第十四話「王国への襲撃(前編)」・5
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ここは夢鏡王国の中央広場。そこでは、妖燕が相棒の業火の炎・急行列車の点検をしていた。顔中を石炭の煤で真っ黒にしながら、黒い汗でシャツを汚しながらせっせと相棒をチェックしていく。
そうして整備を行い、機関車の傍で腰に手を当て首にかけていたタオルで顔の汗と煤を拭っていると、背後から何者かに声をかけられた。
【もしもし、ちょっといいかしら?】
「ん? 何だ? 悪いが、相棒ならまだ少し点検に時間がかかるから乗せられねぇぜ?」
てっきり王都の人間が乗車しようと声をかけてきたのだろうと踏んだ妖燕は、振り返りながらそう説明したが、相手の出で立ちを見て考えを改めた。
そこに立っていたのは魔女だった。大きなツバ広帽に箒を携え、黒っぽい装束に身を纏ったその恰好は、まさに魔女のイメージそのものだった。日に焼けていない色白の肌が、黒によく映えるそんな彼女に、一瞬目を奪われた妖燕だったが、それも束の間――魔女がニタリと笑った。
刹那――懐から取り出した杖から火炎球が飛来した。
「ぐっ!?」
あまりの突然の攻撃に躱し切れず、妖燕は二の腕を負傷した。
「いきなり随分な挨拶じゃねぇか……お嬢さんよぉ。おじさんに何か恨みでもあんのかい?」
負傷した二の腕をぎゅっと押さえ、渋面を浮かべながら目の前の魔女を睨めつけるが、魔女は妖しく笑むだけだった。
すると、彼女は一歩後ろに下がり、ミニスカートの裾を両手で摘まんで軽くお辞儀し、それから頭に被った帽子を取った。まるでどこぞの令嬢のような挨拶の仕方だ。
そう思った妖燕は、ようやく露わになるその素顔に、さらに拍子抜けの顔になった。
というのも、てっきり襲われるからには自分に縁のある人間なのだろうとそう思ったのだ。
ところが、その素顔に全く見覚えがない。霧霊霜一族のような青い髪の毛に青い瞳を持つ彼女だが、その特徴の一つともいえるアホ毛が存在しない。となれば、一族の人間というわけではないのだろうか。
その色白さから、ウォータルト方面の人間だろう事は間違いなさそうだが、それでも思い当たる節がない。そもそも、妖燕自身が炎属性持ちの関係で極力ウォータルト帝国に近づかないようにしていたのだ。つまり、恨みを抱かれる覚えがまるっきりないのである。
すると、魔女が開口した。
【初めまして……あたしは、アンジェラ。ディートヘイゴス一家の長女よ】
「ディートヘイゴス一家だぁ!? んだそりゃ、全然聞いた事ねえが……一体」
挨拶をされても、やはり思い出すことが出来ない。年のせいで忘れやすくなったかとも考えたが、どうやらそういう訳でもないらしい。何故なら初めましてとそう口にしているからだ。つまり、このアンジェラと名乗る魔女と自分は初対面。それなのに、いきなりの物騒な挨拶。
妖燕は炎を拳に纏わせ、アンジェラに訊ねた。
「あんまり手荒な事はしたかねぇが、そっちがその気ならこっちもそれなりの対応をさせてもらうぜ?」
【ふんっ、構わないわ。むしろ、生半可な覚悟ですぐに殺しても面白くもなんともないもの。どうせ殺るなら全力で……徹底的に。炎属性なんて、あたしの前では無力に等しいんだから!】
そういうと、アンジェラは先手と言わんばかりにステッキを振るい、頭上に水を生み出した。
「くっ!? なるほど、さっきの不意打ちで同属性かと思ってたが、そういう訳じゃねぇみてぇだな。だが、その程度の水、蒸発させちまえばいいだけだぜッ!!」
妖燕は拳をぶつけ合い、それを地面に突いた。瞬間、彼の周囲に半球状の火柱が舞った。その強力な熱風に、アンジェラが生みだした水が蒸発する。
【なっ! ……やるわね。流石は炎属性戦士、炎耀燐妖燕……その火力はなかなかのものだわ。でも、炎同士にはどう対応するのかしら!?】
水では大した効果がないと踏んだのか、再びアンジェラは炎攻撃で妖燕に応戦した。強力な火炎放射が妖燕の体を包むが、妖燕は腕をクロスさせ、必死に耐えた。
