第十四話「王国への襲撃(前編)」・2
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場所は代わって、ここはリーヒュベスト帝国の冥霊山。古くから様々な薬草や医療道具の素材となる物資が手に入る事で有名なこの場所に、それを目的として足を運んできた人物がいた。
頭にぐるぐるとターバン状の布を巻き、袈裟を身に着けた僧のような出で立ち。錫杖を携え、それを杖代わりに、シャンシャンと音を鳴らしながら、少々足元の悪い道を進んでいく。
彼――大森癒宇は、背に籠を背負い、額に浮かぶ汗を拭い一息ついた。
「ふぅ、すっかり夜が更けてしまいましたね……。早く用事を済ませて夢鏡王国に戻らねば」
自身が生まれ育った地に薬草等を求めてやってきた癒宇は、周囲を見渡してそう独りごちた。
と、しばらく歩を進めた所で、一種の薬草を見つけた。
「ここにありましたか……ひとまずこれくらいあれば、事足りますかね。にしても、人手が足りないとはいえ、もう少し人員を連れてくるべきだったでしょうか。そうすれば、多少なりとも早く戻れましたでしょうに……いえ、ここで愚痴を零しても仕方がございませんね。急ぎ戻りましょう……皆さんが待っております」
目的の薬草を摘み取り、背に背負った籠へ放り入れる。
それからその場にしっかりと立ち上がり、背をぐっと伸ばして腰に手をやる。
「はぁ、少々歳でございましょうか。大分腰にキますねこれは……」
まるで年寄り染みた台詞を口にし、軽く運動をして強張った体をほぐすと、癒宇は下山の準備を始めた。
と、その時だった。ひやりと周囲に一気に冷気が立ち込めた。いやこれは冷気ではない、霊気だ。
古より、冥霊山には冥霊界とこの世を繋ぐ、入り口が存在すると謂われてきた。あまりに古い伝承のため、現世に生きる者達で信じている人間はいないというが、まさか本当に冥霊族が?
この時、癒宇はまだ知らなかった。各帝国で起きている惨劇を。その原因が、その冥霊族の人間によるものだと。
そして、周囲に霊気が充満し、癒宇があまりの寒気と怖気に身震いし始めたその時、どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
【うぷ~っくっくっくっく、おやおや、ま~さかこんなトコに人間がいるだなんてねぇ~。それも、伝説の戦士の一人ときたもんだ。こんな偶然、あるんだねぇ。うぷくくく、でもお陰様で標的の一人を探す手間が省けて大助かりだよぉ】
突如として現れた巨体。癒宇の目の前に現れたそれは、淡白く、まるで生きていないかのようだった。いや、本当に生きてはいないようだった。その証拠に、その肉体は少々透けており、向こうがうっすらと見えていたのだ。
癒宇は、自身が狙われていると知り、警戒心を強めつつ声をあげた。
「これはこれは……まさか冥霊族の方に狙われてるとは思いもよりませんでしたね。一体何の御用でございましょう?」
【何の用だって? そんなの決まってるじゃないかぁ……君の命を頂戴しにね……大人しくボクちゃんにさくっと殺されちゃってよぉ】
ニマニマと怪しい笑みを浮かべ、小さな丸メガネを光らせる巨躯の男性霊。そんな彼の目的に、癒宇は少し顔を俯け、しばし何かを考えた後、特に驚くでもなく至って冷静に相手を見据えた。
「なるほど……しかし、そう簡単に私の命を差し上げる訳には参りませんね。それに、私には夢鏡王国へ戻らなければならないという使命がありますから」
