第十九話「爆裂咲かせる亡霊」・2
※グロありです。
【……い、一体何をしたんだぁッ!?】
「大した事じゃないですよ。少しばかり遺伝子を弄って、育てるための水分や肥料を聖水に変えただけの代物です。ただ、相当な浄化作用があるようで、これ一個分で聖水の小瓶三個分の効果を発揮するみたいです」
小袋から取り出した聖なる実を親指と人差し指で掴んで眼前に掲げ、実越しにボブを見据えて丁寧に説明する土筆。
それを聞いて、ボブは歯噛みした。先ほどまでの余裕綽々な態度はどこへやら。まるで一気に形勢逆転したかのような状況に発展した。
【くぅッ! そんな物まで作り出せるなんて……植物操作の力、少しばかり侮っていたよ】
「爆裂種から脅威的な爆弾や派生した植物兵器を生み出し、惨い方法で多くの人々を殺戮してきたあなたの方が、よっぽどやばいと思いますけどね……」
【うぷ~っくっくっく、言うじゃないか……でも、まだだよ……実体化したところで、ボクちゃんは冥霊族……不死身なんだ! そんなボクちゃんを倒すことなんて、君には出来やしないッ!!】
そう言ってボブは威勢を取り戻し、実体化した肉体で土筆に向かって突っ込んできた。彼女を捕らえようとその大きく太い手を伸ばす彼に、土筆は手をかざして地面から蔦植物の防壁を展開する。
【ふん、そんなもの――】
と、先刻同様霊体になってすり抜けようとでも考えたのだろう。しかし、彼の肉体は透ける事はなく、実体化したままの贅肉の塊は速度を落とす事も出来ず、蔦植物の防壁に激突し、ネットのような状態になっていた蔦植物のそれは、突っ込んできた勢いをそのまま返すようにしてボブの体を跳ね返した。
【んぐぉおおおお!?】
想定外の事態の連続に、ボブは地面に仰向けに倒れた体をどうにかして起こし、目を白黒させながら荒れる息を必死に整え、考えを巡らせていた。
【ど、どう言う事だ……なんで、何で霊体化しないッ!?】
完全に冷静さを失い、焦った様子のボブ。それを見て、土筆は静かに頷いて説明した。
「当然です……今あなたの体には聖水の力が働いているんです。その効果が持続している限り、再び霊体化する事は出来ませんよ?」
【な、なにぃぃぃぃぃ!? ば、バカな……そ、そんな話……ボクちゃん知らないぞ!?】
「まぁ、今まで聖水の力を浴びる事もなかったでしょうから、知らないのも無理はないかもしれないですね」
土筆の説明を聞いて衝撃を受けたボブは、彼女から納得のいく理由を聞いて数回頭を振った。それから気を取り直したように口を開く。
【……そ、そういうことか。くっそぉ、無敵だと思ってたのに、逆にそれを利用されるだなんて……! ま、まぁ、それでも永遠に実体化し続けるわけじゃないんだ。じっくり愉しませてもらおうじゃないか】
「……残念ですけど、私はさっさと片づけさせてもらいます」
そんなボブに対し、土筆は呆れるように嘆息交じりに呟いた。それから、片手を地面に突き、蔓植物を生成した。その植物にはびっしりと棘が生えており、その棘に触れると刺激性のある毒液を分泌する仕組みだった。
土筆はその蔓を鞭のようにして、ボブに向かってお構いなしに振るった。
【どひぇぇ!? お、おやおや……み、見かけによらず結構アクティブな攻撃してくるじゃないか。うぷ~っくっくっく、で、でもねぇ? そんな攻撃、当たらなければどうという事は――あひひひぃぃぃんッ!?】
いきなり鋭い一撃を放ってきた土筆に、動揺したように声を震わせたボブが、平静を装おうとして強気なセリフを吐きかける。
が、その間にも何度も鞭を振るっていた土筆の一振りが、とうとうボブの贅肉たっぷりの腹部に命中した。
