表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/200

第二十二話「宵闇に紛れ深淵纏う吸血神父」・2




――▽▲▽――




 とある巨大な教会。そこに、一人の神父がいた。生前のトムである。彼は、世界の理による運命の導き手として、『世界理念神理教』に所属していた。そんな彼は多くの民を救い、その優秀さから信仰者からは勿論、神理教の者達からも慕われていた。

 そんなある日、トムはいつものように告解室で悩める民の言葉を聞いていた。


《……成程、そのような事が》


《はい、神父様……どうすればよろしいでしょうか?》


《ふぅむ、なかなか難しい悩みだ。だが、これも世界の理による運命の流れ……その理を覆す事は赦されない。その者とは縁を断ち切るのだ。さすれば、貴公の運命の流れの淀みは消え、万事上手くいくであろう》


《! あ、ありがとうございます、神父様! そのように致します》


 少女の嬉しみに満ちた声が聞こえてくる。顔は見えぬが感謝の言葉を耳にし、トムは内心満足そうに微笑んだ。

 と、そこに一人の青年がやってきた。


《件の話、今晩にでも進めるという事です》


《そうか、分かった……神理教を裏切るのは世界の理に逆らう事に等しい。もしそんな事をすれば運命の環が狂う。そんな事は断じて赦される事ではない。すぐに手配しよう》


《畏まりました……では、手筈の方整えておきます》


《よろしく頼む》


 トムに向かって軽く礼をした青年は、足早にその場を後にした。彼は、トムの弟子。この世界理念神理教の教団に捨て子として引き取られ、育てられてきた。そしてそんな彼に、一番手厚く構っていたのがトムであった。彼もまた教会に育てられた人間だったのだ。一つ違う点があるとすれば、彼が捨て子である事だろう。

 最初でこそ反抗的な態度の多かった弟子だったが、今ではトムを尊敬する優秀な弟子になってくれた。ゆくゆくはこの教会の司祭になる事を進言しようと、そうトムは考えていた。

 そんな折に入った一つの情報。それは、とある一人の少女をつけ狙う男が、計画的にその少女を襲おうとしているというものだった。ちなみに、その少女というのが先ほどトムが応対していた少女である。縁を切った方がいいとは告げたが、先ほどの弟子からの報告を聞く限り、そんな事をすれば逆上で何をされるか分かったものではない。

 アドバイスを見誤ったかと歯噛みするトムだったが、優秀な弟子からの情報を得た。今晩少女を襲撃するというのならば、事前にその場に赴き、男が来た所で捕えればいい。

 そう作戦を立て、トムは大教会を出発した。




 夜も更け、弟子に聞いた約束の時刻を迎えた。


《時間か……どちらもまだ到着していないようだが》


 約束の場所に赴いていたトムは、木陰から建物の方に視線をやった。灯りが灯っている様子はない。小窓一つない建物であれば話は別だが、見た所、玄関口の面に一つそれが見受けられた。だが、灯りを点けずに用を済ませる可能性もある。

 と、そんな事を考えていた時だった。


《きゃああああああ!? だ、誰かあああ!?》


《――ッ!?》


 突如聞こえた悲鳴。思わず身を隠していたにもかかわらず、身を乗り出してしまった。

 間違いない、少々籠り気味ではあったが、ずっと注視していた建物から聞こえた。あの声は、先刻相談を受けていた少女のものだ。


《くっ! 先回りされていたか!》


 約束の時刻より大分余裕はあったはずだが、当事者達の方が余程早く先に到着していたらしい。トムは慌てて建物の方に駆けた。

 だが、扉に手をかけたところで異変に気付く。


《なッ!? くそ、鍵がッ!!》


 用意周到な事に、第三者が入って来ないように鍵をかけられていた。余程綿密に計画を立てていたのか? そう考えつつ、トムはどうにか建物内に突入する手段を考えた。


《致し方ない……か》


 窓から飛び込む事も考えたが、あの窓枠の大きさでは体がつっかえて入れない可能性がある。であれば、玄関扉をぶち抜いてしまうのが最善策だと考えた。

 トムは、木製のドアに何度もタックルをかまし、幾度か繰り返して強引に屋内に突入を果たした。

 しかし、そこでトムはとんでもない光景を目の当たりにした。


《な、何だこれは……》


 手にしていた灯りで目の前を照らす。そこにあったのは、見るも無残な惨殺死体……それも、大柄な男性のものだった。報告にあった少女をつけ狙う男だろうか? それにしても惨い……手足はもがれ、頭部にはいくつもの針が刺されている。脳でも弄ったのか? ぐるんと白目を剥き、あらゆる穴から瞳同様血を流している。衣服一つ身に着けていない様子から、少女に襲い掛かる最中に殺された? だとすれば、先ほどの悲鳴の後、玄関から突入するのに時間がかかっている間に事に及んだのだろうか。

