『――Dimension・Restraint――』
今回結構長いです。
ここは、今は亡きエレゴグルドボト帝国の地下に広がる、研究機関クロノス。地上のあらゆる建造物は倒壊し、廃城と化したそこは、ベラス大公率いる鎧一族が密かに帝国復興のための拠点として、今も尚使用しているのは、あまり表沙汰にはなっていない。嘗ては同盟を組んでいた両者だが、頭であるオルガルト帝亡き後、関係続行を望む者は多くなかった。というのも、国を失い、著しい治安悪化にそれどころではなかったのだ。何より決め手となったのは、第二次神人戦争にて討たれたオルガルト帝に手を下したのは、クロノスの所長であるレイヴォルの部下だったという目撃証言だった。元々は互いに手を組み、奴隷の首輪などの制作に携わっていただけに、完全にクロノス側の裏切りと取られ、クロノスの研究者達は地下へと追いやられた。中には危険を恐れ、新たな研究機関を立ち上げてそちらに移籍した者もいたという。その者達はサンダルコ街跡地を再利用し、地上で新たに研究を続けている。雷落もその一人だった。
一方で地下で研究を続けるクロノスは、新たな計画を秘密裏に進めていた。
レイヴォル――改め、バルトゥアスが企むその計画は、初めこそ難航を極めそうであったが、バルトゥアス当人がある人物を駒として手に入れてきた事で、飛躍的に進行した。
その人物の名は、鎖神奏翠。タルマルーク王国最期の姫にして、伝説の戦士である鎖神刻暗の大切な従妹であった。
王族であり無属性者である一見何の力もなさそうな彼女を何故誘拐してきたのか、研究者達は疑問を浮かべて問うた。
というのも、ただでさえ鎧一族を含めたいろんな組織から目をつけられているのに、その上王族誘拐ともなればこぞって捜索されるに決まっていた。そうなれば、足取りを掴まれた瞬間どんな報復をされるか分かったものではない。
完全に怯み切っていた。
だが、バルトゥアスは含み笑いをして問題はないと口を開き、説明を始めた。
彼曰く、奏翠の住む城の人間は全員皆殺しにしたため、訪問者でもいなければしばらくは時間稼ぎが出来るというのである。あまりに横暴な手段を取っていた事に、クロノスの研究者達は呆気に取られて言葉を失った。
彼を古くから知る者の中には、彼の変わりように不審感を抱く者も少なくなかった。
そもそも、この新たな研究を持ち掛けてきた彼の姿を見た時、彼らは驚愕した。
しかし、それも無理からぬ事。チームJACKの女性研究者達を大勢連れて雅曇皇圓邸の調査に向かったはずなのに、帰還した時には彼女達の姿は一つもなく、ただ一人戻ってきたレイヴォル博士の姿も目を疑う姿だったからだ。
声は中性的になり、容姿も男性の姿から女性にしか見えない姿になり、髪の毛もメッシュ、瞳もオッドアイ、眼鏡も片眼鏡とあまりに別人に様変わりしている。特に彼らの目を引いたのは、その血塗れの白衣だった。
何があったのか、聞くに聞けない程その異様な姿。
博士当人から説明されるかとも思ったが、彼は何食わぬ顔で先ほどの計画を口にするだけ。
そして、今に至るのだ。
「しかし、奏翠姫を連れてきてどうするんですか?」
「くく、少しは頭を使いたまえ……彼女は時の神を崇拝するタルマルークの関係者だ。この娘を調べれば、時の研究は更に一歩前進するだろう」
「え?」
レイヴォル博士の言葉に、質問した研究者は勿論、周囲にいた面々も呆然とした。
彼の口から出てきたのは時の研究。
今まで彼はひたすらに力を追い求めてきていた。
天より降り注いだ紅き雨。それは偶然にも人々の頭上に降り注ぎ、一部の人間に特別な力を与えた。有属性者……様々な属性の力を、魔法のように扱う事の出来る人間。それが彼らの特徴だった。
片や、無属性者は何の力も持ち合わせてはいなかった。己が持つ力が全てだった。
だからこそ、力の研究を進め、力を持たぬ無属性者にも力を与えようとしているレイヴォルの理念に付き従い、研究を続けてきたのだ。
それが、ここにきての突然の研究対象の変更。研究者達は困惑して互いに顔を見合わせた。中にはこそこそと小声で話し合うものもいる。
そんな彼らの反応が不思議でならないのだろう。
レイヴォルは首を捻って疑問を口にした。
「何か不満でもあるのか? 確かにお前達の言う力とは別物かもしれん。だが、そもそもこのクロノスという組織がどのようにして立ち上がったか忘れた訳ではあるまい?」
そう言ってレイヴォルは部下達を引き連れてある場所へ赴いた。
そこは、ホールくらいの広さのある開けた場所だった。純白のタイル張りの床の中心には、クロノスの紋章が描かれている。
周囲を見渡せば、そこには時間、空間、次元を表す置物の他、それに関する研究レポートが展示されていた。
「博士、ここは……」
周囲を見渡していた研究員の一人が、ぼそりとこの場所について訊ねる。すると、レイヴォルはニタリと笑んで、時間に関するレポートに視線を落とした。
「俺の父ヴォードライ博士は、その昔ある研究を行っていた。それが、時空元だ……ヴォードライ博士は、この研究機関クロノスの名前の由来にもなっている創立者――『クロノス=ツヴィル=タルンペラー』の良き理解者だったという。そんな二人によって時空元の研究を行う研究組織が立ち上がった。それがクロノスの始まり……。しかし、ヴォードライ博士は見初められてしまった。時の神とも崇められたある少女――『鎖神 次噤』の存在によって」
「ま、待ってください博士……た、タルンペラーというと……」
「くく、如何にも……タルマルーク王国建国者にして王国を治める一族……その統治者が彼だったのだ。そもそも創始者がトップに君臨していた時代には、クロノス社はタルマルークにあった。だが、そんな彼も次噤の存在によって狂わされた。彼女の持つ力を狙った男による裏切りで命を落としたのだ。その男が、先ほど名前を挙げた俺の父――ヴォードライ博士だった」
その衝撃の事実に、この場にいる研究員達は驚愕のあまり目を見開いて絶句した。
博士は続ける。
