第十七話「墓より這い出る腐敗者と皓き骸骨龍」・2
一方で、ジョンと戦闘を繰り広げていた翼は、苦戦を強いられていた。まだ幼く力も上手く使えない翼は、敵の巨大な体躯に翻弄され、早くも疲労が見え始めていた。
「はぁ、はぁ、あんなに無駄にでかい図体なのに、それに似合わず随分と機動力があるな……どうにか体力を温存して、相手の隙を……」
息を乱し、そう独りごちていた翼。
と、その時、巨大な口を開け、膨大なエネルギーを溜め始めるジョンに、翼は急ぎ今いる場所から離脱した。
瞬間、鋭い光線が放たれ、周囲一面が消し飛んだ。木々が消え、地面が大きく抉れて景色が一変するそのあまりの攻撃力に、翼は思わず呆然としてしまうが、すぐに我に返り首を激しく振ると、ふとある話を思い出した。
――あの一撃……まるで話に聞く龍竜族の持つ空間を穿ち、空間に裂け目を作るあの技に似てるな……。もしかすると、あの怪物も生前は龍竜族だったのかな? いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!
大きな一撃を放ち、次の攻撃に出るまでにインターバルでも発生するのか、ジョンが口から蒸気を放出して大きく体を上下させている今が好機とばかりに、翼は手の中に空気を圧縮した球を籠め発射した。
「いっけぇッ!」
【グルゥッ!?】
空気の弾がジョンの体の一部を貫通するが、大したダメージは与えられなかったようで、少々呻き声をあげただけに終わってしまう。
そして、ジョンは次なる攻撃の準備態勢に入った。体勢を低くして口を地面すれすれまで近づけ、これでもかという程の大口を開けたジョン。
その口腔に一筋の煌めきが迸ったかと思うと、次々超高濃度の熱エネルギーがその口腔の一点に集約され始めた。
「くっ、もうインターバルは終わりか……!?」
こちらも次の攻撃に打って出なければと、そう考えを巡らせていたその時、翼の耳に渚の悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴に、さっとそちらに振り向く翼。見れば、頭を抱えて地面にしゃがみこんでいる渚に向かって、オリバーの魔の手が今にも伸びようとしている真っ最中だった。
そんな仲間のピンチを目の当たりにした刹那――。
――いやだ! ママみたいに、また大事な人が奪われるなんて、嫌なんだッ!!
と、そう内心で叫んだ直後、翼の中に眠る天使の力が覚醒めた。
覚醒の瞬間、神々しいオーラが翼を中心に一気に周囲に四散していく。
ゆっくり目を開けた翼は、自身の体に起きている変化に目を丸くした。
肩甲骨付近から展開される純白の翼と、頭上に浮かぶ輪っか。ウルフヘアの空色の髪の毛が宵闇に靡き、翡翠色の双眸がより一層煌々と輝く。彼のシルエットは、今まさに天使そのものだった。
無意識にその天使の翼で空中に浮いていた翼は、不意に自身の両手に視線を落とした。
「な、なんだこの力……? 身体が異様に軽く感じる……まるでぼくが空気と同化したような……それに、この魔力……どんどんパワーが増してくる。これが、天使の……力なの?」
空西翼……彼はただのドーナカイ教会のシスターの子供という訳ではなかった。
その理由は彼の父にあった。翼の父である天垣鷲狼は、天使の家系で天使の力を持っていた。とどのつまり、その子供である翼は人間と天使の間に産まれたハーフエンジェルという事なのである。
突然の翼の異様な魔力の上昇に異変を察知したのだろう、ジョンが空中に浮かぶ翼に照準を定め、すぐさま先ほどの光線を放とうとした刹那――。
【グルァッ!?】
まさに一瞬。
空中から姿を消した翼は、瞬時にジョンの目の前に現れ、その身に空気を纏いジョンに向かって突っ込んだ。まるで鎌鼬のような切れ味でジョンに一太刀を浴びせた翼は、そのままの勢いに乗ってオリバーに一直線に飛んだ。
【ングッ!?】
地面すれすれを猛スピードで滑空した翼。その視線の先にはオリバーの魔の手。そこに向かって、見事に一閃を食らわせた。
渚に伸びていた魔の手は間一髪のところで防がれ、その一太刀によって切断され地面に落下した。
魔力の上昇は感じ取っていたものの、目の前にいる恰好の獲物を前に油断していたオリバーは、一閃を受けた衝撃で大きく体をよろめかせてその場で酩酊したように一回転した。
「……い、今のって、もしかして、翼?」