 様々な疑問がトムの脳裏を駆け巡る。

 と、周囲を見渡す。悲鳴をあげたと思しき少女の姿がどこにもない。手元の灯り以外は闇に包まれているため、死角は多い。もしかすると、どこか部屋の隅っこで膝を抱えて震えていてもおかしくはない。


《おーい、助けに来たぞ! 無事かー!》


 声をあげ、周囲を今一度見渡す。が、返事はない。

 どこかに逃げた? しかし、見た所出入り出来そうな場所はここのみ。となると、一体少女はどこへ?

 と、顎に手をやり考え込むトムの背後に、何者かが迫ってきた。その人物は、手元に得物の短剣を携えると、一気に振り下ろしてきた。


《ッ!?》


 咄嗟に背後に感じた殺気。その気配を素早く感じ取ったトムは、それをどうにか躱し、その謎の人物を羽交い絞めにして床に組み伏せた。


《くっ!? しくじった……》


 宵闇に溶け込んだような黒髪を持つ少女が、歯噛みして舌打ちする。その紫の双眸は激しくこちらを睨みつけたかと思うと、そっぽを向いた。よく見れば、彼女もまた下着姿であるものの、衣服を身に着けていない。あの男と同じだ。


《その声……あの時の少女か!? な、何故私を殺そうとする!》


 付け加えて少女の声を聴いて、トムは彼女が件の少女であると確信すると同時、意味が分からないというように声を荒げた。


《……命令だから》


 そっぽを向いたままやや頬を赤らめた少女が、両手首を掴まれ馬乗りになられた状態で小さく呟いた。


《何……?》


――命令? 一体誰から……いや待て、そもそも武器を手にしていてどうして男に襲われた? まず、本当に襲われたのか? ここは私が扉をぶち破るまで密室だった。つまり、あの大男を殺した犯人も中にいたはず……そして、この場にいたのはこの少女のみ。ということは、あの大男は……こ、この少女が?



 考えたくはない最悪の可能性。この少女が、あんな残虐な行為を行ったというのか? そういえば、組み伏せた際に落とした刃物には、べっとりと生々しい血が付着していた。よく見れば、少女の顔や下着のあちこちに血のようなものが付着している。見た所、少女自身が怪我をしている様子はないことから、返り血であると見受けられる。やはり、そうなのか?


《……貴公が殺したのか?》


《それが何か問題でも? 襲われそうになったから殺した……ただ、それだけ》


 まるでそれが至極当然というように、少女は淡々と話す。そんな彼女を諭すように、トムは首を振って言った。


《正当防衛にしては過剰すぎる。相当な恨みでもなければ、ああはしない》


そんな彼の言葉に、少女は辛そうな表情を浮かべて理由を説明した。


《……嫌だったの、あの手や足で触られるのが……だから斬り捨てた。私に触れていいのはお頭様だけ》


《お、お頭様? き、貴公は一体何者なのだ……》


 気になる言葉を反芻し訊ねるトムに、少女はやや面倒そうにしながらも身動きが出来ぬ態勢のまま自己紹介した。


《名乗ったところでもう手遅れだけど、冥土の土産に教えてあげる。私は『千嵐(ちがらし) 未夜(みや)』……『夜影の暗殺隊ナイトシャドウ・スレイヤー』の『六桁の嵐数ゼクストーム・ディジット』の一人》


《な、夜影の暗殺隊だと!? な、何故嵐一族の人間が……》


 少女――未夜の正体を知り、驚愕に目を丸くするトム。

 まさか、よりにもよって四帝族の一つ――嵐一族のお抱えの暗殺組織がこの場にいるとは思いもよらなかった。それも、下っ端などではなく、幹部格の一人ときたものだから尚更である。

 嵐一族には、代々傍に控える六つの嵐が存在する。それが、六桁の嵐数。その苗字には様々な桁や単位を冠する名が付けられるという。そして、それをまとめるのが、虚数を冠する虚織家……。


