第十一話「欠けた戦士から遺されしもの」・5
「雪羅とはどこで?」
「城の入り口近くにいたよ。警備隊の人たちに止められてたみたいだけど……何だか困ってるみたいだから、入れてあげたの」
「悪いな、手間かけさせて」
「ううん、いいよ。お兄さんの役に立てるなら」
僅かに笑みを浮かべたニョルーラは、そう言ってこの場を後にした。
「……ウォータルト帝国とリーヒュベスト帝国から未だに連絡が来ない事と関係あると思うか?」
ミーミルと二人きりになって沈黙する事数分、口火を切ったのは月牙だった。
「すすっ、そうね。王国の外で何か異変が起きているのは間違いなさそう」
暦に注いでもらった紅茶を飲みながら、ミーミルが答える。
と、ミーミルが飲み終えた紅茶のティーカップをお皿の上に置いた所で、執務室の床が光り輝きだした。よく見れば、魔法陣の紋章が描かれている。
「転移魔法陣!?」
一体誰が転移してくるのだろうと、月牙は少し身構える。もしかしたらウォータルト帝国か、リーヒュベスト帝国からの遣いの者かもしれないと思ったのだ。
だが、姿を現したのはフィヨと、救護班。そして、血まみれの白衣を身に纏い憔悴しきっている光蘭だった。
「こ、光蘭!? な、何でここに!?」
雪羅に続き、今度は光蘭。当時、まだ幼かったメンバーの内の二人がここへ来た。これが何を意味するのか……月牙は不安になった。
「げ、月牙さん……お願い、皆に伝えて……! このままじゃ、皆……殺されちゃう!! うぅ……あぁっ」
月牙に縋るように光蘭が何かを伝えようとするが、寸前で力尽きたのか、光蘭はその場に倒れた。
「こ、光蘭!! おい、光蘭しっかりしろ!!」
「早く医務室に連れて行って!!」
救護班にフィヨが命令を下し、すぐさま担架によって光蘭は運ばれていった。
「恐らく、相当衰弱してたのね。やつれていたみたいだし、飲まず食わずでここまで来たのよ……それに、あの怪我と返り血。光蘭さんって、どこにいたの?」
救護班と光蘭を見届けてから、フィヨが月牙に尋ねる。
「クロノスの研究所だ。奴隷の首輪や、その他のクロノスについての情報を調査してもらっていたんだが、昨日辺りからばったり連絡が途切れてた。てっきり忙しいか何かだと思ってたんだが……」
「間違いなく何かあった事は認めざるを得ないわ。どうするの?」
フィヨが決断を急がせる。月牙もいきなり大量の情報を伝えられて酷く混乱していた。焦りと仲間の安否に、心臓の動悸が激しくなる。
「しっかりして、月牙」
溢れる汗を、すかさずミーミルが拭ってくれる。励ましの声をかけられ、月牙はハッとなってミーミルを見た。
「情けない顔してるわね。あなたはこの王国の王様なのでしょう? ならば、トップとして部下に命令する事があるんじゃなくて?」
そう言われて周囲を見やれば、フィヨが腰に手を当てこちらを真剣な眼差しで見つめ、傍にいつの間にか影明が侍っていた。
「早く命令しなさい」
「拙者も、いつでも出発の準備は整っているでござるよ、月牙殿」
「二人とも……でも、フィヨは警備隊の任務が……」
「ふんっ、警備隊は全部で百八人もいるのよ? 一番隊だけ連れて行けば問題ないでしょ」
一番隊のみで三十六人。確かにそれだけの人数ならばもしもの時の対応にも事欠かないかもしれないが、逆にそれだけの人数が欠けてしまう事になる。もしも全員帰って来なかったらと思うと、大変な損失だ。あまりにも縁起の悪い事を考えているのは分かっている。だが、どうにも嫌な予感がしてならないのだ。しかも、本来であれば今日は水恋と暗冷が来訪する予定だった。それなのに未だに連絡が来ない。
「本当に大丈夫か?」
「全く、過保護すぎるのよ月牙は!」
少し顔を赤らめながらフィヨがツンとそっぽを向く。
「月牙殿、してどこを調査してくるのでござる?」
「そうだな……フレムヴァルトは壊滅状態だし……よし、フィヨ。
お前はリーヒュベストに行ってくれ。影明は引き続きエレゴグルドボトを頼む」
「分かったわ」
「了解にござる。しかし、月牙殿。それではウォータルトはどうするのでござる?」
「ああ、そこは問題ない。おい、いい加減入ってきたらどうだ? 盗み聞きなんて悪趣味だぜ?」