「あちぃなぁ? すんごく熱いぜぇ! だがな、溶岩風呂をものともしねぇ俺に、炎で立ち向かおうなんて無謀だぜ!!」
そうは言ったが、実の所妖燕は相棒の手入れや日頃の仕事の疲れで疲労が溜まっていた。それもあって、大分魔力が消耗していたのだ。そんな折にこの襲撃。正直、それを狙っていたのか甚だ疑問ではあるが、結果的にそれが妖燕に苦戦を強いる事となった。
応援を頼みたい所ではあるが、連絡手段は全て業火の炎・急行列車の中だ。今取りに行く事は出来ない。
しかし、ここで負けては男が廃る。元伝説の戦士の一人として、最年長者としての意地を見せなければと、妖燕は必死に己を鼓舞し、内側から炎のパワーを燃え上がらせ、手のひらに豪炎を生み出す。
【ふふっ、そんなちっぽけな炎であたしに敵うとでも?】
「おっと、勘違いしちゃいけねぇや。こいつはおじさんのスタミナ回復源みてぇなもんよ! あぁむッ!!」
と、小馬鹿にするアンジェラに鼻で笑った妖燕がそう説明し、直後その炎を食べ物のように丸呑みにする。熱いなんてレベルじゃないはずだが、妖燕は至ってへっちゃらという顔つきだ。
そのあまりに異常な行動に、アンジェラも思わず目を白黒させて唖然とするしかない。
すると、窯に火を焼べられた機関車のように、妖燕が気合十分に雄叫びをあげた。
突然の大声に慌てて両耳を塞ぎ、何事かと妖燕を凝視するアンジェラ。
と、妖燕の頭の炎が赤から深紅の紅色へと変色し、さらにそこから赤黒く変化した。
「へっ、差し詰め地獄の業火ってな……。炎の熱レベルを上げさせてもらったぜ。この炎を食らってもまだその場に立っていられるかな?」
そう言うや否や、手をアンジェラに向けて突き出す。そして空気を押しやるように力を籠めると、その掌から炎の渦が猛スピードでアンジェラに向かって伸びていった。慌てて横に跳ぶが、ジリッと余波熱で服の一部が焦げた。
それを目にして思わずギョッとなった彼女は、じっとりとこめかみから汗が流れるのを感じた。
無意識に歯を鳴らしてしまっているのを感じて、それがバレぬ内に急ぎ歯を食いしばる。
まさか先ほどの行為だけでここまでパワーアップするとは思っていなかったアンジェラは、計算外の事に焦りを感じていた。杖から炎を生み出し、再び妖燕にぶつけるが、彼に纏う赤黒い炎の鎧がそれを防いでいた。
【そんな……っ! ま、まだよっ!! もう一回水でっ!!】
と、突発的に両手を前に突き出して水の波動を発射するアンジェラ。しかし、妖燕が拳を横薙ぎにした瞬間、炎の衝撃波が即座にアンジェラの水の波動を一気に蒸発させてしまう。そして、その余波が蒸気を乗せてアンジェラに向かって襲い掛かった。
【ひっ!? ああぁっづっ!?】
咄嗟に水のバリアで自身を包んだおかげで、どうにか高温の蒸気熱に大火傷を負わされずに済んだものの、それでも多少のダメージはある。最初は調子のよかったアンジェラも、いつの間にか妖燕にいいようにしてやられていた。
段々息切れが始まり、身体がふらつき始める。元々は無属性者である彼女にとって、ここまでの大量の魔法攻撃は活動限界に近かった。いつもならもう少しパワーを押さえつつ攻撃を行う事で活動時間を保っているが、今回の異様な連続攻撃を受けて、思わずパワーバランスを間違えてしまった。こればかりは致命的なミスだといえる。
アンジェラは歯噛みして、やはり元々無属性者の自分にはここまでの力しか出せないのだと悔いた。地面にペタンと座り込み、息を乱しながらこちらに歩み寄ってくる妖燕を見上げる。
近づいてくるだけで相当な熱だ。それだけでどんどんこちらの体力を奪ってくる。体中の水分が蒸発してカラッカラに干からびてしまうのではないかという程、噴き出る汗の流れが止まらない。
「ここまでだな……人の命を狙うくらいだ。無論、お前さん自身も命を取られる覚悟は出来てんだろう?」
【はぁ、はぁ……ふん、殺るなら殺ればいいじゃない!】
半ば諦念しかけていたアンジェラのその言葉に、妖燕は拳に力を籠め、炎の勢いを強める。
しかし、その時だった。
【フゥゥゥゥゥンンンッ!!】
ドゴォォォォォォンッ!!
