第十八話「風焔纏いし包れた凶刃」・1
今回は三部構成です。
時は少し遡り、雅曇皇圓邸の庭園を駆け抜けて邸宅の玄関扉前まで到着した八人は、一気に走ってきたのもあって少々息を乱していた。
「はぁ、はぁ……渚ちゃん達、大丈夫かなぁ」
おっとりした雰囲気漂う七海が、両膝に手を突いて肩で息をしながらふと後ろを振り返り、残してきた渚達の身を案じる。
「二人が敵を食い止めてくれたおかげで、こうして私達だけでも先に進めたのです。その厚意を踏みにじる訳にはいきません。確かに少々心配な面もありますが、今は先へ進みましょう」
眼鏡のブリッジをくいっと上にあげ、レンズを得意気に光らせた光が、そう言って皆を先導して玄関扉を押す。
やや重厚そうな扉が開くと同時、軋んだ不気味な音が雅曇皇圓邸内部に響き渡った。
邸宅内は一見誰もいない様子。灯りは一つも点いておらず、留守にしている雰囲気が漂う。少々埃っぽい臭いが立ち込め、光が周囲に放った簡易照明に照らされて、綿埃や蜘蛛の巣があちらこちらに見受けられる。
「ここはエントランスのようですね……中央の階段から二階へも行けそうですが」
薄暗闇へ続く中央階段を目にし、光がそう呟く。本丸は恐らく最上階だろう。
八人は、一旦一階をくまなく確認して、それから二階を調べていく事にした。
「どうだった?」
「リ~ム~、こっちは鍵かかってて開かなかったわ~」
「こちらも同様だ。鍵開けなど造作もない事だが、鍵がかかっている事を考えれば恐らく中には誰もいないだろう……」
「こっちもダメだったよ、どうやら一階は誰もいないようだね」
何人かに分かれて捜索を行っていた十戦士達。情報共有のために一度玄関入り口に集まり、慌夜がそう訊ねると、霙、琥竜、百合の三人が順に、分かれていたチームの代表として捜索結果を報告してくれた。
一階の全部屋を確認した結果、一階はどこも開いていない事が分かったため、八人は次の捜索範囲である二階に向かうため、中央階段へ視線をやった。
まるで来るのが分かっていたかのように怪しい雰囲気を醸し出している中央階段に足をかけ、八人は二階へと歩を進めていく。
と、その時、光が何やら気配を察知して眉根を寄せた。それが殺気だと分かり、それも先頭を歩く慌夜の方から漂ってくる事に気づいた光は、さっとそちらを振り返り、懐から光属性を纏わせた銀製のナイフを取り出した。
「慌夜くん、待ってくださいッ!!」
「は? なんだよ、またお前が先頭を歩きたいのか? ったく、やっかみはやめ――」
と、慌夜が嘆息混じりに最後まで言いかけたところで、後ろを振り返った彼の顔の真横を、至近距離で何かが光速で飛来していった。
「――ろ、よ……な」
まさか攻撃されたのかと勘違いした慌夜は、やや狼狽えた様子で通り過ぎていったそちらに視線をやる。見ればそれは光の放ったナイフで、暗闇に紛れてこのエントランスの周囲一帯に張り巡らされていた包帯の一部を切り裂いていた。
いつの間にこんなものが張り巡らされていたのだろう。そんな疑問を抱く慌夜に、光が眼鏡を光らせて口を開いた。
「危ない所でしたね……それはただの包帯ではありませんよ。鋭さをうんと増した状態にされています。謂わば、鋭利なワイヤーのような物でしょうか。あのまま階段を上り続けていたら、そのまま天国の階段を上がっている所でしたよ」
「ケッ、上手い事言ったつもりかよ。けど、一応サンキューな……光」
目の前の包帯に関して説明をしていたかと思えば、冗談めいた事を言ってくる光に、自分ではすぐに気づけなかった慌夜は不服半分、感謝半分という気持ちだった。
が、光も慌夜に感謝されるのはむず痒いようで。
「ふんッ、礼には及びませんよ……」
と言って鼻を鳴らしてそっぽを向き、それから再び包帯に関する話を始めた。
「それにこの包帯……事前に得ていた敵の情報からも、合致する人物は一人しかいません」
