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第二十四話「仮初の肉体と偽物の肉体」・2




――▽▲▽――




 嘗てこの世を跳梁跋扈した百鬼夜行最後の一体『空亡(そらなき)』。それが、本来の名だった。第一次光闇戦争の時代、多くの生物が死に絶え、現世に多くの死者の魂が溢れ返った。冥界に入りきらず、たくさんの冥霊獣が猛威を振るって現世を脅かした。後の冥霊族大戦……空亡はその時代を生きていた。いや、既に死んでいるのだから生きているという言い方が正しいかは定かではない。

 当時、闇の星と化し、暗雲に包まれていたウロボロス星。闇夜を支配する空亡にとって、これほど好都合な条件下はなかった。あらゆる肉体を器とし、憑りついて操る事の出来る空亡は、肉体を持たぬ存在の為、器から器を転々とする不死身とされてきた。

 それだというのに、倒された。あの偉大なる巫女の祖――巫穹燐廻によって。

 少しも歯が立たなかった。あれほどの霊力……とても人間が持ち合わせているとは思えない。その凄まじい七つの力を以って、空亡を含めた冥霊獣は、間属性と霊力による合わせ技である封印術と転移術によって、幽世へと強制送還された。それが、後の冥霊界だった。

 冥霊神は、大厄災と怖れられた空亡の扱いに手を焼いていた。姿を持たぬが故、意識――魂のみの空亡をどう扱ってよいものか困っていたのだ。そこで彼は、『最強十三冥獣トリストカイ・ビースト』の『九位(ナインス)』、『スヴェルカル=ディートヘイゴス』に使役させる事にした。彼は強力な呪術師で、様々な怪物を使役している事で有名だった。それがディートヘイゴス一家。使役している怪物に家族の役を与える。それが、スヴェルカルのやり方だった。

 そうして彼は、一家に家族入りを果たした。




 ある日の事だった。雅曇皇圓邸に来客がやってきた。八人組の来客は、それぞれ別の国の出身のようで、各々出で立ちが異なっていた。ただ、各々頭部に王冠やティアラを載せている事から、王族なのは間違いなさそうだった。

 ややがっしりとした体格の強面の男性、骨ばった痩せ型の老人、黄金色の装甲を肩に着けた筋骨隆々の初老の男性、モノクルをかけた中肉中背の老紳士風のダンディな男性、側頭部と尾てい骨からそれぞれ龍竜族の角と尻尾を生やした女性、長いアホ毛に布面積の少ないビキニ姿の女性、巫女装束を身に纏った不思議な雰囲気のある女性、そしてその七人の中心に立つように佇む黄金色の甲冑を身に纏った幼女。

 なんとも異様な集団だ。特に中心にいる幼女。彼女からはただならぬ威圧感が放たれていた。黄金色に光り輝く甲冑を身に着けているのも、理由の一つかもしれない。


【何者だ主らは……】


 ディートヘイゴス一家の大黒柱であるゴーレム――ジャルトゥワが、しゃがれた声で喉を震わせて眼下の訪問者に訊ねた。


《突然の訪問、大変失礼した……妃愛の名は神崎妃愛。神王族二代目後継者にして、神王帝国ハルムルクヘヴンの二代目女帝だ》


【し、神王族だと……!? それに、神崎というと……()の英雄、神崎王都と同じ姓ではないか】


 ジャルトゥワは大層驚いた。無理もない。第一次神人戦争以降、神王族自体珍しい存在の上、伝説の英雄以外にまだ神王族が存在していた事は驚愕だったのだ。


《妃愛は王都の腹違いの妹だ》


【なんと……よもや、彼の英雄に妹がいたとは知らなんだ。して、その女帝殿が如何用か?】


 さらに驚きの情報を聞き、ジャルトゥワは目を丸くして呆気に取られると、改めて訪問理由を尋ねた。


《落ち着いて聞いてほしい……》


 妃愛は一拍置いてジャルトゥワに説明を始めた。ディートヘイゴス一家の主である雅曇皇圓景楼が死んだ事、その彼に言伝を頼まれ、屋敷を護るように伝えてほしいと言われた事、亡骸は屋敷に運び、自分達も可能であれば共に亡骸の守護に就いてほしいという事。

