第十九話「爆裂咲かせる亡霊」・1
今回は三部構成です。
渚、翼、光と別れ、階段を上がって二階へとやってきた残りの神聖の十戦士七人は、しばらくの間二階のフロアを進んでいた。
闇へと続く長い廊下。絨毯の敷かれた趣のある雰囲気漂うその空間を、七人は警戒心を強めながらゆっくり前進していく。
敵がどの部屋に潜んでいるかは分からない。不意打ちを狙って、どこからか攻撃を飛ばしてくる可能性もある。
「う~ん、部屋の数が多いな……どうする? このまま全員で虱潰しにするのもいいが、正直……あんまり時間がない状況だし、手分けしてでも捜索時間を減らした方がいいよな?」
先頭を歩いていた慌夜が、ふと足を止めて後ろを振り返り、他の六人に意見を求める。
すると、茜が珍しく真剣な面持ちで顎に手をやり、口を開いた。
「確かにこー君の言う通り、早く動いた方がいいかも。例の襲撃してきた吸血鬼に色々と情報知られたらしいし、あまり悠長にしてたら、こっちの対策されちゃうかも」
茜にしては物凄くまともな意見を出され、幼馴染の慌夜は少々感動して言葉を失い、相槌を打つしか出来なかった。
と、今度は土筆が静かに手をあげた。
「私も……賛成です。二人一組のツーマンセルで動きましょう。ただ、これだと一人あぶれてしまうので……」
そう言って視線を順にメンバーに向けていき、琥竜と目が合った直後、まるで言わんとする事を汲み取ったかのように、瞑目してある提案を述べた。
「それなら、オレが単独で動こう……隠密には長けている。敵の居所の捜索という点でも動きやすい」
「そーゆーことなら、早いトコペア組まね? とりま、うちはななみんと一緒ね?」
と、突如そそくさとペア組を始めた霙が、隣に立っていた七海の腕に抱き着いた。その突然の行動に、七海が呆気に取られて自分を卑下するように確認する。
「えぇ? わ、わたしと一緒で大丈夫~?」
「あっはは、もち、もち! しくヨロ~♪」
普段渚とペアでいる事が多い七海は、少し心配そうに尋ねるが、霙は至って平気そうにポジティブに笑い、軽い挨拶を交わした。
「わ、わ、もうペア組始めちゃうの? じゃ、じゃあ、あたしはこーく――」
そんな二人のやり取りを見て、早いところペアを組まなくてはと急かされたか、茜がさっきまでの真剣な表情はどこへやら、慌てた様子で慌夜に視線を向け、声をかけようとするが。
「おっと、君には私とペアになってもらうよ? 炎耀燐茜くん? にひっ♪」
背後から肩に手を置かれ、怪しい笑みを浮かべて声を遮るように先に声をかけてきたのは、百合だった。そんな彼女の不気味に光る瓶底眼鏡に気を取られ、茜は困惑気味にぎこちない笑顔を浮かべて応えた。
「あ、え……っと、う、うん。よろしくね、百合ちゃん」
「それじゃあ、残りは俺と草壁先輩か」
いつの間にかペア組まで始まってしまい、完全に出遅れた慌夜は、余りものペアで組むことになった土筆の名前を口にしながら、彼女の方を向いた。すると、相手も余りものである事を自覚していたのか、表情にはあまり出ていないものの、少し不満気そうな声で口を開いた。
「……不服ですか?」
土筆にそう訊かれ、慌夜は一瞬思考停止し、何でそんな事を聞いてきたか理解して慌てふためいた。
「え――い、いやいや、ふ、不服なんてとんでもない! こ、こっちこそ俺とペアなんて迷惑じゃないか?」
「くす……そんな事ないですよ」
そんな必死な慌夜の反応が少々面白かったようで、土筆は小さく笑って彼の問に答え、優しい笑みを浮かべた。
「そ、それならよかった……」
どうやら怒ってはいないようだと確認し、慌夜はほっと胸を撫で下ろして改めてペアを組んだ各々を一瞥し、再確認した。
「それじゃあ、ペア組も決まった事だし、各々二階から調査を進めるって事で……解散!」
その合図に各々頷き、各自二階の部屋の捜索を開始したのだった。
二人一組ツーマンセルで各自行動する事になった神聖の十戦士達。土筆と慌夜のペアは、二階の書庫へとやってきていた。