刹那、ボブは堪らず絶叫をあげた。そんな彼に、土筆は鞭を振り払って冷静に呟いた。
「当たらないというのなら、当たるまで振るえばいいだけの事です」
【き、君、実はSとかなのかい? いいねぇ、ボクちゃんと相性最高じゃないか……あぁ、体中に走る激痛と、この毒が体中を駆け巡っていく感じ、実に堪らないなぁ! まぁ、不死身のボクちゃんには毒なんて屁でもないわけだけど! うぷ~っくっくっく……】
土筆の内面に眠るある素質を感じ取ったボブが、自身を抱きすくめながらふとそんな事を口走ってくる。
これには流石の土筆も明らかな嫌悪感を抱いた目つきで、ボブを睨みつけて言い放った。
「……気持ち悪い、ですね……少しばかり攻撃手段を誤ったのかもしれません」
【いんやぁ、そんな事はないさ……お陰様でボクちゃんも色々と漲ってきた所さ……それに、あまり君を調子づかせるのも面白味に欠ける……】
「何を――っ!?」
何やら含みのある笑い声をあげるボブに、警戒を強めようとしたまさにその瞬間だった。土筆は瞬時にボブの両手に掴まれ、身動きが取れなくなってしまった。両腕ごと掴まれているために、武器を振るう事も植物を操作するのも難しい。
と、そんな危機的状況に陥った彼女を目にして、ボブは堪らず不気味な笑い声をあげた。
【うへへへへぇ、つっかまえたぁ~♪ それじゃあ、余興の下準備といこうか!】
そう言ってボブが顎をしゃくって植物に指示を出す。すると、周囲に侍っていた植物の一つが、その蕾を大きく膨らませて土筆に近づいてくると、その顔面に向かって勢いよく何かを吐き出した。
「うわっぷっ!? ……ごほ、ごほっ……すん、すん……こ、これって油?」
やや臭いのあるベタついた感触のする液体。その液体の正体を思考回路を巡らせて突き止め、答えを口にしてみる土筆。
すると、その土筆の解答に、感心するように笑い声をあげてボブが説明をくれた。
【うぷ~っくっくっく、ご名答。植物性の物でねぇ、ボクちゃんがいざって時のために溜めておいたのさ。それじゃあ、彼女にご登場願おうか……さぁ、おいで】
そう言ってボブが誰かを呼び出す。
そうして暗闇から姿を現したのは、一人の幼い少女だった。十歳にも満たない見た目の彼女の体はボロボロで、貧血気味なのか肌も土気色、髪の毛もボサボサで手入れが行き届いていない様子。さらに片方の目は失われており、その眼窩から一輪の花が咲いていた。そんな彼女の首には重々しい金属質の首輪が着いていて、血塗れの白衣を身に着けていたのだが、何より土筆の目を引いたのは、重そうに自身の大きく膨らんだお腹を抱えている姿だった。明らかに栄養失調を起こしていそうなその顔色から、明らかに食べすぎによるものではない。
となると、あのお腹には何かが入っている? まるで妊娠した妊婦のような出で立ちだが、明らかに年端も行かない少女がそんなはずもないと考えた土筆は、すっかり言葉を失って絶句した。
と、衝撃を受けている土筆の反応に満足したのか、ボブが口の端を吊り上げて語り始めた。
【紹介しよう、彼女はね……ボクちゃんの愛玩奴隷のミリィちゃんだよ。その子はねぇ、ここに不法侵入してきた愚か者達の一人だったんだ。大勢の仲間が惨たらしく死んでいく中、彼女だけが片目を抉られるだけで済んで一人孤独に取り残されてたんだよぉ。流石に可哀想だと思ってねぇ、だからボクちゃんがこうして可愛がってあげてたのさ】
「そんな……私達草植系属性の人間だけでは飽き足らず、こんな幼い子供にまで……どこまで最低な男なんですか」
