第二十五話「紛い物の器を手に入れし怪物」・1
今回は四部構成です。
「ん……ぁ、ここは……」
僅かに微睡む意識の中、ゆっくりと目を開けた霙は、気怠げに重い体を起こして周囲を見やった。
と、その言葉に反応して二人の少女達が声をかけてきた。
「あ、よかった……気がついたみたいですね」
「ったく、心配させんじゃないわよ」
ほっと胸を撫で下ろす土筆と、口ではそう言いつつも内心安堵する渚だ。
「つくしぃ……それに、なぎさたんも……二人してどしたん?」
そんな二人の仲間の言葉に、思わず感涙しそうになる寸前、何故彼女達がこの場にいるのかが気になった霙は、ふとそんな疑問を投げかけた。
と、霙の口にした呼ばれ慣れていないあだ名に、明らかに不満気な表情を浮かべた渚が先に口を開いた。
「変なあだ名で呼ばないでくれる? あなた、レイラの幻術にかかったせいで七海と戦ってたのよ? そのせいで今の今まで気絶してたってワケ」
「……何も、覚えていないんですか?」
説明をくれる渚に次いで、少し首を傾げて土筆が霙に訊ねる。
その問いに一瞬呆気に取られ、霙は気の抜けた返事をした。
「え? あーうん……どーやらそうみたい。めんごめんご! んじゃあ、今までの間傷ついたうちを二人が介抱してくれてたカンジ?」
顔の前で両手を合わせ、片目を瞑って軽い謝罪の言葉を口にした霙は、二人にさらに今までの経緯を確認した。
「まぁ、そうですね。背中にダメージを受けてたみたいなので、私が治癒を行っていました。その様子だと、動いても問題はなさそうですね」
「うん! つくしぃのおかげで全然へっちゃらみたい! あんがとね!」
容態を確認する土筆の言葉に、霙は肩をグルグルと回して異常がない事を再度確認して、お礼の言葉を口にする。
そんな溌剌とした笑みを向けてくる彼女に対し、少し気圧されて委縮してしまう土筆。
「いえ……」
「……っと、それよりさ、うち……さっきから気になってた事があんだけど」
と、目を覚まして土筆の姿を見た霙は、ある事をずっと気にかけていた。それは、彼女が身に着けている衣服に関してだった。
「……それって、こーやんのローブコートだよね?」
人差し指で頬をかきつつ、少し聞きづらそうにしながらもやや上目遣いで土筆に確認を取る。
その問いに、何事かと身構えていた土筆は、少々意表を突かれてしまったためか、僅かにどもりつつ言葉を返した。
「え、あ、はい……その、実は――」
懇切丁寧にとはいかないまでも、かいつまんだ事情を説明される霙。
なるほど、確かに衣服を失ったのでは、そのままではいられないだろう。衣服一つ身に纏わず、産まれたままの姿で戦う訳にもいかないだろう。
話を聞いた霙は、腕組をして大きく何度も頷いて理解した。
「あーね、なるへそ。んじゃあもしかして、下手しぃこーやんに見られちゃったんじゃない? 色々と……」
話を聞く中でふと抱いた疑問。しかし、それはどうやら土筆にとってはタブーだったようで。
「へっ!? いや、そ、それは……」
何か思い当たる節でもあったのか、何かを思い出して顔を真っ赤にすると、両手をその頬に添えてあわあわと口を震わせた。
そんないじらしくも愛らしい初々しい反応を目にして、堪らず霙は目に涙を浮かべて笑い声をあげた。
「あはは! まぁ、こーやんならそこは気を利かせて目を逸らすくらいはしてくれたかな?」
「うぅ……嵐君には少々迷惑をかけてしまいました」
霙の言葉に、恥ずかしさで顔を俯かせたままこの場にいない慌夜に対して謝罪する土筆。
「まぁ、それはうちも同じ……二人には不甲斐ないとこ見せちゃった。まぁでも、この先にもまだ敵はいるっしょ? そこで名誉挽回させてもらうよ! そんじゃ、うち先に行くから! つくしぃ、なぎさたんまたあとでね!」
その場に勢いよく立ち上がった霙は、そう言って二人に別れの挨拶をして勇み足で先の道へと駆けて行った。
「あ、ちょっと! 一人で突っ走って同じ轍を踏むんじゃないわよ!?」
まだこれからの作戦も立てていないというのに、初めの二人行動という話はどこへ行ってしまったのか、一人勇猛果敢に向かってしまった霙に、渚はただその忠告しか出来なかった。
