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第十五話「王国への襲撃(後編)」・1

今回は五部構成です。

 時刻は少し戻ってフォロトゴスと妖燕が交戦している頃、城下町の街道を一人の男性が息を切らして走っている姿があった。

 男性は、怪訝な様子で周囲を見渡す。というのも、普段なら多くの人々が行き交い賑わう城下町の様相が一変していたからだ。見渡す限り人っ子一人おらず、不気味な程静まり返っていたのだ。

 そんな時、遠くで大きな地響きが聞こえてくる。

 思わず立ち止まって振り返るが、一瞬の事だったようで土煙などは上がっていない。

 一体、夢鏡王国で何があったのだろうか。

 男性――崖淵砕狼は、こめかみから冷や汗を一筋垂らし、再び走り出した。彼が向かっているのはロムレス学園。

 そこへ向かっているのは、他の教職員に会うためだ。そこには同じ有属性者の教職員だけでなく、嘗て戦いを共にした伝説の戦士達がいるからだ。

 元々は学園や王国内にある温泉施設の管理等を行っていて、今日も城近辺の温泉の調査を行って今しがたそれを終えたところだったのだ。

 そしてこの異変である。とても嫌な予感がした。


「……ん?」


 何やら道の先に人影が見えた。砕狼はようやく一人目の王国民に会えたかと、少し安堵してその人影に近づいていく。

 だが、段々とはっきりしてくる人影のシルエットを見て、砕狼の安堵は不審へと変わった。

 その何者かは、とても目立つつば広帽子を被っていて、手には手袋、肩からはマントを羽織っていた。一見それは、【魔女】に見えた。


「な、なぁ、あんた……この辺のやつらがどこに行ったか知らないか?」


 声をかけられるくらいの距離に近づいてきた辺りで、砕狼は恐る恐る話しかける。しかし、返事は返ってこない。

 背格好から十代後半か、二十代前半くらいか。帽子を目深に被っているのと自分の方が幾分か身長が高いのも相まって、相手の素顔は窺えない。


「お、おい、聞いてんの――」


 もう一度声をかけようとした刹那――ただならぬ殺気を察して、咄嗟に後方へ跳んだ。臨戦態勢を取り、武器のスコップを顕現する。


【うっふふふふ……よく避けたわね。少しはやるみたいじゃない。もう少し遅ければ、あんたは今頃この世とおさらばしてたでしょうね】


 開口一番、妖しく含み笑いをした魔女は、さらりと恐ろしい事を口走った。やはり、先ほどの殺気は攻撃だったのだと、砕狼は自身の本能に感謝する。


「いきなり随分な挨拶だな……悪いが、俺の知る限り質問に攻撃で返す女を知らないんだが、てめぇがいたとこではそいつが常識なのか?」


【あら、勘違いしないで頂戴? 勿論普段なら質問にもちゃんと返すわ。ただ、あんたの場合例外ってだけ……】


 青い髪の毛をふわりと手で靡かせ、魔女はそう返してきた。その返答に、やれやれと砕狼はゆっくり体を起こして数回首を縦に振った。


「なるほどなぁ、随分嫌われてるみてぇだが、生憎と俺には魔女の知り合いはいねぇんだわ……申し訳ないが、自己紹介くらいはしてもらえねぇかい?」


 構えていたスコップを地面に突き挿し、そこに片手を置いて砕狼が頼み込むと、魔女は妖しく笑んだ。


【ふふっ、どうせ死ぬのに名前を教えた所で意味があるとは思えないけれど、特別に教えてあげるわ。あたしはアンジェラ……アンジェラ=ウィッチ=ディートヘイゴスよ】


「……アンジェラ。悪いな、やっぱりてめぇの名前、聞き覚えないわ」


【そりゃそうよ、あんたがあたしと会うのはこれが初めてだもの】


 頭をかいて申し訳なさそうな顔をする砕狼に、面白おかしそうに笑ってアンジェラが口元に手をやる。その言葉に、砕狼は疑問符を浮かべて口を開いた。


「あ? どういうこった? 何で俺が初対面のやつに殺されかけないといけねぇんだよ」


【あんた、誤解してるみたいね。あたしは別にあんただけを殺しに来たんじゃないのよ。正確には、あんた"達"よ】


 砕狼の疑問を解くように、アンジェラが腰に手を当てて訂正する。


「俺達……? 何だ? ロムレス学園の教職員に恨みでもあんのか? 有属性者に恨みでも……さては、無属性者か?」


【――っ!? へぇ、バカに見えて鋭いとこもあるんじゃない。でも、残念……いい線言ってるけど、別に教職員連中には興味ないわ。確かに"先生"はだいっきらいだけどね……】


