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第九話「襲撃!伝説の戦士(後編)」・4

「ぐす……わ、私は……ずずっ、どうすれば」


 どうすればいいのか分からない、全部守りたい。だけど、それが叶わない。そんな理不尽な現実を突きつけられて、思わず涙がこぼれた光蘭は、その場にペタンと座り込んでしまった。鼻をすすり、流れる涙を手のひらで拭う。


「キラチビ、泣くんじゃねぇ……本当に泣いていいのは、その時が来てからだ」


 そう言うと、鋼鉄は少し強引に光蘭の腕を掴んで立ち上がらせた。


「鋼鉄……さん」


「オレらしくねぇかもしんねぇが……てめぇには、泣いてる顔より……光のように笑ってる顔の方が似合ってるぜ……」


「な、な……何で、今そんな事を――」


【長話、退屈ッ!!】


「くっ!? 逃げろ、光蘭ッ!!」


――今、名前で……。



 咄嗟の事かもしれないが、それだけで光蘭は満足した気がした。光蘭は拳を強く握り、踵を返して駆け出した。

その後姿を一瞥した鋼鉄は、口の端を吊り上げ口を開く。


「……そうだ、それでいいんだ。てめぇにはオレの死に様を見せたくねぇ……」


【くらえ、伝説の戦士ィッ!!】


「来やがれッ!!」


 直後、砂煙を纏った衝撃波がサンダルコ街跡を横断し、廃墟と化した多くの建造物が倒壊した。




――△▼△――




 ここはサンダルコ街跡近くのクロノス研究所。ここには、雷落率いるクロノスの研究員がいる。

と、そこを目的地として、木の枝から木の枝へ飛び移って移動していく少女の姿。彼女の名前は丁嵐小夜。虚織紫音率いる、夜影の暗殺隊ナイトシャドゥ・スレイヤーの幹部の一人だ。

 彼女は現在、とある使命を帯びて雷落のいるクロノスの研究所へと向かっていた。

そして、ようやく研究所の入り口が視認出来る位置までやってきた。木々の枝を飛び移っていた小夜は、地面に降り立ち、それからふと腰元のポーチを見やる。


「本当に不気味ですね、これは……」


 ポーチのジッパーを少し開けて、そこから覗く中身を見て渋い顔をする小夜。


「紫音様もなかなか人使いが荒いです。まぁ、今は人手不足ですから致し方ありませんが……」


 そう独りごちった小夜は、ジッパーを閉めて研究所の中へと入っていった。




 研究所の大体中心位置くらいだろうか、そこで小夜はようやく雷落と思われる後姿を見つけた。ここに来るまで、それはもう迷いに迷いまくったものである……道に。すれ違う研究員に道を教えてもらいもしたが、どうしても途中で迷ってしまう。

別に方向音痴だというわけではない、ただこの研究所が広すぎるのだと、あくまで自分が悪くない事を自身に言い聞かせる小夜。

 そうすること一時間が経過した頃、こうして目的の人物らしき人に会う事が出来たのだ。


「ら、雷落さん!」


「は、はい?」


 突然後ろから名前を呼ばれて、目を丸くした雷落が振り返る。


「はぁ、よかった。本当に、雷落さんでした……」


「は、はぁ……おかしな人ね。私に何か用でも? ていうか……その格好――はっ! もしかして、紫音さんの関係者?」


 髑髏を模した仮面を頭飾りのようにつけている黒髪ショートの少女を見て、雷落は人差し指を立てて見当がついた関係者の名前を口にする。


「は、はい。丁嵐小夜といいます! あの、これ!」


 自身の胸に手を当てて小夜は軽い自己紹介をする。それから、少し慌てた様子でポーチから例のブツを取り出す。

それを目にして、雷落が気味の悪い物を見るように顔面蒼白となる。


「うっ、な、なにこれ……」


 完全にひいている。しかし、それは正しい反応だ。小夜だってこんな物体早く放り投げてしまいたいのだ。何故なら、今自分はその気味の悪い物体を素手で鷲掴みにしているのだから。