「ちっ、な、何だッ!?」
突然妖燕とアンジェラに影が落ち、頭上から踏ん張ったような声が聞こえてきたため、慌てて妖燕はその場から飛び退くようにして避けた。
刹那――彼が先ほどまでいた場所にクレーターが形成され、モクモクと土煙が立ち上った。
「おいおい……冗談キツイぜ」
もう少し逃げるのが遅れていれば、今頃あの地面と同じ末路を辿っていたかもしれないと思うと、背筋が凍った。
妖燕は警戒態勢を取りつつ、土煙が晴れるのを待った。
すると、自然にそれが晴れる前に、敵影が邪魔だと言わんばかりにそれをそれぞれの腕で振り払った。
そしてようやく姿を現した新たな敵に、妖燕は思わず絶句した。
自分よりも幾らかデカいその巨躯。背後にいるアンジェラなど、簡単に隠してしまえる上、その巨大な拳は、彼女の体躯をいとも容易くへし折ってしまえるパワーを秘めているように見受けられた。だが、この敵はそれを彼女には行わないだろう。というのも、今この場に現れた敵はどう考えても第三の敵ではなく、彼女の仲間だからだ。
【ゴホゴホッ! ふぉ、フォロトゴス!? な、何であんたがここにいんのよ! あんたの標的はこいつじゃないでしょ!? 氷威雪羅を探しに行ったんじゃないの!】
「雪の嬢ちゃんだと?」
アンジェラが口にした仲間の名前に聞き耳を立てる妖燕だが、構わずアンジェラと大男は会話を続ける。
【ウ? あの女見つからない……探し回ってたらアンジェラ、殺されそうになってた。だから来た】
【ふんっ……まぁ、計画とは違うけど、いいわ。こいつはあたしの手に負えなさそうだし、あんたに譲ったげる! あたしは、次の標的の所に行くから後はよろしく!】
よろよろとその場に立ち上がったアンジェラは、フォロトゴスと呼ばれる大男にすべてをなすりつけ、箒に跨りどこかへと飛び去ってしまった。
「な、おい! 待ちやがれッ!!」
【フンッ!!】
制止の声を叫ぶ妖燕だが、そこにフォロトゴスが重い一撃を振るい落とす。攻撃予備動作が長いため躱すのは容易いが、油断すればあの一撃を食らってしまうと考えると、肝を冷やした。
どうにか距離を取り、握る拳に力を籠める。
「しょうがねぇ……今度はお前さんが相手をしてくれるって訳かい。いいぜ、加減は出来ないからな……いきなり全力でいかせてもらうッ!!」
そう言って妖燕は片足を踏み込み、地面を蹴ってフォロトゴスに突っ込んだ。炎を纏った一撃を食らわせよう、そう思ったのだ。しかし、フォロトゴスは迎え撃つでもなく避けるでもなく、それをそのまま受けた。
「何ッ!?」
予想外の行動に、思わず目を見開く妖燕。と、距離を取ろうとしたその瞬間、フォロトゴスに両手で掴まれた。
【ウゥ……捕まえた。ちょこまかと虫けらが……邪魔なお前は潰す……】
フォロトゴスはその青い瞳を一層妖しく光らせたかと思うと、青筋を立てて妖燕を掴んでいた拳に力を籠めた。
「ぐぁああああああああああああッ!?」
ミシミシと嫌な音を立てる妖燕の体。身体が悲鳴を上げているのだ。しかし、逃げようにも逃げられるような隙間はどこにもない。腕ごと全身をがっしりと掴まれている現状では、身体を捻りどうにかすり抜けるしか手立てがない。
だが、それも完全に密着されている状態では難しい。
「っぐぅ……放しやがれクソがぁああああ!」
そう叫ぶと同時、フォロトゴスの顔面に向かって勢いよく火炎放射を吹き出す妖燕。流石にこの攻撃には敵も多少怯んだようで、拳の力が緩む。
今だと言わんばかりに、即座に脱出を試みる妖燕だが、刹那――両腕から嫌な音が聞こえた。
ベキャッ!