と、そう光が確信した次の瞬間、突如真上から風の刃が竜巻のように八人を襲った。すんでのところで各自散開し、間一髪攻撃を免れたが、ただ一人竜巻の牢獄に囚われた者がいた――光である。
「ひ、光くん!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
先に階段の上方へ避難した茜や土筆が、心配そうに光に声をかける。
しかし、彼は逃げ遅れたのではない、敢えて逃げなかったのだ。
「ええ、問題ありませんよ……私はハナからこれが目的でしたからね……」
そう言って真剣な面持ちだった光が、さらに眼光を鋭くして風の牢獄越しに闇を睨みつけた。
と、そこへ、どこからともなく声が聞こえてきた。声のする方を探すと、まだ切り裂かれていない張り巡らされた包帯達を足場にして、一人の人物が立っていた。
【あらあらぁ~、こんなところに珍しい客人が来ているじゃないと思ったら、貴方達だったのねぇ~。それに、よく見たら獲物までかかってるわね……んっふっふっふ、でもおかしいわねぇ……オリバーが門番をしていたと思っていたんだけれど】
全身を包帯に包まれた、身体の線の細いガリガリに痩せ細った人物。そのやや太い声質からも、男であることには違いないのだが、そのオカマ口調がどうにも彼らに違和感を与えていた。
そんな彼の片手には、これまた体同様に全体を包帯に包まれた大鎌が握られている。
大鎌を振り回すオカマ口調のミイラ男……情報にあった人物に完全に合致する。間違いない、こいつが……目の前にいるこの男こそが……自分が倒すべき仇だ。
そう確信した光は、必死に怒りを押し殺して口を開いた。
「残念ですが、あの男ならば門番の仕事を放棄して色恋沙汰に現を抜かしていましたよ」
【あらやだ、そうなのぉ? まぁでもそれならしょうがないわねぇ……そ・れ・に、私も退屈してたのよぉ~! 貴方達が来てくれたおかげで、いい退屈凌ぎになりそうだわぁ♪】
敬愛する雷落や、母親である光蘭と戦った相手……自分が相手をするべきだ。
光は、最初からその想定でここへやってきていた。武器を構え、敵の様子を窺う。
一方で、未だ尚荒ぶり続ける竜巻の牢獄から救い出すため、慌夜を筆頭に七人が踵を返して戻って来ようと声をあげた。
「光、待ってろ! 今そっちに――」
しかし、それを許さぬが如く、光は竜巻の牢獄から声を張り上げ叫んだ。
「行ってくださいッ! ここは私が引き受けます! あなた達は早く先へ!」
慌夜は全員でかかるべきだと考えたが、光は頑としてその提案を拒んだ。すると、そんな光の意図を汲んでか、ドナルドが包帯を触手のように自由自在に操って、戻ってこようとする七人の足を止めた。
直後、階段に幾重もの包帯を巻きつけてバリケードを形成した。
「ぐっ!? くそ、足場が……」
光の救出を阻まれ、歯噛みする慌夜達。
そこに、三日月状に口を開いたドナルドが、不気味に笑みを浮かべて声をあげた。
【光くんもこう言ってるじゃな~い、本当は貴方達を先に進ませる訳にはいかないんだけど、ここは彼の勇気に免じて通してあげようじゃない。その代わり、もう後には退けないわよぉん? それだけは覚悟しておいて頂戴ねぇ♪】
どうにか手段を講じれば方法はありそうなものだ。だが、確かに相手の言うようにこれはチャンスだ。言い方は悪いが、光をこの場に置いていけば、先へ進むことが出来るのだ。時間は限られている。トムを逃がした事で、彼らに巫女族の生存情報が知られてしまった可能性が高い。そうなると、必然的に聖水の件もバレる可能性が高いのだ。不死身の彼らに唯一対抗する手段を防がれてしまうのは手痛い。いや、詰みに近いとも言える。だからこそ、彼らは急ぎ最上階へと向かい、ディートヘイゴス一家の親玉である父親を倒さなければならない。そして、この勘違いでしかない復讐劇を終わらせるのだ。