 何気なく発したあてずっぽうの解答は、意外にも的を射ていたようで、アンジェラが一瞬言葉を失い動揺を見せる。


「んだよ、不良でしたってか? それで嫌われる先公も散々――」


【知った風な口を聞くなっ!!】


「うぐッ!?」


 あまりに唐突だった。

 何か、アンジェラの気に障る事を口走ったのだろう。語気を強めて声を張り上げた彼女から、周囲に凄まじい水の衝撃波が走った。その速度はあまりに早く、周辺の建物の壁や地面の床を切り裂く。

 それは、砕狼にも襲い掛かり、油断していて防御態勢の遅れた彼の左前腕や頬をかまいたちのように切りつけた。


【……あんた達伝説の戦士には分からないでしょうね。力を持たない私達無属性者の事なんて……いや、それだと語弊があるわね。元無属性者……って言ったほうがいいのかしら】


「元、無属性者? まさか、無属性者から有属性者になったってのか!? そ、そんな事例、聞いた事ねぇぞ」


 アンジェラの口にした元無属性者という言葉に、砕狼はさらに脳内に疑問が増えていく。

 彼女は続ける。


【そりゃそうよ、非合法だもの……だからこそ、私達は……って、こんな事を話すために来たんじゃないのよ。崖淵砕狼……あんた達伝説の戦士には死んでもらうわ!】


「何ッ!? そうか……狙いは、伝説の戦士か……ケッ、相手が悪かったな! 伝説の戦士がそんな簡単に殺られる訳ねぇだろうが!」


 相手の標的が自分達伝説の戦士だと判明した砕狼は、相手が無謀な相手に戦いを挑んでいるのが馬鹿らしくて思わず笑みを零す。しかし、そんな彼の様子が余程面白かったのだろう。

 アンジェラは体を震わせて噴き出す。


【……ふふ、……あっはっはっはっはっは!】


「んだよ、何がおかしい?」


【……ふっ、ごめんなさい。あまりにおかしくて……話には聞いてたけど、夢鏡王国って本当に平和ボケした連中ばっかなのね。外の状況がまるで理解出来てないだなんて……せっかくだから教えてあげる。リーヒュベスト、ウォータルト、エレゴグルドボト……この三帝国にいる伝説の戦士、そのほとんどは私達が殺したわ】


「……は?」


 突如聞かされるあまりに衝撃の事実。それは、あまりに信じるには現実味のない言葉で、それでいて不思議と何故か真実の事のような説得感があった。

 だが、最初に会った時に感じた恐ろしいまでの殺気と、先ほどからヒシヒシと肌に感じる怖気がそうさせるのだろう。

 目の前の魔女からは、死の臭いがした。生臭い、人間の血の臭い……そしてそこに混じって懐かしさが漂ってくる。彼女にこびりついていた、嘗ての仲間の魔力の残滓。

 それは、彼女が仲間達と戦った痕跡なのかもしれない。


【くすくす、漂ってくるかしら? あんた達の仲間の香りが……本当は死体の一つや二つ、持ってきてあげてもよかったんだけど、生憎と荷物が増えるのは嫌なのよ。だから、こうして臭いだけ残してきてあげたの。ふふ、感謝してよね……本当は血生臭くてとっととお風呂に入りたかったんだから……】


 自身の鼻先に自分の腕を近づけてくんくんと臭いを嗅ぎながら、アンジェラはそう口にした。

 だが、一方の砕狼はそれどころではなかった。先ほどから漂う仲間の匂いの中に、あまりに信じたくない匂いが混じっていたからである。


「ふざけやがって……なんでだよ」


【何が?】


 砕狼の言葉に、白々しくアンジェラが聞き返す。


「何でてめぇからあいつの匂いがするのかって、訊いてんだよッ!!」


【誰の事かしら?」


 再び質問を質問で返すアンジェラに、堪らず砕狼は叫んだ。


「はぐらかすなッ!! 石吹砂唯だッ!!」


【ふふ、あんたって案外鼻が利くのね……ご明察、そうよ。ここに来る前、あたしは石吹砂唯を襲った】


「てめぇえええええええ!!」


 疑惑が確信となり、砕狼は怒りで完全に冷静さを失った。そして、目の前にいる敵を殺そうとスコップを地面に勢いよく突き挿した。

 瞬間、地面が盛り上がり、衝撃波となってアンジェラに向かっていった。が、寸前でアンジェラの目の前に水の防壁が張られて衝撃波は防がれた。

 アンジェラはニヤリと笑い、手を前に突き出してホウキを顕現させた。

 それから、ホウキに跨り上空へ浮き上がると、砕狼の頭上から彼を見下ろした。砕狼の攻撃がここまでは届かないと分かっているのだ。それを砕狼も分かって悔しさに歯噛みする。しかし、ここで簡単に諦められるはずもなく、砕狼は地面に手を突いて岩山を形成する。それに跨り、アンジェラと同じ高さまで上る。