「分かってるって~!」
暗闇に消えていく後ろ姿。ただ一言、渚の言葉に対する返事だけが木霊してくるのだった。
雅曇皇圓邸の屋敷内。その階層をどんどん上へと上がっていき、霙は四階の大広間へと到着した。
扉を開き、恐る恐る内部の様子を確認するが、敵の気配は感じられない。この場所は外れだろうか。
大広間内へと侵入し、周囲に警戒を向けつつ、広間内の奥の方へと進んでいく霙。
と、その時、突如自身の周囲が薄暗くなった。
「なっ!?」
何事かと咄嗟に上を見上げると、頭上から巨躯の大男が降ってきていた。
「きゃっ!?」
慌てて横に跳び退き、激突を免れる霙。肩越しに先ほど自身が居た場所を見れば、土煙を立ち昇らせながら大きく不気味なシルエットが、大広間の床を叩きつけて周囲に巨大なクレーターを作り出している光景が広がっていた。
すると、その不気味なシルエットがごちらに向き直った。
【躱した、か】
のっそりとその場に立ち上がりながら、野太い声音が大広間に響き渡る。
横倒れになっていた霙は、警戒心を強めて急ぎ体勢を整えた。
【だが、次はそうはいかない】
そう言って巨躯の男は、土煙のベールなどお構いなしに、それを突き破るようにして霙に向かって突進してきた。
「くっ!?」
辛うじてそれを手前に大きくジャンプして身を捻って回避する霙。デカい図体の割にそれなりに機敏さがあるようで、霙はなかなか攻撃に転じる事が出来ずにいた。防御に徹しようにも小柄な体躯の霙と巨躯の大男とでは体格差がありすぎる。これでは防御しようにもそのまま力で圧し込まれて圧倒されないとも限らない。
気づけば霙は、回避する事に精いっぱいで体力をどんどん削られていく形に陥っていた。
攻撃に転じるために距離を取ろうにも、敵が巨大なためか即座に距離を詰められ、なかなか間合いを取ることが出来ない。
敵の一撃一撃は相当なものだ。それは、回避される度に自身が居た場所に出来る並外れたパワーの影響を一瞥すれば、明らかだった。
腕枷を着けた拳から重く鋭い一撃が何度も繰り出され、躱す度にその一撃が空を穿ち、壁や床に亀裂の入ったクレーターを作り出していく。
防戦一方に追いやられている霙に、最初はフォロトゴスも得意気な面持ちだったが、それでも一発も自身の攻撃が当たらない事で、流石に苛立ちを募らせ始めていた。
それから数十分が経過した頃、ついに怒りが限界を迎え、憤った大男は大きな叫び声を上げ、身体を大きく反らし、立派に発達した大胸筋をドラミングして両手を大きく床に叩きつけ、その反動で上空に跳び上がった。
最初の不意打ち攻撃と同じかと高を括った霙は、先刻同様に攻撃範囲から逸れるように大きく後方へと跳び退いた。だが、そこで敵はニタリとしたり顔を浮かべた。その敵の表情に異変を察知した霙だったが、もう遅い。
大男は大きく腕を振り上げて両手を組むと、自身の体を空中で縦回転させ、猛スピードで軌道を変えて今いる霙の場所に目掛けて突っ込んできた。
流石に躱し切れないと瞬時に判断した霙は、攻撃を食らう寸前、武器である凍氷の大太刀で受け止めた。だが、勢いを完全に相殺する事は出来ず、そのまま後ろに押しやられ、大広間の壁に激突した。
「がはっ!?」
背中を強打し、激痛に声を上げる霙。苦悶の表情を浮かべ、不意に目の前の敵を睨んだ。
一方で、標的にようやくダメージを与えた大男は、回転したまま後方へ弧を描いて跳び、着地する寸前で回転を止めた。
【当たった……な】
ゆったりと顔を上げ、口元に悪辣な笑みを浮かべた巨躯の男が霙を見やる。
前方からの攻撃はどうにか大太刀で耐えて見せたが、あまりのパワーに予期せぬ後方からのダメージを受けてしまった。しかも、霙は既に一度、ここに来るまでに背中にダメージを受けている。土筆のおかげで回復しているとはいえ、土筆も戦闘後のために魔力量が減っている状態であった。そのため、完全回復とまではいかなかったのだ。
「……っく、当たったからって何? べつにどーもしてないってゆーか? それよかさ、うちの事ナメすぎじゃん? いっとくけど、知ってっからね? あんたがパパ達殺ったヤツだって……」