しかし、それでは自分が仕えている紫音の命令に違反してしまう。命令違反は重大な罪だ。それだけは許されない。


「実は、先刻――」


 真剣な面持ちになって事のあらましを説明する小夜に、最初は表情を引きつらせていた雷落も、だんだんと表情が変化していく。


「襲撃……暗冷さん達は大丈夫なの? まぁ、一応帝族だし……大丈夫だとは思うけど」


「はい、暗冷様も頭領も無事です。ただ……」


「ただ?」


 そこで表情を陰らせる小夜。これは何か重大な事があったのだろうと雷落も少し不穏な表情だ。


「暗冷様の奥様とお姉様が……」


「え!?」


 実際の接点はないが、聞いたことくらいはある。暗冷の姉は双子で、世話役のような任に就いていたという。

しかも、彼の妻である青嵐は共に戦った仲間の一人だ。そんな彼女達が死んだというのか?


「それで、暗冷さんは?」


「……現在は落ち着かれていますが、それでも憤怒と憎悪で興奮は収まらないようです」


「無理ないわね……いいわ。とりあえず、これは私が責任を持って調査しておくわ。調査データは後で送るから、暗冷さんと紫音さんによろしく伝えておいて」


「了解です! では、頼みます!」


 そう言い残し、小夜は宵闇へと消えた。


「ふぅ……にしても、見れば見るほど気味が悪いわね。手首から切断されていて、断面を見てみても中は真っ暗で空洞みたいだし……さすがにここに指を直に突っ込む勇気はない」


 雷落は、どう調査したものかと悩み、側頭部辺りをポリポリかいた。しかし、ずっとこうしていても時間がもったいないので、とりあえずゴム手袋を装着する。


「はぁ……面倒な物を持ち込んでくれたわね、まったく」


 研究者にとって、謎の究明は確かに探究心、好奇心をくすぐられる。それはよい事だ。だが、さすがにこんな気味の悪い物体の調査は、未だ嘗てやった事がない。

 軽く腕捲くりをした雷落は、さっそく調査に取り掛かる事にした。




 クロノスの研究所の建物から出てきた小夜は、一仕事を終えて少し切り株で休んでいた。軽く水を一口飲んでからその場に立ち上がる。


「さて、任務も終えた事ですし、帰りますか。頭領、褒めてくれるかな……」


 憧れの人に褒めてもらえる。そう思うと、小夜は胸の昂ぶりを感じた。

と、その時だ。ゾクリと何かを感じ取った。冷たく、凍てつくようなそれは……殺気だ。しかも、物凄いスピードで近づいてくる。何かを探しているのではない、明らかに目的地へ向けて一直線に。その方向は、間違いなく今自分がいるこの場所だった。

 小夜は慌てて腰に提げてある入れ物からクナイを数本取り出した。軽く両足を肩幅より広めに開いて体勢を整える。任務を終えた後の女の子然とした表情よりは、少し戦士然とした凛々しい表情を浮かべている。

長年の経験で分かる、この殺気はとてもヤバイ。先程とは別の理由で動悸が早くなる。何か嫌な予感がして、警鐘を鳴らしている。だが、ここで迎え撃たなければ、クロノス研究所の中にいる雷落達が危ない。確かに雷落は有属性者であり、伝説の戦死の一人だ。そう簡単に殺られはしないだろうが、現在は先刻の片手の調査中だ。なるだけ集中させてあげたい。

ビュンッ!!


 勢いよく森の中から何かが飛んでくる。それは、回転のかかった鎌だった。しかも、それには何やら紐のような物が括り付けられていて、持ち主が引っ張れば手元に戻るようになっていた。いや、あれは紐ではない……包帯だ。

目のいい小夜は、瞬時にそう理解した。それと同時、彼女はその鎌の攻撃を側転で躱す。

あれは包帯で出来ている。それも鎌全体がだ。そして、包帯、鎌というキーワードを聞いて、尚の事小夜は脂汗を滲ませた。何故なら、今彼女が感じ取っているこの殺気は、先程までリーヒュベスト帝国で脅威を振るっていた敵の物だからだ。まさか、自分をつけてきたのか?