「っがぁあああああああああ!?」
凄まじい激痛に、たまらず妖燕は叫んだ。
両腕の骨が嫌な音を立てて折れたのだ。変な体勢で腕に負荷がかかっていたのだろう。そこに、フォロトゴスが緩めていた拳に再度力を籠めたのが決め手となった。
【ウゥ……お前、これで両腕使えない。もう諦めろ……】
低いズシンと響く重低音の足音と声音。
だが、まだ妖燕は諦めない。まだ命がある限り、決して負けは認めないと、そう覚悟を決めていた。
しかし、それが気にくわないフォロトゴスは、自身の後ろに置いてある業火の炎・急行列車を一瞥した。
【さっきから、あれ邪魔……ぶっ壊していい? いや、ぶっ壊す】
「……っ!?」
大切な相棒に向けられた破壊衝動。それを耳にした瞬間、妖燕の中で煮え滾っていたマグマは一気に吹き上がり、怒りとなって噴火した。
「待ちやがれ……お前さんだけは、お前さんだけは許しちゃおけねぇ。俺の大事な相棒を傷つけようとするお前さんだけはな……!」
【理解出来ない……邪魔だから邪魔、そう言っただけ。それにその腕では、もう運転出来ない。だから、どちらにせよもう不要】
「……言いやがったな。両腕が使えないなら、足を、口を使えばいいだけの事だぁあああああああああああ!!」
完全にフォロトゴスの所業に怒り心頭の妖燕は、腕の痛みすら忘れてその場に膝をつき構えると、口を大きく開き巨大な豪火球を放った。剛速球で地面を焼き焦がしながらフォロトゴスに向かって突っ込むそれは、標的に近づくにつれてどんどん周囲の酸素を取り込み膨れていく。
しかし、フォロトゴスはやはり逃げる事無くその場に留まり続ける。
そして片手を突き出し、火球の中心部のコアを掴むと気合と共に握り潰した。豪快な破裂音と共に周囲に火の粉が舞い、パラパラと散っていく。その光景に、今出せる全力を儚く散らされた妖燕は、放心状態でただ一点を見つめるしか出来なかった。
そこへズンズンと足音を響かせ肉薄するフォロトゴス。
それから何の抵抗も見せない妖燕の顔面を鷲掴みにすると、そのまま後方に押しやるようにしながら地面に向かって勢いよく叩きつけた。グシャっという嫌な音が鳴り、周囲の地面を赤黒い血飛沫が凄惨に彩る。まさにそれが、伝説の戦士の一人の命の灯火が燃え尽きた瞬間であった。
フォロトゴスは血塗れの片手を一瞥すると、別段それを何かで拭うでもなく、そのまま何処かへと歩き去っていったのだった……。
というわけで五部目です。癒宇を除けば王国内でついに伝説の戦士に死者が出ました。
アンジェラを相手にしていた際はまだどうにか耐えれていた妖燕も、万全でない状態ではフォロトゴスには敵いませんでした。
次回予告、後編でいつぞやぶりに慌夜達二代目十二属性戦士が出ます。恐らく後編の敵は主にアンジェラ戦になるかと思います。また、前編で全く住民に被害出てませんが、この辺の説明も後編でやる予定です。次回更新予定は未定です。出来れば後編も年内にはあげたいです……。




