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第二十四話「仮初の肉体と偽物の肉体」・3




――▽▲▽――




【と、まぁ、こういう経緯】


 ローラの話を聞いて、百合は驚きのあまりしばらく言葉を失った。彼女の素体がレプリカ・鈴華だというのは、事前情報で知っていたが、その彼女が所属している組織が話に聞く偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)だとは思ってもみなかったのだ。それだけではない、その組織が今もこの屋敷の曇天の間と呼ばれる場所にいるという事実にも驚いた。そして、極めつけは皇族七家(ヘプタ・エンペラー)の一つに数えられる雅曇皇圓家の現当主――雅曇皇圓景楼が、今も尚天変地異の一つである曇天を所持し、数年前まで生きていたという事だ。どうやら話を聞く所によれば、彼に直接手を下したのは邪神族一派のようだが、そうなってくるとやはり彼らに首謀者が自分達伝説の戦士であると吹き込んだ人物が気になってくる。それに、偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)を狙っている組織というのも気がかりだ。

 と、百合がいろんな話を頭の中で必死に整理していると、ローラがさらに新たな情報を付け加えてきた。


【それにしても、最初このレプリカ・鈴華という女を目にした時は驚いた。まさか、あの忌々しい巫女族の祖――巫穹燐廻の子孫が目の前に現れるとはね。しかも、ただの人間ではなくレプリカというクローン。自身の最適な器を追い求めるわたしにとって、まさにクローンは魅力的な存在だった。本来存在しえない肉体――それも、忌まわしきわたしの天敵の子孫の肉体を、合法的に乗っ取るという大義名分を得ている。それは、酷くわたしの好奇心を擽った。おまけにこの娘は巫女族の直系の血筋のようでね、燐廻ほどとは言わないまでも、霊力の強さが桁違いだった。冥霊族にとって、霊力の大きさは力の強さに比例する。しかも、間属性の力まである。素晴らしい逸材だよ、この器は。……お父さん――ジャルトゥワは、役目が終わればあの娘達に体を返すと言っていたけど、気が変わった……ここまで馴染む器はそうはいない。二度と、返してなるものか】


 ベラベラと饒舌にローラは語る。まさか、契約召喚など召喚系に大きく関わる兼ね合いで約束事を重んじる冥霊族が、約束を反故にするというのか?

 百合は、一気に気になる要素が増えすぎて、集中力を割いていた脳内処理に限界が及んでいた。そんな彼女は隙だらけも隙だらけ。

 そんな隙を、ローラが狙わない訳がなかった。

 異空間のゲートを使うまでもなかったのか、ローラは薙刀を振り上げ斜めに百合の体を切り裂いた。


「ぐああっ!?」


 凄まじい激痛が体中を駆け巡り、百合は叫んだ。


【……隙だらけ】


 ローラが決め台詞のように吐き捨てる。

 百合は傷口を押さえながら血反吐を吐くと、片目を瞑って大きく呻いた。


「ごほぁっ! うぅっぐ……いったいなぁ。あ~あ、服が血で汚れちゃったじゃないか。君も、そんなに私の血を被っちゃって……」


 傷の心配よりも自身や相手の衣服の心配をする百合。まるでまだ余裕そうな口ぶりの百合に、面白くないとローラは不貞腐れたように鼻を鳴らした。


【ふん、返り血など今までたくさん浴びてきた。今更気にしはしない】


「っつ~そっかぁ、でもねぇ……そろそろ時間なんだ」


 頭の中で数でも数えていたのか、百合は何かのタイミングを見計らったかのようにそう口にした。少し前にも似たような事を口走っていた事を想いだしたローラは、訝しんだ様子で口を開いた。


