表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/200

第二十三話「濃霧に融ける白銀の騎士」・5




――▽▲▽――




 桐香殿の死後、拙者は一人孤独に霧堂皇家跡となった濃霧の森で生活していた。

 師である桐香殿を護れなかった辛さから、心を無にし感情を殺すため、全身を鎧で包み隠すようになった。師を喪ってからも、拙者は自身の剣技を磨き続けた。それが、せめてもの償いであり、桐香殿を永久に忘れないようにするための方法でもあった。

 少し経ってからしばらく、拙者はどうにも納得がいかなかった皇族襲撃事件の真実を探るため、情報を集めながら依頼をこなしていた。情報を集めれば集める程、虚栄に紛れし殺戮者の情報が溢れてきた。点と点が結びついていき、その線はどれもある一点――虚栄に紛れし殺戮者に行きつく。黒幕は明らかだった。

 だが、敵は一人ではなく最早組織。そんな相手に一人で立ち向かうのはなかなかに骨が折れた。だから拙者は、少しずつ依頼をこなす中で敵を消し去っていく事にした。地道な方法ではあったが、確実な手段でもあった。

 しかし、こんな方法を取っていれば敵に拙者の情報が知れるのも時間の問題。案の定、拙者の事はすぐに敵に知れ渡った。そして拙者があの時桐香殿と共にいた標的の生き残りである事も……。

 敵は血眼になって拙者を探し回った。だが、拙者がいるのは濃霧の森。入れば最後、土地勘のない者が自力で脱出するのは不可能と呼ばれる恐るべき魔の地域。

 だからであろうな、拙者は油断していた。相手を少しばかり見くびっていたのだろう。寝首を掻かれた。拙者の力の強さに恐れ戦いたのだろう虚栄に紛れし殺戮者の連中は、全戦力を投じて拙者を暗殺(けし)にかかったのだ。


《ゴホ、ゴホッ! くッ、よもや屋敷に火を放つとは……形振り構わずという事か。しかし、逆に言えばそこまで彼奴等を追い詰めているという事。数は……》


 床に手を触れ目を瞑る。精神を研ぎ澄ませ、聴力や感覚を冴え渡らせる。


――十、二十……いや、四十はいるか? 流石に多いな……まだまだこれほどまでに始末すべき相手がいようとは……先は長かったということか。



 拙者は目を開け、仕舞い込んでいたあるものを取り出した。それは、赤黒い液体が入った小瓶。そう、以前桐香から手渡されていたいざという時のための切り札だった。


《桐香殿……来ない事を願っていたが、どうやら今がその時のようだ……頼む、今こそ拙者に力を与えて頂きたいッ!》


 一縷の望みを賭け、拙者はそれを一気に飲み干した。少し癖のある鉄っぽい味。だが、割と飲めなくはなかった。

 変化はすぐには訪れなかった。だが、そう思ったのも束の間、異変が起きた。全身が大きく疼き始め、急激に体温が上昇したかと思うと、身震いするほどに急激に体温が下降した。屋敷には既に火が回っており、部屋の扉の隙間から煙が入ってきている。長居すれば一酸化炭素中毒に陥るという状況で、熱いと感じるどころか寒いと感じていた。焦るどころかむしろ驚くくらい落ち着いている。思わずため息をつくと、白い息が漏れた。

 いや、違う。これは霧か? 

 驚くべき事に、噂は真実味を帯びた。大きな賭けに勝ったらしい。生きていれば、すぐさま桐香殿に教えていた事だろう。

 拙者は無属性者から有属性者になっていた。あれほどまで寒いと感じていた体温も、気づけば元の状態に戻っていた。身体を作り替える中での一種の副反応のようなものだったのだろうか?

 手元を見ると、皮膚の毛穴から白い靄が漏れ出しているようだった。体内から霧を発生させる事が出来るのか? 体内の水分を属性の力で霧に変換している? 仕組みはよく分からなかったが、せっかく桐香殿から譲り受けた特別な力だ。有効に使わせてもらおう。

 拙者はそう意気込んでベッドの傍らに置いていた鎧兜を手に取ろうとし、喉元や全身に違和感を覚えた。

 痛い……い、たい?


《ぇ――》


 世界が真っ赤になった。迸る血飛沫。あんなに清潔に使用していた純白のベッドシーツは、一気に真紅に染まった。理解に時間を要したが、拙者は刹那の内に喉を切り裂かれたらしい。何故?

