第一話「赤に染まりし玩具人形」・4
【ふふっ、ドクンドクン言ってるよ? 完全に術中ね……ほら、この膨らみかけの胸も……何もかもが――気に食わないのよっ!】
そう言うと、さっきまでの妖艶な笑みを消して一気に殺意の眼を作ると、胸に這わしていた爪を突き立てた。先程までの普通の爪が妖怪の様に長くて鋭利な物になり、フローラの柔肌に突き刺さる。
「くぁ……っ!?」
【ほぉら、このままズブズブと……イっちゃうわよ~? はぁ~、いいわぁ。ほら、胸骨の奥……肺に達した。これ破いちゃうとさ、どうなるんだろ……? ワクワクしちゃうよね~?】
「ゃ……ぁ、め……ぇ」
やめて、そう言いたいが声にならない。既に胸には夢魔の指まで刺さっていて、肺の表面に爪先が突き立っているのだ。このまま爪で引っかこうものなら、あっという間に肺は破けて呼吸困難に陥るだろう。なにせ、肺に穴が開き損傷が生じれば、機能停止という問題になるのだから。
【そうだ、最後に幼い時には感じれないであろう快感を……与えてあげよっか? ううん、与えたげる】
急に何かを思いついたかのように笑んだ夢魔は、フローラの背面に回って耳元に口を近づけた。
【……死ぬ前くらい、良い気持ちになりたいでしょ?】
悪魔の囁きならぬ夢魔の囁きが間近で耳の鼓膜を震わせる。それだけで、異様に体が震え、えも言えぬ気分が生じる。同時、夢魔がもう片方の人さし指の爪を伸ばして、フローラの膨らみかけの胸の頂点に突き刺した。
「ぃ……ぁ、ぇ……くぅっ!?」
今まで感じた事のない衝撃に、先程よりも強い体の震えが生じる。そして、ついに耐え切れなくなったフローラは痛みと痛みとは別の何かと、これから殺されるのだという恐怖によって、失禁した。
【あらやだ~おもらし~? きゃははははは、ブッサイクなフローラちゃんにはお似合いねぇ~! まぁ、まだ十三歳になりたてだもんね。そりゃあおもらしの一つもするわ! きゃはははは!】
無論十三歳になっておもらしなど普通はしない。しかし、実際この屋敷に入る前から尿意を催してはいたのだ。だが、もう限界が近づいていた。この体の震えも、もしかすると尿意によるものかもしれないとは薄々勘付いてはいた。そして、挙句の果ての暴行による痛みと恐怖が膀胱という名のダムを決壊させた。
【さぁ、フローラちゃん。さよならね……最期に言い残すことはあるかしら? あっ、ないわよね? んじゃ、バイバイ♪】
完全にフローラの遺言など聴く気もなく、夢魔はズブズブと胸の頂点に突き立てていた人差し指の爪を奥まで差し込む。そして、爪先が心臓部に達して貫通した。
【きゃは♪ ビ・ン・ゴ! ……さぁて、んじゃあ綺麗なトゲをあなたの中で咲かせたげる♪】
初めて笑顔を浮かべると、同時に夢魔は爪先から幾重にも爪を枝分かれさせた。そう、心臓部の中心から一気に360°全方位に爪を伸ばしたのだ。
そして――。
ズブシュッ!!
