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第十六話「結成!神聖の十戦士」・3




――▽▲▽――




 場所は変わって学園の厨房。

 そこでは、炎耀燐乱火が、一人せっせと調理をしている姿があった。厨房には他に誰もいない。そんなこの場所に一つの足音が聞こえてきた。

 フライパンを振り、調理に夢中になっている彼の背後を取るように歩みを進めるその人物に、乱火は即座に気配を察知して口を開く。


「どうしたんだ、茜? いつものお前らしくない……なッ!」


「っ!」


 まさか気配だけで自分だと気づかれるとは思ってもみなかった茜は、びくっと体を震わせて声を漏らしそうになる。

 が、キュッと口を一文字に結んでどうにか堪えて見せた。

 一方、一向に話しかけてこない娘に違和感を覚えた乱火は、一際大きくフライパンを振り終えたところで、コンロの上にフライパンを乗せ背後を振り返った。

 その瞬間、娘の頬をきらりと何か光るものが伝うのが見えて、その違和感の正体がわかった。


「茜……お前、泣いてるのか?」


「お父さぁあああんっ! だって、だってぇ……妖燕さんが、妖燕さんがあぁあああ!」


 泣いている事を指摘された瞬間、茜は自分自身ではもう堪えきれなくなった。父親の体にしがみつき、堰を切ったようにとめどなく涙が溢れ、声をあげて泣きじゃくる。

 そんな娘の体を受け止めつつ、乱火は理解した。


「そうか……月牙から聞いたのか。ごめんな、そんな辛い思いさせて……」


 泣き続ける茜の震える体を、慰めるようにあやすように背中を撫でてあげる。

 それからしばらく経って、ひとしきり泣いたのかようやく茜が落ち着きを取り戻してきた。


「大丈夫か?」


「……ぐす、うん。ごめんね、いきなり泣き出したりして……」


「何を謝る事があるんだよ。悲しい事があれば泣いていいんだ、いつだって父さんが慰めてやるから。でも驚いたな……まさか、茜がここまで泣くなんて」


 子供の頃から無邪気だった茜。そんな彼女は幼少期の頃からそこまで泣く事はなかった。遊んでいて怪我をして多少なりとも涙を流す事はあれど、ここまで嗚咽をあげて泣く姿を見るのは、親である乱火も初めての事だった。

 それだけ、彼女の中で妖燕の存在は大きかったのだろう。

 確かに、母親の灯は仕事の関係上フレムヴァルトから離れる事が少なく、学園の料理を任せられていた乱火も、あまり茜の相手をしてやる事が出来ずにいた。

 そんな中、妖燕だけが幼い茜の遊び相手になってくれていた。相棒の業火の炎・急行列車ヘルファイア・エクスプレスに乗せて王国中を回っていて、妖燕同様煤だらけになって帰ってくる事もしばしばあった。