 喉を大きく切り裂かれ、傷口から鮮血と共に空気が漏れ出す。慌てて喉を押さえようとするが、手足の自由が利かない。まるで金縛りにでもあっているかのようだ。出血が止まらない。まだ特別な力を手に入れたばかりで、使い勝手が分からない拙者は、せっかくの力を使いこなせなかった。これでは宝の持ち腐れではないか。

 そこに、何者かの声が聞こえてくる。


《期待外れだな……同胞を多く手にかける要注意人物だと聞かされていたが、何のことはない……ただの同業者ではないか。こんな隙だらけの相手に後れを取るとは、同胞とはいえ、情けない……言っておくが、貴様はもう助からん。声帯と頸動脈を切り裂いた。この鋼属性のワイヤーは、なかなかの代物だ……これほどまでに薄くとも丈夫とはな》


 何やら男が喋っていたかと思うと、直後、世界が反転した。両腕が落ち、両足が落ち、そして頭が落ちた。

 視界が反転したまま、拙者の視界はどんどん急降下し、そして床が至近距離に一気に近づいてきたところで、何も見えなくなった。

 どうやら、拙者は死んだらしい。人は、こうも呆気なく死を迎えるのか……拙者の体は四肢を細い糸状のワイヤーで切り落とされ、最期に頭を落とされたようだ。既に刺客は送り込まれていたのだ。全ての準備が終わってから火を放った。考えてみれば当然の事だった。寝ている標的を殺すのが一番手早い手段だというのに、そうはしなかった。その時点で何かしらの企みがあるとすぐに気づくべきだった。完全にこちらの落ち度だ。

 拙者は悔やんでも悔やみきれなかった。桐香殿の無念を晴らす事は愚か、切り札を上手く使う事すら叶わなかったのだ。もっと早く力を手に入れ、その使い方を熟知しておくべきだった。そうすれば、もっと上手く立ち回る事も出来たに違いない。

 こんなところで、拙者は終わるのか? 否、断じて否だッ! まだだ、拙者はまだやり遂げねばならないッ! 死んではいられぬのだッ!!




――▽▲▽――




『こうして拙者は霧属性の力を手に入れた。だが、生前の拙者はまだ甘く油断している部分があってな、敵の不覚を取り死んでしまった。だが、拙者の強い意思が奇跡でも起こしたのだろうな、冥霊族となって蘇った。そして紆余曲折あり、ディートヘイゴス一家の三男となって、この場にいる……分かったか?』


 剣丞の説明に、七海と琥竜は黙ってしまった。あの力は、皇族の一人霧堂皇桐香の血によって得たもの。自分達とは違った形で得た特別な力だ。こんな強引な取得方法の一例があるとは思ってもみなかったのだ。だが、有属性者の始まりも血の雨を全身に浴びた事が原因。そう考えれば、形は違えど似ているのかもしれない。


「ああ、なんとなくはな……だが、やはり今の話を聞いても伝説の戦士に非があるようには思えねぇ。誰がオマエらに適当吹き込んだのか知らねぇが、これで確信は持てた。オマエは間違ってる……」


『……例えそうであっても、拙者はもう引き返せぬ。ただ、自身の信念に基づき、突き進むのみだ!』


「はぁ、そうか……引き下がってはくれねぇか。霧霊霜七海、オマエはやれそうか?」


「うふふ、最初からそのつもりよ~」


 剣丞は止まりそうにない。それを止めるのは、自分達しかいなさそうだ。だからこそ、ここで食い止めなければならない。これ以上、無駄な犠牲が出ないように。悲しむ者が増えないように。

 七海に改めて確認を取り、了承は得た。後は自身が覚悟を決めるだけだ。

 琥竜は忍者刀を抜刀して構えた。それに呼応するように、七海もハルバードを猛回転させて構え直す。そんな二人に対し、剣丞はゆっくりと二本の長剣を構えた。


『……感謝を述べておこう、霧霊霜七海』


「わたし~?」


 感謝される覚えがない七海は、きょとんとした顔で小首を傾げた。


『この中庭には泉の水が存在する。そのため湿度も十分な事から霧の力を高めやすい。だが、水属性の貴殿がいるため、より一層霧の力が強まるのだ』


「あ~なるほどねぇ~! うふふ、どういたしましてぇ~」


「おい、お礼を言っている場合じゃねぇぞ、つまり向こうはまだまだ力を存分に振るえるって事だ。一方で、こっちは手負いのオレとオマエしかいねぇ。正直、2対1というより1.5対1だ。悪いが、あんましオレに期待はしないでくれよな……」


