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第二十一話「燃え盛る憎悪に包まれし魔女」・1

今回は三部構成です。


 ディートヘイゴス邸二階の廊下の最奥へ辿り着いた茜と百合の二人は、互いに目配せをして頷き合うと、一緒に大きな扉を開けた。この奥から何者かの気配を感じたのだ。

 中に入ってみると、そこは大食堂だった。


「うわぁ、すっごいひろ~い!」


 料理をする茜は、目を爛々と輝かせて厨房へと駆けていった。


「あ、ちょっ茜君! ……やれやれ、好奇心には抗えないか。まぁ、分からないではないけどね」


 一方で、百合はさっさと姿を消してしまう茜に首を左右に振って肩を竦めると、冷静に大食堂内を興味深そうに捜索した。

 が、特にこれといった異常は見当たらなかった。


「ふむ……しょうがない、茜君が戻ってくるまで待つとしようか」


 大食堂に設置してある幾つかの長机。その一つの丸椅子に腰かけ、足を組んで頬杖をつき、手持無沙汰な右手の指先でリズムよく机を叩き、暇を潰す百合。

 そうしてしばらく茜が厨房から帰ってくるのを待っていると、ようやく奥の厨房から満足したように笑みを零して茜が戻ってきた。


「にひっ、満足したようだね」


「うん、さすが大食堂だけあっていろんな調理道具が揃ってたよ! ここの料理人さんもきっとお料理するのが大好きな人だったんだろうね」


「まぁ、その人もこの状況からして既にこの世にはいないようだけどね……」


「まぁ……ね」


 百合の言葉に、さっきまで笑顔を浮かべていた茜は、気分が沈んだように一気に暗い表情になってしまう。待たされた退屈な時間を少しでもマシなものにしようと意地悪く言ってみたのだが、思いの外効いてしまったことにバツが悪くなり、百合は思わず頬杖をついたままそっぽを向いて、こんな気まずい空気にした事の責任逃れをしようとする。

 すると、そんな空気を一変するように、突如長机の上に綺麗に並べられていた食器類が浮かび上がった。


「な、何!?」


「くっ、気を付けるんだ茜君!」


 浮き上がったそれらは、身構える茜や椅子から立ち上がった百合に向かって襲い掛かった。

 茜は武器の鉈でそれを振り払い、百合は飛び退いてそれを回避した。


【うふふっ、やるじゃない……まぁ、これはほんのご挨拶。本番はこれからよ……】


 上空から女性の声が聞こえてきた。周囲を見渡していた二人がようやくその第三者の姿を捉える。

 見れば、そこにいたのは魔女の姿をした冥霊族の一人――アンジェラだった。


「この人って確か……」


「報告にあったディートヘイゴス一家の一人――アンジェラ=ウィッチ=ディートヘイゴスだね……」


 茜が最後まで言いかけたところで、百合が瓶底眼鏡を光らせて敵のフルネームを口にする。


【へぇ、流石にあんだけ大暴れしたから、少しはあたし達の事調べたのね】


 自分のフルネームを知っていた二人を鼻で笑ったアンジェラは、大して驚いた様子もなく杖を振るって炎魔法を繰り出してきた。慌てて防御姿勢を取る二人だが、アンジェラの狙いは二人ではなく、その後ろにある大食堂の入り口の扉だった。

 繰り出された炎魔法による火炎弾が入り口の扉に直撃し、一気に炎の壁が飲み込んで入り口兼出口である場所を塞ぐ事により、二人の退路を断った。


【これで、もうどこにも逃げられないわよ?】


 完全に勝ち誇ったような笑みを浮かべるアンジェラ。だが、ここで諦める二人ではない。二人は視線を交わして互いを一瞥すると、まるでそれだけで作戦を伝えたかのように頷いて行動に移った。

 茜が武器である鉈を構え、それを横薙ぎに振るって炎攻撃を繰り出す。真っ赤な炎がアンジェラの顔の真横ギリギリを通過していく。チリッとツバ広帽子と青い髪の毛が少し焼け焦げ、アンジェラを怒らせる。


【やったわね、炎耀燐茜っ!】


 片手をかざし、そこから水泡を出して茜に向かって飛ばす。彼女はそれを横に駆けだして照準を逸らそうと試みた。だが、障害物も多く、移動できるスペースも限られるこの場では、どこに逃げるか予測されやすかったため、逃げようとした先に、アンジェラが先手を打って水泡を幾つか飛ばしてきた。