「邪魔者を始末した博士は存分に研究に没頭した。次噤の子孫が次々に産まれ、鎖神一族はやがてクロノス王を失ったタルンペラー一族に成り代わり、タルマルーク王国を治め始めた。最初でこそ鎖神一族の自由を決して認めないヴォードライ博士達だったが、他の血が混じり、力が弱まっていったのだろう。時空元の研究を進めるにはあまりに人材に相応しくないと分かるや否や、彼らを自由にしたのだ。ただ一人、鎖神の祖である次噤を除いてな」
時間に関するレポートに視線を落としていたレイヴォルは、視線を別の方向に移し、そちらへ歩いて行った。辿り着いたのは空間に関するレポートがまとめられた展示物の手前。
それから博士は再び口を開いた。
「研究を続ける中で、時間と同等の力を持つ存在がいる事が分かった。それが空間の力を持つ人物だった。結局それが何者であるかは掴めなかったが、力の性質等から、巫女族の長――巫穹燐廻が近しい力を持っていた事が判明した。だが、彼女は既にこの世にいない。なればと研究対象は巫女族の子孫である鳳凰一族へ向けられた。が、不老不死や七力の力は持っていれど、空間の力――間属性の片鱗は見られなかった……結局、空間の研究は限界を迎え、早々に打ち切られる事となった」
博士は三度視線を別の場所へ注ぐ。そちらへ辿り着くと、今一度怪しい笑みを浮かべた。
「時間、空間……そして最後の一つ、次元。この三つは三要素と呼ばれ、古くから言い伝えられてきた。その次元は時間や空間よりもさらに謎が多かった。いくら文献を探せど存在しないのだ。謎が増えれば増える程、解明したい、究明したい……最早研究者としての性なのであろうな。そうして、ようやくヒントを得た。鍵は希少属性にあったのだ」
「き、希少属性ですか?」
「左様……星属性、夢属性、幻属性、そして朧属性……」
「お、朧というと、もしや!?」
「くく……察しが良い者もいるな。その通り、先日捕獲した御影竜龍もまた、今回の計画に必要な駒の一つなのだ。気づくのが少しばかり遅かった。もう少し早ければ、彼を使わずとも純粋な朧属性を持つ龍竜族である聖俊の雙龍が使えたのだが……二人は既にこの世にはいない。そこで白羽の矢が立ったのが、最期の龍竜族である御影竜龍だ。ただ、あの男は混合属性所持性者でな、あのままでは計画には使えん……そこで純粋な朧属性を手に入れる必要がある。これら主たる四属性は、元属性や間属性が混ざり合い弱まった力であり、中でも朧属性は間属性と元属性を均等に混ぜ合わせて生まれた属性である事がこれにまとめてあった。ヴォードライが死ぬ前にこれを手に入れていれば、もっと早く尋常ならざる力を得ていたかもしれない。全く、惜しい事をした……だが、いつまでも後悔してはいられない」
レイヴォルはその場でしばし黙り込んだかと思うと、踵を返して次元の展示を背にして口を開いた。
「私は時空元の力が欲しい……その力があれば、有属性者など遠く及ばない力となるだろう。無属性者が有属性者を超える事も可能となるはずだ!」
その言葉に、研究者達はハッとなって目を丸くした。
力の研究は止めたものと勝手に思ってしまった。だが、実際はアプローチの手段を変えただけに過ぎなかった。当初の理念は少しも変わらず力の研究、探求、追求だったのだ。
「博士……我々も勿論協力致します!」
「くく……その言葉を待っていた。既に駒の準備は整いつつある。今夜だ……今夜決行する」
「こ、今夜ですか!?」
意を決したはいいものの、まさかすぐさま実行に移すとは想定していなかったのだ。
慌てる研究者達にレイヴォルは説明した。
「今夜はおあつらえむきに満月でな……月の力が満ちる日……月の引力により、元属性の力が強まる……そこに朧属性の力をぶつける。そうすることによって、空間に歪を生み、次元の狭間をこじ開ける。時間、空間はこの世界にいて、次元だけいないのは明らかに不自然だ。となれば、居所は限られてくる……」
「それが、次元の狭間……亜空間という事ですか」
「別世界ともいうがな……この世界とは別の世界。異世界とも言い伝えられるアレだ」
「この世界とは別の世界……それはそれで、興味がありますね」
「くく……確かにな、だが次元の力を手にし、最終的に時空元の力を手に入れた暁には世界の行き来も自由。そのためにも、今は早急に次元の祖を我が物にするのだ!」
『はっ!!』
拳を強く握り締め、気合を入れるレイヴォルに呼応するように、クロノスの研究者達は声を揃えて気合の一声を発した。
――時の力を秘める鎖神奏翠……次元の力を持つ次元の祖……そして、朧属性からどうにか間属性のみを抽出する事が出来れば……時空元の三要素の力を手にする事が出来る。待っていろ、オドゥルヴィア……この力も貴様に与えれば、さらにお前は強くなる……くく、そのためにも今は準備を急がねば。
自分達が強くなるためと信じて疑わないクロノスの面々に対し、ただ一人レイヴォルだけは内心で息子のために密かに暗躍を考えているのだった。
――▽▲▽――
暗がりの空間。窓もなければ明かりもない漆黒の闇が広がるこの場所に、一人の男性がいた。男性はズキリと痛む頭部に呻き、顔を歪めてから顔をあげる。周囲を見渡せど、広がるのは一面の闇。まさに途方に暮れた自身の心を表しているようだった。
すると、ジャラリと首に違和感を覚える。どうやら硬い金属製の首輪を着けられているらしい。手足も拘束されているようで、自由は利かないようだった。
「一体……ここはどこなんだ」
「どうやら、目が覚めたみたいね」
突如背後から聞こえた声に、一瞬ビクッと体を震わせる男性。それから彼は、恐る恐る相手に声をかける。どうやら、柱か何かを背にして同じ柱の反対側に、もう一人拘束されているらしい。
「あ、あの、其方は?」
「ああ、顔も見えないんだもの、名乗っておかなきゃね。私は鎖神奏翠……一応、タルマルーク王国の姫よ」
「鎖神奏翠!? そ、其方生きていたのか!?」
相手の女性の声に、男性は酷く驚いた。しかし、それも無理からぬこと。彼女の生死に関して、ある男から耳伝いに聞いていたからだ。