 自身の傷口に手を添え、琥竜が七海に忠告するが、彼女はさして気にした様子もなく相変わらず笑みを浮かべ続けていた。


「大丈夫よ~わたしも協力攻撃ってそんなにやったことないからぁ、一人で戦ってるつもりでやらせてもらうわ~」


「フッ、そいつはいい……んじゃあ、それで頼むぜ」


 鼻で笑った琥竜が、地面に忍者刀を突きたてる。それが開戦の合図となって、七海が剣丞に向かって突っ込んだ。

 あんな分かりやすい動き、剣丞の速度じゃ躱されるに決まっている。琥竜はそう思っていたのだが、何故か剣丞は躱す事無くその攻撃を受け止め、いなすようにして七海に剣戟の洗礼を浴びせた。だが、その攻撃を七海も迎え撃つようにしてハルバードの柄で防ぎ切っていく。

 やはり、七海の実力は底が見えない。まだまだ剣丞も速度制限しているようだが、それでも並大抵の人間よりは十分な速度で攻撃を撃ちまくっている。それだというのに、七海はそのスピードについて行っているのだ。さらに末恐ろしいのは、常に笑みを浮かべている事だ。何がそんなに面白いのだろうか。最早恐怖を通り越して畏怖すら感じてしまう。

 一方で後方戦線にいた琥竜は、戦況を目を離さず見つめ続け、忍者刀を通して地中に影属性の力を伸ばしていた。この一帯に力を伸ばしてしまえば、どこからでも敵の傍に現れ、攻撃をお見舞いする事が可能となる。だが、これには相当な時間と集中力、そして大量の魔力が必要。そのため、一人で戦闘している時には使用する事が出来なかった。七海はそんなつもりはなかったが、期せずして協力態勢を取る形になっていた。

 だが、敵は一人であり一人ではない。霧分身がいるのだ。案の定真っ白な霧に紛れ、もう一人の剣丞が姿を現し、猛スピードで琥竜に向かってきた。


「くっ、来たか」


 ここで中断すれば、またやり直しだ。十分な魔力があれば影分身を生み出していたが、生憎と今行っている準備に魔力を注いでしまっている。こちらにリソースを割くのは厳しかった。

 すると、助太刀が入った。大波の衝撃波が、接近してくる剣丞の霧分身を真横から飲み込んでしまったのだ。剣丞の霧分身は波に流され、どこかへ消え去った。

 この場には三人しかいない。そして、琥竜を助けてくれるのは一人しかいない。そう、七海だ。

 さっとそちらを向けば、左手に携えたハルバードで剣丞の剣戟を受け止め鍔迫り合いした状態で、右手をこちらに突き出している姿があった。その視線はこちらを見据え、口元には笑みを浮かべている。あんな状態でまだ余裕の表情を浮かべていられるのか。

 どこまでも末恐ろしい少女である。


『ぐぅ、その体のどこにこれほどまでのパワーが……』


 剣丞も大分圧されていた。学園で出くわした時点で相当な実力者である事は察していた。だが、まだ全容の見えない彼女の力の一端をこの身で味わい、脂汗を滲ませる。体格は自分よりも小柄。豊満な胸にしっかりした足腰回り。それでいて手はすらっと細身。そんな細腕だというのに、鍔迫り合いで簡単に押し切る事が出来ない。今まで戦ってきた女性相手では、一人としていなかった。いや、一人いるかもしれない。師であり大切な恩人――霧堂皇桐香だ。


『くっ、ここで彼女の姿を重ねるとはッ!』


 脳裏に優しい表情を浮かべる彼女が過り、決意が揺らぐ。剣丞は頭を大きく左右に振って迷いを振り払い、大きく後方へ跳び退いた。


「あらぁ~どうしたのぉ~? 来ないならこっちから行くわよ~?」


 七海が再び剣丞との距離を一気に縮めていく。間合いに入ったところでハルバードを大きく放物線を描くようにして振り払う。水の魔力が纏い、その水が鋭い斬撃を放つ刃となって剣丞の胴を切り裂いた。だが、そこで七海の攻撃は終わらない。そこから彼女はハルバードを回転させて×印のように切り裂いた。その斬撃は彼の手足を切り裂いた。