影明の問いに、月牙が何かを企んでいるかのような笑みを浮かべる。すかさずミーミルが扉を開けると、「きゃっ!?」という悲鳴と同時に、誰かが転倒した。
「あいたたた……」
「だいじょぶー、鈴華」
強かに顔を打ちつけた鈴華の傍にしゃがみ、気だるそうな表情をした少女がツンツンと鈴華の頭を突く。
「だ、大丈夫……。もう、いきなり開けるなんて酷いじゃないですかご主人様!」
「いや、盗み聞きするほうも大概だろ。第一、開けたのは俺じゃなくてミーミルだからな?」
体を起こし、ふくれっ面で月牙に異議申し立てをする鈴華に、月牙は顔の前で手を振りながら半眼の眼差しでそう言った。
濡れ衣を着せられたのではたまらない。
「盗み聞きなんてしてないですよ!」
「じゃあ、行かないんだな?」
「確かにウォータルト帝国に行けば恋ちゃんに会えるけど……はっ!?」
「ほらやっぱり聞いてんじゃねぇか」
「謀りましたね、ご主人様!?」
「策略と言ってほしいね! とにかく、ウォータルト帝国の調査はお前らに任せたからな?」
「え、お前らって……」
「巫女族全員で行ってきてくれ」
その一言に、一瞬またもや場が静寂に包まれた。
「しょ、正気ですかご主人様!? わ、私達は保護されてるんですよ!? 保護対象者を調査に送り出すなんて正気の沙汰とは思えないんですけど!!」
「仕方ないだろ、今殆どの有属性者が周囲で起きてる被害に出払ってる。特に、回復系の属性を持つ有属性者がな。だから、今相当な人手不足に陥ってるんだ。無理な頼みなのは分かってる。でも、お前達にしか頼めないんだ!」
月牙からの必死のお願いだった。奴隷の首輪を着け、月牙の奴隷と化している鈴華は、その珍妙な光景に唖然として閉口する。
すると、扉が開いて何者かが入ってきた。
「その役目、私にやらせてください」
いきなり重大な役目を任せてほしいと願い出てきたのは、先ほど部屋で休ませていた雪羅だった。
「もう平気なのか?」
「はい、大分落ち着いてきました。それに、ずっとこうしてもいられない……あの化け物達を放って置く訳にはいかないんです!」
「化け物?」
そういえば、先程は聞きそびれたが、一体雪羅達は誰に襲われたのだろう。
月牙はずっとその敵の正体が気になっていた。伝説の戦士を殺したという事は、間違いなく相手は何か特別な力を持った人物に違いない。だが、雪羅の化け物という言葉から、人間の類ではないのか?
そう思っていると、雪羅が口にしたのは、予想もしない言葉だった。
「……冥霊族です」
「め、冥霊族!?」
衝撃だった。冥霊族といえば、契約召喚でよく召喚されるこの世に既に生を持たぬ屍達だ。そんな彼らが襲撃者だったとは思わなかったのだ。
「でも、どうして? 冥霊族がこの世にいるという事は、誰かと契約していてその者が召喚しているという事よね? その誰かに伝説の戦士が狙われているという事?」
ミーミルの言葉に、月牙は必死に頭の中で考えうる可能性を思い浮かべた。
「おかしい、俺達が誰かに恨みを買うような事したか? 全く身に覚えがない……」
「となれば、考えられるのは月牙達が忘れてるだけか、冥霊族と契約している何者かに協力者がいて、その協力者が伝説の戦士に恨みを抱いているかね」
協力者……俺達に恨みを抱く。一体、誰が?
月牙は顎に手をやりううむと唸った。だが、考えても考えてもその協力者に心当たりがない。
「とにかく、敵の正体が冥霊族だって事は分かった。問題は対応策だ。あいつらは既に死んでる。中には物理攻撃が効かないやつもいるかもしれない。となれば、俄然こっちが不利になる。しかも、敵は俺達を狙ってる。それにフィヨ達を巻き込むわけには……」
「月牙、今更じゃなくて? 私達はもう、何年も前からあなた達に巻き込まれてるのよ?」
「それは……」
ミーミルが言っているのは、恐らく数年前のオルガルト帝に捕らえられていた時の事だろう。今を思えば、あの時、十二歳の誕生日に迷いの森でミーミルに出会った事が、全ての始まりだったのかもしれない。
あれからいろんな事が起きた。そして、今この瞬間も王国の外で何かが起きている。それが冥霊族の仕業だという事までは分かった。だが、その真意は何だ? 本当に伝説の戦士の殺害が目的なのだろうか? それにしてはここに襲撃してこない。それとも何かを待っているのだろうか?