 最初は黙って聞いていたジャルトゥワだったが、彼らが差し出した景楼の亡骸を目の当たりにして、一気に冷静さを欠いた。


【か、景楼殿! そんな、馬鹿な……あ、ありえぬ……よ、よもや、主が殺されるなど……! 儂は認めぬぞッ!】


 激しく取り乱すジャルトゥワ。それだけ主である景楼の死が受け入れられなかったのだろう。だが、話だけであれば突っぱねる事も出来ただろうが、実際すぐ目の前に当人の死体があるのだ。否が応にも認めざるを得なかった。こんな形で突然仕える主を失ってしまうとは思ってもみなかったディートヘイゴス一家は完全に意気消沈した。


《景楼殿が言うには、彼の肉体にはある力が眠っているらしく、それを敵の手に渡らせる訳にはいかないという事だった。力とは何の事?》


 妃愛の質問だ。その問いに、悲しみに暮れていたジャルトゥワが、ゆっくりと口を開いて俯いていた顔をあげ、説明を始めた。


【……恐らく、天変地異『曇天』の事であろう。この力には天候を強制的に曇りに変えてしまう力がある。本来、この力は第一次神人戦争後に天の神達に返還する予定だった。だが、主は体調不良故にその場を欠席しておってな……後日返還の予定だったのだが、その間に例の皇族襲撃事件が起こってしまった。皇族七家の内の六家は、天変地異の力を返還して大きく戦力を半減させておったからな……敵の技に為す術がなく、全員殺されたと聞いておる。だが、雅曇皇圓家だけは違った。主殿はまだ力を返還出来ておらんかったのでな。奇跡的に返り討ちに成功して難を逃れたというわけだ。だが、まさか第二次神人戦争に乗じて二度目の襲撃に出てくるとは……】


 偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)の面々は驚愕した。まさか天候を操るあの力を、一人だけ未返還だとは思いにもよらなかったのだ。

 この屋敷に来る際、この雅曇皇圓邸の上空にのみ蜷局を巻いた鉛色の曇天がどんよりと広がっていたが、あれもここにいる景楼の肉体に、まだ天変地異『曇天』の力が残っている事によるものなのだろう。


《成程な、相分かった。つまり、その力は本来あるべき天の神にお還しすれば良いという事?》


 こくりと頷き、妃愛は次の質問を投げかけた。


【あぁ、その返還が済めば、主の言伝は成し遂げたも同然だろう。さすれば、儂らがここに残り続ける理由も失われる……名残惜しくはあるが、冥霊界へと帰還する事となろう】


《そう……それなら、妃愛達も協力にあたろう。景楼殿には、この場所で警護に当たる間は特に何も言われてないから、休息と妃愛達の保護も兼ねてここにいさせてもらえると助かる》


 小さな手で胸をとんと叩き、妃愛はそう提案した。だが、ジャルトゥワは顔をしかめてその岩石で覆われた首をゆっくり左右に振った。岩同士がすれて僅かに削れ、小さな石の破片が足元に落下する。


【それには及ばぬ……儂らとて、元々一家総出でこの雅曇皇圓邸の警護に当たっておったのだ。……それにだ、儂らとて主らの話全てを信じた訳ではない。そもそも、主らが景楼殿を殺し、儂らを騙している可能性もあるのだからな】


 語気を強め、目の前にいる八人を鋭い眼光で睨みつけるジャルトゥワ。その青眼が光り輝き、敵か味方かを見定めるように、一人一人をしっかり凝視した。


《……確かに、そう言われても仕方ない。だけど、もし本当に妃愛達が敵なのならば、わざわざ敵の根城に遺体を持ち込んだりしない。第一、それだと彼の体内に眠る力を奪っていないのも変……であろう?》


 疑われる可能性は十分にあった。こんな時のために、景楼当人に遺言書でも認めてもらえば良かったと、今更ながらに後悔する。だが、既に彼は虫の息に近く、喋るのもやっとのような状態だった。恐らく、書かせていたとしても、最後まで書き切る前に精魂尽き果て最期を迎えていただろう。

 と、妃愛の言葉を聞き、ジャルトゥワが腕を組んで唸った。


【そこが解せぬのだ……だからこそ、儂は主らが敵ではないと考えていた。だが、それだけで完全に信じてよいものか……そもそも、主らは何が目的なのだ? ただの慈善事業で儂らの手伝いをするわけではあるまい?】


《ほぅ、なかなか鋭いな……実はな、妃愛達もある組織に狙われているのだ。その組織から身を隠せる場所を探し回っていた。そんな時に景楼殿と出会ってな。こちらとしてもこれだけ大きな屋敷に匿われるとなれば、これほどまでに有難い話はない。身を隠すにももってこいの場所であるしな》