「私を知ってるの? まぁ、一応お姫様やってたけど、見知らぬ人にまで知られていただなんて。あ、でも国民なら知っててもおかしくないか。あなた、タルマルーク王国出身?」
「いや、違う……失敬、名乗るのが遅くなった。俺は虚栄に紛れし殺戮者副頭領、御影竜龍。出身は……職業柄答えられない、すまん」
「いいわ。そう、暗殺者さんだったのね……ふふ、こんな状況でなければあなたに頼んで暗殺してほしいやつらが何人いる事か」
竜龍が暗殺者であると知り、意味ありげに奏翠は愚痴めいたものを零す。そんな彼女の声音に何を思ったのか、少しの間の後、竜龍は口を開いた。
「……ここから脱出出来れば、いくらでも請け負おう。しかし、ここはどこなんだ?」
再度真っ暗な周囲を見渡して、女性に問う。
「知らずに連れて来られたのね……ここはクロノス社の地下研究施設よ。場所的にはエレゴグルドボト帝国の地下に位置してる」
「なるほど……彼奴等もしばらく怪しい動きは見せていないと思っていたが、探りが足りなかったとは」
竜龍は自分達の索敵能力の低さを憂いだ。
「しかし、どうして奏翠殿がここに?」
「分からない……どうやら表沙汰には死んだって事で扱われてるみたいね。まぁ、それなら追手もつかないと考えたのでしょうけど」
「いや、タルマルークでもそうとは限らない。そもそも、俺も其方の生死に関しては月牙殿から聞いたんでな」
「げ、月牙!? あ、あなた月牙の知り合いだったの?」
生死情報の出所が自分の顔見知りである事が分かり、奏翠は声を荒げて問い質す。
「ああ……仔細は伝えられないが、よく知っている。それにしても、俺達を捕まえてクロノスは何を企んでいる……?」
「詳しくは分からないけど、私も既に何度も実験台にされたわ。あなたが目覚める数時間前にも、注射を打たれて……さっきからずっと熱っぽいのよね」
「大丈夫なのか?」
「え、ええ……ちょっとぼ~っとしてるけど、不思議と頭はすっきりしてる。それに、私……会いたい人がいるの。きっと心配してるわ……だから、会って無事な事伝えたくて……。そういえば、あなた月牙の知り合いって事は――」
と、もしもの可能性を思いつき、ふと奏翠がある事を尋ねようとした時だった。
「談笑はそこまでにしてもらおう」
突如闇に光が差し込み、二人の目を眩ませる。薄目でそちらを見つめると、幾人かのシルエットが見えた。
「鎖神奏翠、御影竜龍……君達を我々のパーティにご招待しよう」
「パーティ?」
「何をふざけた事を……お前達が何を企んでいるかは知らんが、その悪行……必ず止めてみせるッ!!」
「くく……かははははは! パーティ前にお笑いを披露してくれるとはご苦労な事だ」
「何だとッ!?」
こちらはいたって真剣だというのに、レイヴォルに茶化されたように笑われ、竜龍は怒りに表情を歪める。
「レイヴォル……本当の目的を話したらどう? どうせ、また実験なんでしょうけど」
「……奏翠、相変わらず可愛気のない姫だ。あのお転婆幼女姫もなかなかだったが、貴様も貴様だな……どうやら私はどうにも姫というやつにてんで運がないらしい。まぁいい、例え言う事を聞かなかろうがその首輪がある限り、この私に逆らう事は出来ん」
「くっ、忌々しい……」
自身の首にかけられた奴隷の首輪を恨めし気に見つめ、奏翠は愚痴った。
「おっと、ここで無駄話をしている暇はない……もうすぐ月がてっぺんに昇る頃合いだ」
「月? パーティとか言ってたけど、お月見でもするつもり?」
「くく……減らず口は一丁前だな。なかなかの胆力だ。あれだけ実験を繰り返されても尚折れぬその精神力は目を見張るものがある。この計画が終われば、あらゆる拷問にかけ、どれだけ耐えれるかの耐性実験を行うのも一興かもしれんな」
「ぐっ……!?」
口でしかろくに抵抗出来ない事を知っているレイヴォルは、彼女に向かってそんな恐ろし気な実験を口にする。
すると、流石の奏翠もここに来たばかりの時に繰り返された拷問を思い出して嫌な記憶が思い起こされたか、体を震わせて唇を噛み締め押し黙った。
「レイヴォル=カオス=フィグニルト……どこまでも卑劣な男だ」
「どうとでも言うがいい……私はどれだけ犠牲を生もうと痛くも痒くもない。全ては最強の力を得るため……貴様らは我が崇高な計画の礎になるのだ。そのための駒でしかない貴様らをどう扱おうと私の勝手なのでね……さぁ、連れていけ」
レイヴォルの指示に、こくり頷いた研究者達が奏翠と竜龍を連れていく。
そうして彼らがやってきたのは、闘技場のような広いホールだった。周囲の観客席には、多くの研究者達が白衣を身に纏い、こちらを見下ろしている姿がある。その観客席の最前部には分厚いガラスが張られていて、この場からそちらに攻撃を出来ないようにしていた。争いを繰り広げる実験動物を眺める娯楽施設だとでもいうのか、竜龍はどこまでも非人道的な彼らに不快感を募らせた。奏翠も同様のようで、様々な実験や拷問を受けた経験から、負の感情を表情に浮かべている。
「さぁ同士諸君……よくぞ、集まってくれた。今宵ここに見せたるは数ある属性の中でも最強に数えられる一つ……次元を操る元属性の祖である。それを手に入れるため、早急の準備、誠にご苦労であった。これでこの計画は次の段階へと進められる。さぁ、天を開け」
その指示に、GAUNに所属するアダム=オルグロスがスイッチを入れる。重々しい音を立て、地面が揺れる。その音に二人は天上を見上げた。すると、その中心に一本の筋が入り、左右に割れた。どうやら、ここの天井は開閉式になっていたらしい。
しかし、ここは地下だというのに、天井を開ければ地上に支障が出るのではないだろうか? そんな疑問を浮かべる二人。
すると、その疑問を感じ取ったのか、レイヴォルが口を開く。
「心配ない……この場所の真上は、ちょうどエレゴグルドボトのサンダルコの森だった場所だ。開閉付近の邪魔な森林は伐採済だ」
その解答になるほどと内心納得するが、それより天井を開けたりして、本当にお月見をするつもりなのだろうか?