「わっぷっ!?」


 顔は勿論、体のあちこちに水泡を引っ被った茜は、一瞬にして濡れネズミのように全身ずぶ濡れになってしまった。


【くっくっく、炎属性に水属性は相性抜群でしょう?】


「……別に、このくらいの水……っ!」


 そう言ってアンジェラの言葉を跳ねのけるように体をブルブルと左右に振り、体内から炎属性の熱を高めて一気に水を蒸発させ、一瞬の内に濡れる前の状態に戻る茜。


【はは……無茶苦茶ね、あんた】


 まるで犬のような動きをしたかと思えば、有属性者らしいとんでも方法でこちらの攻撃を封じてくる茜に、アンジェラは乾いた笑い声をあげ呆れ果ててしまう。

 そして、その間にも二人の作戦は成功しようとしていた。

 何やら異臭が立ち込めてきたため、そちらに視線を向ければ、それは自分が封じたはずの出入り口の方からだった。

 よく見ると、白衣の上にコートを羽織り、瓶底眼鏡をかけたショートカットの少女が、何かの液体をばら撒いてる姿があった。その紫色の液体は、炎を包み込むように炎の壁に降りかかり、燃え盛る大食堂の扉ごと溶かしていった。どうやら毒による作用のようだ。


【まさか……】


 気づいた時にはもう遅かった。そう、二人の狙いはこれだった。茜がアンジェラを引きつけ、その間に百合が脱出経路を再確保する。

 作戦は見事に成功した。


【くっ、逃がさないわよっ!】


 せっかく閉じ込めたのに逃げられてはたまらないと、アンジェラは杖を振るってもう一度火炎弾を放とうと魔力を高めた。それを見て、慌てて茜は口を開く。


「先に逃げて百合ちゃんっ!」


「しかし、茜君が!」


「あたしは大丈夫だから!!」


 相手は火と水を使う。だが、こちらは炎。確かに水属性との相性は悪いが、それも炎熱度次第ではねじ伏せられない訳ではない。それに、先ほど攻撃を食らった時にも感じたが、どうやらそこまで属性の力が強い訳もなさそうだ。不覚を取らなければ問題ない、茜はそう考えた。

 だが、百合にも百合の事情があった。

 元々茜の持つ液状魔法での戦いに興味があった百合は、彼女と行動を共にする事で、彼女の戦いぶりを見れる事を密かな楽しみにしていたのだ。そのため、正直逃げたくはなかった。

 が、しかし、なかなか踏ん切りがつかない百合の眼前に向かって、アンジェラが放った火球がとんできて我に返った。


「うわぁっ!?」


 どうにか必死に後方へ跳び、身体をスライディングさせて滑りながらもどうにか火球を躱し切った百合は、大食堂から脱出することに成功した。

 慌てて肩越しに大食堂の入り口を見やる。そこには既に先ほど同様の火柱があがっており、既に中の様子は窺えない状態に戻っていた。


「あ、茜君! そっちは無事なのかい!?」


「うん、あたしは大丈夫! 百合ちゃんこそ大丈夫なの?」


「私の方は問題ない。それより、本当に一人で大丈夫かい?」


「あはは、百合ちゃんは心配性だなぁ。あたしなら大丈夫だから、先に行ってて? すぐに追いつくから!」


「……ぐっ、わかった」


 真を言えば、茜が心配で言っているのではない。一緒に戦えない事よりも、彼女の戦闘データを集められなかった事が悔しいのだ。

 百合は下唇を噛み締めて未練がましく後方を幾度か確認し、階段を上がって大食堂を後にしたのだった。




「……ようやく、二人きりになれたね」


 百合の足音が遠ざかった事で、茜はようやく自分とアンジェラの二人しかこの場にいない状態になったと、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。その言葉に、アンジェラは口の端を吊り上げて目元をヒクつかせた。


【何? あんた、あたしと戦いたかったの?】


「あなたと少し話したい事があってね」


 明らかに不機嫌な態度になるアンジェラに対し、武器を構えて茜は静かにそう口にした。


【何かしら?】


 一応聞くだけ聞いてあげようじゃないというように、アンジェラが空中で箒に足を組んで座った状態で腕組をする。


「どうして、妖燕さんを殺したの?」


 その問いに、アンジェラは一瞬黙りこくると、伏し目がちに口を開いた。


【暑苦しい男が嫌いなのよ。それに、あの妖燕という男は殺し損ねたわ。フォロトゴスに手柄取られちゃったし……まぁ、あの豪地彪岩だけでも私自身の手で殺せてよかったわ。……どうして殺したか、だったわね。単純な話よ、あいつが熱血教師だったから……そして、あいつが有属性者だったから。それだけの理由よ】


「そんなの、納得できないよ……それだけの理由で、どうしてあたし達の大切な人達を奪ったの……っ!」


 アンジェラの話を聞けば、もしかしたら万が一でも納得出来るのかもしれないとほんの僅かな期待を寄せたのだが、実際はとても納得のいくものではなく、それだけに自分の身内や知り合いの身内を殺された事に、憤りが募っていった。