吹き抜けになっているのか書庫の天井は思いの外高く、今二人が立っている場所からでは、天井が闇に包まれていて見えない程の高さを誇っていた。
壁一面には本棚が立ち並び、その中にぎっしりとたくさんの書物が仕舞われていた。
不気味な程の静寂に包まれたこの空間に、何か異常はないかと周辺を散策し見渡していく土筆と慌夜の二人。
慌夜は隠れられそうな場所を探し、本の虫である土筆は、好奇心に駆られて書庫にある書物の一冊に手を伸ばし、どのような本があるのかを、調査という大義名分で読み漁った。
書庫の調査を始めてからしばらく。
特に問題はなさそうだと確信し、土筆が数冊目の書物を読み終えた所で、踵を返そうとした、まさにその時だった。
一足先に書庫を後にしようとした慌夜が開け放っていた扉に近づいた途端、突如扉が勢いよく閉まり、不気味にうねる触手のような蔓が、その扉に巻き付いて二人を通せんぼした。
「こ、これは!?」
「ええ……話に聞いていた情報と合致します。恐らく、ディートヘイゴスのボブという男かと……」
敵の情報を事前に聞いていた二人は、互いに目配せをして頷き合い、更に警戒心を強めた。
改めて周囲を見渡し敵の姿を探るが、考えてみれば敵がボブなのであれば、その姿は霊体……そう簡単に姿が見えるはずもなかった。
と、二人が敵をなかなか見つけ出せずにやきもきしていると、そこに薄気味悪く野太い笑い声が聞こえてきた。
【うぷ~っくっくっく、もしかして……ボクちゃんの事探してるのかい? いやはや、ボクちゃんも人気者になったもんだねぇ~】
声が周囲に反響して、敵がどこにいるのかまでは分からないが、確実に気配は感じる。
慌夜と土筆の二人は互いに背中合わせに立ち、今一度周囲を見渡した。
そこに、突如上空から書庫の床に大きな種が落下した。それは落ちた衝撃で真っ二つに割れ、直後に物凄く太い根を周囲に張り巡らせて一気に成長した。
日の光も水さえも不要で育つなんとも奇妙な植物に、思わず土筆の好奇心を擽られるが、成長しきった巨木の中腹付近に形成された玉座のような木製のオブジェと、そこにゆっくりとボブが霊体の状態で現れ鎮座したのを目にして、気が変わった。
ボブと思われる巨躯の男は、肘置きに腕を置いて頬杖をつき、反対の手で鼻の下にたっぷり蓄えた口髭をなぞるように親指と人差し指で弄っている。
あまりに余分すぎる脂肪を蓄えているせいで、その贅肉は玉座にぎっちりとはまり、足もあまりに太すぎるために、足を組みたいのだろうがまるで組めていないという不格好な体勢になっている彼を見て、二人は改めて上空にいるあの男が、ディートヘイゴス一家の五男――ボブなんだと再認識して敵意を募らせた。
あの男が自分達の家族を襲った襲撃者の一人……倒すべき……仇なのだと、そう決意を巡らせて武器を構えた。
【およよぉ~? やる気満々だねぇ? ん~?】
二人に向けられた敵意に、余裕綽々という顔で嗤うボブが、ふと二人をそれぞれ見据え、一人の少女の姿を見て視線を止めた。
何故ならば、目の前にいた少女は、やや幼い顔立ちになっており、髪型も異なってはいるものの、彼が間違いなく殺したはずの女性と酷似していたからだ。
【これはこれは……誰かと思えば、そっちの君はもしかしなくても草壁葡豊の娘かい? 驚いたねぇ……まさかあの女に子供がいるとは……うぷ~っくっくっく、でもこれはむしろ嬉しいねぇ……ボクちゃんはね、草植系属性を持つ女の子には特に恨みがあってねぇ、君自身には特に恨みはないんだけど、なんでだろうねぇ……不思議とその若草のような綺麗な緑髪と花飾りを見てると、無性にイライラしてくるんだよぉ……!】
そう言ってボブは玉座から身を乗り出し、みっちりと贅肉を挟んでいた割にはすんなりと玉座から体を離して、土筆に向かって一直線に突っ込んできた。
「なっ!?」
何やら一方的に殺意を向けられたかと思えば、一気にこちらへ距離を詰めてきた敵に、土筆は不意を突かれてしまった。
どうにか寸前で地面から生やした蔦植物の防壁で防御するが、敵は霊体。そのままボブは防壁も土筆もすり抜けて、床へと消えていった。