そんな新たな疑問が浮かぶ。
そして完全に天井が開き切ると、地上の周囲が開けている事もあってか、満月の月の光が闘技場ホールに煌々と差し込んできた。
その月の光を浴びて、竜龍の体が不意に疼く。
「な、何だ?」
「くく……凄いな、どうやら反応しているらしい。貴様の中に眠る龍竜族の血がな」
「まさか、このために月の力を?」
「まぁな……だが、やはり貴様では事足りないらしい。その程度の疼きで済むのではな……まぁ、理性があれば無理もないか」
「ふん、当てが外れたようね」
「くく……無論こうなる事も想定済だ。科学者たるもの、常に想定外の出来事に対処し、二手、三手、別の手段を用意しておくべきなのだよ。アルフレッド、あいつを連れてこい」
「はぁ、見た目が変わっても相変わらず人使いが荒いなぁ。はいはい、連れてきますよ……」
レイヴォルからの扱いに愚痴を零しつつ、アルフレッド=ユニヴァーンが一時的にこの場を後にする。
互いに顔を見合わせ、奏翠と竜龍が怪訝そうにもう一度アルフレッドが出ていった扉へと視線を向けると、ゆっくり扉が開いて何者かが姿を現した。
口枷を嵌め、首には竜龍達と同様奴隷の首輪を着けられている。その首輪からは鎖が伸び、アルフレッドの手に握られていた。まるで、飼い主とペットという出で立ち。それは、その異様な雰囲気を漂わせる相手が四つん這いの体勢を取っているのも理由の一つ。更に言えば、尾てい骨付近から龍の尻尾が生え、頭部から特徴的な角が生え、肌のあちこちを龍の鱗が覆っているのも彼らにそう思わせる理由だった。
「な、何だこいつは……?」
どことなく自分に似た雰囲気を持つ目の前の人物。畏怖して冷や汗を流す竜龍に、レイヴォルは口元に笑みを浮かべて紹介した。
「こいつは、お前の遺伝子情報に星属性の遺伝子情報を組み込み改造されたクローン『御影 朧』だ」
「御影……朧、俺のクローンだと? こんな化け物みたいなやつが俺のクローンだというのか!?」
「左様……こいつの理性は既に取っ払ってある。そのおかげか、龍竜族の血が抑えられないようでな、こうして竜人のような姿になっている。口枷を嵌めていなければ、いつ何時我々を襲うか分からないからな、なかなか扱いに苦労させられる」
「ふんッ、お前達の自業自得ではないか!」
「なぁに、手はかかるがこれも全ては研究の……果ては最強の力を得るがため。これくらい安い物よ……さぁ、朧。お前の力のお披露目だ。その朧属性の神髄……ここでとくと見せてやれ!!」
レイヴォルがそう口にすると、手慣れた様子でアルフレッドが朧の口枷を外した。
瞬間、口の自由が利くようになった朧が獣同様の咆哮をあげた。クローンが故に血が近いのもあるのか、目の前にいた竜龍はその咆哮に内に流れる血が滾る感覚を肌で感じた。身を竦め、思わず顔を伏せてしまう。本能的に恐怖してしまっている。目の前の怪物が恐ろしい……例えそれが自分のクローンで、多少強化されているといっても、あの見た目では信じるに信じられない。
それを傍で見ていた奏翠も、先ほどまでの饒舌さは失せ、なるべく朧の気に障らないように大人しくしている。
しばらく咆哮を上げ続けていた朧は、ゆったりと四つん這い状態に戻ると、腕立てのように体の前面を地面に突けるくらい深く沈みこませた。スンスンと鼻を鳴らし、何かを探っている。
闘技場の中心へとゆっくり四足歩行で歩いていき、月光をその身にたっぷりと浴びている。まるで光合成のようにも見えるその光景に、息を呑んで竜龍と奏翠は見つめている。
「何故貴様を欲し、オドゥルヴィアに攫って来させたか、教えてやろう。朧属性は龍竜族の祖であるアドラスが持っていた属性でな、やつの放つ裂空砲には空間を穿ち、空間を裂き、次元の狭間をこじ開ける力があったとされている。即ち、これを使えばこの世界と別の世界の狭間にあるとされる次元の狭間への扉が開くのだ。そこにいる次元の祖……そいつに我々は用があるのだよ。そのためには朧属性を手に入れる必要がある。しかし、残念な事に何の因果か龍竜族は龍族と竜族に分かたれてしまい、多くの朧属性は失われてしまった。残されたのは二つの種族の間に産まれた聖俊の雙龍と貴様だけ……そして、雙龍失われし今、最早我々には貴様しかいなかったのだ。大いに喜ぶといい……貴様は遺された最期の龍竜族なのだ」
レイヴォルの口にする"最後の龍竜族"。その言葉に、思わず竜龍は口を挟みそうになった。だが、そこで慌てて口を噤む。そう、やつらはまだ知らないのだ。竜龍の倅……琥竜の存在を。ならば、やる事は一つ……敵に息子の存在を知られる事なく、やり過ごすことだ。
「最後の龍……ふッ、確かにそうだな。その通りだ……しかし、最期の大役がこれとはな。おまけに、俺では力不足と」
「残念ながらな……だが、貴様の優秀な遺伝子のおかげで、こうして立派なクローンが生み出せた。感謝しているよ、くく……。さぁ、やれ朧……裂空砲で空間の裂け目を作り出し、次元の狭間を出現させるのだッ!!」
奴隷の首輪の楔を持つ者は、その首輪の主となる。さらにこの首輪は鈴華が着けていた頃よりもさらに強化され、強制命令を出せるまでに進化していた。理性も知性も失い、ただの凶暴な獣同然と化している朧は、脳内に送られるその命令信号に呻き声を上げ、その紅き双眸を一層妖しく光らせた。
そして、枯れんばかりに咆哮を張り上げると、口元に朧属性の力を結集させ、一気に何もない空間目掛けて放った。
レーザー砲のように放たれたそれは、空を一閃。すると、何もない空間に亀裂が入り、あんぐりと異空間がその大きな口を開けた。
瞬間、周囲に凄まじいオーラが立ち込めた。
「な、何だこれは……」
「い、一体あの中に……何がいるの!?」
異空間に存在する正体不明の存在。だが、明らかに尋常ではない者なのは間違いなかった。それは、強引にこじあけられた空間の裂け目から漂ってきている。