そう思うだけで背筋に悪寒が走る。体が冷え、小夜は身震いして顔面蒼白した。

紫音でさえ、片腕を犠牲にしてやっとの相手だった。それを、自分のような人間が相手に出来ようか? だめだ、ネガティブに考えては冷静な判断が出来なくなる。

小夜は、唾液を飲み下して渇く喉を湿らせると、鎌が飛んできた方向へ、クナイを投げた。

しかし、小さな金属音が聞こえてくるだけで手ごたえはなさそうだ。恐らくあの音は、敵がクナイを弾いた音だろう。


「くっ!」


 なるだけこの場から敵を遠ざけた方がいいと考えた小夜は、急ぎ方向転換して森の奥へと入って行った。敵の目的が自分かどうかは分からないが、少なくとも自分を標的として数えているならば、こちらへ攻撃を仕掛けてくるはずだ。もしもこちらに来なければ研究所が危ないが、敵は森の中で、自分は視界の開けた場所にいては、こちらが不利だ。

 駆けながら肩越しに後ろを振り返り様子を見る。敵の姿は未だ見えないが、殺気は明らかに近づいてきている。どうやら、標的はこちらのようだ。研究所の方が目的じゃなくて安心という反面、自分の身が危ないという、なんとも複雑な心境の中、小夜は木の幹を駆けて枝へと着地した。これなら木の葉が上手く自分の身を隠してくれる。その間に真上から敵の姿を視認しなければ。

そう思っていたのだが……。


【あらぁ、誰かお探しかしらぁ?】


「――っ!?」


 突如聞こえる、響くような低い声音。それでいて口調は女――いわゆるオカマ声が、背後からした。

 まったく気配を感じなかった。小夜は身を捻り後方へ飛ぶ。木の枝から足を踏み外してしまったが、着地できれば問題ない。それくらいは長年積み上げてきた訓練の成果で容易い。問題は、着地の間に攻撃された場合だ。空中では動けない。防御に徹するしかないっ!


【会いたかったわよ、泥棒猫さんッ!!】


 恐らく自分の事であろう言葉を口にして、包帯男(ミイラ)―ードナルドが鎌を放ってくる。それをどうにか二本のクナイで弾いた小夜は、なんとか地面に着地する事に成功。慌ててその場から駆け出した。


「い、いつ後ろを取られたの!? 全く気配を感じなかった! おかしい、さっきまであんなに殺気を放っていたのにっ!!」


 あの駄々漏れの殺気なら、すぐに居場所が分かる。だから、後ろを取られることはないと思っていた。それなのに、取られてしまった。

小夜はパニックで頭が真っ白になっていた。ただでさえリーヒュベストからエレゴグルドボトまで走ってきているのに、その上戦闘。確かに敵との戦闘は覚悟していたが、それにしたってタイミングが悪すぎる。焦りと体力の消耗で、噴き出す汗が止まらない。しかし拭っている暇も無い。敵はすぐ後ろだ。

と、後ろを見やる――気味の悪い怪物はいなかった。


「え?」


 走りながら小夜は目を丸くした。おかしい、そんなに距離を取った覚えは無い。まさか逃げ出す自分は後回しにして、まだ気づいていない研究所の方に行った? でも、あの様子からして、自分を殺すまで標的を変える様子はなさそうだ。

ではなぜ……?

 疑問に思っている、その時だった。あの凍てつくような殺気を背中で直に感じた。


【黒猫ちゃん、みっけぇェエエエエエッ!!】


「ひぃっ!?」


 獰猛な狩人のように、ドナルドが片手で握った鎌を振るう。目を見開き、涙を浮かべて悲鳴をあげる小夜は、咄嗟の事で防御が間に合わない。


ブゥンッ!! ブシャァッ!


