言うのであれば「暖簾に腕押し」というのが近かったかもしれない。

 そう考えているうちに明石と弥生の顔を見ると、かたや口に手を当てて真面目に何かを考えているようだったし、弥生は文字通り目を丸くしていた。

「え、なんか引っ掛けとか用意してたんですか?」

 思わず聞いてしまう。

「ん……、まあ、引っ掛けと言えば引っ掛けだ。いやいい、続けてくれ。次はこれだ」



 そして、用意された6属性の魔術を一通り発動させてみた。

 結局どんなテストだったのかわからずじまいだ。

 そもそも喜一はアホなのだし、テストの意図を理解するのは苦手だった。

 なにしろ普段の学校のテストでは平均あたりをキープするのがやっとなのだから。

 おまけに魔術の座学は中の下だ。

「えーと、結局どういうテストだったのか教えてもらえます?」

「とりあえず、君が普段まともに授業を聞いていないことはよくわかった」

「はあ?」

 思わず間抜けな声を出してしまった。

「君、テストが終わったら勉強した内容をあらかた忘れてしまうタイプだろう?」

 いきなり何を言い出すのだろうかこの先生は。

 そもそもこれはそういうテストではなかったはずだ。

「君がもし成績の優秀な生徒だったら、最初から違和感に気付いていたはずなんだ」

「え、そんなテストだって聞いてないですし」

 なんでここでいきなり学校の成績が悪いことについて説教されなければならないのだろうか。

「弥生、わかるか?いや、わからなかったら教授(プロフェッサー)には”弥生は高校生レベルの魔術もわからないのだから、単位はやるべきじゃない”と報告させてもらう」

「ちょ……カズにいそれひどくないかい!?」

「いいから言ってみろ、何がおかしいのか」

「いや、さすがにわかるけどね……」

 ぶつくさと言いながら弥生は説明を始める。

「ええと、喜一くんは魔法陣を暗記できるかい?」

「いや無理でしょ普通」

 これは喜一の言っていることがもっともだった。

 簡単な魔法陣でも何十という円や線を組み合わせた複雑な図形で、さらに得体の知れない文字まで大量に書かれている。そんなもの、当然人間の頭で覚えられるものではない。

 「でも、かなめになる線やその方角の部分はテストに出るだろう?たとえば、魔術を使う時間によって書き換えなければいけない部分」

 弥生は一枚の魔法陣が描かれた紙を指さす。火を起こす魔術だったはずだ。

「たとえばこれ。これはこの主線ををオリオン座ベテルギウスの方角に向けておく必要がある。君はそれすら覚えていないみたいだけどね」

 とんとんと1本の線をつつきながら言う。

「いや、でもそんなの時間によって違いますし、すぐ出てくる角度じゃ……」

「いや、違う。君が魔術を使う前には()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ぞわり、と背筋に冷たいものを感じた。

「君が魔術を使った瞬間、この線が浮かび上がってきた。元々の魔法陣であれば、魔術なんて発動できていてはいけなかったはずなんだよ」

 本当だろうか、と喜一は思ってしまった。自分が見ていなかったのをいいことにデタラメを言っているんじゃないだろうかとすら思ってしまう。

 すると弥生に説明を任せていた如月が言う。

「君が魔術を使う前の陣を見せてもいいし、何度テストしてもいいぞ」

「いえ……、いいです」

 そこまで言われてあえて確かめる気にはならなかった。

「おめでとう。いや、違うな。()()()()()()木原くん」

 明石は見開いた目で顔を近づけてくる。

「君こそ高貴なる血(ノーブルブラッド)の呪いのひとつ、『修正する者(コレクター)』の能力をもつ者だ」



 そう呼び名の意味を教えてくれた。

「つまり、その魔法陣の線が増えたりしていたのが『収集する者(コレクター)』の能力なんですか?」

「厳密に言えば、不完全であったり劣化した『式』を修復できる人間のことだ」

 コーヒーカップを片手に明石が説明する。

 落ち着いてから、というより一通り片付けが終わってコーヒーが出てきてから質問してみたのだ。

「それから、『収集する者(Collector)』ではなく『修正する者(Corrector)』だ。英語も得意ではなかったようだね」

 明石は余計な突っ込みまで入れてくる。

 弥生はといえば、コーヒーに舌をつけては苦い苦いと言っていた。本当に大学生か?この人。

「でもそれって結局、なんの役に立つんですか?」

「馬鹿かね君は!」

 明石は椅子を蹴って立ち上がる。

「『修正する者(コレクター)』は数ある能力者の中でも、最も()()()()が高いと言われている。考えてみたまえ。現在、発見はされているが劣化や損傷が激しくて再現できない魔術なんて山ほどある。なにしろ文献は古いものばかりだからね」