頭を抱えて震えていた渚は、翼に助けられた事に気づくと、そうだ自分は一人じゃないんだと勇気付けられ、ようやく戦意を取り戻してその場に立ち上がった。
【オゥ~油断したなァ……だがよォ、まだオイラの本領発揮はこッからだぜェ?】
しばらくよろめいていたオリバーは、大きく項垂れていた頭を上げ、足元に落ちていた自身の手首を手に取ると、欠損していた元の場所にひっつけた。すると、磁石のように腕がオリバーの体にくっつき、切断される以前と遜色ないほどに機能し始めた。
その摩訶不思議現象に思わず目を丸くする渚。
そんな彼女を他所に、オリバーは傍にあった墓標を両手で掴み持ち上げた。明らかに重量があり、相手の体重より遥かに重そうなそれを、オリバーはいとも容易く持ち上げ、振り回し始めた。
遠心力に引っ張られ、振り回される墓標の攻撃力が増していく。あんなもので攻撃されれば、打撲なんてレベルでは済まないのは見るからに明らかだった。
オリバーが振り回す度、どうにかそれを間一髪で回避していく渚。躱されたオリバーは、そのまま墓標の重さに引っ張られて何もない場所を攻撃した。振り回された墓標が墓地に広がる他の墓標に命中し、砕かれ破壊される。死者を冒涜したあまりに罰当たりな行為であるが、それをしているのも同じ死者であるため、この場合のお咎めがどうなるかは分からない。
死者にも罰は当たるのだろうか。ふとそんな疑問を抱くが、今はそれどころではない。
オリバーの更なる追撃をどうにかもう一度躱し、渚はお返しとばかりに風の乱舞をお見舞いした。
幾重もの風の刃は墓標の表面を多少傷つけるに留まったが、それを操るオリバーには多大なダメージを与えた。風の刃によって四肢を切断され、体勢を崩して地面に落下するオリバー。
しかし、彼は痛みを感じるどころか笑っていた。やはり、既に死を迎えているのもあって痛覚もないのだろうか。
だが、他の敵の何人かは屍人のような雰囲気はあまり感じさせなかった。彼の見た目が異様にそう感じさせてくるのかもしれない。
【ひでェなァ……でもこの感じィ、あん時の研究者の女共を嬲り殺しにした時を思い出してたまんねェなァ……】
「研究者の女? 誰の事?」
地面に横たわったオリバーが、自身の惨状を俯瞰して何かを思い出したのか、気になる言葉を口にしたため、渚は疑問に思ってそう問うた。
【オゥ? 悪ィが、いくら渚ちャんといえどもこれは教えてやれねェなァ? 興味があんなら、それ相応の対価を払いなァ!】
やられていて尚自分を優位に置いているオリバーは、相変わらずの下卑た笑い声をあげてそう言い放つ。確かに情報は欲しいが、そのために自身が何を要求されるか分かったもんじゃない。
「ふんっ、誰があなたなんかにっ!」
渚はそっぽを向いて拒絶し、さらに風の刃をオリバーにお見舞いした。首を切断され、とうとう体まで失ってしまったオリバーだが、不気味な事に彼は頭だけでもまだ生きていた。
しかし、相手も何か違和感を覚えたのだろう、狼狽した様子で口を開く。
【……あ、あァ? な、何がどうなッてやが……オ、オイラの体の再生速度が……おぼつかねェ? お、おめェ……何しやが……】
「あぁ、そうだったわ。あなた達冥霊族は不死身……だから、こちらも対策を取らせてもらったの。聖水の力を使ってね」
自身の体に起きる変化に、疑問を口にするオリバー。その声を聴いて、思い出したように渚がこれからトドメを刺す相手にネタ晴らしをする。
【んなァッ!? せ、聖水!? ば、バカな……巫女族は既に死んで……それに、鳳凰一族だッてフレムヴァルトを亡ぼしたってアイツが――!? あァ、そうか、トム兄ィが言ってた例の……ゲヘ、ゲェハハハハ! まんまとしてやられたぜェ……ちャんと寝ぼけずに話ィ聞いとくんだッたなァ~】
一度は驚愕の反応を示すオリバーだが、やはり他の冥霊族の何人かには既に巫女族の存在がバレてしまっているようだ。しかし、この反応からしてみても、聖水の対策までは出来ていないようだ。そもそも、冥霊族に聖水の対策が出来るかは分からないが。
【思えば今までが上手くいきすぎたんだァ……小せェ女の子しか愛せねェオイラにとッちャ、それ自体が罪でしかねェ……どうにか見た目だけでも幼ェ女がいねェもんかと探したがァ、やッぱダメだッたなァ……気づけば手ェ出して、その関係者に報復されてこの始末だしよォ……ゲヘヘヘェ、なァ渚ちャんよォ~……おめェはいくつなんだァ?】
頭だけの状態で両方の目玉を動かし、オリバーが渚に質問する。