ミリィのあまりに見るに堪えない姿を一瞥し、土筆は静かな怒りをあらわにした。しかし、そんな彼女の目つきを見ても、ボブは悦ぶだけで少しも堪えていない。
【いやぁ、そんなに褒めないでよぉ~。ボクちゃんだって、好き好んでこんな事したりしないさぁ。全ては下準備なんだよ……ミリィちゃんの眼窩に刺さってるその花はねぇ、ボクちゃんが死んでも死にきれない理由を作り出した女のつけていた花なんだ……】
「それがどうしたんですか?」
人の眼窩に花を突き挿して、まるでその体全身が花瓶だとでも言いたいのか、あまりに狂気染みている。
と、明らかに苛立っている様子を見せる土筆に笑いが込み上げてきたのか、ボブは両肩を震わせながら大きな笑い声をあげるのを必死に押し殺し、土筆を制止した。
【ぷっくっくっく、まぁ話は最後まで聞きなよ。どうしてその子のお腹が大きいのか教えてあげようか……さっき無謀にボクちゃんに攻撃しまくってた男がいたじゃない? 差し詰め、あの男が嵐暗冷の息子なんだろうけど、あの子の伯母二人に施した物と同じ物を餞別してあげたのさ】
「同じ……もの?」
軽く話は聞いたが、慌夜の伯母である咲夜と亜夜の死因は、爆死だったという。つまり、身体に爆弾でも仕込まれたか、地雷原でも踏み抜いたか。ふと思いつく爆死の原因を考えるが、そうしてる間にもボブが話を続ける。
【そうそう……大量の爆裂種の実を、しこたまねぇ!】
「な、なんですって……まだ他にも爆裂種を用意していたんですか!?」
【ボクちゃんは爆発させるのが大好きなんだぁ……特にカワイイ生き物が真っ赤な血を噴き出させて弾け飛ぶ光景なんて、絶頂ものだよぉ!】
頬を赤らめ、興奮したように身を捩りながら恍惚な表情を浮かべるボブ。荒い息遣いで何かを考えているのか、その口の端からは下品にも涎を垂らしている。
「……狂ってます。まさか、この子も……」
【あぁ、そうさぁ。そのためにここに連れてきたんだからねぇ!】
と、これから何をしようとしているのか察した土筆を見て、ボブがすかさず指を鳴らした。直後、ミリィが悲鳴をあげて絶叫し、口や股下から大量に血を噴き出した。
どうにか助けてあげたいが、草属性の持つ回復能力はあくまで傷や怪我を治療するものであって、身体に入り込んだ異物を除去するまでの力はない。
土筆は、自身の力不足を嘆き、歯噛みした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
耳をつんざかんばかりの叫び声。ミリィは大きく体を仰け反らせ、ついにその両目からも大量に流血した。
その明らかな異変に、土筆は身の危険を察知して徐々に後退して距離を取った。
一方で、ただでさえ膨らんでいたミリィのお腹は更に肥大化していき――
「た、す……け――」
綺麗なターコイズブルーの隻眼の瞳から大粒の涙を流し、ミリィは必死の救いの声を土筆に向かって口にした。だが、既に手遅れなのだ。土筆は申し訳なさと不甲斐なさに居たたまれなくなり、彼女の視線から必死に目を背けた。
そして、ついにミリィの皮膚が耐えきれなくなり、腹部の皮膚が徐々に裂けて血を噴き出し、その亀裂の隙間から眩い光が放った次の瞬間、大爆発を起こした。
「きゃっ!?」
大量の血飛沫と肉塊が、火の粉を纏って周囲に飛び散る。床に落下したそれらは、床に散らばっていた棘状の種子に引火して爆発を起こした。おまけに、周囲にあの植物性の油も広がっていたらしく、一気にそれにも引火して周囲は火の海に包まれた。