 分かたれる上半身と下半身、それに四肢。これは決まったか、死なぬ体とはいえ、くっつかなければ動く事は出来まい。

 そう思っていたのだが、剣丞は含み笑いをしていた。


「どう、なってるの……?」


 目の前で驚くべき光景を目の当たりにした七海は、思わず硬直状態になってしまった。しかし、それも無理からぬことだろう。身体をバラバラに切り刻まれたはずの剣丞は、その場に崩れ落ちる事無く、バラバラになった状態で宙に浮いていたのだ。よく見ると、その体同士のパーツを接合する役目を果たしていたのは霧状のガスのようだ。


「オ、オマエ……肉体はどうしたんだ」


『あぁ、そういえば鎧を外した姿は見た事がなかったのだったな……冥霊族になった折、拙者は肉体を失った。恐らく死んだ時に体をバラバラにされたのが原因だろう。もしくは霧属性の力に、肉体が耐えきれなかったといったところか。だが、意識は霧とこの鎧に宿っていた。動けばさして問題はない。それにこうして体を分解して戦う事も可能なのだからな!』


 直後、切り離された剣丞の両手が、長剣を持ったまま七海に飛来した。


「くぅ!?」


 どうにかその攻撃をハルバードで弾き、大きく後ろにバック宙をして回避する。だが、逃がさないというように剣丞の手が七海の両手首を掴み、ぐいっと上空に持ち上げた。それにより、七海は宙吊り状態にされてしまった。


「あちゃ~捕まっちゃったなぁ~」


『少々手こずりはしたが、所詮はこの程度。拙者の勝ちは揺るがぬ! これで……終いだッ!』


 宙に浮かぶ鎧兜の奥で、二つの青白い光が眩く光り輝いた。直後、宙に四本の長剣が浮き、さらにその本数が霧分身によって幾つも増えていく。無数の長剣がその切っ先を七海に向け、鈍い光を放ったかと思うと、一気に彼女目掛けて突っ込んだ。

 刹那――一閃の閃光が迸り、無数の長剣が粉塵と化した。


『んなッ!? い、一体何事だッ!?』


 唐突な横槍。こんな事をしてくるのは誰だと飛んできた方に視線を向ける。そこにいたのは、地面に突き挿した忍者刀を握った琥竜だった。だが、少し雰囲気が異なる。左目の眼帯は外れ、紅の眼光が剣丞を捉えていた。それだけではない、心なしか体格も一回り大きくなり、身体の起伏も増している。何より目を引いたのは、彼の尾てい骨から生えた爬虫類を思わせる鱗がびっしり生えた尻尾だった。左側頭部からも黒々とした角が生え、天に浮かぶ月から降り注ぐ月光を浴びて淡く光っている。


『……い、一体何なのだその姿は!? き、貴殿……ただの人間ではないな!?』


【あーあ、ったく……止めるやついねぇんだから、あんまし使いたくなかったんだけどなぁ……オマエがあまりに人間離れした事してきやがるから、こっちも出し惜しみしてられなくなっちまったのさ……こうなっちまったからには、手ぇつけられなくなっちまう前にケリつけてやる】