 目に涙を浮かべ、悲痛な思いでアンジェラに自身の気持ちをぶつける茜。

 そんな彼女に、アンジェラは嘆息して腕組していた腕を崩し、箒を両手で握り足を組みなおすと、嫌々というように口を開いた。


【はぁ、しょうがないわね……そこまで言うんだったら聞かせてあげるわよ、あたしの昔話をね……】


 そう言ってアンジェラは、生前の話を始めたのだった……。




――▽▲▽――




 初代十二属性戦士が産まれるより前、皆既日食の日に『真紅月日の粒』が起きた時代。

 アンジェラはウォータルト領に住む一人の少女だった。何気ない毎日を送っていた彼女が一変したのはつい最近。突如降り注いだ真っ赤な雨に打たれた人間の何人かが、力に目覚めたのが始まりだった。

 力は平等に与えられた訳ではなく、無作為に人々に与えられた。その結果、突然得た力に驕れる者も少なからずおり、そんな人間達の力の暴力による被害が多発していた。中にはその力に飲まれて体を壊す者も現れた。

 一体この世界に何が起きたのか、アンジェラは訳が分からず混乱する日々を過ごしていた。

 自身の手を見下ろし、拳を握って力を籠めてみるが、爪が食い込んで痛いだけで、何の力も発現しはしなかった。


《はぁ……まぁ、所詮そんなものよね》


 不意に溜息が漏れる。なんかの奇跡で、突然自分も力が使えるようになりはしないかと淡い期待を抱くが、それは無駄に終わった。

 そんなある日、アンジェラの住む地域にある家族が越してきた。人だかりの隙間からひょっこり顔を覗かせてその一家を注視するアンジェラは、一人の少女を見つけた。

 自分達とは異なるやや焦げた肌質を持ち、燃えるような赤い灼熱の髪の毛を持つ少女。それが、後に友達となる彼女との出逢いだった。

 彼女はフレムヴァルト領からこちらに来たようだ。それにしても不思議だ。フレムヴァルトといえば、火を司る四神――朱雀を祀る鳳凰一族が治める帝国。そんな場所から、水を司る四神――青龍を祀る霧霊霜一族が治める帝国へ越してくるとは、相性でいえば正反対のはずだが。

 アンジェラは不思議に思ったが、理由はその母親を見て分かった。娘と異なり、母親の髪色は青く、肌も青白かった。そう、彼女はウォータルトの出身だったのだ。つまり、あの少女はウォータルトとフレムヴァルトの子供ということだ。

 なるほどと合点がいったアンジェラは、何だか彼女とはすぐ仲良くなれそうな雰囲気を感じた。

 そして、それは予想通りで、次の日には二人はすっかり友達と呼べる間柄になっていた。二人はどちらも無属性者で、特別な力を持っていなかった事も理由にあるのかもしれない。

 周囲には水系の属性を扱う幾人の有属性者達。そんな彼らを羨ましそうに眺め、力に焦がれながら二人はひっそりと過ごしていく事となった。

 それからしばらく経ったある日、二人の住む町に、あるポスターが貼られているのを見つけた。そこには、こう書かれていた。


《……鍛錬塾?》


《なぁに、それ?》


《さぁ?》


 ポスターの上側に大きく書かれた文字を疑問符を浮かべながらアンジェラが読み、傍にいた友達が同じように不思議そうな顔を浮かべて訊ねる。

 だが、初めてこのポスターを見たアンジェラも、疑問の声をあげて小首を傾げるしか出来ない。

 詳細を知ろうと、さらにポスターに視線を這わしていくと、段々とその全容が分かってきた。

 この鍛錬塾は、力を求める者を募ったものらしく、これに参加すれば力を手に入れられるどころか、今よりも強くなれるとの事だった。そんな如何にも怪しさムンムンの踊り文句を謳っているこんなものに参加するのは、あまりにも危険そうだが、まだまだ世界を知らないアンジェラ達は、リスクよりも力を得られるという事に爛々と瞳を輝かせ、互いに頬を綻ばせて見つめ合った。

 特に、アンジェラの友達は生まれつき体が弱かったらしく、力を手に入れる事で体の弱い自分を変えられると思っていたようだ。

 

《よかったね、これに参加すればきっと……》


《でも……一人だと少し不安で……》


 どこか浮かない顔になる少女に、アンジェラはせっかくのチャンスを手にしないのは勿体ないと思い、友達の切なる願いを叶えてあげたかったアンジェラは、意を決して頷いた。


《わかった、あたしも行くわ! それなら心細くなんかないよね?》


《え? でも、いいの?》


《もちろん! それに、本当はあたしも力が欲しいとは思ってたんだよね》


 友達の心配そうな顔に、アンジェラは頬をかきながら本音を吐露する。その声に安堵したのか、少女は朗らかな笑みを浮かべて口を開いた。


《それじゃあ、一緒に行こう!》


《ええ!》


 こうして二人は互いに約束を交わし、準備を整えてその日を迎えた。

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