一気に引き抜いた。そんなことをすれば心臓は切り裂かれる。そうなればどうなるか、答えは――死だ。
結局まともな言葉を発する事も出来ず、フローラは死んだ。顔の原型は留めておらず、瞼が腫れているために死んだのかもよく分からないが、体が少しも動かないことから間違いないだろう。だが、不思議とそこ以外は殆ど無傷だった。
【はぁ、やっぱ可愛い子を虐めるのは楽しいなぁ♪】
頬に付いたフローラの返り血を中指で掬い取り、ペロッと舌先で舐める。
【うん、ブッサイクの味がする♪ さて、目的物は収穫したし……この死体は……そだ、玩具にしよっ!】
そう言ってしばし思案して考えをまとめた夢魔は、フローラの衣服を邪魔と言わんばかりにビリビリに引き裂き裸にひん剥くと、片足を掴んで人形の様にズルズルと引っ張って行った。
「……で、いい加減あなたの相手疲れたんだけど?」
『もう終わりだ!』
「はぁ、やっぱし会話がかみ合わない……」
ショートカットのウェーブがかった茶髪の女性研究者――アリューシャは、目の前にいる鎧騎士に呆れ返って途方に暮れていた。理由は単純。相手は体に鎧を身に纏っているのだが、喋る事が出来ないらしく筆談で会話しているのだ。しかし、相手は敵で会話なんてしている暇などない。相手に隙を見せれば、その隙を突け入って攻撃してくる可能性があるからだ。
だが、少し気を許したとしても、相手は一向に筆談を続けていた。どうやら、こちらとの会話をちゃんと成功させたいようだ。
『貴女に一つ、伺いたい事がある』
自分がペラペラ喋っても、相手がそれに合わせてくるだけで全然会話が成り立たないので、アリューシャは嘆息して相手の書かれた言葉に対して質疑応答することにした。
「はぁ……何かしら?」
『貴女達は、ここへ何をしに来たのだ?』
「そうね……皇族七家の内の一つ、雅曇皇圓家の七代目当主……雅曇皇圓景楼の調査よ」
相手に嘘をついてもいいことなどないと思ったアリューシャは、正直に言った。すると、それを聴いた鎧騎士は、再びメモ用紙にサラサラと文字を書き記し、こちらに見せてきた。
『ならば、なぜ拙者達の父上に彼様な事をした?』
「え? ……もしかして、霊力強制注入のこと? あれは、博士が独断でやったことよ!? 私達は何も知らされてなかった。てっきり、屋敷の調査とその身辺に潜んでるっていう冥霊族との契約召喚の有無を確認するだけだと思ってた。なのに……多分、エレーネさんは知ってたんだと思う。だから、あそこで異様に止めに入ってた」
アリューシャの言う言葉は事実だった。確かにあの場でレイヴォルを止めたのはエレーネ一人だけで、それ以外の研究者は唖然としていたのだ。
『成程……理解した。では、貴女達は何も知らされていなかったのだな?』
「ええ、そうよ」
もしかすると、これで助かるかもしれない……そう思った。だが、次に彼のメモ用紙に書かれていた言葉は、あまりにも絶望的だった。
『ならば、貴女にもう用はない』
そう言って瞬時に真横を何かが通り過ぎた。一瞬、どこからか強風でも吹き込んだかと思った。しかし、違った。目の前にいたはずの鎧騎士が姿を消していた事から、すぐに横切ったのが鎧騎士だと理解する。
と、ふと頬に痛みを感じて人差し指と中指で触れた。それから指先を目で確認すると、そこには真っ赤な血が付着していた。
「え……嘘っ」
鎌鼬でも起きたのかと思うくらい、不思議な感覚だった。気づくまで頬を切られたなんて分からなかったのだ。
後ろを振り返れば、そこにはメモ用紙に既に何かを書いている途中の鎧騎士がいた。だがおかしい。そう、彼は筆談するためにメモ用紙とペンを持っている。つまり、両手がふさがっているのだ。なのに、どうやって頬を傷つけたのだろうか? 何か鋭利な刃物――つまり、相手が装備している四本の長剣でも使用しなければ傷つけられるはずがないのだ。だが、剣は鞘に収まっていて抜刀した所も視認出来ていない。まさか、あの移動の一瞬で抜刀して自分の真横を横切り、頬を切りつけて真後ろに移動し、納刀したというのか? そんな早業……常人ならばありえないところだ。
――これが、冥霊族の……力!? 侮っていたわ。こいつを、ただの筆談変人鎧騎士だと馬鹿にしてた。
内心で反省し、アリューシャは懐から一丁の拳銃を取り出し左手で握って、それに右手を添えた。踵を返して銃口を鎧騎士に向ける。
すると、鎧騎士はようやく文字を書き終えたのかメモ用紙を掲げた。
『拙者の神速技……恐れ入ったか?』
やはり、こいつはバカなのかもしれない。そう思いつつ、照準を合わせて引き金を引いた。
バァンッ!!
という一発の銃声。
「……やっ、た――?」
反動でちょっと目を瞑ってしまい、ゆっくりと目を開ける。すると、倒れているはずの鎧騎士は倒れておらず、貫通しているはずの鎧は無事だった。肝心の銃弾はというと、鎧にめり込んでいるだけだった。
薬莢が地面に落下し、コロコロと転がる。
そして、それが動きを止めるまでの一部始終を見届けた鎧騎士は、再びメモ用紙にペンを走らせた。
「くっ……そんな、貫通出来ないなんて!」
『無駄だ、拙者の鎧は超合金で出来ている優れ物。たかが、普通の銃弾では撃ち抜けるはずもない。観念したまえ』
完全に敗北だった。しかし、アリューシャは諦めきれず真剣な面持ちとなると、下唇を噛んで銃弾を二、三発お見舞いした。
すると、そこで摩訶不思議な事が起きた。
シュンシュンッ!