 明石は手をわきわきさせている。余程興奮しているらしい。

「それを、ただ魔術を使うだけで修復できる?新たな魔術を発見することで莫大な利益を得ている企業は多い。彼らからすれば君は札束で頬を(はた)いてでもスカウトしたい相手だぞ。もちろん、()()も含めてね」

「な、なるほど。よくわかりました……」

「しかもだ、それだけじゃない」

 ことり、とカップを置く。

「今現在使われている魔術の中でも、使えてはいるが不完全な魔術や、意図的に劣化された魔術も多い。君の『修正する者(コレクター)』の能力であれば、それらをより『原典』に近い形で再現することができる」

 つまり、より強力な魔術が使えるということか。

「でも風の属性以外は並ですよ、俺」

「さっきの実験でもわかったことだがね。君は風の魔術以外は復元する力が弱いらしい。まったくできないわけでもないようだったが、これについては検証が必要だろうね」

 なるほど、風の魔力だけダントツで得意なわけはそういうことだったらしい。

 魔術は並程度だったし、いくら魔術の属性によって得意不得意はあるにしても差が激しすぎた。そもそも使()()()()()()()()()()、いや、使()()()()()()()()()()()()()ということなのだろう喜一は納得した。

「ちなみに、さっき高貴なる血(ノーブルブラッド)……とか言ってましたけど、他にも能力があったりするんですか?」

 明石が固まる。

「……なあ、弥生。俺はそんなことを言ったか?」

「さあ?覚えてないけど」

 あからさまに怪しかった。完全にノリで言ってしまった感があった。

「と、ともかくな……君が『修正する者(コレクター)』であるとわかった以上、我々も君を勧誘しなければならない。それでどうだ?一緒に魔術の深淵を覗いてみる気はないかい?我々、『金色の夜明け』のもとでだ。悪いようにはしない」

 いきなりのうさんくさい勧誘だった。

「それって、俺に拒否権あるんですか?」

「な……、いや、もちろん拒否権も自由意志もあるが……、イヤなのかい?」

 というより、状況についていけてないという方が近かった。

 いきなり「あなたは特殊能力者なので結社に入ってください」なんて言われても反応に困るというものだった。

「いえ、まだ実感がないので……ちょっと考えさせてもらっていいですか?」

「やっぱり意外だねー。喜一くんは。ここまでやれば二つ返事もらえるとおもったんだけど」

 弥生がマグカップを手元で弄びながら言ってくる。

「まあ、心の整理が必要なのはわかるが……。ではいくつかお願いだけ聞いてもらっていいかい?」

 如月はここにきて色々と言葉を選んでいるようだった。

 レアな人材がいきなり目の前にきたとなったら、大人はこういう対応するんだろうかと少し新鮮な気持ちになる。悪い気はしないがなんだかこそばゆい。

「まず、君が『修正する者(コレクター)』であるということは誰にも秘密にしておいてほしい。僕の結社の人間については例外だ。なにしろ今夜には報告しなければならないからね」

 そもそもあなたの結社に知り合いはいません。

 とりあえず秘密にしておけばいいらしい。

「それから、絶対に関わっていけない連中がいる。『ブラックローズ』という結社があるんだが……」

 どくん、と心臓が跳ねた気がした。

 まさかここであのネタか本物かわからないようなサイトの名前が名前が出てくるとは。

「えっと、まずい人達なんですか?」

「まずいどころか、君だけの問題で済まなくなる。何しろ連中の目的は―――」

 ピリリリリリ、ピリリリリリ――ー。

 携帯の着信音が鳴り出す。

 喜一の高機能型携帯端末(スマートフォン)だった。

 よく着信音を聞き逃すので、一番響く音にしていたのだった。

「あー、喜一くんマナーモードにしてないとかいっけないんだー」

 弥生がからかってくるが無視する。

 電話は嬉依からだった。わざわざ電話しなくてもメールですればいいのに。

 そう思いながら通話ボタンをタップして耳に寄せる。

 だが相手が話しかけてくるどころか妙なノイズが聞こえるだけだった。

 しかしよく耳を澄ますと、何か話し声が聞こえてくる。

『ちょっと……触らないでください!先輩のことは好きになれそうもないって言ったはずですよ!』

『はぁ!?ンなわけねえだろ。さっき俺が何を見せたかわかってんのか?世の中うまく生きてる人間が得するんだよ。だからお前も俺についきた方が得ってモン―――』

『先輩のやってることは犯罪です!あんなこと―――』

『うっせェんだよ!おいテメエ誰に電話かけてやがる!』

『や―――喜一兄ちゃん助け―――』

 ガリッと音がして通話が切れた。

「嬉依―――!」

 思わず喜一は叫ぶ。

 それは妹からの明確なSOSだった。

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