 そんな彼は、従兄伯父でありながらもう一人の父親でもあったのだ。その大切な人が殺された。そのショックは相当な影響を茜に与えていたらしい。


「お父さん……あたし、王様から新しい伝説の戦士になってほしいって……言われて」


「ああ、月牙から話があったんだよな? 俺は茜の気持ちを尊重するよ……無理になれとは言わない。ただ、もしなるんだったら俺は全力で茜を応援する」


「お父さん……くんくん、ねぇ……焦げ臭くない?」


 目を潤ませてまた泣き始めそうになる茜だが、直後彼女の鼻腔に何やら異臭が漂ってくる。


「――あっ!?」


 その娘の指摘に、コンロに火をかけたままだった事をすっかり失念してしまっていた乱火は、慌ててコンロの火を止めた。

 が、時すでに遅し。


「あぁあああああ、すっかり焦げちまった……」


 元の色からすっかり変わり果ててしまった材料に、がっくりと落胆する乱火。

 そんな父親の悲し気な背中が珍しく、何だかおかしな気持ちになったのか、茜は堪らず吹き出して笑い出した。


「ぷっ、あはははは! 料理上手のお父さんがそんなミスしちゃうなんて珍しい♪」


「ははは……ああ、そうだな」


 娘の指摘に、乾いた笑い声をあげ、内心料理中にお前に話しかけられたせいだけどなと愚痴を零すも、敢えてそれは心の中に留めた。

 すると、さっきまで笑い声をあげていた茜が、何か決心がついたかのように真剣な面持ちになる。

 いつにないキリッとした表情に、乱火の脳裏で妻の灯の顔が想起される。


「お父さん、やっぱりあたし……二代目伝説の戦士になる!」


「茜……本当にいいのか?」


 今一度、茜の決心を確かめるように、乱火が再確認する。だが、決意は変わらないとばかりに、茜は大きく頷いて決意表明を口にした。


「うん! だってこれ以上被害を出したくないし、何よりも妖燕さんの敵討ちしたいもん!」


「ふっ、ああ、そうだな! きっと親方も喜んでくれる! よし、そうと決まったら俺の知ってる情報とか、色々教え込んでやるから覚悟しろ? それに、戦い方とかも色々な!」


 娘の決意を聞いては、父親として精いっぱい出来る事をしたいとばかりに、乱火はやる気の炎を燃やした。それに呼応してか、頭に被っている銀の冠から轟々と真っ赤な炎が激しく燃え盛る。

 そんなやる気に満ち溢れている父親の姿を見て、茜は若干気圧されてしまった。


「え、あ、えぇっと……あはは~あんまり難しい話は覚えられないかも……」


 戸惑いの声をもらし、明後日の方を見やり、言い訳めいたセリフを口走る。が、一度闘志に火の点いた乱火は抑えられない。


「覚悟しろって、言ったよな?」


「うぅ、ふぇええん、お父さんのいじわるぅ~!」


 徐々に肉薄してくる父親のその両の目に煌々と輝くやる気の炎を見た気がした茜は、顔面蒼白になり、涙を浮かべて盛大に泣き言を叫ぶのだった。




 場所は変わって、学園の闘技場。普段は生徒で賑わうこの場所も、すっかり静まり返っていた。

 そんなこの場所で一人、修練に励む人物が一人。金色の髪の毛をポニーテールに結び、激しい動きにつられてそれを靡かせる。

光の襲撃波があちこちに飛翔し、壁や地面を抉り取る。


「ふぅ……こんなとこかしら」


 ひとしきり修練が終わり切がついたというように、金髪の女性は傍に置いていた荷物から取り出したふわふわのタオルで、滴る大量の汗を拭った。


「はぁ、こんな所にいたんですか……」


 呆れたような声が闘技場入り口から聞こえてくる。


「あっ、光! うふっ、久しぶり~」


 その声に、爛々と笑顔を振りまき、金髪の女性が手を大きく振って叫ぶ。

 彼女の名前は明見光蘭、ここへやってきた眼鏡をかけた少年――明見光の母親である。

 光は眼鏡のブリッジを上にあげながら、やけに嬉し気な母親に若干嫌気を感じた。


「随分嬉しそうですね」


「そりゃあ久々にかわいい息子に会えたんだもの……嬉しくない訳ないでしょ?」


 手を後ろで組み、こちらに歩み寄ってきて満面の笑みで理由を教える光蘭。

 本来ならそれを聞いて嬉しくなる所だが、光はちょっとばかり違った。嬉しくなるどころか、光蘭の反応に苛立ちを覚え不機嫌になってしまう。


「よくもまぁそんなに楽観的にいられますね……大事な人が死んだというのに」


「……そっか、聞いたんだね」


 やや怒気を含んだ声音。そんな息子の言葉に、さっきまで笑顔だった光蘭も流石に少し表情に陰りが出来る。


「ええ……まさか、雷落さんが亡くなるだなんて」


「うん……凄く、悲しいよ」


「とてもそうは見えませんけどね……大事な人が死んで、そんな笑顔を浮かべられるような人、私には不可能です」


 信じられないと言わんばかりに軽蔑したような視線を向けてくる光。

 だが、光蘭とて好き好んでこうしているのではないのだ。本当は話すつもりではなかったが、息子に言われっぱなしなのが少々癪に障ったようで、我慢しきれず話す事にした。


「そっか……本当は私だってこんな笑顔浮かべられないよ? でも、お姉ちゃんの遺言だから……」


「雷落さんの遺言?」


 遺言と聞き、思わず反応してしまった光は、悲し気な表情を浮かべる光蘭の話に耳を傾けた。


「うん……記憶書類(メモリーデータ)に僅かだけど遺ってたの。別れ際に泣いてた私に、お姉ちゃんが……光蘭には、常に笑顔でいてもらいたい。笑った光蘭の輝かしい光のような笑顔が、私は好きだからって……だから、ね? 私は、どんなに辛くても、悲しくても……笑顔でいないといけないの。……それが、大好きなお姉ちゃんとの……約束だから」