思わず、こんなやばいオーラを持つ相手に手を出そうとしているレイヴォルを睨めつけた。しかし、当人は少し冷や汗をかくのみで、その口は嗤っていた。白い歯を見せ、口の端を不気味に吊り上げている。
こんな状況下であんな表情を浮かべてしまう彼に、竜龍は畏怖の念を抱いた。最早、目の前の博士はただの人間ではない……と。
しかし、実際そうなのだ。見た目もすっかり変わり果ててしまったが、その中身はとうの昔から別人へと変わっている。魔神族の一人、バルトゥアスへと。
と、このただならぬ気配に闘争本能が働いたのか、朧が動いた。
彼は獣の様に唸り声をあげながら両手を使って空間の裂け目を掴むと、無理矢理裂け目を広げ始めた。漏れ出ていたオーラがさらに溢れ出し、竜龍達を震え上がらせる。
「お、おい……あいつ止めなくていいのか!?」
明らかにレイヴォルの命令以外の事をしている様子の朧を見て、焦りを感じた竜龍が問うと、レイヴォルは大して焦る様子もなく手をあげた。
「構わん……むしろ、入り口を広げた方が向こうも出てきやすいというものだ」
と、そんな楽観的な事を言うレイヴォルを後目にもう一度朧の方を見れば、彼は自分の体が通るくらい裂け目が広がった事を確認して、果敢にも中へ跳び込んでいった。
「んなッ!?」
これは流石のレイヴォルも想定していなかったのか、虚を突かれたように声をあげてしまった。
それから数秒してからだろうか、次元の狭間が騒がしくなり始めたかと思った次の瞬間、空間の裂け目から人影が飛び出してきた。その人影は裂け目に足を引っかけたのか、体勢を崩して地面にぼとっと落下してしまった。
よく見ると、それは幼い童女だった。さらに目を引くのは、その物凄く長い薄い金髪だった。髪の毛の一部は角のように側頭部に巻き上げているにもかかわらず……だ。おまけに、その頭部にも頭の大きさと大差ないくらいの大きな頭飾りをつけている。
「うぐ……いたたた。わらわとした事が、よもやあのような不覚を取ろうとはのぅ……長らく次元の狭間にいて体が鈍ってしもうたか……」
ようやくその小さな身を起こした童女は、頭を押さえながらふとこちらの視線に気づいたのか目を開けた。綺麗な黄色の瞳。そして、髪の毛で隠れてよく見えなかったその服装は、やや着崩したように来ている着物だった。先ほどの転倒で着崩れたのか? にしてはあまりにはだけている。多少ならばともかく、肩口まで見えているのはなかなかだろう。
と、童女は周囲をキョロキョロと見渡し竜龍達の存在を認知すると、ゆっくりとその場に立ち上がり口を開いた。
「そち達か……わらわの住む次元の狭間へあのような刺客を送ってきよったのは……」
見た目にそぐわぬやや古風な口調。そして、その童顔に似つかわしくない鋭い目つきは、レイヴォルを見据えていた。
「正直あそこまでするのは想定外だった。が、こうして貴様に相まみえる事が出来たのは好都合といえよう」
「ほぅ……明確な目的を持ってわらわに接触を試みるとは。どのようにして次元の狭間の存在を知ったのかは知らぬが、止めておけ……そちらでは、わらわに勝つ事など出来ぬよ」
首を横に振り、あくまで戦闘は望まぬ姿勢の次元の祖に、レイヴォルは愉快そうに笑った。
「くく……やってみなければ分かるまい? ゴルキス!」
そう名を叫ぶと、命じられたゴルキス=ゼミネンヴェンジーが跳躍し、レイヴォルと童女の間に割り入るように立ちはだかった。
「待っておったぞッ!! 次元の祖とやら……この儂のお相手仕るッ!!」
「莫迦め……うぬのような厚かましい老体が、このわらわ――次元の祖『玄朧 次噤』に敵うと思うてかっ!!」
と、目を見開き、次噤と名乗る童女が片手をゴルキスにかざすと、瞬間――何かがレイヴォルの横を通り過ぎ、闘技場の壁に激突した。
サッと背後を見やると、そこにはゴルキスが大の字で壁にめり込んでいる姿があった。
「ガハッ!?」
血反吐を吐き、壁から剥がれ落ちたゴルキスは地面に突っ伏すように倒れた。
「い、一瞬だと……?」
計算外と言わんばかりに動揺を見せるレイヴォルに、次噤は嘆息して口を開いた。
「言うたであろう……わらわは次元の祖。この世界を構築したと言っても過言ではない、時空元の祖が一部。そのわらわに敵うのは、同じく時空元の祖の一部たる鎖神や巫穹にしか無理じゃ」
「なるほど……な。ならば、その子孫ならばどうだ?」
「……何?」
レイヴォルの子孫という言葉に、次噤は怪訝そうに顔を上げ、何かに気づいたように視線を横に向ける。そこには、彼女から溢れる尋常ならざる力に今にも圧し潰されそうになっている奏翠と竜龍の姿があった。
「すんすん、この匂い……鎖神と、これは……龍竜の……なるほどのぅ、先ほど次元の狭間で襲ってきたやつからも同じ匂いがした。時の流れとは恐ろしいものよのぅ、このような形で出逢う事になろうとは。しかし、なんじゃ? 鎖神の方は……子孫というよりも……」
次噤は奏翠の方をさらにじっくりと凝視した。文字通り頭の先から足の先まで、何かを確かめるように……。それから、恐怖と緊張で動けないのをいいことに、奏翠に歩み寄った次噤は、彼女の両肩に手を置き、つま先立ちになりながら彼女の顔に自分の顔を近づけ、至近距離で見つめたかと思うと、その頬をペロリと舐め上げてきた。
「ひゃああ!? な、ななななな何するのっ!?」
まるで緊張の糸が解けたというように、ようやく口を開けた奏翠は、拘束されて両手の自由が利かないため、舐められた自分の頬を二の腕で拭い、顔を真っ赤にして後方へ数歩下がった。
「ぺろっ、この味……やはりどこか懐かしい。うぬら、こやつに何をしたのじゃ?」
舌なめずりをし、舐めとった際の味を確かめるようにして次噤はレイヴォルを睨む。そんな彼女の発言に、思わずレイヴォルも感心して感嘆の声をもらす。
「ほう、もうそこまで嗅ぎつけるとは恐れ入った。これも全ては貴様を手に入れるための下準備とだけ言っておこう。こちらも、そう簡単に奥の手を教える訳にはいかんのでな」