 ジャルトゥワからの問に、ようやく妃愛達は今自分達が置かれている状況を説明した。ただ、余計な情報を与えて混乱させてしまってはいけないと、敵組織の仔細までは伝えずに。


【主らも狙われる身という事か……ふむ。それならば、ある条件を呑めば、主らをこの屋敷に匿おうではないか】


 頭上を見上げ、屋敷内の高い天井をぐるりと見渡しながら話す妃愛の言葉に、ジャルトゥワは顎髭のように発火している青白い炎を撫で梳き、一つある提案をした。


《条件?》


 気になる言葉を耳にして、訝しむように妃愛は首を傾げた。


【左様……主には仲間が七人おるようだな……その一人を、担保として提供せよ。さすれば、主らを匿う】


 その条件内容を聞いて、いの一番に異議を唱えたのは、筋骨隆々の男だった。


《んだとッ!? おいおい、黙って聞いてりゃ、そりゃねぇんじゃねぇのか?》


 声を荒げ、強く握りしめた拳を小刻みに震わせている。同時、その肉体からはビリビリと電撃が迸っていた。

 次いで声をあげたのは、ややがっしりとした体格の男だった。


《全くだ……貴様らの主人をピンチから救い出してやったのは、俺様達なんだぞ? 恩を仇で返すってのか!》


 偉そうに腕を組み、明らかな苛立ちを見せる男は青筋を浮き立たせ、青白い炎を身に纏った目の前の大岩の巨人――ジャルトゥワを強く睨めつける。

 そんな二人を宥めるように、両手を出して妃愛が制止した。


《落ち着け二人とも……》


 その声に、二人がようやく落ち着きを取り戻し、渋々というように閉口する。

 妃愛は嘆息してジャルトゥワに向き直り、続けた。


《……妃愛達に信用がないのは分かる。しかし、こう言っては何だが、妃愛達は王族の集まりなのだ》


【……王族? 小七ヶ国を治める各国の王達の事か?】


《そうだ、ここにいる七人の内の六人は、それぞれゴルガルゴストス、フェイルーメニア、サルパストナム、リリルロラストス、トロピカオーシャス、タルマルークの王や女王なのだ》


 身体を少し捻り、後ろに控えるそれぞれの王や女王に向けた妃愛がそう説明する。が、ジャルトゥワは少々申し訳なさそうにしつつ、口を開いた。


【成程、確かに各国の衣装を身に着けているようだ……が、生憎と儂は皇族には詳しくとも王族には明るくないのでな……】


 ここにきて、よもや各王国を治めていた当時の王達を知らないときた。これには流石に妃愛も困り果て、額に手を当て鼻から大きく息を吐いた。

 そんな彼女の言葉を代弁するように、しわくちゃ顔の痩せ細った老人が、細長く蓄えた顎髭をいじりながら思った事を吐露した。


《やれやれ、こいつは参ったのぅ……わしらの知名度って、そこまで高くはなかったんじゃな……何だか地味にショックじゃわい》


 杖に寄りかかるように体重を乗せ、老人が見るからに落胆した様子で項垂れる。その姿を見て、呆れるように龍竜族の角と尻尾を生やした女性が老人の肩に手を置いて開口する。


《何落ち込んでんだい、シャキっとしな! ……それで妃愛、どうするんだい?》


 この七人をまとめるリーダーは、赤毛混じりのピンク髪を持つ幼女だった。周囲にいる面々とは親子、もしくは祖父母と孫ほど年齢が離れて見える。そんな幼い彼女は、リーダーという並々ならぬ重圧にも耐えて顎に手をやり思案すると、先ほどまでの能面のような無表情を崩し、辛そうな顔つきで小さく言葉を発した。


偉大なる七冠(セブンス・クラウン)は妃愛の大事な仲間であり"家族"だ……誰かを差し出すなど、妃愛には無理だ》


 それが、妃愛の出した結論だった。その答えに、ジャルトゥワは暫し瞑目すると、再び目を開けると共に口を開いた。


【ならば……景楼殿を置いて立ち去るが良い、儂はどちらでも良いのでな】


《くっ……》


 温情もないその冷淡にも思える言葉に、妃愛は悔しそうに歯噛みした。だが、そこで待ったをかけるように、腰に手を当て後ろに控えていたビキニ姿の女性が前に進み出て言った。