【先ほども言っていたな、何を企んでいるかは知らないが、もう遅い! これで――し、ま……あ、れ? な、何故……か、身体が急に……っ!?】


 突如自身の体に異常が起きた。まるで時間でも止められたかのように身体が動かない。だが、思考は働くし口も動かせる。時間が止まった訳ではない。

 と、自身の異変に戸惑いを隠せないローラに、百合がしたり顔を浮かべて話しかけてきた。


「どうやら、効き目が出始めたみたいだね。だから私は戦いたくないって言ったのに……」


【どういう、事だ!】


 未だに動かない時分の体の不自由さに憤り、ローラは声を荒げた。

 百合は平然とした様子で悪い笑みを浮かべて笑うと、訊ねた。


「にひっ、忘れた? 私は毒属性戦士なんだ、その特徴までは調べてなかった? 私達毒属性を持つ人間の中には、体質的に体内から毒を発生させる個体がいるんだよ」


 瓶底眼鏡をくいっと上に持ち上げて、百合は自慢気に自身の体質について説明する。

 それを聞いて、ローラは目を見開いた。段々と痺れが顔にまで回ってきたのか、唇にピリピリと違和感を覚える。


【ど、毒だと!? ま、まさかわたしの体が動かないのは……!】


 ようやくこの体の異変の正体が分かり、それと同時に毒如きで動けなくなってしまうこの体の脆弱性を思い知って怒りがこみあげてくる。


「ご明察、わたしは汗をかくと発汗した汗から麻痺性のある毒を発生させちゃうんだ。しかも、揮発性だから目には見えないし、匂いも普通の汗となんら変わらないからね。何も知らない相手は引っかかりやすい。だから、空調の稼働の有無を確かめさせてもらったんだよ。もしも空調が動いていれば、発汗したところで揮発性の毒は大ホールに充満しない。それじゃあ、ただ単に私が元気に汗をかいているだけで終わってしまうからね。でも、ちょっと厄介だったよ。君はあの仮面をしてたから、なかなか毒を吸い込んでくれなくてねぇ。……そこで、無理矢理強硬手段を取らせてもらったよ」


 さらに懇切丁寧に経緯を説明してくれる百合。


【っ!? まさか、わたしの仮面を破壊したのは、これが目的で……!】


 あの行動は、腹をど突かれたお返し、もしくは腹いせとばかり思っていたが、そうではなかったのだと知り驚愕するローラ。


「そういうこと!」


 百合はローラが自分の取った行動の真意に気づいてくれた事に嬉しそうな声で応えると、人差し指を立てて続ける。


「そして、君に昔話をしてもらう事で、毒を吸い込む時間を稼がせてもらった。おかげさまで、きちんと麻痺ってもらう事が出来たよ。いやぁ正直、私達の事結構調べてたみたいだったから、もしかしたら私の体質の事も調べられちゃってるかなぁと思ってヒヤヒヤしてたんだけど、そこまでは手が回ってなかったようだねぇ。にっひっひ、いやぁこればかりは助かったよ」


【うっく、ぬかった……だけど、それだけでここまで全く体が動かなくなる事など……っ!】


「そこでダメ押しになるのが、今の君の攻撃さ。君ってば、よりにもよって私に物理攻撃ばっかりして傷つけまくってくれたでしょ? おかげさまで私の体、傷だらけのボロボロになっちゃった……こんなに血も流れて」


 そう言って自身の体を見下ろす百合。斜めに入った傷口からは、今もとめどなく血が溢れており、床に真っ赤な血だまりを作って広がり続けていた。


【……血、ま、まさか、先ほどの大量の返り血……!?】


 百合の血を見て、ある結論に行きついたローラは、真っ先に自身の体に付着した返り血を思い出した。


「お、分かってきたみたいだねぇ、にひひっ、ご推察通り、君が浴びた私の血には、毒性があってね、浴びた人物を毒に侵してしまうのさ。きっと、大分熱があがってきたんじゃないかな? さぞ辛いと思うよ? この毒は内側からじわじわと進行していってね? 関節痛を伴いながら少しずつ指先から力が入らなくなっていって、終いには全身に力が入らなくなって、完全に動けなくなってしまうんだ。そうして、果てには心臓までも動きを止める……いやぁ、我ながら恐ろしい毒だよね。この毒性を知って、私は心の底から自分が毒属性所持者でよかったなぁと思ったよ」