ミリィからはある程度の距離を取っていた土筆だったが、周囲に広がっていた油溜まりからは抜けきれておらず、同じく油をぶっかけられていた土筆もまた、例に漏れる事無く火達磨になった。
「いやぁああああああああああああ!?」
全身を焼き尽くさんばかりの炎に、土筆はもがき苦しんだ。このままでは大火傷どころか焼死体の出来上がりだ。
苦しみもがき、どうにかして消火出来ないものかと奮闘する間に、ふと目でボブの姿を探した。
どこにもやつの姿はない。どうやら、この爆発を事前に想定していたために、どこか安全な場所に避難しているようだ。
今ならば誰にも見られていない。そう確信した土筆は、思い切って油を引っ被った衣類を全て脱ぎ去り、その辺に放り捨てた。だが、元々露出していた顔や手足の炎は消えない。土筆は体中に大量の植物の蔦を纏わせ、皮膚をコーティングした。これで多少なりとも燃焼の時間稼ぎにはなるはずだ。それに、下着姿というあまりに恥ずかしすぎる恰好からも免れる事が出来る。
土筆は急ぎ燃え盛るエリアから離れ、手荷物から水筒を取り出した。そして、躊躇う事無く一気にそれを頭から引っ被った。中身はお茶だ。水分補給のためにと持ち歩いていたが、こうした形で役に立つとは思わなかった。この場に七海か渚がいてくれれば、水で消火するか、風で一気に吹き飛ばす方法を取れたかもしれない。
だが、それはあくまで希望的観測に過ぎない。今は自分自身でやれることをやるしかない。
草属性の回復で体の火傷を治した土筆は、今一度全身をぐるりと確認する。見た所火傷の痕は残っていないようだ。この回復も全能ではない。あくまで限界があり、皮膚の回復機能が完全に失われてしまった場合は癒す事が出来ない。もしもそうなれば、こんなところで一生消えない傷痕を残される事になる。どうにかそんな事態にだけはならずに済んでよかったと、土筆は安堵して胸を撫で下ろした。
それにしても、全身にお茶を引っ被ってどうにか火を消す事には成功したが、ずぶ濡れになってしまった。おまけに衣服は焼失し、これでは下着姿で戦う事になる。だが、生憎と予備の服は持ち合わせていない。こんな事ならば替えの服を持ってきておくべきだったと後悔するが、後悔したところで新たな衣服が出てくる訳でもなし、こうなったら自棄だと、土筆は羞恥心を必死に我慢して、手元を確認した。
衣類を脱ぎ捨てる際に小袋の無事は確保したが、中に入っていた聖なる実の幾つかは熱でやられたのか、黒く変色してダメになっていた。
「……無事なのは、この一粒ですか。……これに、全てを賭けるしか」
土筆は視線を落としていた聖なる実を握り締め、覚悟を決めた。ある作戦を思いついたのだ。それを実行するための準備を進めた彼女は、一か八かの作戦に少々不安感を募らせつつ、人間サイズの種を作り出し、そのシェルターの中に身を潜めた。
それからしばらくして、あの野太い声が聞こえてくる。
【おんやぁ~? ミリィちゃんが見事に綺麗な血染めの人間花火を咲かせてくれたっていうのに、肝心な見物客の焼死体がないってのは、一体全体どういう了見だい?】
と、ボブは周囲を見渡して、焼け焦げたある物を見つけた。それは、土筆が先ほどまで身に着けていた衣類だった。最早見る影すらなく、今手にしている物が衣類のどれであるかまでは皆目見当もつかない。
それを拾い上げたボブは、鼻息を荒くしてその臭いを嗅ぎ取った。
【すぅうううううううううう! うぅ~ん、残念ながら焼け焦げた臭いしかしないや。ストリップするんなら教えてくれないと……そうしたら、脱ぎたての洋服の臭いを嗅げたかもしれないのにねぇ。いんやぁ~実に残念だよ、うぷ~っくっくっくっく】