 これにはアンジェラも驚きを隠せなかったようで、目を見開いて体勢を崩しかける。


「これで届くよなぁッ!!」


 ブゥンとスコップを横薙ぎにすると同時、岩の礫が横薙ぎにされた勢いに乗ってミサイルのようにアンジェラに向かって飛んできた。


【くっ!?】


 懐から取り出した杖を持ち、ぐるっと時計回りに宙に円を描く。水の防壁が展開され、鋭利な岩の礫の攻撃を防ぐが、砕狼が追加攻撃でさらに岩の礫を放ってくるため、防壁の耐久度が下がり、終いには亀裂が入った直後、バラバラに砕け散って元の水となって下へ滴っていった。

 無論、防壁を失えば守るものは何もなくなるわけで――。


【ぐぁああああ!?】


 大量の岩の礫がアンジェラのあちこちに突き刺さり、血飛沫が舞った。


「へっ、どうだ……伝説の戦士の実力、侮ってもらっちゃあ困るぜ」


 少し呼吸を乱しながら、砕狼が自慢気に鼻を鳴らす。だが、不思議と違和感を覚える。あまり手応えが感じられないのだ。確かに目の前の魔女の腕やお腹、足、あちこちに痛々しそうに突き刺さっているのだ。確実に勝敗は決した、そのはずなのに……。

 と、その時だった。


【あら、あんたこそ、あたし達冥霊族の事ナメてもらっちゃ困るわね】


「――ッ!?」


 背後から、声がした。それも、すぐ近くから。

 咄嗟に身を捻り、背後から迫る殺気に対応しようとした刹那――


「むごぼっ!?」


 顔面を鷲掴みにされ、その手のひらから顔全体を包み込むくらいのサイズの水玉が形成された。

 魔女は死んでいなかった。それどころか、傷一つついておらず、ピンピンして目の前にいた。ニヤリと文字通り魔女のような妖しい表情で、砕狼の顔面を掴んでいる。

 そして、砕狼の顔が完全に水に包み込まれた事を確認してから鷲掴みにしていた手を放す。


【うっふふふ、油断したわね? このあたしが、あれくらいで死ぬわけないでしょ? そもそもあれ、あたしじゃないし】


 そう言って二本の指を弾いて指を鳴らすと、痛々しい姿になっているアンジェラが、ぷかぷかと揺らめき出して水のように透明になる。それはまるで水が形を成していたようで、完全にただの水になると、先ほどの防壁と同じように完全にただの水となって地面に落ちていった。


【水分身……とでもいえばいいかしら。まんまと引っかかってくれたわね……これでチェックメイトよ。あんたはここでおしまいね……さようなら、崖淵砕狼】


「もごっ!?」


 顔面にまとわりついた水が剥がせず、呼吸の出来ない砕狼は酸素を求めてもがき苦しんだ。苦悶の表情を浮かべ必死にあがくが、むしろそのせいで余計に息が続かなくなる。

 そこに、アンジェラが杖に水の魔力を纏わせて作り出した水の剣を構えて突っ込んできた。


「むが、んぐぅッ!?」


 苦痛に顔を歪めて水滴越しにアンジェラがこちらに向かってくる姿を捉えるが、息が遠のきかけていた砕狼には、迎撃する余力も残っていなかった。

 しかし、アンジェラが放った斬撃に砕狼が切り裂かれそうになったその寸前、二人の間に砂の壁が形成された。


【んなっ!?】


「……んぐっ!?」


 見覚えのあるその技に、砕狼は思わず幻覚でも見始めたかと思ったが、それは現実だった。体勢を崩し、適当に作り上げた岩山という不安定な足場に跨り続けられず、真っ逆さまに地面へと落下していく砕狼に、砂の波に乗って一人の女性が助けに入る。


「はああああああ、ガローくん、きゃあああああっち!」


 落下する砕狼が地面に頭を打ち付けそうになる寸前、ギリギリでスライディングして砕狼を受け止めた女性は、地面一帯に砂のクッションを広げて衝撃を和らげた。


【な、なんであんたがここにいんのよ!?】


 標的の命を仕留め損ねたアンジェラは、声を荒げて女性に問うた。

 一方の女性は、一時的に意識を失っている砕狼の顔面を覆っている水に手をかざす。それから、多量の砂を生み出してその水分を全て吸収していった。水を吸った砂は泥となり、砕狼の顔面を覆っていられずに重さに負けたように地面に落ちていく。