《妃愛、悩む事なんてないわ。私がいけばいいんだもの!》


 自身の胸に手を当て、自ら担保という役目に立候補する女性。その言葉に、妃愛よりも先に別の人物が驚きの声を上げた。


《り――アイリスさん!? な、何を言っているんですか、月牙さん達の事はいいんですか!?》


 焦った様子で、モノクルをかけた老紳士は、アイリスと呼ばれる海の浅瀬のような色をした髪の毛を持つ女性に詰め寄った。

 しかし、その男性の言葉に苛立ちを覚えたのか、声を荒げて女性は叫んだ。


《うっさいわね! いいのよ、あんなやつの事なんて……》


 少し悲しそうな顔を浮かべ、アイリスは視線を逸らす。そんな彼女に寄り添うように、巫女装束に身を包んだ赤毛の女性がアイリスの両肩に手を添えて話しかけた。


《凛? すぐ自暴自棄になるのはあなたの悪い癖よ? それに、この役目は……あなたじゃ力不足だわ》


《アイリスだって、言ってるでしょ……じゃあ、誰がやるのよ》


 忘れかけていたもう一つの名を口にされ、また辛そうな表情になって当たり散らすように巫女服の女性に訊ねた。すると女性は、少し間を空けてこう言った。


《……わたしが行くわ》


「「「「「「「っ!?」」」」」」」


 その突然の宣言に、偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)全員が驚愕の表情を浮かべて言葉を失った。


《な、何言ってるの、鈴華!? す、鈴華がいなくなったら……妃愛はどうすれば……》


 今までの冷静さはどこへやら、大人びた雰囲気を漂わせていた妃愛は、年齢相応の幼い子供らしく、心底不安そうな表情を浮かべ、両目に大粒の涙を浮かべて狼狽えた。

 そんな珍しい彼女の姿を目にして、鈴華と呼ばれた巫女服姿の女性は、鎧兜の上から彼女の頭を優しく撫でてあげた。


《ふふ、何をそんなに泣きそうになってるのよ。それに、元々わたしはレプリカ……本来存在しない人間なのよ? それなら、いい身代わりじゃない》


 自身の胸に手を当てて、優しく語り掛けるように鈴華――もとい、レプリカ・鈴華は妃愛に伝えた。だが、どうしても納得がいかない妃愛は、奥歯を噛み締めて声を張り上げた。


《くっ……レプリカだろうが何だろうが、妃愛にとって鈴華は鈴華だ! 妃愛を育てて……世話してくれた、大切な……母上……なのだ》


 その眼尻から一筋の涙が伝った。それを目にして、レプリカ・鈴華も胸に添えていた手をぎゅっと強く握りしめた。唇を僅かに震わせて、どうにか声まで震えないように堪えながら、ようやく口を開く。


《わたしは本当の母親じゃないわ……そのレプリカなの》


《分かってる……だけど》


 顔を俯かせて、何か上手く彼女を引き留める方法はないかと言葉を探る妃愛。だが、タイムリミットはすぐそこまで迫っていたようで、言葉を紡ぎ出すより前に、レプリカ・鈴華の方が先に声を発した。