シェルター越しに聞こえる変態発言。土筆は身震いしつつも、作戦決行の機会をじっくりと窺った。
【……出てこないか。こうでも言えば恥ずかしがって出てくると思ったんだけど、当てが外れたねぇ。まぁ、この衣服の状態じゃあ、恐らく裸か下着姿……それじゃあ出るに出られないか。うぷ~っくっくっく、でも、むしろ俄然見つけ出したくなっちゃったよ……それに、君にも美しい花を咲かせてもらわないといけないからねぇ! さぁ、どこに隠れているんだい? 大人しく出てきなよぉ!】
段々と近づいてくるボブの声。既に聖なる実の効果は切れてしまっており、霊体化しているのだろう。移動中の足音がしないのが何よりの証拠だ。まぁ、忍のように足音を消している可能性も無きにしも非ずだが、あの巨体だ。自重も相当な物のはずだし、足音立てずに移動するなど至難の業だろう。
と、ボブの声が止んだ。
【これはこれは、随分と大きな種だねぇ? 中から可愛らしい女の子でも出てきそうな大きさじゃないかぁ。さっそく割って食べてしまおうかなぁ、うぷ~っくっくっく!】
そう言って、ボブが勢いよくシェルターの種を開けた。そこにいたのは、仰向けに寝そべり、自身の体を足と片腕で隠す下着姿の土筆だった。表情は乏しいが、頬どころか顔全体が赤い。火傷のせいとも考えられたが、どこにも火傷の痕が見受けられない事からそれは考えにくい。とどのつまり、恥ずかしがっているのだ。無理もない、思春期真っ盛りの少女が、好きでもない――むしろ生理的に受け付けない類の相手に、産まれたままの姿とまでは言わないまでも、それに近しい乙女の柔肌を晒し、至近距離で見られたのだ。
【おひょひょひょひょひょ! あぁ、なんて堪らないんだ! いいねぇ、いいねぇ、すんばらしいじゃないか! うぷ~っくっくっく、あぁこのまま殺してしまうのが実に惜しいよ。君が草植系属性の持ち主でなければ、どれほど良かったか……】
「ふんっ……なんと言われようと、こっちから願い下げですっ!」
そう言うや否や、土筆はすかさず背中側に隠し持っていた植物製のパチンコを取り出した。
【うぷぷぷぷ、そんな玩具でどうしようってんだい? それにねぇ、聖水の効果はもう切れたんだ。現にこうして霊体化してるだろう? つまり、そんな物で攻撃したところで、全くの無意味って事なんだよぉ!】
何を取り出したかと思えば、ただの玩具のような即席のパチンコで、拍子抜けしたボブは堪らず吹き出して土筆を小馬鹿にした。
「くす、それはどうでしょうね!」
と、ボブの物言いなど気にも留めず、逆に強気な態度で土筆はパチンコを発射した。射出された玉は、どでかい的であるボブの肉体に命中し、霊体内に侵入してそのまま通り抜けていこうとしている。
【うぷ~っくっくっく、だから言っただろう? ボクちゃんに物理攻撃は――】
「今です!」
ボブの声を遮り、土筆が叫んだ。すると、体内を通過しかけていた玉が破裂し、中から液体が出てきた。直後、ボブが悲鳴をあげる。
【にぎぃやぁああああああああああああ!? き、貴様ぁあああああ、い、一体何を……ボクちゃんに撃ち込んだんだぁああ!?】
「これは私お手製の聖水弾です。もちろん霊体ですから通り抜けるでしょう。ですが、体内に入り込んだ所で内側から聖水をかければどうなるか、聖水を飲んだのと同じ効果が得られるのではないか、そう考えたのです。私の実験は見事に成功しました……これで、無事にもう一度実体化してもらえましたね」
【お、おんにょれぇえええええええ! いい気になるんじゃないよぉ、ボクちゃんの力はまだこんな物じゃ――】