勝ち誇った様子を見せる巨躯の敵――フォロトゴスの余裕な態度がどうにも気に入らなかった霙は、そんな敵に対してこちらも強気な態度に打って出た。だが、その強気な姿勢も敵には大した効果はない様子で、頭をポリポリと掻いて一瞬呆けた顔を浮かべると、ようやく霙が何者であるか理解したように言葉を紡いだ。
【……ウゥ? アァ、あの男……か。オラ、いちいち潰したゴミの事、覚えてない。お前、あの男の娘、か】
その捨て置けない物言いに、霙は目元をヒクつかせて静かに闘志を燃やし始めた。
「へぇ~随分舐め腐ってんね……オモロいじゃん……ガチやる気出てきたわ」
ここにくるまでに舐めていたスイートヨーグルト味の棒付きキャンディーを噛み砕き、棒のみになったそれを傍に吐き捨てた霙が、2M超えの大太刀を両肩に背負った。
すると、小柄な少女の体躯に不釣り合いなその巨大な得物を目にして、フォロトゴスが何か思い当たる節があるように目を数回瞬かせた。
【ん? その刀……】
相手の反応に、霙は大太刀を担ぎ上げた状態でほくそ笑む。
「ふーん、これには見覚えある感じ? まあ、こんだけスゴい一振り……一度見たら忘れられないっしょ」
【それ、刀だった、か……オラ、てっきりただの鈍器、思ってた】
「はぁ? なにそれ、バカにしてんの?」
てっきり自身の持つ武器の凄さに圧倒されていたのかと思ったが、それはこっちの勘違いだったようだ。それが心底頭にきた霙は、露骨に不快感を示し、低い声音でフォロトゴスに文句を言う。
すると、フォロトゴスは首をゆっくり左右に振ってから静かに口を開いた。
【……違う、あの男……オラとの戦いの中、それ抜かなかった】
あの男というのは、十中八九この凍氷の大太刀の元の持ち主であり霙の父親である氷雨の事に違いない。
そして、フォロトゴスの言葉を聞いて納得した。氷雨はこの男を武器を抜いて戦う程の相手だと思わなかったのだろう。
慢心が招いた結果な可能性もありえるが、他にも何かしら理由がありそうではある。
「あーね。納得……だったら見せたげる、パパから受け継いだこの形見――凍氷の大太刀でね!」
そう言って霙は大太刀の鍔に親指を宛がった。
【フンッ、刀言っても、所詮は無駄に長いだけ……お前、オラに勝てない】
自分を馬鹿にされるのは百歩譲って許せる。しかし、今や故人となってしまった父親や、彼の武器を馬鹿にされるのだけは絶対に許せなかった。
霙は片目をひくつかせ、怒りが頂点に達したのと同時、鍔に宛がっていた親指を弾いた。
それから、ゆっくりと大太刀を引き抜いていく。
直後、ぞくりとフォロトゴスが寒気を感じて目を見開いた。
あのUTサブミットでさえ、普段の恰好で活動に支障はなかった。
――この薄ら寒さ……何だ?
当人も、この寒気が目の前の少女に恐怖心を抱いているからなのか、単に寒いからなのかは分かっていないようだ。
だが、正解は後者の方だったようである。
突然の寒気。その理由は、霙が氷で出来た鞘から刀身を引き抜き始めた途端、この大広間の気温が一気に氷点下を下回り始めたからだ。
気づけば吐息が白く漏れ始め、フォロトゴスがふと自身の褐色の肌を一瞥すると、鳥肌が立っていた。
しかし霙はどうだ。フードを目深に被り、ダッフルコートを羽織ってるとはいえ、下は黒タイツ一枚にショートブーツ。そんな出で立ちで、この寒さを凌げるというのか。これが極寒の地であるUTサブミット出身たる所以か。
内心、そんな感想を抱くフォロトゴス。
その一方で、霙が完全に大太刀を引き抜き終えた。その見事な一振りを豪快に振るうと、さらに気温が下がり、彼女の周囲に波状の氷柱が形成された。
【……気づかなかった。この魔力……凄まじい量。が、オラ負けない】
拳を握り締め、深く足を踏み込むフォロトゴス。
「パパの刀で、あんたの事八つ裂きにしたげる!」
それに呼応するように、霙もまた、深く腰を落として身構えた。互いに戦闘態勢が整ったと思われた。
次の瞬間。