 長い説明を終えると、百合は荷物から取り出した包帯を自身の体に巻きつけて、仮止血を手早く済ませた。あまりにも雑な処置。どうやら、血さえ止まってくれれば後はとりあえず問題ないと考えているようだ。

 一方で、ローラは酷い高熱に思考回路が上手く働いていなかった。視界がぐらつき、眩暈がしてくる。

 声の調子も落ちてやや掠れ気味の状態で、喉を震わせた。


【わ……すれたの? わたしは、不死身……なんだよ?】


 最後の負けん気、あるいは足掻きだろうか。とても弱弱しそうなその強気な姿勢は、正直誉めてあげたいところだったが、生憎と百合にはそんな気遣いをする気前の良さはなかった。

 ローラの不死身という言葉を聞いて、思い出したように、至って冷静に、落ち着き払った様子で、百合は再び説明を始めた。


「あー、それね。事前に対策済さ。毒属性を持っている所以か、飲んだものによってはその成分を同様に揮発させて、空気中に蔓延させる事が可能みたいなんだ」


【な……にっ!?】


 衝撃の事実の追加に、ローラは驚愕して激しく動揺した。それと同時に、凄まじい寒気が全身を震わせた。

 百合が続ける。


「だから、ここにくる前にあらかじめ聖水を飲んできたんだ。聖水って飲んだ事ある? なんだか不思議な味がするんだねぇ」


【聖水を……飲ん、だ!? あ、あなた、アレがどうやって作られているか……知っているの!?】


 意識を失いかけていたところで、百合がとんでもない事を口にしたため、ローラは驚きのあまり再び意識を覚醒させた。

 一方で、そこまで大きな反応をされるとは思っていなかった百合が逆に動揺する。


「え、いや……恥ずかしながら、研究者の端くれである私も知らないんだよね」


 人差し指でぽりぽりと頬をかき、百合は乾いた笑い声をあげた。

 そんな彼女を、信じられないものを見るような目で顔面蒼白になったローラが見つめた。


【あ、ありえない……あんなもの、かけられるのも嫌なのに、それをあろうことか、の、飲むだなんて……うっぐ! か、身体の再生が始まらない……本当に、死ぬの? そんな……せっかく、最高の器を……手に、入れたと、思ったの……に】


 燐廻に倒された時にはあまりに一瞬だったため、ローラはじわじわと近づいてくる死に体を震わせずにはいられなかった。大厄災と怖れられた自分が、今は怖れる側にいる。その事実は、ローラ――空亡を酷く絶望のどん底に叩き落した。

 そこにダメ押しとばかりに百合が口を開いた。


「残念だけど、その体は元の持ち主に返すんだね。さっきの話を聞くまでは、もっと強い毒で体ごと溶かして殺そうかなぁとかも考えてたんだけど、話を聞いてそれはやめにしておいたよ」


 せめてもの情けとばかりに、百合はそう口にした。

 と、恐怖に気でも狂ったかというように、突然ローラが含み笑いを始めた。


【ふ、ふっふっふ……】


「ん? 何がおかしいんだい?」


 百合が怪訝そうに首を傾げて訊ねると、ローラがゆっくり開口した。


【……この肉体は、最早持ち主には返らない】


「な、何だって? どうしてさ!」


 ここにきてどんでん返しのような事態に陥ってしまった。百合の計画では、ここでローラを倒す事でレプリカ・鈴華を器にしている空亡を消滅させ、本来の彼女自身の意識を覚醒させて偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)に返す予定だった。それが、どういう訳か失敗に終わるようなのだ。