「いえ、残念ですが、これであなたはおしまいです」
シェルターの種から身を起こし、胸を庇いながらもう片方の手で手を構える土筆。一体、目の前の少女が何故こんなにも勝ち誇った様子なのか、皆目見当もつかないボブは、疑問符を浮かべて困惑した表情を浮かべた。たかだか実体化しただけの状態で、先ほども同じ現象には見舞われた。が、結局決定打となるような決め手の攻撃は与えられる事もなく、効果切れによって再度霊体化する事にも成功している。
それだというのに、何が彼女をここまで強気にさせるのか。ボブは不思議でならなかった。
【おかしなことを言うねぇ、ボクちゃんはまだ実体化しただけで……】
「それが詰みなんですよ。厳密的には、あなたが体内にさっきの玉を残したまま実体化したのが敗因です」
まだ気づいていない様子のボブに、土筆は一つヒントを与えた。それを聞き、更に困惑してボブは狼狽えた。
【な、何を言ってるんだ……さっきの玉は聖水弾だって君自身が……】
「表向きはそうです。でも、それはあくまで破裂して聖水を体内から取り込ませるまでの役割。本命は、その中身なんですよ」
【ま、まさか……二層構造!? うぐぅ、い、一体ボクちゃんに何を取り込ませたんだッ!?】
想定外の二層構造の弾丸。あくまで一層目は二層目のカムフラージュに過ぎなかったというのだ。ではその二層目の効果はなんなのか。ボブは、自身が何を体内に仕込まれたのか分からず、恐怖に顔面蒼白となり声を荒げた。
「今に分かりますよ……」
そう言って土筆が指を鳴らす。その所作を見て、ボブは一瞬で理解した。今までの自分と同じだ。植物に命令を送る動作……。そしてそれは、決まって爆裂種に対しての命令だった。つまり――
【き、君はまさか……ぼ、ボクちゃんの体に爆裂種の実を!?】
「あ、分かりました? はい、そうです。あなた言ってましたよね? 大爆発が好きなんだって……」
ようやく真相に辿り着いたボブに、不気味な笑みを浮かべて土筆はそう口にした。だが、それは完全な誤解だと言わんばかりに、ボブは訂正の声をあげる。
【そ、それはあくまでボクちゃんが爆発させる側なのであって、ボクちゃん自身が爆発するって意味じゃ――】
「そうですか……そんな事より、おかしな話ですよね? どうしてそこまで私達草植系属性の人間を恨むのか……何も知らないままじゃ、あまりにも理不尽じゃないですか。あ、動かないでくださいね? 私をこんな姿にして辱めたんですから、指先一つ動かそうものなら、ドカン……ですよ?」
これまでずっと気になっていた事だった。母親である葡豊、親戚である癒宇。彼らを含めて草植系属性の人間にただならぬ恨みを持っている様子のボブ。だが、その理由は何も知らぬままだった。もしそれで死のうものなら、尚の事浮かばれないというものだ。現に、既に家族の一人が命を落としている。だからこそ、土筆はその理不尽な殺戮に大層腹を立てていた。無論、こんな格好にされたのも理由の一つだが。
と、そんな彼女の言動から、感じ取る部分があったのだろう。ボブは乾いた笑い声をあげて、数歩後ずさった。
【あはは……もしかしてだけど、君結構怒ってるのかい?】
その問いに、土筆はしばしボブから顔を背けるが、にっこり笑みを浮かべて振り返り、口を開いた。
「…………私の気が変わらない内に話してもらえませんか? 手が滑りそうです」
【わ、分かった分かった……以前話した相手は死んじゃったからねぇ。君にも話そうじゃないか】
完全に立場が逆転し、ボブは生命線という名の導火線を土筆に握られたまま、息を呑んで生前の話を始めた。