 遺言の全容を聞き、光は自分はなんという愚かな発言をしてしまったのだろうと後悔の念に苛まれた。良く知りもせず、勝手な憶測で決めつけ、よりにもよって自身の母親を傷つけてしまった。

 そもそも雷落への想いは自分なんかよりも遥かに上であろう光蘭が、そんな薄情な事を考えるはずがないのだ。

 それなのに、心の中で負の感情が不気味に蠢いている気持ち悪さと苛立ちのせいで、八つ当たりめいた事をしてしまった。

 

「すみません……私の失言でした。先ほどの言葉、撤回させてもらいます」


 光は、深々と約九十度程上半身を倒し、深々と頭を下げて謝罪した。


「ふふ、相変わらず固いんだから……誰に似たんだか」


 口元に手をやり、小さく笑ってある人物の存在を仄めかす。


「ふんッ、私の信念は雷落さん譲りですからね……」


「その口調もお姉ちゃんの教育の賜物かしら?」


「幼少期から丁寧な言葉遣いを心掛けるように躾けられましたからね」


「その言い方だと、まるで私じゃなくてお姉ちゃんの子供みたい」


「紛れもなく私はあなたの子供ですよ。雷落さんへの絶大な信頼が良い証拠でしょう?」


 息子の口から何度も継いで出る雷落の名前を聞いて、光蘭は冗談交じりにそんな事を口走るが、そんな冗談を真に受ける訳でもなく、光は再び眼鏡のブリッジを上げてそう続けた。

 そんな彼の話を聞きながら今しがたの所作を目にして、またしても光蘭は笑い声をあげた。


「ふふっ! 確かにそうかもね! でも、目が悪いだけでもないのに、お姉ちゃんの真似して眼鏡をかけるのはどうなの? そんなにお姉ちゃんが好きだったとか? 妬けちゃうなぁ」


 いくら自分の子供だからって同じ人を好きになってしまうなんて事本当にあるのか? なんて内心思いつつ、再び光をからかいにかかる光蘭。

 だが、思いの外その指摘は図星だったようで、今までにないくらい光は慌てふためき出した。


「んなっ!? か、からかうのはやめてください! べ、べべべべべ別に好きだとか曖昧な感情など持ち合わせていません! 単に憧れていただけです! ええ、断じて好きなどでは!」


「あっははは! わっかりやすいなぁ~光ちゃん(・・・)は♪」


 その分かりやすい反応に、堪らず吹き出してしまう光蘭。堅物の割に、ある弱い一点を突かれると途端にポンコツになるいじらしさに、思わず光蘭に悪戯心が芽生え、畳みかけるように彼の名前を弄り出す。