――そうか、お頭様というのは夜影の暗殺隊のトップである虚織の人間の事か。



 お頭様というのが何であるかは納得出来た。だが、それはあくまで一部。まだまだ分からない事だらけのトムは、さらに未夜に質問を重ねようとした。

 だが、少女は首を振ってそれを拒絶した。


《それ以上は答えられないかな、それにさっきも言ったけど、手遅れなの……赦してね、"神父様"》


《どういう意味――》


 どうにも気がかりな言い方で赦しの言葉を口にした未夜が、ふとトムの頬に触れた。一体どういうことなのか、訳が分からないトムが追究しようとした瞬間だった。


《い、いやあああああ!? は、放して! 放してよっ! だ、誰かああ! お、襲われる!》


《なっ、いきなり何を――》


《何をしている! ……え、し、神父様?》


 突如悲鳴をあげる未夜に、何事かと慌てふためくトム。そこに、第三者の声が聞こえる。見れば、そこにいたのはトムの愛弟子と幾人もの教団の人間だった。

 弟子の青年は、思わず唖然とした。それもそうだろう、自分の尊敬する神父が、目の前で年端もいかぬ十代の下着姿の少女を組み伏せ馬乗りになっていたのだから。


《ま、待て! 違う! これは、私ではないッ!》


 慌てて弁明しようとするトムだったが、目の前のあまりに不利な光景を多くの人間が目にしている。


《信じていたのに……まさか、こんな事をする人だとは思いませんでした。幻滅しましたよ……》


《断じて違う! その女の話を信じてはならないッ! そいつは何者かが遣わした間者なのだ! 私は何者かに嵌められたのだッ!!》


 先程未夜と名乗る少女が口にした命令という言葉。あれが真であれば、これは自身を在りもしない罪にかけようとする何者かの所業であるのは間違いないのだ。

 だが、誰もトムの言葉に耳を貸さない。


《言い訳ならば懺悔室で聞きますよ。お前達、神父様を拘束してください》


 哀し気な表情を浮かべつつも仕事を全うするように、青年は周囲にいた仲間の教徒達に命令を下した。二、三人の男達がトムを取り囲み、組み伏せていた腕を強引に掴み、逆に羽交い絞めにしてきた。


《ぐぅッ!? 放せ! 何故だ、何故私の言う事が聞けないッ!》


 理解が出来なかった。ただ、少女の無事を願い、安否を心配して駆け付けただけだというのに、正義の下、救いの手を差し伸べたと思ったのに、その手は儚くも払い除けられ、逆に掴み取られてしまったのだ。罠という手に……。


《……お聞きになりませんでしたか? もう、手遅れなんですよ、神父様》


《な、何故……その台詞を、お前が……っ! ま、まさか――》


 聞き捨てならなかった。まさに絶望のどん底に叩き落され意気消沈して何もかも聞き流す中で、それだけは聞き流す事は出来なかった。思わず顔を見上げ、一体目の前の男は何を口走ったのだと、信じられないという顔をするトム。

 そして、そんな彼に向けられた青年の顔は、酷く愉悦に歪んでいた。


――そうか、そういう事だったのか。全てはこの男による罠……思えば、この場を教えたのも、目の前にいる男ではないか。



 トムは理解出来なかった。あんなにも手塩にかけて育ててきた愛弟子が、息子のように可愛がってきた彼が、何故このような暴挙に打って出るのか、恩を仇で返すような行為に走れるのか。


《何をしているのですか、早く連れて行きなさい……この少女には、私が事情をお聞きしましょう。よろしいですね、"未夜さん"?》


《……はい》


 最早隠し通す事すらしない。青年は、少女の名を知っている。告解室でのやり取りで相手に名を訊ねる事はしてこなかった。つまり、相手の名前を知っている時点で、この二人は関係者という事なのだ。


――二人で、私を謀ったというのか……ッ!



《待て! 私ではない! こいつだ! こいつらが私をッ!》


 必死の抗議だった。目の前にいる真の犯人を、世界の理の代弁者たる私を大罪人に仕立て上げようとする大罪人を、必死に告げようとした。だが、ほくそ笑んだように妖しく笑みを浮かべ、弟子はゆっくりと口を開いた。


《この期に及んで往生際が悪いですね……よもや錯乱して愛弟子に罪を擦り付けようとは……実に嘆かわしい。私は哀しいですよ》


 こんな事を言われては、何を言っても冷静さを欠いているせいで、こちらが虚言を口にしているとしか思われない。完全に打つ手を失ったトムは、落胆して怒りに体を震わせ、青筋を浮き立たせて目の前の怨敵を強く睨みつけた。


《おのれ……断じて、断じて赦しはせんぞ! ユーグリッド!》


《どうぞご勝手に……世界の理がどちらに運命の流れを導くか……どうか神父様に救いの導きをお与えください》


 精いっぱいの抵抗だった。だが、それすら意に介さないというように、弟子――ユーグリッドは敬虔な信徒でありながら狂乱に走った恩師を思いやる様子を演じてみせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