 まるで鎌鼬のような一撃。風の衝撃波が小夜の両足を奪った。


「ぎゃぁあああああ!?」


【キャハハハハハハ!! いいわぁ、真っ赤な血ぃ! やっぱり女の子を嬲るのはたまんないわねぇ~! ど~ぉ? 隠密のように影で働く忍者みたいなあんた達にとって、足は命……それを奪われた気分は!】


「うっ……ぐぅっ……あっぐ」


 激痛で、苦しみ悶える小夜。両足からとめどなく血が溢れ、どんどん体温が下がってくる。なんとか片目を開けた小夜は、恐怖で歯を鳴らした。


【あの紫音って子のせいで、あなたは死ぬ……哀れだわぁ。私の片手を預けられたせいで……いい事教えたげる。私の体は、バラバラになってもくっつけられるの。そして、片手のみになってもその位置の特定は可能なのよ? だから、あなたの居場所もす~ぐ分かっちゃった♪ それにしても助かったわぁ~ん、あなたのおかげで伝説の戦士をまた一人見つけちゃったんだもの! 元々こっちに来た理由もそれだったんだけど、たくさん研究室があるから手間取っちゃったわ。酷いのよ、あいつらったら。私が伝説の戦士を探してるってのに、ちぃ~っとも教えてくれないの。ムカッと来ちゃったから、全員解体(バラ)しちゃった♪ アッハハハハハハハ!!!!】


 ベラベラと喋り続けたドナルドは、甲高い声をあげて笑った。どうして笑えるのだろう、何でそんなにたくさんの人を平気で殺せるんだろう? 冥霊族といえど、元は普通の人間だったはずだ。特に冥獣族は。それなのになぜ? 人間ではなくなったから? 分からない、もう何もかもが痛みで埋め尽くされている。


「あなたは必ず頭領に倒されるわ! いいえ、伝説の戦士によって!!」


【なぁ~に馬鹿な事言ってんの、黒猫ちゃ~ん。伝説の戦士は殺される側……私達は殺す側よ。そこんとこ勘違いしてもらっちゃ困るわねぇ。これだからおバカさんは嫌いなのよ……。あなた思わないの? あの紫音のせいで自分は死ぬんだって。こんな命令されなければ死ななかったのにって……】


「私は頭領に仕える身。あの日、あの場所で頭領に拾われたから、今の私があるの! その頭領をバカにするあなたは、許さないっ!!」


【……あっそ。ど~でもいいわよ、そんなの。もういいわ、あなた……さ・よ・な・ら】


 その言葉を合図に、ドナルドが鎌を回転させた。一瞬だった。首を斬られ、小夜は涙を流しながら絶命した。


【拾ってもらった……恩義ねぇ。ふんッ、胸糞悪いわぁ……拾われたからって、幸せだとは……限らないんだから】


 己の体に触れながら、ドナルドはそう独りごちると、パチンと手を合わせた。


【さて、伝説の戦士を狩りに行きましょう】


 そう行って鼻歌交じりに包帯を身に纏ったオカマは、雷落のいる研究所へと向かった。




 雷落がドナルドの片手を調査している頃、研究所内では異変が起き始めていた。


「ふわぁ~、疲れたなぁ。今日も結構働いたし、さっさとお風呂入って寝よ――」


 ブンッ!


何かを切る音と同時、声が途切れる。直後、ボトリと何かが落ちた。それは、人間の頭部だった。そう、ほんの数秒前まで喋っていた少女の物だ。

首を失くした胴体は、脳からの命令が届かずガクンと膝から崩れて前方に倒れた。大量の血を首から噴き出しながら……。


【ペロリ……道の邪魔だわぁ。ここにもこんなに無能な人間がいるだなんて、少しお掃除しなくちゃ……】


「誰だ!」


 突如背後から男の声がした。ドナルドはゆっくり首を後ろに回した。


【あら、自ら出てくるだなんて、馬鹿な男だこと……結構美形なのに、勿体無いわぁ】


 頬に片手を添えて、三日月のように口元に笑みを浮かべるドナルド。


「何者だお前は! 見た事のないやつだな……ここはクロノス関係者しか入る事を許されていないッ! 場合によっては、強行手段を取らせてもらう!」


 男は金属製の棒を構えてドナルドへ向けた。


【へぇ、強行手段……ねぇ。出来るもんならやってみなさいよぉ。出来るのなら……ね?】


 その直後、血しぶきが周囲を赤く染めた。




 調査を続けてどれくらい時間が経ったか。実際は然程時間は経っていないのだろうが、どうにも体感時間は長く感じた。


「おかしいわ……これって、どう考えても霊力よね? でも、それなのに……これは属性? それも一つじゃない……風と、もう一つは……駄目、後もう少しで解析出来そうなのに……」