 琥珀色と紅色のオッドアイが、鋭く剣丞を睨みつけたかと思うと、妖しく光り輝き一瞬の内に剣丞の視界から消えた。


『ば、馬鹿な!? せ、拙者よりも速いッ!?』


 慌てて周囲を見渡すが、どこにも姿はない。その時、足元の地面が漆黒に変化した。その変化に気づいた時には、既に遅かった。

 漆黒に染まった薄っぺらい布状の影。それらはまるで意思を持ったように揺らめくと、標的を見つけた途端瞬時に剣丞の体に巻き付き拘束した。


『がッ!? ……っぐ、う、動かぬ……な、何だこの拘束力は……!? 影属性に、ここまでのパワーが!? いや、これは……影だけではない?』


【フッ、ご明察だ……こいつは、朧属性の力も混ざってんのさ】


 どこからともなく聞こえる声。それは琥竜の物だった。そんな彼が口にした朧属性という言葉に、剣丞は激しく反応した。


『お、朧属性!? まさか、貴殿……龍竜族の血を!?』


【あぁそうさ、龍竜族は滅びた……そう言われてるらしいが、残念だったなぁ……純血じゃあねぇが、まだいるのさ。少なくともここに一人……な】


 漆黒の地面からゆっくり姿を現す琥竜。その彼の両手はドラゴンの手に変異していた。


【おあつらえ向きに今宵は満月でなぁ、朧属性の力が高まる絶好の時なのよ……せっかくの機会、みすみす逃す手はねぇよなぁ】


 そう言って、琥竜は朧属性を纏わせた斬撃を繰り出した。その斬撃は七海を捕らえていた剣丞の手を亜空間に消し飛ばし、七海を自由の身にした。だが、宙吊りにされ宙に浮いた形となっていた七海は、自重で漆黒の地面に落下する。しかし、地面に体を打ち付ける寸前で、漆黒の影から出てきた先ほどの布状の影達が、クッションとなって七海の体を優しく受け止めてくれた。


「あ、ありがとう~琥竜くん」


【礼はいい、オマエには助けられた借りがあったからな……それより、もしもオレが自力で戻れなかった時は、頑張って止めてくれよな……頼んだぜ?】


「わ、わかったぁ!」


 龍化した琥竜にとんでもない大仕事を任されてしまい、七海はここにきて初めて動揺を見せた。だが、自分が止めなければ暴走した琥竜が第二の脅威となってしまう。それだけは避けなければという使命感が、七海の決意を漲らせた。


『まさか、貴殿にこんな切り札があったとはな……やってくれる!』


【オレだって、正直この力は使いたくなかったさ……こいつにはあまり良い想い出はねぇんでな……だが、仲間のピンチに出し惜しみなんてしてられる訳ねぇだろ】


「く、琥竜くん~」


 自身の龍化した手を一瞥し、そう想いを吐露する琥竜の言葉に、思わず七海は感動してしまった。そしてそれは、剣丞にも僅かながらに響いていたようで、ようやく彼の凝り固まった意見を覆す事に成功した。


『……成程、貴殿には適わぬようだ……認めよう、拙者は間違っていたらしい。これでは、とても桐香殿に会わす顔がないな……』


 完全に戦意を喪失し、剣丞は哀し気に鎧兜を俯かせた。そんな彼に少しばかり同情する部分があった琥竜は、しばらく間を空けて静かに口を開いた。


【……そんな事はねぇさ、オマエだって……自分の主に尽くしたい想いで、今の今まで頑張ってきてたんだろう? その想いに間違いなどねぇ。ただ、熱が入り過ぎた余り、早合点してそう思い込んで暴走しちまったのさ。過ちだと認めたんだったら、もう悔いはねぇよな?】


『そう、だな……悔いは、ない。いや、一つ……影虎琥竜……虚栄に紛れし殺戮者の次期頭領である貴殿が、彼の組織を変えてくれ』


 彼の復讐の全ては、師である霧堂皇桐香の死から始まった。そしてそれは、紛う事無く虚栄に紛れし殺戮者によるものだと判明している。であれば、その諸悪の根源を変える事にこそ意味がある。そう思った剣丞は、その願いを、次代の頭である琥竜に託した。

 その想いを受け止め、琥竜は少し瞑目して再び目を開けると、大きく頷いた。


【あぁ、そうだな……そいつはオレの役目だろう。オレの生涯を懸けて成し遂げてみせるさ。それが、母君の願いでもあるだろうからな】


『……そうか、それを聞いて安心した。ならば、もう言い遺す事はない。ひと思いに、やってくれ……』


 小さく笑った剣丞は、霧状の体で鎧を纏った各部位を引き寄せ、元の人間形態に戻った。


【わかった……】


 そんな彼に向かって、琥竜は聖水をぐいっと大量に口に含むと、龍の息吹に乗せ、咆哮を放った。凄まじい高温のそれは、剣丞の体を溶かし、焼き尽くし、塵も残さず跡形もなく消し去ってしまった。