「ふん、いけ好かぬやつよ……じゃが、よりにもよってわらわに目を突けるとはな……それに、鎖神と巫穹の祖はどうした」
鼻を鳴らし、同じ時空元の祖の一部である二人の居所を訊ねる次噤に、レイヴォルは肩を竦めた。
「さぁな、私が知る限りでは、既にこの世にいないようだが」
その解答に、次噤は無表情で彼を見据え静かに口を開いた。
「……さっきから、そちは誰なんじゃ?」
「……何の話だ?」
質問の意味が分からないというように、はぐらかすレイヴォルに、ぴくりと片眉を動かして次噤は告げた。
「そちの中には何かがいる……よく分からぬ繋ぎ合わせの皮なぞ被りよって……魂の冒涜に等しかろうて。どうやら、そちはその人の皮のどの持ち主でもないようじゃの」
【……はぁ、演技もここまで、か。俺様をわざわざ表に出すたぁ、やるじゃねぇか……次元の神様よぉ。この際だ、この場にいる全員に教えておいてやる。俺様の名は魔神族が筆頭……豪剣士『バルトゥアス=オヴァハラン』! この素体の大元となっていたレイヴォル=カオス=フィグニルトの後を継しものだッ!! これからのクロノスを率いる男の名、その脳にしかと刻み付けておきなッ! クク……カハハハハハハッ!!】
「レイヴォル博士があの魔神族のバルトゥアス?」
「しかし、例えそうであったとしても、彼の研究理念は我々と同じものだ。ならば、目的はなんら変わらない!」
レイヴォル博士の正体を知ったクロノスの面々。が、その反応は思ったよりも肯定的で、彼の存在を否定するものはいなかった。既に伝え聞いていたとはいえ、GAUNの面々が取り乱す様子もなく平然としていたのも大きかった。
そんな彼らの反応を見つつ、目の前の男が魔神族だと知った次噤は納得の頷きを見せていた。
「なるほどのぅ、魔神族が巣食っておったか……この妙なオーラはそういうことじゃったか。まぁよい、例え相手が人間でなかろうとわらわに敵わぬのは変わらぬ。さて、そろそろ次元の狭間に――」
と、踵を返してこの場を後にしようとしたところで、空間の裂け目から朧が飛び出してきた。
「くっ!?」
思わず不意を突かれ、仰向けに押し倒される形になる次噤。
朧は獣同然に咆哮をあげ、完全に暴走していた。次噤から放たれるオーラに惹かれているのか、興奮したように鼻を鳴らし、牙をむき出しにしている。その口からとめどなく涎が溢れ、組み敷いた次噤に圧し掛かっているために彼女の顔や体に涎が滴る。
「うぇ、こ、この無礼者っ!!」
見知らぬ相手の体液を顔面に引っ被った次噤は、堪らず両手を前に突き出した。
刹那――朧の体が宙を舞い、天高く浮かんだかと思うと、重力に引っ張られるように地面に叩きつけられた。
「はぁ、はぁ……汚らしい。このわらわに涎なぞ垂らしよって……どんな躾をしておるのじゃ」
【クク……これは失敬。どうやら、朧は貴様の体に酷く興奮しているみたいだ。大元を辿ればお前から産まれたようなものだからな。母性に飢えた子供みたいなもんだと思ってくれ。子供のじゃれあいだ、存分に甘えさせてやれよ】
「ふざけるなっ! わらわに子供なぞおらぬ! 莫迦も休み休み言わねば、その舌引っこ抜くぞ!」
身に覚えのない子供の存在に青筋を立てた次噤は声を荒げてそう叫ぶ。
【おぉ~怖や怖や……だが、生憎とそいつに理性や知性なんてもんはねぇ……本能のままに動く力を持った獣がどんなもんか、じっくりと味わってくれよ】
「……少しは手加減してやっておったのじゃがな、どうやらその必要はなさそうと見える。よかろう、わらわももう加減はせぬ。温情で見逃してやっておったが、こやつから消す事にしようかのぅ!」
そう口にするや否や、次噤はその場にふわりと浮かんだ。黄色い目が煌々と光り輝き、月の光に照らされたその薄い金色の髪の毛が一層神々しく照らされる。
「次元扉・解放!!」
次噤が叫ぶ。それに呼応するように、彼女の周囲の空間に円形の亜空間が出現する。そこに手を突っ込み、何かを引き抜く。それは長い槍状の武器だった。
次噤はそれをぶんぶんと振り回し、地面に叩きつけられていた朧に向かって突っ込んでいった。
朧もそれに気づいたのだろう、むくりと体を起こし、唸り声をあげて片腕を薙いだ。朧属性を纏ったそれは空間を裂き、突っ込んできた次噤もろとも切り裂いた――かのように見えたが、寸前で次噤は瞬間移動したように朧の背後を取っていた。
気配でそれを察知し、すぐさま真後ろに振り返る朧だが、それも間に合わず次噤の小さな手に掴まれる。
しかし、あの童女のような見た目だ。大した力も籠められまいと、バルトゥアスは余裕そうな笑みを見せる。
だが、それもすぐ消え失せ、動揺を見せ始める。朧が苦し気に呻き、徐々にその体を持ち上げられだしたのだ。
【おいおい、まじか……あの体格差だぞ? 掴み上げられるのか?】
これも元属性によるものなのか、次噤は顔色一つ変える事無く、鋭い眼光を見せながら朧をそのまま空中まで掴み上げ続けた。
それから次噤はもう片方の手で槍の先端を朧の腹部にあてがった。
「これで終いじゃ……」
そう告げると、腕一つ動かさずして槍が一人でに動き、朧の腹部を突き抜けていった。槍は一瞬にして朧の腹部を貫通し、どこかへと消えていった。血飛沫が地面へと滴り、真っ白な床を真っ赤に染め上げていく。
「ふんっ、何がわらわの子供じゃ……口ほどにもない」
そう吐き捨て、次噤は朧の頭を掴んでいた手を放した。持ち上げられていた力を失った朧の体は、重力に従い再び地面に叩きつけられる形となった。
それから彼は動く事はなかった。
「し、死んでしまったのか?」
「分からないけど、多分……そうみたい」
一部始終を拘束状態で見ていた竜龍と奏翠は、目の前に落下している朧のズタボロの肢体を見て、そう呟いた。
【あ~あぁ、なんてことしてくれんだ、せっかくのクローンをよぉ。ったく、それ作るのも簡単じゃねぇんだからなぁ?】
やれやれというようにバルトゥアスが竜龍と奏翠の下へと移動してくる。まさか、自分達を盾にしようというのだろうか?