「残念だったわね、アタシは十二よ」
【……ゲヘヘ、そうかァ~やッぱしオイラの欲望を満たせる相手は、この世にはいねェんだなァ……】
「納得したんなら、諦めてとっとと冥霊族で相手でも探すのねっ!」
そう言い放って、渚はオリバーに手をかざし練り上げた風の魔力をぶつけた。大量の鎌鼬は、オリバーの頭部はもちろん、切り離された体も含めてバラバラの細切れにした。
一方その頃、翼に鋭い一撃を受けていたジョンは、自身の周囲を素早く飛び回る彼に翻弄されていた。まさに、戦闘の初めの頃の勢いが逆転している状態だった。
と、その時、主でもあるオリバーが渚に倒された事に気づいた。主の持つ気配が消えたのが理由だ。
辺りを飛び回り続ける翼などお構いなしで、オリバーが先ほどまでいたと思しき場所に頭を向け、視線をあちらこちらに配る。だが、どこにも彼の姿はなく、いるのは渚一人だけで完全に死んだと確信を得てしまったジョンは、憤慨して割れんばかりの咆哮をあげた。
その音の振動は空気を激しく震わせ、近くを飛び回っていた翼の鼓膜にダメージを与えた。
「うぐぅッ!? な、なんだ急に!?」
いきなり激高して様子が変わったジョンに、翼は急ブレーキをかけてその場でホバリングし、自身の両耳を手で塞いで苦悶に顔を歪めながら渚の方を見やる。
そこには、オリバーにトドメを刺し終えて佇んでいる彼女の姿があった。
――そうか、渚お姉さん、無事にあのソンビを倒したんだ。よーし、ぼくだって負けてられない!
仲間の渚ばかりにいい恰好はさせてられないと、翼は今一度勇気を振り絞って力に変える。握り拳を作り、下方で幾度も激しい咆哮を上げているジョンを見下ろす。
すると、ジョンは一際大きい雄叫びをあげた。
直後、周囲の空間に大量の亜空間ゲートが開いた。
――あ、あれは……星属性が使えたっていう、亜空間ゲート? で、でもドラゴンであるあいつがなんで? いや、今はそれよりもあの攻撃に備えないと!
と、ジョンの持つ力に疑問を感じていた翼に、ジョンは大きく上体を起こし、一気に両手と一緒に振り下ろした。まるで地震でも起きたのかというような大きな揺れと共に、開いた亜空間ゲートから大量の隕石が飛来した。
隕石群は翼の方にも飛来したが、その内の幾つかは渚にも飛んできていた。
「渚お姉さん、危ない!」
「な、何よこれ!? ぐっ!?」
飛んでくる隕石群を空気の圧縮で粉砕しつつ、よそ見したまま気づいていない様子だった渚に危険を伝える翼。
自分の名前を呼ぶその声にギリギリ渚も気づいたようで、振り向いた瞬間飛んできていた隕石群を、短剣から放ったクロス十字の風刃で相殺した。
どうにかお互いジョンの攻撃を防ぎ切ったが、それはあくまで時間稼ぎだったらしく、ジョンは既に第二撃の準備を済ませていた。
これまで幾度も翼にお見舞いしていた高濃度圧縮された熱エネルギー光線。再びあの光線を放つつもりらしい敵に、慌てて防御の体勢を取ろうとする翼だが、そこで不意に相手が照準を変更した事に気づいた。
「な、何ッ!?」
「え、ウソでしょ!?」
あろうことか、ジョンが向けた照準は渚だった。そう、主であるオリバーを倒したその敵討ちをしようというのだ。
敵が放とうとしている光線の射線上に渚がいることに気づいた翼は、急ぎ彼女の下へと飛翔した。
「ぼくの後ろに隠れて!」
「つ、翼!? あ、あなた、その姿……」
天使の持つ神速で移動し、一瞬にして渚の前に降り立つ翼。瞬きをしている間にいきなり目の前に現れた翼とその姿に驚きの声をあげる渚だが、この異常事態に質問をしている場合ではないと即座に判別し、急ぎ翼の背後に回った。
それを背中で感じつつ、翼はさっと両手を胸の前に突き出し、湾曲した空気の分厚い壁を作った。
直後、ジョンが光線を放つ。今まで放っていた光線の、何倍も威力が増している。それは、光線が放たれた瞬間に空気を震わせる轟音と、こちらに向かってくる熱気からも明らかだった。
回避行動ではなく敢えて迎え撃つという作戦。目の前に今にも迫りくる光線に、翼の後ろで不安に怯える渚は勿論、彼女を守らなければならない翼も戦慄していた。
咄嗟の判断でこの手段を講じたが、上手くいかなければ二人とも丸焦げどころか消し炭……いや、塵すら残らない可能性さえある。これは、ある種の賭けだった。
「来いッ!!」
叫ぶと同時、ジョンの光線が翼の作った分厚い空気の壁に激突する。凄まじい衝撃が壁を激しく振動させ、それを伝って翼や彼にしがみついている渚の体を震わせた。