と、表向きはそう口にしつつ、癒宇は彼の肉体をまじまじと観察してある点が気になっていた。それは、彼の肉体の不透明度だ。
幽霊ならば、その体は常に透けているはず。場合によっては、ほぼ見えない事もある。が、彼の霊体は時折実体化しているように見受けられたのだ。タイミングは不明だが、もしこれが事実であれば、敵の隙を突いて一矢報いる事が出来るかもしれないと考えたのだ。霊体であれば、物理的攻撃等は効かない。特殊攻撃を用いるしか手はないだろう。物理攻撃も効くのなら、もう少し手立てはありそうだ。
しかし、そんな思案をしている間に、敵の方から動き出してしまった。
【うぷ~っくっくっく、ボクちゃんの爆弾攻撃から逃れられた人間はいないんだよぉ? さぁ、大人しく爆殺されちゃいなぁッ!!】
そう言って、その大きな腕をバッと左右に広げ、上空からいくつもの爆弾を放り投げてきた。
ヒュ~ゥッ!という落下音と共に、爆弾が癒宇めがけて落下してくる。癒宇はそれをヒラリヒラリと華麗に躱していき、まるでダンスを踊るように軽やかなステップで敵から距離を取っていく。
確実に相手を追い詰めているはずなのに、標的が余裕ぶっているのが酷く気にくわないボブは、ぷるぷるとその脂肪たっぷりくっつけた贅肉を震わせた。
それから、今度はさっきの倍の爆弾を降り注がせる。流石に、先ほどとは大違いの数に渋面を作った癒宇は、踵を返して敵に背を向ける形で、どこかへと逃げ出した。
【およ? 自分に不利と見るや否や、敵前逃亡かい? うぷくくく! 情けない、実に情けない男だよぉ~】
馬鹿にしたような煽り文句を口にするボブ。しかし、そんな戯言に耳を貸す事無く癒宇はどこかへとひたすらに駆けていく。だが、こんな状況下にあっても、その背に背負った籠は捨て置く事はしない。それほどの重量でないにせよ、量が量ならそれなりの負荷はあるはずだ。
ボブもそれを分かっているからこそ、まだ敵に余裕があるのが腹立たしかった。どうせ逃げ出すなら、形振り構ってられないと、情けない無様な姿を晒しながらであって然るべき。
沸々と湧き上がる怒り。その憤怒のパワーは段々と内側から込み上げ、その肉体に脂汗を滲ませ始めていた。霊体ならば汗などかかぬというのにおかしな話である。
ボブは拳を強く握りしめ、さらに大きな爆弾を作り出した。ニタリと悪い笑みを浮かべ、順調にこちらから距離を取る癒宇へ目掛けて投げつけた。
それを察したのだろう、癒宇はさっと身を捻りこちらに向き直ると、錫杖を回して地面に突き立てた。瞬間、深緑に光り輝くバリアが展開され、爆弾の衝撃を防いだ。
【チィッ! まだまだこんなものじゃ足りないかぁ……うぷ~っくっくっく、ならもっと愉しめそうだねぇ! それじゃあ、もっともっとたくさんの爆弾をお見舞いしてあげるよぉ!】
そう言って声を張り上げると、今まで癒宇が見た事がない大きさの爆弾が目の前に形成され始めた。その大きさには流石に動揺を隠せなくなった彼は、唇を噛み締め再び敵から距離を取ろうと駆けだした。
しかし、それを許さぬというように、ボブが地面に手を突く。
すると、癒宇の行く先の地面からニュルニュルと植物の蔦が猛スピードで生えだし、いくつもの蕾を着け始めた。
「ハッ!? ま、まさか……!?」
嫌な予感がして防御姿勢を取る頃には、もう遅かった。
カッ!! ッドォォォォンンッ!! ドォォォンッ!! ドドォォオオオンッ!!