そんな不安感を抱くが、バルトゥアスの目的はもっと別にあった。
バルトゥアスは不敵に笑むと、奏翠の耳元へ顔を近づけ、囁いた。
【貴様の最愛の従兄の鎖神刻暗だがな……もう死んだよ】
「……は?」
突如として告げられた最愛の従兄の死。一気に血の気が引き、世界が暗転したように暗くなっていく。それと同時、心の内から何かが沸々と込み上げてくる。それが怒りなのか何なのか、注射で刺された腕がズキリと痛む。
思わずその患部を押さえると、バルトゥアスが愉悦に嗤った。
【どうやら、効果覿面のようだな……やはり、貴様の精神力の強さ、その要は鎖神刻暗の存在だったのだ。まさに貴様のコアだったのだな……そのコアが失われし今、貴様にはもう何も残っていまい? クク、そこに今まで流し込んだ鎖神の血……覚醒には十分な条件下だ】
「貴様、何を言って――」
「ねぇ……竜龍、さん? 刻暗が死んだって本当なの? 嘘よね? 嘘……なんでしょ? そう、よね?」
「……それは」
瞳から光を失い、絶望の表情に彩られた奏翠のそんな顔を見て、竜龍は彼女に訊ねられていても真実を伝える事が出来なかった。だが、言い淀む彼の反応を見れば、真実などすぐに理解出来てしまうくらいには、奏翠も理解力が乏しい訳ではない。
「~~~~~~~っ!!」
声にならない叫び声を上げ、奏翠はその場にくずおれた。身体を震わせ、すすり泣く声が聞こえる。何か良い言葉をかけてあげられないものかと竜龍は考えたが、今の彼女に相応しい言葉をかけられるほど、竜龍は賢くなかった。咄嗟に言葉が出てこない竜龍は、その場でただただ茫然と奏翠を申し訳なさそうに見下ろしている事しか出来ない。
と、その一方で、いつの間にか手元に戻していた槍を携えた次噤が、血塗れのそれを血振るいし、一気にバルトゥアスに突っ込んできた。
しかし、何か策でもあるのか、口元に笑みを浮かべたバルトゥアスは、ただ一言こう命令した。
【止めろ、奏翠】
一瞬だった。竜龍はバルトゥアスが刺殺されたものと思って不意に瞬きをしてしまっていた。が、次に目を開くと、そこには俄かには信じられない光景が広がっていた。
「な、何が起きている……?」
思わず口をついで出たのは疑問の言葉だった。
目の前に広がっていたのは、時間の停止した世界だった。それも全てというわけではなく、バルトゥアスの眼前にいる次噤のみだ。血走ったような鋭い双眸。躍動感溢れる動のポーズ。一気に突っ込んできたため、その体勢は前傾でとても自分で体勢を維持しているとは思えない。そもそもそんな事をする理由がない。となれば、次噤がやったのではない。無論、バルトゥアスでもない。第一こんな人間離れした技が使えるのであれば、とうの昔にやっているはずであり、ここまで苦労して朧まで失っていたとは思えない。つまり、これは第三者が行ったということ……。
「完全に時間が止まっている? 一体どうやって……時間、時属性……鎖神……っ!? まさか――」
【ご明察、これは鎖神奏翠の力だ。ここまでの力を発揮してくれるとは、クク……これも少しばかり想定外だったが、これは嬉しい誤算だな】
思わずある可能性を感じて蹲っている奏翠に視線を向けると、背後から聞こえてきたのはバルトゥアスの声。
「まさか、時属性の力に目覚めたというのか!?」
【如何にも……むしろ鎖神家に産まれていながら時属性を持ってない方がおかしいんだよ。ずっと眠ってたのさ、鎖神刻暗の影響でな】
「刻暗殿の影響?」
【そうさ、奏翠の時属性は刻暗の時属性の時間停止によって封印されていた。こいつらはよくキスをしていたらしいな。大方、その接触によって刻暗の時属性が影響を及ぼして奏翠の時属性の力を停止させて発動しないようにしていたのだろう。なんとも摩訶不思議な現象で封印されていた。が、刻暗が死んだ事で奏翠の時属性の力の時間停止が解除された。そして、ダメ押しの注射だ】
突然の奏翠の力の覚醒の理由を懇切丁寧に説明してくれるバルトゥアスに、さらに竜龍が疑問に思った事を問う。
「あれは何だったんだ?」
【鎖神の祖の血だ。時空元を研究していた時代に採取していた血液がずっと大切に冷凍保存されていた。いつか何かに利用するつもりだったんだろう。鎖神の血を強くすれば、それだけ強い時属性が得られると思ったが、予想以上だった。これなら、当時の鎖神の祖にも匹敵するかもしれんな。現に、こうして玄朧の祖の時間を停止させているわけだしな……】
と覚醒の説明と疑問への解答を終えた所で、バルトゥアスは懐から新たな奴隷の首輪を取り出した。それを、攻撃態勢のまま無防備な姿を晒す次噤の小さな首に装着する。そしてその首輪の鎖から伸びる先端にある楔を手にする。
【クク……認証、完了……これで、貴様は俺様のモノだぜ、玄朧次噤……! クク、カハハハハハ! 何が口ほどにもないだ! 所詮貴様も、時間を操る時属性には抗えないのさ!】
完全に自分の奴隷と化した事を確信したバルトゥアスは、いつもの調子を取り戻したように高らかに笑う。
その笑い声に、ようやく正気を取り戻したのか奏翠がその場にゆっくり立ち上がる。
「うっ、頭いった……な、何が……? え、な、なんであの子止まってるの?」
「奏翠殿、自覚がないのか? これは、其方がやったのだ」
「わ、私が!? え、でも……私は、無属性者で」
「いいや、其方は隠れ有属性者だったようだ」
「隠れ有属性者?」
聞き馴染みのない言葉に、首を傾げてそのワードを反芻する。そんな相手の反応に、竜龍は少し顔をそらしながら口を開いた。
「す、すまない……今俺が適当に言ったんだ。どうやら、刻暗殿の時属性に触れた影響で、奏翠殿の時属性に時間停止の力がかけられてしまい、属性が発動出来ない状態になっていたらしい。それで、無属性者と勘違いしていたのだろう」
竜龍の説明に、なるほどと納得の表情を浮かべた奏翠は、話題にあがった従兄の名前で再び表情を曇らせた。
「そ、そうだったの……確かに、お父さんも時属性の力が使えてたからおかしいなぁとは思ってたんだけど……そっか、刻暗が」
「勝手に時間停止の力がかかるとは思えんし、何か原因があると思うのだが、心当たりはあるか?」
「う、う~ん……な、何かしらね。ちょっと、思い出せないわ」
顎に手をやり思案する竜龍の問いに、何かを思い出したのか奏翠は思わず顔を赤くしてはぐらかした。
と、そこにバルトゥアスが声をかける。
【奏翠、談笑してる暇はないぞ? 次噤を手にした今、計画を次の段階に移さなければ……そのためにもまずは朧を蘇らせねばな】
「そ、そんな事可能なの!?」
【クク……貴様は誰だ? 鎖神奏翠だろ? 時間を操る時属性なら、不可能なんてない。そのものの時間を、ただ巻き戻せばいいだけのことだからな。無論、拒否権はねぇからな。さぁ、やれ】
「わ、分かったわ……」
楔を持っている以上、奴隷である自分は主人の言う事に絶対であることは変わらない。
奏翠は、持っている力的にも自分が絶対的優位であるにもかかわらず、バルトゥアスに逆らえず指示に従った。