月牙は頭をかいて嘆息した。
「分かった、予定通り調査にはフィヨ達王国警備隊第一部隊と、鈴華率いる巫女族と、影明率いる虚栄に紛れし殺戮者に行ってもらう。そして、雪羅には巫女族の護衛に当たってもらう」
「わかった!」
月牙の命令に、気合十分に雪羅は頷いた。
「問題は……」
まだ月牙の曇った表情は晴れない。ちらりとフィヨの方を向いて口を閉じる月牙。
巫女族の安全性が少しは改善されたものの、肝心なフィヨ達無属性者があまりにも無防備すぎるのだ。敵が冥霊族と分かった以上、普通の力では倒せない事は間違いない。それなのに、無属性者だけの編成チームなど、捨て駒としかいえない。彼らを守るための大きな駒が必要だ。だが、他の伝説の戦士は職務で忙しい。
本来は自分自身が行きたい所だが、今王国を離れて襲撃でもされれば、それこそ本末転倒だ。いざという時の対処に自分がいなくてどうする。それでは夢鏡王国二代目国王の肩書きが泣くというもの。
月牙は動きたい衝動を必死に押さえ込み、考えに考えた。
すると、月牙の曇りを晴らす太陽の様な光が現われた。
「わたし、行きます!!」
曇り空を一つの光が照らし出す。曇りが晴れ、青く晴れ渡る空が広がる。
「こ、光蘭!?」
そう、名乗り出たのは、先程まで医務室で治療を受けていた光蘭だった。衰弱しきっていた体も十分回復しており、肌の潤いも戻っていた。爛々と光り輝くその金色の双眸に、自然と月牙の表情も柔らかくなる。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「はい、それに私……これを渡すように頼まれていたんです」
光蘭が月牙の元へ歩み寄り何かを手渡す。それは、一枚のSDカードの様な物だった。
「これは?」
「お姉ちゃんに渡された記憶書類。お姉ちゃん、死ぬ前に調査してたみたいなの。冥霊族について……」
「冥霊族について調査!? どうして……」
「どうも紫音さんに頼まれてたみたいで。冥霊族の一人の手首を調べてた。襲撃を受けた時に手に入れたみたい。それで、その手首の持ち主が来て……」
急に口ごもってしまう光蘭。だが、理由はその表情を見れば察する事が出来た。恐らく、その敵に雷落を殺されたのだろう。それも、白衣の返り血の様子から、相当惨たらしい殺され方をしたのだろう。
「悪い、嫌な事思い出させて。もういいから……問題は、この記憶書類だな。解析しようにも……どうすれば」
「ヒヒッ、呼んだかい、月牙クン?」
「も、猛辣!?」
突然不気味な笑い声が聞こえ姿を現したのは、自称マッドサイエンティストの猛毒雲猛辣だった。
「どうしてここに!?」
「いやぁ、何だか呼ばれた気がしてねぇ……ほぅ、これは珍しい。記憶書類かい……こうしてお目にかかるのは初めてだねぇ」
「記憶書類って何なんだ?」
月牙の問いに、猛辣がニヤッと口の端を吊り上げる。
記憶書類というのは、単純に言えば、記憶領域をデータ化する事である。相手の記憶を他人と共有する実験の中で完成した代物で、作り出せる人間はごく一部とされていた。
と、猛辣に軽く説明を受けたところで、猛辣は油断している月牙の手からその記憶書類を奪い取った。
「あっ、おい!」
「これは私が調査してあげるよ。見るのも初めてだから少し時間はかかるだろうが、解析が終わり次第、中身を教えてあげよう」
「本当か!? 助かる」
やけに珍しく猛辣が協力的なので、少し月牙は意外だった。だが、乗り気なら任せておいても然程問題はないだろう。壊さないかどうかが少し気がかりだが……。
「……あの記憶書類に何かしらのヒントが隠されているのは間違いなさそうだが、その解析が終わるまで待機するのはあまりにも時間がもったいない。どうする? 調査に出向くか? それとも、対抗策が分かるまで待つか?」
月牙の提案に、フィヨ、光蘭、鈴華、雪羅、影明はお互いを見やった。
「そうね……解析して必ずしも敵の弱点が記されている訳じゃあないでしょうし、私は今からでも調査に向かったほうがいいと思うわ。現地に行って情報を少しでもかき集めた方が何か分かるかもしれないし」
開口一番にフィヨが己の考えを口にする。
次いで口を開いたのは、鈴華だった。
「フィヨさんの言うとおりです。確かに冥霊族が相手というのは少し心配ですが、一応私達の先祖である燐廻様は、地上を跳梁跋扈していた冥霊族を冥霊界に封じ込めたと言われてますから、何かの力にはなると思います!」
と、今度は傍に侍っていた影明が口を開く。
「拙者も至急エレゴグルドボト帝国を調査したいでござる。雷落殿の事も気になるでござるし、何よりもクロノスや鎧一族に動きがあるかどうかの動向も探らねば」
と、それぞれの場所へ向かう三人の声に、月牙はしばし思案した後、決意を固めた。
「分かった……行ってくれ。ただ、この二つだけは約束してくれ……決して無茶するな、そして絶対に死ぬな!」
その二つの約束事を、三人とそれに同伴する面々にはっきりと伝えた。
「ええ!」「はい!」「御意!」
月牙の声に同時に三人が大きな声で返事をした。
こうしてリーヒュベスト帝国、ウォータルト帝国、エレゴグルドボト帝国に、それぞれ王国警備隊、巫女族、虚栄に紛れし殺戮者の三グループが調査に出発する事になったのだった……。
というわけで五部目です。少し長くなりましたがご了承ください。
異変に気付いた月牙がそれぞれの帝国に使者を送ることになりました。果たしてそれぞれの帝国に向かった面々が目にするものとは……。
今回のサブタイの遺されしものですが、色々含まれてます。
次回予告、調査に向かった三グループの事を話します。敵サイドも少し触れることになると思います。更新予定は不明で申し訳ありません。
それではまた次回。