「うぐっ!? そ、その呼び方はやめてください! そもそもこの名前のせいで私はおちょくられるんですよ!?」


「あら、いい名前だと思うけどなぁ……第一この名前だって……あ、これは秘密にしておいた方がいっか」


 光という名前の由来に関して話してあげようかと考えた所で、光蘭にある迷いが生じた。今はまだ、教えない方が光のためになるかもしれない、そう考えたのだ。


「何の話です!?」


「うふふ、別にぃ~それで、ここに来たって事は覚悟出来たって事かしら?」


 狼狽えて顔を赤くする光に、光蘭ははぐらかすように小さく笑った。

 それから、家族団欒の時間をひとしきり満喫したところで、光蘭が突如真面目な顔つきになる。

 その変わりっぷりに驚嘆しつつも、負けじと光も眉をキリッと吊り上げ、その覚悟を口にした。


「ええ、無論です……当然私は新生伝説の戦士に志願します。雷落さんを殺されたのを知った時点で、これは決定事項ですから」


「そっか……じゃあ、私も気を引き締めなきゃね……お姉ちゃんや、鋼鉄さん仕込みのありとあらゆる技……光に叩きこんであげる。……いくよっ!!」


「はい、宜しくお願いしますッ!!」


 片足を後ろに引き、体勢を整えた所で光に跳びかかる光蘭。それに応じるように、光も足を踏み込み、光蘭へ向かって跳び込んでいく。

 こうして静寂に包まれていた競技場が突如として騒々しい場所へと変貌し、さらに競技場はボロボロになっていくのだった。




「失礼します」


 静かな王立魔法図書館『ディヴァリー・ブカベリプス』の司書室に、一人の来訪者が現れた。

 既に司書室内で雑務をこなしていた女性は、来訪者の声に反応して緑色の横髪をかきあげて耳にかけると、優しく微笑んで口を開いた。


「どうぞ」


「ここにいたんですね……お母さん」


 周囲をきょろきょろ見渡しながらたくさん積まれた本の山を恐る恐る通り抜け、緑髪の女子生徒――草壁土筆がやってきた事に、母親である草壁葡豊は質問を投げかける。


「はい……ところで、何か御用ですか?」


「え、あの……その、新しい伝説の戦士に関して」


 月牙からは再会の時間を設けた的な事を言われていたため、てっきりここへ来た理由もとっくに知っているものだと思っていた土筆は、呆気に取られて気の抜けたような声をあげてしまい、尚更困惑してしまった。

 そんなおどおどしてしまう娘が可愛らしくて、葡豊は小さく笑う。


「くすっ、冗談ですよ。からかってしまってすみません……少し元気がなさそうだったので」


 手を口元に添えてからかった理由を教える母親に、娘の土筆は不意に片手で自分の頬をむにっと上に持ち上げる。


「そう、見えますか?」


「ええ……確かに土筆は表情に出にくいですが、そこは母親ですからね……でも小さい頃に比べれば大分成長してると思いますよ?」


「ほ、本当ですか?」


「ふふ、はい。そこは自信を持っていいと思います」


 少し嬉しそうに顔を綻ばせる娘の姿に、更に愛おしくなった葡豊はまるで自分の事のように嬉しくなって、娘に率直な感想を述べた。


「あの……お母さんは大丈夫なんですか? その腕……」


 と、今度は土筆が葡豊の消失している右腕に視線を落として、心配そうに声をかけてきた。


「あぁ、心配をかけてごめんなさい。でも心配ありません……元々この腕は義手ですから。それで……土筆は気持ちの整理はつきましたか?」


「……正直まだ迷っている部分は多いです。ずっと一人でしたし……本の虫だった私に、何かが出来るとは思えない」


 不安気に表情を曇らせ、顔を俯かせる土筆に、葡豊は椅子から立ち上がり、司書机越しに立っていた娘の下へと歩み寄る。


「あら、そんな事ないと思いますよ? あなたの読んでいる本は十分な知識になってあなたの糧となってくれています。きっとこれからの戦いに役立つ日が来ます。ですから、これはそんな頑張り屋さんのあなたに、私から贈り物です」