退路を断たれた七人は、進まざるを得なくなった事を受け入れ、歯噛みしつつも光の無事を願い、先へ進むことにしたのだった。
「しかし、意外でしたね。こうしてあなた自ら、二人きりの状況を作ってくれるとは……敵ながら感謝しますよ」
まさか敵にお膳立てされるとは思ってもみなかった光は、先へ向かった仲間を見届けてから厭味ったらしくわざわざこんな戦場を用意してくれたドナルドに感謝の意を述べた。
【ふふんっ、私も多勢に無勢より、こうして一対一の方がやりやすかったからそうしたまでの事よぉ……。その方が周りを気に留める事無く、思う存分切り刻めるじゃな~い? んっふふふふふふ♪】
光の煽りなど物ともせず、含み笑いをして口の両端を不気味に吊り上げたドナルドが、真意を伝える。
互いに睨み合いを続け、膠着状態になる両者。
だが、このままでは埒が明かないのはどちらも同じ、そう思ったのはどうやらほぼ二人同時だったらしい。
ドナルドと光は、ほぼ同時に動きを見せた。光が光の槍を四方八方に放ち竜巻の牢獄を生み出していた包帯に噛ませるようにしてぶつけた。強引に動きを止められた事により竜巻を生み出せなくなった包帯は、力なく元の布のような柔らかさを取り戻し、重力に引っ張られて床に垂れていく。
そうして竜巻の牢獄から自力で脱出することに成功した光は、すぐさま次の一手に出た。
だが、考える事はドナルドも同じらしい。張り巡らされた包帯を足場にして上空に立っていた彼は、こちらに突っ込んで来ようとする光目掛けて、大鎌を一気に振り下ろした。しかし、すんでの所で光はそれを躱す。鋭い一撃は空を切る音を鳴らして階段の数段の一部を穿った。
光属性特有の光速移動で瞬時にその場から移動した光は、素早くドナルドの後ろを取り、片方の手を勢いよく相手の背中に突き出した。
「食らいなさいッ!!」
そう叫ぶと同時、手のひらから放たれた光線は、包帯で覆われたドナルドの背中を一気に貫通し、エントランスの壁に激突して地響きを立てた。
身体の中心に見事な風穴を開けた光は少し勝ち誇った表情を見せたが、すぐにその表情を曇らせた。
何故なら、致命的な攻撃を受けたドナルドは呻いて体を大きく仰け反らせるだけで、血の一滴すら垂らしていなかったからだ。それどころか、妖しく嗤ってぐるりと首を真反対へ向けてきた。
【ンッフ、ンヒィッハッハッハッハッハッハ! やってくれるじゃないのぼうやぁ~♪ ……風を操るこの私の体に、風穴を開けるだなんて……何かの当てつけかしらぁん? でもぉ、残念だったわねぇ~……私には、こんな攻撃屁でもないのよ】
「な、何ですって……!?」
包帯に覆われた顔面。その目元から覗く、暗き深淵の闇。その奥に淡く光る青白い光が、煌々と真紅に染まったかと思えば、その腹部から、四方向に鋭い刃が包帯を纏ってせり出してきた。
【さぁ……お返しよッ!!】
せり出してきた刃は、ドナルドの上半身と下半身を切断しながら大回転を始めると、風属性を纏って背中側にいた光の腹部を切りつけてきた。
「ぐぅッ!?」
咄嗟に体をくの字に曲げて回避行動を取った光だったが、敵の予測出来ない人間離れした攻撃に、軽く切り傷をつけられてしまった。
一方でドナルドの切断された体はというと、包帯が解かれ、ただの包帯に戻ってしまっていた。しかも、話に聞いていた通り中身は空洞で、存在していなかった。もしかすると透明人間の類かもしれないと、試しに体があると思しき場所にナイフを投擲してみる。
しかし、ナイフは空間を穿つ事もなく重力に引かれ、落下していった。つまり、やはり肉体は存在していない。となると、身体を形成しているあの包帯自体がドナルドなのだとしか考えられない。
そう確信した光は、四方八方に散らばる包帯目掛けてナイフを投げまくった。