一瞬、本当に一瞬だったが確かに見えた――剣筋が。それはわざと見せた物かもしれないが、これで一つ分かったことがある。どうやって振るったのかは知らないが、長剣を用いているのだ。さらに、この事から先程の頬の切り傷は長剣によるもので、今の銃弾の防御も長剣だということも今理解した。
「剣……使ってたのね」
アリューシャの言葉に、鎧騎士はコクリと首肯した。どうやら、その程度の応答にはメモ用紙は使用しないようだ。まぁ、無理もない。メモ用紙なのだから限界はすぐに訪れる。なくなってしまったら、会話の手段がないのだ。
すると、鎧騎士が何かを書いて見せてきた。
『貴女の銃の命中率は的確だ。だが、それ故に軌道が見える。拙者の眼力を持ってすれば、切り落とす事も容易き事だ。そして、ここで宣言しよう! 拙者のメモ用紙は後十枚で尽きる』
「……はぁ?」
あまりにも予想の斜め上の言葉を書かれ、アリューシャはずっこけそうになる。ホントに敵とは思えないくらい、緊張感を殆ど感じる事が出来ない。ただし、未だに頬の痛みはある。だから、なんとかギリギリ緊張感を保てることが出来た。
「……どうやら、メモ用紙のストックはなさそうね」
自分でも何を口走っているのか理解できない。周囲の人間にこんなセリフを聞かれたら笑われてしまうかもしれない。でも、それでも油断できない。それほどの強者なのだ、この騎士は。
『後九枚。貴女に一つ提案がある……拙者としては女子をいたぶるのは趣味ではない。だが、ある目的のために貴女の体をバラバラにしなければならない。だから、楽に死んではもらえないだろうか?』
そう書かれて、アリューシャは一瞬呆然とした。目をキョトンとさせて一分ほど動きを静止する。それから顔を伏せて含み笑いをした。
「ふっ、あはははは! 楽に死んでもらえない? ……か。悪いけどお断りね。私にはまだ武器がある! 確かにその鎧は頑丈で撃ち抜くことは出来ないかもしれない……。でも、だからって諦められない! ここから生きて脱出してクロノスに帰るっ!!」
ここまで来て引き返せない。そう思ったのだろう。アリューシャは拳銃のマガジンを装填し直し、眉毛を吊り上げ目線を敵の兜に見据えた。
『後八枚。貴女には悪いが、その願いは叶わない……安心したまえ、必ず楽に殺してみせよう。だが、そのためには多少の犠牲も払わなければならないかもしれない』
残り少ないメモ用紙の紙を見せ、それから身構える。もしかすると、抜刀する姿を見れるかもしれないと思った。が、それは見られなかった。一度瞬きした直後、鎧騎士はその姿を消し、背後に回っていたからだ。
「うぐっ!? くっ、放して!」
背後から鎧を着用した腕を回されて拘束される。背中にひんやりとした甲冑が触れて冷たい。それから何かが視界に映る。見ればそれはメモ用紙だった。
『後七枚。貴女の銃は背後に回って雁字搦めにされれば使えない。諦めて殺されるがいい』
「いやよっ! 私はまだ、諦めないっ!!」
『後六枚。無駄な枚数は使いたくなかったが、もう一度言おう。貴女の負けだ、これ以上抵抗するのであれば……強行手段に打って出る』
そう言って近場でメモ用紙に書かれた文字を見せつけてくる鎧騎士。
と、その時、アリューシャはふとある疑問が脳裏に浮かんだ。
――ちょっと待って? こいつは今、私の首に腕を回してもう片方の手で拳銃を握っている手首を掴んでいるのよね? なら、どうして文字を書けるの?
素朴な疑問だった。その疑問を解消しようと言葉を発する瞬間、体が浮遊感に包まれる。
「へ――?」
グルングルンとハンマー投げの様に体を振り回される。それから鎧騎士に手を放されて、アリューシャの体は軽々と飛んで行き地面に直撃した。
同時――。
グギッ!!
「いだぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
落下した場所は少し段のある場所の角だった。そして、そこに銃を握っていた方の腕が真っ先に落ちて、その上に全体重がのしかかって来たのだ。勢いも付いていた分、その威力は強く、十九歳のアリューシャの腕は変な音を立てて折れた。
「はっ、うぐぅっ!? い、いだぁ……いぃっ!!? ひぎぃっ!!」
目から涙を零しながら自身の左腕を押さえ、その場を転げるアリューシャ。拳銃など握っていられるはずもなく、左手から放して必死に痛みと戦う。だが、激痛は酷いもので、アリューシャを苦痛に苛ませた。
『後五枚。だから言ったのだ、無駄な抵抗はやめろと。貴女の左腕は折れた。つまり、利き手を失ったも同然。今度こそ、諦めろ。でなければ、苦痛の中で死ぬことになるぞ?』
そう言って苦痛に歪むアリューシャにメモ用紙を向けた鎧騎士は、ゆったりと彼女に歩み寄った。
「くっ! まだ……諦めないっ! 利き手が使えなくても、銃は撃てるっ!!」
左腕をダランと垂らし、右手のみで拳銃を握って銃口を鎧騎士に突き付ける。だが、相手は狼狽もせずに冷静なままその場に立つと、右手首に手刀をかました。
「あぐっ!?」
軽い麻痺を起こしてその場に拳銃を落とすアリューシャ。これで、右手も使えなくなった。
『後四枚。頼む、これ以上抗うな。貴女を傷つけたくはないのだ……確かに貴女が死んだ後、貴女の体の保証は出来ない』
その文字に、アリューシャは畏怖した。
「え? それってどういうこと!? 私の体をどうしようっていうの!?」
酷く狼狽し、腰を抜かして後退するアリューシャ。すると、鎧騎士は少し項垂れてからペンを走らせた。
『後三枚。この一枚で伝えるのは難しいが、簡単に言えば依り代だ。仮の器とでも言おうか。あまり他言は出来ないのだが、どちらにせよ貴女はもう死ぬ身。伝えても問題はあるまい。むしろ、その肉体の一部を借りるのだから感謝せねばならんくらいだ』
「意味が分からない……あなた達は、一体何をしようとしているの!?」
その質問に、またもやしばしの硬直の後鎧騎士はメモ用紙を見せる。
『後……二枚。然る御方の復活のためだ。これ以上は言えん。もうお終いだ、貴女の名を訊こう。最期に名くらいは知っておきたい』
アリューシャは謎の人物について思案したが、やはり誰なのかは判明せず、もう生きて帰る事は出来ないのかと絶望した。何度も作戦を模索するが、どうしてもどれも失敗に終わってしまう。
「……アリューシャよ」
『後……一枚。アリューシャ、貴女の肉体の一部を使う事になってしまい誠に申し訳なく思っている。だが、時間がないのだ。悪くは思わないでくれ、その代わり……貴女の欠けた肉体は必ず土にでも火にでも水にでも還す……。何か、遺言はあるか?』
その死へのカウントダウンとも言えるようなメモ用紙の枚数に、ゴクリと息を呑んでアリューシャは頭を垂れた。
「せめて……仲間と一緒に、眠らせて?」
『後……零枚。……承知した。その望み、必ず叶えてしんぜよう。アリューシャ、ずっと気になっていたであろう拙者の秘密……晒してやろうではないか。これも何かの縁だ、拙者の筆談に合わせて喋ってくれたのだ。これは、御礼として受け取るがいいッ!!』
そう言って最期の一枚を兜に挟むと、鎧騎士は四本の剣を一気に抜刀した。それを見て、アリューシャは絶句し、しばらくして納得の言葉を口にした。
「……ふふっ、なんだ……そういう、種ね――」
ズブシュッ!!
刹那――四本の長剣がアリューシャの心臓部を貫いた。剣先は背中側から突き出て、異様な姿を見せている。長剣の根元までを深々と胸元に突き刺した鎧騎士は、紙に書いた文字を滲ませながら、四本の長剣を二本ずつ左右に薙いだ。
真っ赤な血が噴水の様に四方八方へと四散し、アリューシャの体は仰向けに倒れ――はしなかった。その直前で、鎧騎士が抱き留めたのだ。
彼はその死体を横たわらせ黙祷すると、四本の剣を納刀した……。
というわけで、少し紳士な騎士で一話が終了です。また、二話は残りのメンバーをやって、こんな非道な事をする真意を語ります。
零で白、一で赤というカラーですが、二話はカラーではありません。
次回更新は少し遅れるかと。