 そう言って葡豊は、懐からある物を取り出した。


「こ、これって……お母さんが着けていた髪飾り?」


 見覚えのあるそれを見つめ、それから葡豊を見上げて髪飾りについて訊ねる。


「私の御下がりという形にはなってしまいますが、受け取ってもらえますか?」


「はいっ、勿論です!」


 まさか母親の身に着けていた代物を、こうしてもらえるだなんて思ってもみなかった土筆は、凄く嬉しくなってそれを胸元に抱いて、精いっぱい出せるだけの声で返事をした。


「くすくす、今の土筆……凄くいきいきとした表情をしていましたよ?」


「なっ……何だか、恥ずかしいです」


 面と向かって言われると何だか照れ臭くなり、土筆は赤くなった顔を隠すように両頬に手を添えて目を背けた。


「ふふふっ、さぁ戦いに備えて私の知識をもっとあなたに教えてあげますね?」


「はい、色々と教えてください」


 こうして土筆は、王立魔法図書館の司書室にて母親の葡豊から様々な情報を共有し、知識を更に深めていくのだった。




 所変わって夢鏡城の庭。そこには、風の里の新たな長である竜田小乃葉と、その娘である旋斬渚がいた。


「ねぇ、ママ……パパ、アタシの事何か言ってた?」


 小乃葉の隣に座り、母親の顔を覗き込むようにして渚が訊ねる。すると、空を見上げて小乃葉が口を開いた。


「そうね……自分に似て天才肌だから、勉強とかで困る事はないだろうけど……その強気な性格や偉そうな態度が気に入らなくて目の敵にする人は現れるかもしれないから、気を付けた方がいいだろうって」


「あはは、さすがパパね……娘の事、なんでもお見通しって訳ね……」


 そう説明をくれた小乃葉の言葉に、一瞬体を硬直させた渚が乾いた笑い声をあげて正面に向き直る。それから苦笑しながら父である風浮の凄さを改めて痛感した。

 そんな娘の言い方に、風浮の予言めいたそれが当たっているのだと気づき、小乃葉も目を丸くして声をあげた。


「本当に目の敵にされてるの?」


「……ま、まぁちょっとね。で、でも気にしないで? それに、七海だっているし。優秀なボディーガードなんだから」


 まるで虐められている事を母親に相談する娘みたいな構図が出来上がってしまい、渚は心配そうに見つめてくる母親を安心させようと作り笑顔を浮かべて七海の事を説明した。

 と、そこで小乃葉に別の心配事が生まれる。


「七海って……確か、霧霊霜一族の子よね……ってええ!? ちょ、ちょっと渚、あなた……う、ウォータルト帝国の姫様を家来にしてるの!?」


 娘からさらりと告げられた衝撃発言。よもや四帝族の一つである霧霊霜一族の初代長にして、ウォータルト帝国の先代帝王の娘を家来にしているだなんて、そんなパワーワード……思わず目が回りそうになって、眩暈を起こしかける。


「え、あーそっか、七海って一応お姫様なのよね……ん~じゃあそうかも」


 何やら小乃葉が目を白黒させて慌てふためくため、改めて冷静に七海の身分や立場の事を考え分析し、明らかに自分より遥か上の身分の存在であることに気づく。

 それを娘の口から再度耳にした小乃葉は、顔面蒼白になって悲鳴を上げその場に立ち上がる。


「ひぃいいいい!? ああああ、あなたなんて恐ろしい事を! も、もしその事が水恋様にでもバレて機嫌でも損ねたら……か、風の里の終わりだわっ!」


 怒りに染まった水恋が風の里を崩壊させる最悪のイメージを想像してしまう小乃葉。そんな見た事もないような母親の取り乱しように、流石に渚も七海が本当は凄い人間なのだと認識する。


「お、落ち着いてママ? そ、それに七海はそんな事で怒ったりしないわよ。あの子すんごく優しいんだから」


「そ、そんなの分からないじゃない! のほほんとしておおらかな子ほど、怒らせたら怖いのよ?」


 まるで経験があるかのように小乃葉がジト目で渚に顔を近づけてくる。


「そ、そうなの? でもアタシ、入学した時から七海と一緒だけど、あの子が怒ったところなんて見た事ないけど?」


「ほ、本当に? 忘れてるだけとかじゃないわよね?」


 いまいち信じられないとばかりに追求する小乃葉に、腕組をして渚が今までに起きた出来事を軽く振り返る。


「ええ。一回躓いて彼女を押し倒した事もあったけど、むしろアタシの心配してるくらいだったし……この間も、教室の椅子に足を引っかけて後ろからあの子の胸を鷲掴みにした事もあったけど、変な声あげて顔を赤くするくらいで特に何も言われなかったわよ?」