《ありがとう、妃愛……そこまでわたしの事を想ってくれて》


 その場にしゃがみこみ、片手を膝に、もう片方を妃愛の柔らかい頬に添えて、とめどなく溢れる涙をその親指で優しく拭ってあげながら、レプリカ・鈴華は妃愛にお礼を言った。

 それを聞いて、妃愛の脳内を今までの想い出が走馬灯のように駆け巡った。


【……語らいは済んだか?】


 まるで二人の空気をぶち壊すように、退屈そうなジャルトゥワが半眼の眼差しで頬杖を突いて訊ねてきた。


《ええ、待たせてしまったわね……それで、担保と言っていたけれど、具体的にわたしはどうすればいいのかしら?》


 その場にゆっくりと立ち上がったレプリカ・鈴華は決意を胸に真剣な面持ちで相手に訊ねる。


【何、主自身は特に何もせずとも良い、ただこやつに体を貸し与えてくれればな……空亡よ、近場で見ておるのだろう? 見よ、こやつが主の新たな器だ】


 ジャルトゥワが空亡と呼ばれる何者かに声をかける。

 瞬間、周囲の気温がガクっと下がった。ぞくぞくと鳥肌が立ち、身体に怖気が走る。まるで不気味な何かが近くに現れたかのようだ。だが、どこにも姿は見えない。


《そ、空亡?》


 アイリスが、初めて聞く名前に怪訝そうな顔を浮かべる。すると、モノクルをかけた男性が、何かを思い出したように顎に手をやって口を開いた。


《確か……冥霊族大戦の時代に、そのような怪物がいたと、書物か何かで読んだ事がありますね》


《そんな怪物が何故こんな所に……》


 男性の言葉を聞いて、妃愛は困惑した。

 と、そんな彼らの様子にほくそ笑んだジャルトゥワが説明した。


【ヌッフッフ、儂らは様々な時代に生きておった者達の集まりなのでな、確かにそこの男の言うように、空亡は冥霊族大戦の時代に悪事を働いていた妖怪よ】


《本物という事か》


 警戒を強め、周囲に注意を払う妃愛達偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)。しかし、一層周囲の霊気が強まった直後、突如レプリカ・鈴華が大きく呻いて叫び声をあげた。


《う゛っ!? あああああぁっ! な、何これ……何かが、何かがわたしの中に入ってくる!? ぐっ、がぁ、ああああああああああ!?》


 胸を強く押さえ、大きく蹲ったかと思うと、今度は大きく仰け反ってさらに大声を張り上げるレプリカ・鈴華。その異常事態に、堪らず妃愛は彼女に駆け寄ろうとした。

 しかし、寸前で龍竜族の角を生やした女性に止められる。


《す、鈴華っ!》


 下唇を噛み締め、ただ彼女の無事を切に願うしか出来ない妃愛。強い力を得たとばかり思っていたが、こうも無力な幼子になり果ててしまうとは思いもしなかったと、妃愛は自身を責めた。

 と、その時、獣のように大絶叫をあげていたレプリカ・鈴華の体に変化が訪れた。


《……か、髪色が……黒に》


《瞳の色まで変わっちまったよ》


 そう、髪色と瞳の色が急激に変化していったのだ。その摩訶不思議な現象に、偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)の面々はただただ驚きの表情を浮かべて固まってしまうしかない。

 そして、ようやく変化は収まったのか、がっくりと項垂れてレプリカ・鈴華はその場に呆然と立ち尽くした。


《鈴華?》


 恐る恐るというように、妃愛が声をかける。すると、ゆっくり口を開いた彼女が声を発した。だが、その口調は今までの彼女とは似ても似つかぬ、全くの別人のものだった。


【……わたしは鈴華ではない。大厄災……空亡、それがわたしの名前】


 声色はレプリカ・鈴華と同様。瞳と髪色が違う、ただそれ以外は全て彼女と同じようだった。

 仲間の異様な変わりように言葉を失う各国の王達。

 一方で、ジャルトゥワはしたり顔で開口した。


【どうやら、無事に器に入り込んだようだな。しかし、凄まじい霊力だ。元々相当な霊力の持ち主だったのであろうな、空亡が入り込んだ事でその力がさらに増したようだ】


 先程感じていた凄まじい寒気と怖気。あれは空亡と呼ばれる怪物の霊力だったのだ。肉体を持たぬ意識のみの存在のため、本来体内に収まっているはずの霊力が、自然に周囲に溢れかえってしまっているというわけだ。

 と、妃愛達がレプリカ・鈴華をじっと見つめていると、急に彼女は頬を赤らめて顔を手で覆い隠し、そっぽを向き出した。


【あまり見るな……肉体を失い、意識のみの時が長すぎた……すっかり他人に見られる事に羞恥を覚えるようになったのは、誤算】


 どうやら、他人に見られるのが苦手らしい。これだけ聞くと、とても大厄災らしからぬ発言だが、先ほど感じた異常なまでの霊力は確かなものだった。


【ともかく、魂魄転移は無事に成功のようだな……これならば、いざという時のための計画を進めても良かろう】


《計画……?》


 ジャルトゥワの気になる発言に、妃愛が訝しむ。すると、彼は片手を突き出して首を振った。


【おっと、無用な詮索はよせ。ひとまず、先ほどの女子(おなご)の名誉ある行動に敬意を払い、約束通り主らをこの場にて匿う事を約束しよう】


 それを聞き、一同はひとまず安心した。これで認められなければここへやってきた事も、レプリカ・鈴華の果敢な行動も徒労に終わってしまう。それだけはどうしても避けなければならなかった。