手をかざし、朧の時間を戻していく。するとどうだろう。まるで回復魔法をかけているかのように朧の腹部に開いた風穴が塞がっていく。それだけではない。回復では不可能な、衣服に開いた穴まで塞がったのだ。
それを目の前で目の当たりにした奏翠は、ああ、本当に時間を撒き戻すことが出来るのだと確信せざるを得なかった。
数分の後、朧は蘇生した。厳密的には死ぬ前に時を撒き戻されたという方が正しい。
朧は再びあの唸り声をあげた。彼自身驚いでいる事だろう。いつの間にか自分は地面に横たわっていて、いつの間にか標的である次噤は自分ではなく誰かを狙っていて、その上石化でもされたかのように動きを止めているのだから。
彼は酷く混乱した。一瞬にして敵は標的を変え、一瞬にして自分は地面に体を伏せていた。その混乱は苛立ちへと代わり、朧を暴走させるには十分な条件だった。
【奏翠、襲われたくなければその場から離れろ。まぁ、襲われそうになれば次噤動揺停止させればいいだけの事だがな】
「くっ、簡単に言ってくれるけど、まだ扱いになれてないんだからね!?」
と、まさにその言う通りのようで、奏翠がその場から飛び退いた直後、それに呼応するように次噤の時間停止が解除されて何もない場所に突っ込んだ。
「ごほごほっ、な、なんじゃ? 何が起きた……? あのバルトゥアスとかいうやつは何処へ……」
手応えがない事に違和感を覚えた次噤は、いつの間にか壁に激突していた事に疑問符を浮かべ、舞い上がる土煙に咳き込みながら周囲を見渡した。そして、感じた事のある気配に驚愕の表情を浮かべて背後を振り返った。それから彼女は酷く狼狽して数歩後ずさる。
彼女の視線の先には、朧が異様なオーラを纏っている姿があった。
「な、何故じゃ……何故そちが生きておる!? た、確かにわらわの槍で刺し貫いたはずじゃ!! 生きてるはずが……っ!」
と、そこでさらに次噤はある気配にそちらに視線を移す。そこにいたのは、時属性の力を覚醒させた奏翠だった。
「わ、わらわが見落とすなどありえん……この数刻の間に覚醒めたというのか? そんな莫迦な……それにこの匂い……くっ、気づくべきじゃった。そうすれば、そちから先に始末しておったものを……」
【その通り、奏翠は時属性に覚醒めたのさ。朧はその力で復活を果たし、貴様はその力で俺様を仕留め損ね、壁に激突した……無様にもな。まぁ、今更気づいたところで時既に遅しだがな】
自身の認識の甘さを恨む次噤に対し、バルトゥアスは小馬鹿にしたように笑った。
「くっ! わらわを虚仮にしよって……何度蘇ろうと、もう一度殺せばいいだけの事!」
そう言って身構える次噤だが、バルトゥアスは首を横に振ってこう告げた。
【残念だが、貴様はもう詰んでいる。奏翠が覚醒した時点でな。どれだけ暴れようと、奏翠が止めればいいだけの事。まぁ、奏翠の力を借りずとも、貴様を止める事は可能だがな】
「なんだと? うぬなどにわらわを止められようはずが……っ!?」
俄かには信じがたい話をされ、法螺でも吹いているのだろうと高を括っていた次噤だったが、ふと首元に違和感を覚えて視線を落とし、その違和感の正体に気づいて絶句する。
【ようやく気付いたか……それは俺様達の最高傑作でな? 名を奴隷の首輪という。こいつさえあれば、貴様を止める事など造作もない】
「ぬかせっ! 人間如きが作り出した発明品なんぞに、このわらわがどうこう出来ると思うてか!?」
口ではどうとても言える。所詮ただの口から出まかせに過ぎぬだろうと、次噤は槍を突き出した姿勢でバルトゥアスに突っ込んだ。
しかし、そこに無情にもバルトゥアスの声が響き渡る。
【クク……止まれ】
瞬間体が硬直する。ヘビに睨まれた蛙のように体の自由が利かない。唯一動くのは表情筋を含めた口元のみ。
「――っ!? 莫迦な……くっ、時間停止とは卑怯な真似を!」
自分でもその可能性がない事は分かり切っていた。そして、それは相手もお見通しで、意味不明と言わんばかりに首を傾げて口を開く。
【何言ってる? 時間停止してて喋れるわけねぇだろ……時空元の祖の一部なら、自分で分かってるだろ? 認めな、これが首輪の力だよ】
「ぐぅ……うぬらだけは許さぬ! 必ず、必ずや後悔する羽目になるぞ!」
人間に神が負けるなど、プライドがどうしても許せなかった。負け惜しみと言わんばかりに脅し文句を並べ立てるが、バルトゥアスは怯む様子もなく、負けず嫌いの子供を相手するかのように意にも介していない。
【どうだかな……その後悔とやらが来る前に俺様達はやる事をやる……それにな? 今ピンチなのは貴様自身だぜ?】
「何の話を……っ!?」
と、バルトゥアスに忠告されてようやくそれを察知する。
【クク、どうやら自分で出してた殺気で他人の殺気が霞んじまってたみたいだな? 今となっては肌にビンビンに感じるだろ? 随分お預け食らわせちまったなぁ……いいぜ、朧? 貴様の好きなようにやれ】
「んなっ!? そ、そち何を言っておるのじゃ!? は、早くこやつを止めぬかっ! こ、こやつにもわらわと同じ首輪があるのであれば、止められるのであろう!?」
凶暴な動物に自分という名の餌を放られた気分だった。普段なら絶対に負けない相手。だが、自由を奪われた今となってはそんな事関係ない。ただ理不尽に駆られるだけの獲物でしかない。
顔面蒼白で焦燥感に駆られた次噤は、必死にそう訊ねるが、嘲るようにバルトゥアスは嗤った。
【止められない事はないが、止める理由がないんでな。せいぜいあいつを受け止めてやれ】
「そ、そんな……」
止めてはくれない、その報告に、絶望のどん底に叩き落されたような感覚になる。次噤は、背後からにじり寄ってくる朧に、ただただ震えあがり畏怖して制止の声を叫んだ。
「や、やめよ……やめるのじゃ! く、くるな! と、止まれ止まってくれ!」
【先刻言った事、もう忘れたか? そいつは知性も理性もないただの獣なんだ……止まれって言って、言う事聞く訳ねぇだろ? クク、カハハッ、カッハッハッハッハッハ!】
「な、何故、わらわがこんな目に……い、いやじゃ……い、いや、いやじゃあああああああああ!?」
ダメ押しと言わんばかりに、制止の言葉は朧には無意味だと告げられた次噤。だが、それでも叫ばずにはいられなかった。
結局、次噤の健闘虚しく、朧はその欲望の赴くままに行動し、次噤に襲い掛かった。
次噤の声は制止の声から悲痛の叫び声へと変わり、奏翠と竜龍はただただその光景を止める事も出来ずに眺めているしか出来なかったのだった……。
というわけで、今回は奏翠の時属性覚醒と鎖玄穹の祖の一人でもある玄朧次噤が出てきました。またしても新キャラです。今回の話はクロノスの創始者の話だったり、創設の話だったり、時空元の話だったり、結構今後でも深く関連する内容になってます。
次回予告、夢鏡王国襲撃から一夜明け、被害報告をまとめる彼らの下に再び再結集を果たす伝説の戦士たち。そして、新たに結成される二代目にようやく本格的にスポットが当たり出します。
今回一部で終わるサイドストーリーみたいな話で結構早めのペースで更新したので、次回は少し開くかもしれないです。