「ぐぅぅぅぅぅぅ!! 今だ! ぅぅうううう、これで……お返しだぁあああああ!!」
光線を受け続けていた翼は、分厚い空気の壁の中に新たな空気の流れを作りだした。それによって空気の気流の流れが変わり、ジョンが放った光線は、湾曲した空気の壁を滑り、方向転換するように向きを変え、光線を放った張本人であるジョンへ一直線に向かっていった。
まさかこちらに返ってくるなど思ってもいなかったジョンは、完全に不覚を取ってその顔面にもろに自身の放った光線を受けた。
【グルゥァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
大ダメージに雄叫びをあげるジョン。顔面から舞い上がる激しい蒸気により、周囲の視界までも奪われてしまう。
そこにすかさず翼が降り立ち、その手のひらをジョンの頭蓋骨に添えた。
「おしまいだよ、きみ達は罪もない人間を殺しすぎた……これは、その報いだッ!!」
そう叫んで力んだ次の瞬間、不意に彼の脳内に母――翡翠の姿が過る。
翼は歯噛みして一層その手に籠める力を増した。
直後、翼の手から放たれた乱気流の渦の衝撃波が、ジョンの頭蓋骨を内部から外部に向かってバラバラに破砕した。
頭部を失った体は力を失ったように機能停止、その場に地響きを立てながら倒れ、白い砂塵となって消え去った。頭だけでも生きていたオリバーと異なり、こちらは仕組みが少々異なっていたらしい。
達成感と安心感と疲労感から、二人は一気に張り詰めていた緊張が解けてその場に座り込んでしまった。
「はぁ、はぁ……倒した……ぼく達だけで、あいつらを倒したんだ……ママ、ぼく……仇、討てたよ……」
その場に足を放り出すようにして座り込んだ翼は、両手を後ろについて曇天を見上げ、母親の敵討ちを出来た事に満足した表情を浮かべた。
「はぁ、はぁ、おめでとう、翼……それと、ありがと……助けてくれて」
同じく疲れ切ってその場にペタンと座り込んだ渚が、翼に助太刀してくれた際のお礼を口にした。年下に助けられたのもあったせいか、少々照れ臭そうに視線は合わせない彼女に、翼は首を振って口を開く。
「ううん、いいんだ。渚お姉さんも無事でよかったよ……ありがとう、ぼくの代わりにオリバーを倒してくれて」
「いいのよ、でもよかったの? あいつもあなたの仇だったでしょ?」
自分が仇敵の一人を倒してしまった事を気にしていた様子の渚に、翼は一瞬間を空けて頭をかいた。
「流石に二体も相手にするのは厳しかったと思うし、傍で倒されたのは見れたし、よかったよ……」
「それにしても驚いたわよ、あなた……天使だったのね」
先程言いそびれていた感想をここで我慢しきれずに吐露する渚。
言われるだろうと思っていた翼も、やや想定内のリアクションを受けて自分の頭上に浮かぶ天使の輪っかに軽く手をかざして事情を説明した。
「厳密的には天使と人間のハーフ……だけどね。ぼくも初めてこの力を使ったんだ。まだまだ上手くコントロール出来ていない面もあった……ここは、これからの課題かな」
自身に秘められた予想以上の力。それは駆使するにはあまりに未熟なのもあって、翼はこれからの課題に少し頭を悩ませた。
兎にも角にもどうにかオリバーとジョンの二体を倒す事に成功し、残りはおそらく屋敷内に潜むディートヘイゴス一家を残すのみだろう。
そう考えた渚と翼の二人は、初めての大きな戦闘から激しく消耗した体力を、しばらくの間この場で休憩を取る事で回復することにしたのだった……。
というわけで、二部目です。ディートヘイゴス一家の六男、オリバーとジョンを無事に倒すことに成功した翼と渚。これで無念にも彼らに殺された翡翠や天照達も浮かばれるでしょう。
また、ここで翼の眠っていた力が覚醒です。ただ、まだ目覚めたばかりなので本来の力全ては使えるようにはなっていません。今後の戦いでさらなる覚醒の見せ場があればなぁといったところで、次回予告。庭園を抜けて邸宅の玄関へとやってきた八人が次に相対するディートヘイゴス一家は誰になるのか。ちょっと今回二部構成で戦闘シーンがあっさりしすぎた気もしますが、敵によってシーンの長さは変わるかと思います。次回更新予定ですが、プロットは既に出来ているので、上手くいけばもう一話あげられるかもしれないですが、確定ではないので一応未定ということにしておきます。