一切の灯りのない真夜中の森には不釣り合いな程の眩い光。その直後、周囲一帯に轟く轟音と地響き。木々が倒れ、爆風に巻き込まれて癒宇の体が軽く吹き飛ばされる。
咄嗟に防御用の樹木を展開したものの、爆風に適わず完全には衝撃波を防ぎ切る事は出来なかった。袈裟のあちこちが焼け焦げ、身体のあちこちに火傷を負ってしまった癒宇は、瞬時に回復魔法で自身の肉体を回復させつつ、もくもくと立ち込める煙を上手く利用して敵からどうにか離れようとした。しかし、煙の中視界不良なのはこちらも同様の事で、今自分がどこへ向かって歩いているのか分からない部分もあった。
そうこうして歩き続ける事数分。やけに周囲が暗く、薄気味悪い雰囲気が漂っている事に気づいた。
と、背後から声が響き渡る。
【うぷ~っくっくっく、まさかこんな所まで逃げてくるだなんて、なかなかの根性だねぇ。でも、逃げた先が悪かったよ。これじゃあ袋の鼠じゃないかぁ】
ボブの不気味な声音に、癒宇が改めて周囲に目をやると、ようやく煙がうっすらと晴れ始めた。そして、自分が今どこにいるのかようやく気付いた。
周囲にあるのは、鬱蒼と茂った木々ではなく、所狭しと敷き詰められた岩々――つまり、岩壁であった。そう、ここは森の中ではなく、洞穴の中だったのだ。まさか逃げた先が洞穴だなんて思ってもみなかった癒宇は、完全に失敗したと嘆いた。足元の不自由さや足の感覚をもう少し頼りにしておくべきだったと悔いたが、もう遅い。
敵の武器は爆弾なのだ。そんなものをここで使われればどうなるか、そのような事、火を見るよりも明らかだ。
「……やれやれ、私としたことが、やってしまいましたね。仕方がありません、少々癪ですが……やれるだけの事はやりました。どうぞ、お好きになさってください」
【うぷ~っくっくっく、ようやく諦めたかぁ。全く手こずらせてくれたよ……それじゃあ精々華々しく散ってくれたまえよぉ? うぷ~っくっくく!!】
洞穴に木霊す、敵の高らかな笑い声。それを耳にしつつ、癒宇は瞑目し脳内に仲間の姿を、身内の姿を思い浮かべた。
――申し訳ございません、月牙さん……。葡豊達の事は頼みましたよ……。
心の中でそう呟いた直後、ボブの体が眩く光り輝き洞穴は爆発した。内部から岩壁が崩壊し、大量の瓦礫となって癒宇の体を圧し潰していく。上に上にどんどん圧し掛かるそれらに圧迫され、一瞬で癒宇の肉体はペチャンコになってしまった。
と、洞穴から瓦礫の山へと姿を変えたその場に、うっすらと霊体が姿を現す。それは、幽霊男――ボブだった。
彼は己のまんまるに膨らんだ腹に両手を添えて、満足そうにフワフワ空中浮遊しながら嗤った。
【ぷははははは! 死んだ死んだ! この上ない程呆気なく死んじゃったよぉ~! ぷくくくく、ここまで上手く事が運ぶと笑わずにはいられないねぇ~!! さてと、この調子で夢鏡王国にいる残りの標的も始末しちゃおっかな、うぷ~っくっくっく!】
癒宇の死を嬉々として笑い飛ばしたボブは、標的の顔写真を一瞥すると、口の端を吊り上げ不気味に笑み、笑い声をあげながら冥霊山から姿を消したのだった。
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次の日、夢鏡王国には静かに危険が迫ろうとしていた。その危機を、少なからず察知していた人物がいた。
場所は城下町のとある一角にある占い部屋。そこに、二人の人物がいた。一人は、銀髪のストレートロングヘアを腰元まで伸ばし、うさ耳付きのフードを目深に被った女性。もう一人は、頭に座布団のような四角い帽子を乗っけたピンク髪のセミロングヘアの女性。
銀髪の女性は、台の上に置いた水晶玉に映ったあるものを見て思わずその場に立ち上がった。
「そんな!?」
「ど、どうしたんですか!?」
突然声を荒げて立ち上がる銀髪の女性に、ピンク髪の女性も思わず目を丸くして数回瞬きをする。
「このままではまずい! 急いで月牙や王国の皆に知らせないと!」
少し慌てた様子、それでいてクールな雰囲気は保ったままという不思議な印象を与えるその銀髪の女性は、ふと傍にいた少女に目をやった。
「未來、後の事は任せられる? 私は、月牙の所へ行かなくてはならないの。早くこの事を伝えないと、取り返しのつかなくなる前に……」
「で、ですが、ルナー様……一体、何があったんですか?」
未來より少し身長の低いルナーにそう言われたものの、その慌て様を怪訝に思った未來は、質問せずにはいられなかった。
「……あなたにも伝えておいた方がいいかもしれない。いい? ここへ怪しい人が来ても決して戦ってはダメ……」
「え、戦う? それって……」
「とにかく、急がないと!」
仔細を完全に聞き終える前に、ルナーは占い部屋を飛び出してしまった。しかし、あの切羽詰まった様子では止めるに止められず、未來はとりあえず言われた通り、ここへやってくる怪しい人物に備える事にした。
というわけで二部です。
ついに侵攻を開始したディートヘイゴスの面々。彼らの魔の手が続々と伝説の戦士に忍び寄り始めるところで三部に続きます。