「い、一体どこに?」
「くそ、あの野郎……俺の事は完全に無視してやがる! 特に恨みのない俺は蚊帳の外って事かよ……!」
慌夜自身は多大な恨みがあれど、ボブにとってそれはどうでもいい事らしく、完全に慌夜の姿は視界に入っていない様子だった。
そこに、周囲の植物が動き始め、四方を囲んだ植物の先端に出来た蕾から、吐き捨てるように土筆に向かって一斉に液体が飛んできた。
間一髪それを回避したものの、先ほどまで土筆がいた場所に命中した液体が、一気に書庫の床を溶かしていき、頭二つ分ほどの小さなクレーターを形成した。
それを見た二人は、息を呑んで冷や汗を流した。先程飛来した液体は、どうやら植物の酸だったらしい。あんな溶解液を食らえば、ひとたまりもないだろう。
【おや外したようだねぇ、でもまだボクちゃんの攻撃はこんなものじゃないよぉ?】
またしてもボブの声だけが響き渡る。
第二撃と言わんばかりにボブが指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、今度は頭上から大量の実が落下してきた。しかもそれは明らかに意思を持っていて、慌夜のいる範囲には全く降り注ぐ事はなく、土筆ばかりを集中砲火するように降下してきた。
土筆は床に手を突いて植物の蔓を形成すると、植物操作を使い鞭で叩くようにして、こちらに落ちてくる大量の実を振り払った。弾かれた実は放物線を描き、書庫の本棚や壁、床に落下すると同時に発光し、小規模の爆発を巻き起こした。実が破裂し、中に入っていた棘状の種子が周囲に飛散する。
大剣で咄嗟に防御し、どうにか攻撃を逃れた慌夜は、不意に土筆の方を見た。すると、先ほどの爆発によって弾け飛んだ実から射出された大量の種子の一部が、土筆に向かって飛来していくのが見えた。
「草壁先輩、危ないッ!」
未だに落下してくる大量の実から防戦一方を強いられていた土筆は、慌夜の声で背後から飛んでくる種子の存在に気づいたが、既に手遅れだった。
「あぐっ!?」
身を捻って後ろを振り返り、横へ跳ぼうとした直後、棘状の種子は彼女の二の腕と横腹を掠め、太もものど真ん中に突き刺さった。
既に飛び退き行動を取っていた土筆は、その激痛で着地体勢を取れず、受け身もままならず横倒れになるように、肩から床に落下した。
【うぷ~っくっくっく、当たった当たった! どうだい、ボクちゃんお手製の植物攻撃の味は?】
と、ようやく姿を現したボブ。土筆に攻撃が命中した事が大層嬉しいのか高らかに笑って、激痛に呻く土筆に感想を求めている。
「こ、こんなもの……大した攻撃じゃ、ないです……っ!」
そう言って、額に脂汗を滲ませつつ、土筆は太ももに刺さった棘状の種子を引き抜いた。それから即座に草植系属性の持つ回復の力で止血を行い、傷口を治癒した。
【ほほぅ、優秀だねぇ……即座に治癒まで行えるのかい。うぷ~っくっくっく、これだから回復系の特性を持つ光属性や草属性は面倒なんだ……まぁいいさ。そう簡単に死なれても面白くないからねぇ!】
回復を行い、その場に立ち上がった土筆の姿を見てほくそ笑むボブ。まだ何か奥の手があるのだろう、まだ余裕な態度は少しも変わっていない。
一方で、完全に眼中にないという状態にされている慌夜は怒り心頭だった。こちらとて、二人の伯母を殺されているのだ。その恨みを少しでも晴らしたいというのに、一向に相手にされる様子がない。ならばいっそと、慌夜は自身を認識するまで攻撃してやるとばかりに、大量の闇のオーラを大剣に纏わせ、一気に放ちまくった。
が、相手は幽霊で霊体。彼の精いっぱいの攻撃は、悉く相手の体をすり抜けていき、その奥の書庫の本棚にぶつかって衝撃音と土煙を舞い上げるだけに終わってしまった。
しかし、数をこなす内、流石に目障りには感じたらしい。
ボブは目線だけを一瞥くれて慌夜の居場所を認識すると、その太い指同士を擦り弾いた。
その軽快な音が鳴り響いた直後、床が盛り上がって張り巡らされていた巨木の根の一本が飛び出した。
「んなッ!?」