 信じられないほど娘がコケまくり、その度に近場にいた七海に被害を出している事に、思わず別の意味で絶句する小乃葉。


「……な、渚、あなた少し足元疎かじゃない?」


「そ、そんなことないわよ!」


 母親からの指摘に、少し恥ずかしそうに頬を赤くしながらそっぽを向く渚。


「ていうかあなたそれ、お姫様を押し倒したり、お姫様の胸を鷲掴みにしてるって事分かってる? 下手をすれば不敬罪で死罪になってもおかしくないわ」


「確かにそうだけど……別に七海も嫌がってないっぽいし、私もコケても怪我してないんだから、それでいいじゃない!」


 思い返してみれば確かにその通りだと思いつつ、肝心の七海はというといつも怒ったような表情は浮かべていなかった事を思い出し、楽観的に笑ってみせる。


「いや、でもそれって、全部七海様が受け止めてくれてるおかげなんじゃ……」


 呆れ返った様子で小乃葉が鋭い一言を口にすると、さっきまで笑っていた渚が黙りこくる。

 暫くして、震えた唇をゆっくり開けて。


「……ねぇママ」


「何?」


「謝った方がいいかな……?」


 さしもの渚も、七海に悪かったかもしれないと思い至ったようで、顔色を悪くし始める。


「ちょっと七海様に対する身の振り方は、考えるべきかもしれないわね」


「そっか……うん、アタシ決めたわ。ママのおかげで、色々と吹っ切れた。やっぱりアタシはアタシのやりたいようにやるのが一番だわ! アタシ、伝説の戦士になる」


 さっきまで渚と七海の関係性を話していたかと思えば、突如その場に立ち上がった渚がそんな事を言い出すものだから、小乃葉は思わず呆気にとられてしまった。


「渚……本当にいいのね? きっと風浮くんみたいに危険な事が増えると思うわ。今以上に大変な事に巻き込まれるかもしれない……それでもいいの?」


 何かの勢いで重大な事を決めようとしていないか、それが心配になった小乃葉はそう訊ねてみる。

 しかし、悩む素振りも見せず、渚は自分の今の気持ちを表明してみせた。


「ええ、勿論よ。それにアタシ、結構七海に迷惑かけてたみたいだし、今まで散々守ってきてもらった分、お返ししないと気がすまないもの!」


「ふふ、本当に優しいわね……」


「は、はぁっ!? べ、べっつにそんなんじゃないし! お返しはちゃんとしないとアタシの気が済まないだけだからっ!」


 母親に痛い所を突かれ、思わず恥ずかしくなって照れ隠しのように言い訳めいた言葉を並べ立てる。

 無論実の娘だ。それが本心ではない事にも即座に気づき、愉快そうに笑った。


「くすくす、じゃあそういう事にしておくわね!」


「んもぅっ! ……ママ、疲れたから膝枕して」


 上手く騙せなかった事に腹を立て、不貞腐れたように頬を膨らませた渚は、やや強引に小乃葉の太ももに頭を預け、横になって目を閉じた。


「あらあら、急にどうしたの~? 別にいいけど」


「……頭も撫でて」


 ここまで来たら、今自分がしてほしいこと全部してもらうと言わんばかりに、小乃葉に追加のオーダーを出す。

 そんな娘の可愛らしいワガママに、小乃葉も久しぶりの娘との時間を過ごせる嬉しさから笑顔を綻ばせ、優しく笑って娘のオーダーに応える。


「ふふっ、はいはい……今日はいっぱい思う存分甘えるといいわ」


 優しく娘の頭を撫でてしばらく経った頃だろうか。寝息を立てていた娘の体が震え出した事に気づく。

 何事であろうかと上から少しその顔を覗き込めば、月明りに照らされて、渚の眼尻から一滴の涙が伝っているのが見えた。


「ぐす……パパ……」


 消え入るようなか細い声で、渚は父の温もりを求めていた。まだ齢十二歳の子供……そんな彼女が父親の愛情を求めるのも無理からぬことだった。

 

「……渚……きっと、あの人も見守っててくれるからね」


 愛娘の名前を口にし、頭を撫でながらそう独りごちた小乃葉の頬からも、光る滴が伝うのだった。

というわけで三部目です。

今回から伝説の戦士の子供達十人それぞれにスポットが当たります。

主にそれぞれのキャラの掘り下げと親子の会話がメインです。

中には既に子供達同士で関わりがある人もいるので、その掘り下げも少々。

四部に続きます。

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