 そうしてようやく彼の顔から水の泡が完全になくなり、呼吸を確保した砕狼の安全を確認した上で、女性が安堵したように口元を緩ませてその場に立ち上がる。


「……なんでかって? わたしが伝説の戦士、石吹砂唯だからだよ!」


【意味わかんない……まさか、あの時殺り損ねたあんたが、またあたしの標的の始末の邪魔をするだなんてね……やっぱりあの時始末しておくべきだったわ】


「だったら、今度こそ決着つける?」


 やたら好戦的な砂唯に、ぐっと下唇を噛んで考えるアンジェラ。

 確かに砕狼を血の臭いで挑発する事は出来た。が、あくまでそれは自身だけの功績によるものではない。

 と、いうのも、ここにくるまで、なんだかんだで彼女は一人も標的を抹殺出来ていないのである。

 最初の標的だった砂唯も、追い詰めるどころかこちらが追い詰められてしまい、情けない撤退を余儀なくされた。云わば、目の前の女はアンジェラにとっての汚点なのである。

 次に、二人目の標的だった炎耀燐妖燕。彼の場合はまだ健闘した方だと自負している。結果的にフォロトゴスに救われる形になったことは否めないが、相手の力もそれなりに削っていたし、恐らくフォロトゴスが確実に仕留めてくれるだろう。

 そして三人目……崖淵砕狼。連戦で相当疲弊してきていたにも拘わらず、頑張ったはずだ。実際あともう少しのところだったのだ。属性の相性的にも有利なはずだった。

 それなのに……またしてもこの女が邪魔をした。それがただただ許せなかった。


【……その余裕の態度、ほんっと許せない。あたしを無属性者だって馬鹿にして……絶対に見返してやる。あんたも……あたし達を馬鹿にしてきたあいつらもっ!!】


「な、何の話?」


【うるさいっ!! 所詮あんた達みたいに最初から恵まれたやつらになんか、あたし達の気持ちなんて分からないわよっ!!】


 アンジェラはまたしても声を荒げて、よく分からない事を口走る。癇癪でも起こしているのかと少し警戒しながら砂唯は武器を構えた。


【はぁ、はぁ……一矢報いる。倒す事は出来ずともっ!!】


 そう言ってアンジェラはホウキに跨った状態で砂唯に向かって突っ込んできた。

 一瞬その場から飛び退こうと考えたが、それでは気を失っている砕狼が無事では済まない。砂唯は防御に徹するしかなかった。


「ぐぅっ!?」


 どうにか武器で受け止めたが、凄まじいパワーに膝を突きそうになる。片目を瞑り、必死に歯を食いしばると足元の地面がベコッと凹んだ。このままでは遅かれ早かれ体がもたない。そう砂唯が次の策を考えていたその時だった。


【これは、あの時のお返しよっ!!】


「ごほぁっ!?」


 腹部にどぎつい一発をもろに食らい、砂唯は血反吐を吐いて奥へと飛ばされた。どうにか体を打ち付ける寸前で砂で衝撃を和らげる事は出来たものの、今しがたお見舞いされたそれは、あまりにダメージが深く、砂唯は堪らず嘔吐いて咽た。


「うぅ、ごほっ、ごほっ!!」


 何度も咳き込む度、口から血が零れる。


【……ふん、ざまぁみろ。っく、はぁ、はぁ……あん時のお返しよ。たっぷり味わいながら苦しみなさい。あんた達にはもっともっと苦しんでもらう……崖淵砕狼、次はあんたの従兄の番よ】


 アンジェラは激しく呼吸を乱し、肩で息をしながら苦しむ砂唯の姿を見て恍惚な笑みを浮かべた。砂唯に食らった腹パンのお返しが出来て嬉しいのだろう。だが、彼女はまだ満足していない。

 そう、標的は残っているのだ。無論、ここで瀕死の二人を殺せばいい。だが、彼女はもっと二人に苦しみを味わってもらう方を選んだのだ……大事な身内を失うという形で。それから二人を始末すればいい。

 そうとなれば善は急げとばかりに、アンジェラはホウキで飛び上がり、ロムレス学園へと飛び去って行った。

 

「ま、待っ……て……っ! カハッ! はぁ、はぁ……ひょ、彪岩さんが、……危な……ぃ……」


 砂唯はそこで力尽き、気を失った。

というわけで、約一年数カ月ぶりの投稿です。

妖燕の始末をフォロトゴスに任せたアンジェラが、今度は砕狼と砂唯を襲います。

そして、その標的はさらに彪岩へ。

引き続き、二部に続きます。

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