 だが、その中でも特に妃愛がいま一番気にしている事は別にあった。それは――


《鈴華は、いつ……返ってくる?》


 今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべ、妃愛は悲痛な面持ちでジャルトゥワに訊ねた。


【儂らの計画が成就し、景楼殿の無念を晴らした時だ。それまでは、主らも守ると固く誓おう】


 その言葉に嘘偽りはないだろう。元々契約召喚でこの場にいる冥霊族達だ。契約関連に特に口うるさいはずの彼らが、約束事を違えるとは到底思えない。


《そう……それで、妃愛達はこの屋敷のどこにいればいい?》


 妃愛の質問にこくりと頷いて、ジャルトゥワはある場所を伝えた。


【うむ……然らば、曇天の間を使うが良い】


《曇天の間?》


 初めて聞く場所の名前に、妃愛は小首を傾げた。


【そうだ、あの場は生前主が使用していた場所でな、一番天に近い場所とされている。儂が普段いる場所の奥の部屋だ……そのような事はないと思うが、もしも最後の砦たる儂が敗れた時、主らに敵の排除を頼む形となるであろう】


《……もしそうなったら、鈴華はどうなる?》


 新たな心配事が増え、嫌な予感がして妃愛は冷や汗をかく。だが、案ずるなというようにジャルトゥワが落ち着き払った様子で淡々と説明した。


【主らをこの場で護るための担保だ。儂らが護る務めを果たせなくなった時点で、解放される運びとなろう】


《……相分かった》


 それを聞いて、妃愛は心底安心した。安堵してほっと胸を撫で下ろして一言そう応える。もしも彼らの道連れになりでもしたら、恐らく妃愛は発狂してしまうだろう。それだけはどうしても避けたかった彼女は、ひとまず逸る鼓動を抑えようと数回深呼吸を繰り返した。


【では……空亡改め――ローラよ。その者達を曇天の間へと案内せぃ】


 ジャルトゥワの命令に、レプリカ・鈴華の肉体に入り込んだローラが小さく頷く。


【わかった、ついてきて……】


《鈴華……鈴華ぁ》


 やはりどうしてもその見た目と声を聴くと、彼女の事を思い出してしまい、妃愛は冷静さを欠いてしまった。

 そんなグズる彼女を見て、ローラはぷいとそっぽを向いてこう言った。


【その名でわたしを呼ばないで……まだ定着して間もない、元の人格が起きてしまえば、わたしの人格が強制的に剥がされてしまう。そんな強引な手段を取れば、元の器であるこの人間も、どうなるか分からない】


 そう言ってローラは、どこかから取り出した般若のお面を手に取ると、ゆっくりとそれを自身の顔に装着した。

 その装着寸前、妃愛は目にしてしまった。彼女の青い瞳が、いつになく冷たく冷めきった冷ややかな眼差しでこちらを見据えていたのを……。


《そんな……うぅ、ぐすっ》


 今は全くの別人だと頭では分かっていても、大事な、大好きな人物にあのような眼差しを向けられて、妃愛の心は酷く傷つき悲しみに染まった。

 そんな彼女を自身と重ねてしまったのか、はたまた見兼ねただけなのか、アイリスが寄り添うように声をかけてきた。


《妃愛、しっかりして?》


《……胸が、痛い……アイリスよ、妃愛はどこかおかしいのか?》


 自身の体に起きている初めての感覚に戸惑い、妃愛は不安そうにアイリスに上目遣いで訊ねた。


《ううん、きっとそれは悲しいっていう気持ちなのよ》


 少し優しく、微笑むようにアイリスはそう教えてあげた。


《悲しい? だけど、妃愛は……心を失って……》


《僅かには残ってるんでしょ? きっとそれが、私達とずっと一緒にいる間に、少しずつ取り戻してきてたんじゃないかしら?》


《そう、なんだ……これが、悲しみ。アイリス、そなたに初めて出会ったあの時、このような気持ちだったのだろうな、今なら分かる……悲しみの感情とは、こうも痛むものなんだ》


《……くす、そうね》


 初めて感じる悲しみの感情。その感覚に戸惑いを見せる幼い彼女に、年相応の子供らしさを垣間見たアイリスは、小さく笑って首肯した。

 こうしてレプリカ・鈴華以外の偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)の面々は曇天の間にて休息を取りながら力を温存する事となり、レプリカ・鈴華は担保として空亡に器を提供し、ディートヘイゴス一家の三女――ローラが誕生したのだった……。

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