霙は自身が持てる全力でフォロトゴスに向かって突っ込んだ。防戦一方だった形勢は一気に逆転し、今度はフォロトゴスが苦戦を強いられる形となった。
だが、フォロトゴスは霙の振るう剣戟を、悉く躱す事無くその拳で受け止めたり、いなしていった。
しかも、何の防具も装備していない生身。それなのに、まるで鋼の肉体であるかのように、大太刀の刃はフォロトゴスの腕を切り落とすどころか傷一つつけられていない。せいぜい、その刀身から放たれる冷気で凍傷を負わせるくらいが精いっぱい。
「はぁ、はぁ……ほんっと、頑丈ね、あんた……」
【オラ、パワーと頑丈さなら……兄妹随一……負ける、ありえないッ!】
そう言って気合十分に岩石程の大きさを誇る拳を振るってきた。
それを大太刀の刀身で上手くいなし、身を捻って相手の懐に潜り込み、大太刀を薙いだ。が、それもフォロトゴスの体には通らない。
しかし、塵も積もれば山となるわけで、何度も攻撃を繰り返す内、ついにフォロトゴスの腕に一撃が入った。
それが予想外だったのだろう。彫りの深い奥まった目を見開き、フォロトゴスは斬撃を受けた方とは逆の腕で霙に殴りかかった。それを間一髪躱し、霙はお返しにと両手で握った大太刀を横に薙いだ。
【させないッ!】
また一撃受ける訳にはいかないと思ったのだろうか。
リーチも長く、そう易々と躱せるものではない霙の攻撃を、フォロトゴスはまたしても躱すどころか受け止めにかかった。そして、それは見事に成功した。横腹に入りかけた斬撃を、上下から両手で挟み込むようにして白刃取りしたのだ。
だが、霙はそれを完全に把握しているようで、まんまとこちらの作戦に引っかかったフォロトゴスに妖しい笑みを浮かべた。
「ふふっ、そーくると思った。……ワンパターンすぎ!」
敵が何かに勘づき手を放してしまう前に、霙は大太刀に自身の魔力を流し込んだ。
刹那――大太刀を通じてフォロトゴスの両手が氷漬けにされた。
【ウグッ!?】
突如自身の腕を凍らされたフォロトゴスは、短く呻いて二、三歩後方へ下がった。
白刃取りのポーズのままのせいで、偶然にも氷枷のような状態で腕を動かせなくなった彼のその両手の隙間から、ゆっくり引き抜くように、霙が体を軸に時計回りに回転しながら大太刀を抜き取り、後方へ半歩下がる。
「これでご自慢の怪力は使えないっしょ? 今のあんたは隙だらけってワケ」
片手を腰につき、自慢げに鼻高々の霙。そんな調子づく彼女がさぞかし気にくわなかったのだろう。フォロトゴスは体をワナワナと震わせて憤っている様子だった。
【小娘、調子……乗るな。こんなもの、オラ……関係ないッ!!】
そう言って顔面に青筋を浮き立たせ、力任せに腕を左右に広げようとするフォロトゴス。あまりに脳筋的な思考だが、元々相手を捕えるための技ではないため、彼の手を封じていた氷枷は、いとも容易く亀裂が入り、ものの十数秒で破壊されてしまった。
「さっすが人造人間……パワーには自信ありまくりってカンジ? だけど、うちだってこれで終わりじゃない……アゲ↑アゲ↑でいこうじゃん♪」
まず初めに、霙は静かに軽く息を吐いた。その口元から白い冷気が漏れる。次に彼女は深く腰を落として軸足に体重を乗せ、反対の足を後方へぐっと引いた。それから大太刀を構え、優しく撫でるようにその凍てつくような刀身をなぞっていく。すると、刀身が青白く光り輝いた。
「凍氷の――絶対零度っ!!」
裂帛の気合と共に叫び、大太刀を持つ左手側に一気に体を捩じり、元の体勢に戻ろうとする流れに力を乗せるようにして、霙は大太刀を大きく前へ向けて突いた。
刹那――その刀身からビームでも放たれるかの如く、冷気が放射状に放たれ、フォロトゴス目掛けて覆い被さるように突っ込んだ。
咄嗟に両腕をクロスして防御態勢を取るフォロトゴスだったが、まるで雪崩のような勢いと凄まじい冷気に、フォロトゴスの体は一気に凍り付いていった。
【ぐ……ぬ、ぐぅぅああああああッ!!】
断末魔のような雄叫びをあげるフォロトゴス。が、そんな敵に情け容赦なしに霙は大太刀を握り締める手に力を籠める。
そして、一分後には見事なまでの人造人間の氷像が完成した。