【これで終い――アガァアアッ!?】


 闘いが終わったと安心した矢先だった。張り詰めた緊張を解いてしまったからであろう、龍の力が暴走を始めてしまった。左半身が大きく疼き、まるで独立しようとしているかのように凄まじい関節痛が琥竜の体を襲った。このままでは左右に体が引き千切れるのではないかという痛み。たまらず大きく歯を食いしばり、痛みに耐えようとするが、それはなかなか現実的ではなかった。

 上空を見れば、煌々と満月が光り輝き、月光が琥竜の体を淡く照らし出している。

 朧属性は月の力でそのパワーが変化する。満月を狙って力を解放したはいいが、逆にそれは力を抑え込むのに酷く苦労する事を意味していた。疼く左腕をぎゅっと押さえ込み、地面から布状の影を伸ばして縛り付ける。だが、自身でどうにか出来るのは今ので限界そうだ。これでは気休めにしかならない。

 龍の力が徐々に右半身にも勢力を伸ばしてきている感覚がある。血が沸き、体温が上昇していく。意識が段々と薄れてきた。

 虚ろな視線で、七海を見やった。頼みはしたが、果たして彼女にどうにか出来るだろうか。ちょっとした不安が募る。

 だが、七海はというと、少し驚いた様子ではあったが気圧されてはいないようで、恐る恐る慎重に琥竜に近づくと、僅かな隙を突いて彼を優しく、それでいて強く抱きしめてあげた。


【グッ!?】


 霞む意識が突然はっきりと鮮明になる。両目を見開き、今自分の身に何が起きているのか、状況を理解しようと急ぐ。

 琥竜は正面から七海に抱きしめられていた。自分よりもやや身長の低い七海だが、そこまで大きく身長差はない。確かな彼女の温もりを感じる。だが、何より琥竜の体に衝撃を走らせたのは、自身の胸元に感じるあまりに大きく柔らかい何かだった。

 そう、身体をくっつければ必然的に密着する物――胸である。彼女の豊満な肉体は、女体など縁遠かった琥竜には、あまりに刺激的過ぎて、その体感したことのない感覚に、龍化しかけていても彼の人間状態の意識を覚醒させた。

 影で縛り付けなければならないほど大きく暴れていたのが嘘のように、琥竜の体は石化したように動かなかった。そんな彼の様子に、七海は落ち着いたと判断したのだろう。少し体を離し、優しく彼に微笑みかけた。


「大丈夫ぅ、琥竜くん?」


【ア、あぁ……す、まない……が、眼帯を……】


 至近距離で異性に見つめられる事にも慣れていなかった琥竜は、余った右手で慌てて口元をネックウォーマーで覆い、目を反らした。それから、傍に落ちている眼帯を取ってほしいと催促する。


「これね~、はいどうぞ~」


 にっこり柔和な笑みを浮かべ、七海は琥竜に眼帯を手渡した。

 手と手が触れてしまい、思わず琥竜の体に電流が走ってビクッと体が跳ねる。


「どうかしたぁ~?」


【い、いや……何でもない】


 すぐさま冷静さを装い、琥竜は急ぎ龍の目を隠すように眼帯を着けた。再び世界の半分が暗闇に覆われる。これにより、月光を浴びれなくなった彼の肉体は、徐々にその龍化を解いていった。


「……はぁ、はぁ、すまなかった、世話になったな……これでまた一つ借りが増えてしまった」


「うふふ~、そんなの気にしなくていいのにぃ~」


 口元に手をやって、七海は小さく笑った。

 こうして七海と琥竜は、ディートヘイゴス一家の三男、ジャック――改め、騎士ヶ谷剣丞に打ち勝ち、見事勝利を収めたのだった……。

というわけで、今回で琥竜&七海VSジャック(剣丞)戦も決着です。ジャックが虚栄に紛れし殺戮者にただならぬ恨みを抱いているのは、彼の師匠でもある桐香の死が原因でした。今回の回想で三人目の皇族を登場させた他、属性の力や皇族の持つ力の一端を深堀りできたかと。その内虚栄に紛れし殺戮者や皇族達をもう少し深堀した話もⅤ以降にやる予定です。まだまだ実力を秘めている七海と、琥竜に潜む龍の力をお披露目しました。彼の父親は副頭領である竜龍ですからね。影属性と朧属性の混合属性所持性者ということです。

次回予告、今回の話が結構長くなったので、次はそこまで長くはしない予定です。そこまで深掘りする予定の内容もないので。今回は2対1でしたが、次はどうなるか、では次回をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