 どうしてもそれが納得出来なかった百合は、ここにきて先ほどまでの冷静さを失って声を張り上げ問うた。


【魂と魄の調和性が高すぎた……巫女族と冥霊族は、互いに……霊力を持った、種族。それもあってか、敵対関係であると同時に……最高のパートナーでもあったの。だからこそ、レプリカ・鈴華の……器は、わたしに……よく馴染んだ。いや、馴染み過ぎた……肉体と、心の融合が……進んで、しまった、んだと……思う。だからきっと、わたしが……死んで、意識が消えても、彼女の意識が再び戻る事は、ない……】


「そんな……せっかく君の目論見を破ったと思ったのに、それじゃあ結局君の思い通りみたいなものじゃないか!」


 最後の最期で、百合は自分の目論見よりも相手の目論見の方が上回っていたと理解し、凄まじい悔しさが込み上げ、地団太を踏んだ。奥歯をぎりと噛み締め、忌々し気にローラを睨みつける。

 そんな彼女の悔しそうな顔を一瞥して、ローラは口の端を吊り上げてニタリと悪辣な笑みを浮かべて言った。


【ふっ、こんなところで……倒されるのは誤算、だった……けど、一矢報いることが出来た、のならば、これも一興、かな……っく、はぁ、はぁ……まさか、大厄災と怖れられた……この空亡が、毒如きで……やられる……とは、な……】


 そう言い遺し、ローラは力を失ったように意識を手放し、同時にその場に膝から崩れ落ちるようにして前のめりに倒れ込んだ。

 少し待ってみても、彼女の体はピクリとも動かなかった。恐る恐る近づいて、ゆっくりと彼女の体をひっくり返してみる。死んでいるとは思えないほど、その死に顔は綺麗だった。口の端からは血が垂れている。体内を毒に侵された影響だろう。脈を測ってみたが、反応はなかった。確実に死んでいた。つまり、ローラの言う通り、レプリカ・鈴華の意識は道連れにされた……という事に他ならなかった。

 悔しさに下唇を強く噛み締める。唇が切れ、口元から血が滴った。

 と、後悔にただただその場に立ち尽くしていると、ローラの傍らに何かが転がっていた。


「ん? 何だろう、これ?」


 思わずそれに目を奪われ、無意識に拾い上げる。手のひらサイズくらいの大きさのそれは、不思議な力を感じる珠だった。


「何かの珠? まぁいいや、何か大事な物かもしれないし、念のため預かっておこう。偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)の人に会ったら返してあげよう」


 そう言って紫黒(しぐろ)に妖しく光り輝く珠を白衣のポケットに仕舞った百合は、懐から一つの試験官を取り出し、そのコルク栓を開けて中の液体を周囲に振りまいた。

 大ホールには百合が蔓延させた毒が充満している。このまま何もせず扉を開けてしまえば、毒が外に漏れだして仲間にも被害が出てしまう。それを防ぐため、百合はあらかじめ用意していた解毒薬で、大ホールの空気を正常に戻した。


――これで空気中の毒は解毒出来たかな……。



 しっかり解毒出来た事を確認して、百合は空になった試験官を荷物のポケットに仕舞った。

 こうして百合は、無事にディートヘイゴス一家の一人――ローラを倒して、三階大ホールを後にしたのだった……。

というわけで、今回で百合VSローラ(レプリカ・鈴華)との戦いも決着です。ローラの見た目が鈴華に似ていたのは偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)の一人であるレプリカ・鈴華を器にしていたからです。今回の回想で、襲撃事件の時に景楼だけ生き残った理由と偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)のその後に関して掘り下げました。つまり、今彼らは邸宅の曇天の間と呼ばれる場所にいるというわけです。また、今回の戦いで間属性の一端をもう少し出したのと、百合の戦闘スタイルをお披露目しました。

次回予告、ディートヘイゴス一家も残り三人。残り人数的にも誰と誰が戦闘になるか……更新予定は少し開くかと思います。

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