光属性の力で速度を増したそれらは、張り巡らされた包帯を勢いよく切り裂いていき、ドナルドが足場代わりに使用していたそれらを崩していく。
そしてそれは、光の読み通り、敵の足場だけでなく、体そのものを切り裂いているということでもあったらしい。
【ギィヤァアアアアアアアアア!? あ、あぁああああ、アンタぁあああああ!? な、何しやがんだゴルァアアア!?】
周囲に張り巡らされていた自身の肉体を切り刻まれた事で、致命傷とまではいかないまでも、大ダメージを負ったのだろう。ドナルドは堪らずどこからともなく叫び声をあげ、エントランス中央のシャンデリアに姿を現した。その包帯のあちこちは光にやられた切り傷によるものか、若干破れたり千切れた痕跡が見られる。相当動揺しているのだろう、口調もすっかり男そのものになってしまっていた。
「どうやら私の予想は当たった……みたいですね」
【くっ……いい気になるんじゃないわよ……よくも、よくも私の秘密に気づいたわね……? 貴方だけは、何としてでも生かしておくわけにはいかなくなったわ】
自分の体の秘密に早くも気づいたらしい光を許せず、ドナルドは怒りに体を震わせ周囲の包帯を一気に自身の下へと集結させた。まるで触手のようにうねるそれらは、布のような状態から風属性を纏って一気に刃のような硬度を得ると、猛烈な勢いで光の下へ突っ込んできた。
それをどうにか躱した光は、一旦包帯から距離を取り、体勢を整えた。
「先ほどは少々油断してしまいましたが、そう何度も攻撃は受けませんよ? 今度はこちらの番です!」
にやりと何やら企み顔の光は、敵の伸ばした包帯を逆に足場として利用し、ドナルドの下へ駆けていった。
【んなッ!?】
まさか勇猛果敢にもこちらに向かってくるとは少々予想だにしていなかったようで、ドナルドは焦った様子で他の包帯を刃状にして光を攻撃した。しかし、光速移動で躱す光の動きはなかなか捉える事が出来ず、残像を攻撃するしか出来ない。
【くぅッ、小癪なぁッ! 一体どこにいるのよッ!?】
光のあまりの速さに、ドナルドが見つけられるのはどれも残像ばかりで、すっかり本物を見失ってしまっていた。
気づけばドナルドは頭上をとられてしまっていた。
と、気配を察知してようやく目を見開き上を見上げたドナルドだったが、時既に遅し。
「今度こそ、その首貰いましたよッ!」
ドナルドが光を見失っている僅かな隙を狙い、彼は自身の武器である光属性を纏わせたワイヤーを、ドナルドの首筋に光速で巻き付けて一気に左右に引っ張った。
【ンガッ!?】
ドナルドの首は歪な方向へ捩じ切られ、これまた血飛沫をあげることなく胴体と分裂した。重力に引っ張られて階段の上に落下し、そのまま段上を跳ねながら転がり落ちていく頭部。それをしばし見届けてから胴体の方へ視線をやるが、その右手には大鎌が握られ、左手には数枚の包帯が巻き付き、まるで触手のように怪しくうねっていた。どうやらまだ生命活動を続けているようだ。
やはり包帯全体がドナルドの体なのもあってか、命令系統も彼の頭にある脳から送られている訳ではないらしい。現に頭を失ったというのに、彼はそのまま包帯の足場の上に立ち続けている。つまり、包帯全体をどうにかしない限り、彼を倒す事は出来ないということ。明確な弱点が見た目では分からない敵という厄介さに、光は少々参ってきていた。
【ンヒヒヒヒヒヒ……当てが外れたかしらぁ? 確かに私の首はもらい受けたようだけど、無駄だったようねぇ? んっふふふふふ】
挙句、あの不気味な嗤い声まで聞こえてくる始末だ。喋る口など、目の前の首なしミイラのどこにもないというのに。
と、触手のようにうねっていた包帯群が怪しく回転を始めた。それは徐々に速度を増し、まるで回転刃のようになってドナルドの左腕から放たれ、光に襲い掛かってきた。