あまりのその大きさに意表を突かれた慌夜。内心、多少なりとも効果があったことに喜ぶものの、目の前に迫る状況は最悪だった。
巨木の根は、勢いよくしなると、一気に慌夜の体に激突した。咄嗟に防御の体勢を取りはしたが、質量差がありすぎた。
諸に直撃を受けた慌夜の体は大きく弾き飛ばされ、本棚に激突した――だけでは留まらず、そのまま数台の本棚をなぎ倒していき、倒れた本棚達の下敷きになった。
「嵐君!!」
一部始終を目撃した土筆は、慌夜の名前を叫ぶと、急ぎその場へ駆けつけようとした。しかし、それを敵が許すはずもなく、土筆の行く手を塞ぐように他の根が壁のように立ち塞がり、慌夜の下へ向かえる道を遮断した。
【君はボクちゃんの獲物だ。誰にも渡さないし、どこにも逃がさないよぉ~? うぷ~っくっくっくっく!】
不気味な笑い声を上げ、ボブが顔のサイズに不釣り合いな小さな丸眼鏡を怪しく光らせる。そして、その両手に大量の爆裂種の実を持った。
【家族と同じように、君も華麗に大爆発させてあげるからねぇ!】
自信たっぷりにそう言い放つボブだが、土筆も彼の戦闘スタイルは事前にそれなりに聞いてきたつもりだ。そう易々とやられてなるものかと、自身を鼓舞して懐からある種を手にした。それを一気に周囲に撒き、草属性の力で成長力を促して一気に芽を出させ、開花まで育てあげる。
土筆はある作戦を考えていた。それが今しがた育てている植物。これは単なる植物ではなく、対冥霊族用に遺伝子操作を行い、改良を加えた特別製だった。
それは成長して花を咲かせると、浄化作用のある花粉をまき散らし、実をつけるとそれ自体が聖水と同じような効果を持つ仕様だった。
急成長により一気に大量の実をつけたその植物から実をもぎ取った土筆は、小袋にそれを仕舞い、攻撃のチャンスを窺った。
【ふふん、君も植物操作で戦うみたいだねぇ? 果たしてどっちの植物操作の方が上手いかな……うぷ~っくっくっく、何やら育ててたみたいだけど、無駄だよ? ボクちゃんは霊体……いかなる物理攻撃も効きやしないのさぁ!】
完全に敵は油断している。それならば、今が好機と土筆は動いた。前進して空中を浮遊するボブの足元へやってくる彼女に、ボブはこれでもかとお手製の爆裂種の実をばら撒いた。それらは床に落下すると同時、その衝撃によって破裂して爆発を起こした。先ほどの種類とは異なり、今度は破裂した実から何かが飛んでくることはなかった。しかし、かといって脅威ではあり、破裂した実から溢れ出た果汁が、破裂した実が起こした火花で引火し、小規模の炎を燃え上がらせる。
草属性にとって、炎熱系属性は相性が悪い。土筆は炎とそれによる熱気で足を止めざるを得なくなった。
周囲を爆発による炎で取り囲まれてしまい、逃げ場を失った土筆に、ボブは大きな笑い声をあげた。
しかし、土筆もただやられてばかりではない。密かに書庫の天井に張り巡らせていた痺れ花の花粉を降り注がせていたのだ。
霊体といえど、空気中に漂う微粒子レベルのそれらを、霊体内に知らず知らずの内に取り込んでしまっていたボブは、土筆にトドメを刺そうと攻撃指令を出そうとした瞬間、体の自由が利かなくなった事に目を丸くして動揺した。
【な、何故だ!? な、何でボクちゃんの体が……!?】
「どうやら霊体の体にも、特殊効果であれば効くみたいですね。これでも食らいなさいっ!」
敵が麻痺で行動不能になっている今がチャンスとばかりに、先ほど小袋に入れた聖なる実を、勢いよく二、三個ほどボブに向かって投げつけた。
【はは……、何をするかと思えばそんなこと……忘れたのかい? ボクちゃんに物理攻撃は――】
と、ボブが言い切るより前に、聖なる実の一つがボブの霊体に触れた。その直後、そこを始点として一気にボブの体が実体化した。
【――ッ!?】
予期せぬ実体化に、ボブは思わず絶句した。大量の冷や汗を流し、麻痺状態から脱したというのに、眼前に広げた両の掌を見て痙攣したように体を震わせている。まるで、まだ麻痺にかかっているのかと誤解してしまうような震え具合。