 雷落はイライラしていると同時、どうにも畏怖していた。何だか嫌な感じがする。霊力とは本来、巫女族にしか扱えぬ代物だ。それを持っているとなると、この片手の持ち主は巫女族……女という事になる。だが、小夜に託された片手と情報によれば、敵はオカマで、肉体は男だという。であれば、何故霊力を持っているのだろうか? 考えられる可能性は、確かにある。だが、信じたくなかった。何故なら、この世界にいるはずのない存在だからだ。


「やはり、そうなの? この霊力反応……冥霊族。でも、どうして? 冥霊族は冥霊界にいて、現界にはいないはず。確かに、霊魂族の方なら魂のみ残っていてもおかしくはないけど、これは肉体がある……つまり冥獣の方って事。となると……」


 辿り着きたくない結論に行き着きそうになる。それが、何だか恐ろしくて、否定したかった。


「確か、過去に存在した。冥霊族と契約を交わした……人間。嘗て存在したとされる皇族の一人、雅曇皇圓家。でも、皇族は滅んだって……それと今回の襲撃事件……何の関係が? ん?」


 人の気配がして雷落は扉に目をやる。すると、扉が開いて誰かが入ってきた。


「ら、雷落さん……どうですか、調査の方は?」


 入室すると同時、雷落の名を呼んだ一人の女性研究員。その姿に、雷落は少し安堵した。何だか敵が襲撃してきたように思えたのである。


「ええ、順調よ。雅曇皇圓家……冥霊族。この二つの関係が怪しいわね」


【へぇ~、そこまで行き着くとは、私の一部を一時的に与えた甲斐はあったわねぇ~】


 突如聞こえる不気味な声。それは女性の方から聞こえてくる。と、そこで女性が声をあげた。


「逃げてください、雷落さん! 皆みたいに殺されてしまう前にっ!!」


「皆? 殺される? 何を言っているの?」


「は、早く! でないと――ごはっ!?」


【あっらやっだぁ~お喋りな女だわねぇ~。あなたの役目は、伝説の戦士の一人である鳴崎雷落のいる場所までの道案内のみよ……。その役目を終えたら、即刻死んでもらうわ。バイバイ♪】


 ズボッ! あまりにも非道なやり口。不気味な声を発するオカマ口調の包帯男(ミイラ)は、腕を女性の腹部に突き刺し、尚且つその首と胴体を分かれさせていた。包帯を細いワイヤーのようにして首を切断したのだ。

ブシュゥッ! と真っ赤な血しぶきが部屋を汚す。残った胴体は立っていられず倒れそうになるが、腕を突き刺されている事で不自然な状態を保つ。


「なんて事を……」


 呆気にとられて助けられなかった。彼女は平然を装う事を余儀なくされていた。後ろから得物を突きつけられ、脅されていたのだろう。それなのに、自分の命を顧みず、雷落に危険を教えてくれた。だから、瞬時にその攻撃を避けられた。

女性の腹部から突き出した腕の先……そこにはあるはずの手がなかった。その手は変異して、刃となって雷落の頬を掠め背後の壁に突き刺さっている。

教えてもらえなければ、間違いなく不意討ちで死んでいた。彼女には感謝しなければならない。だが、したくとも既に彼女は死んだ。雷落を守って……。


「あなた……冥霊族なの?」


【えぇ、ご名答。私はドナルドよ……ディートヘイゴスの四男をやらせてもらってるわ。あなたが鳴崎雷落ね? 覚悟してもらうわよ、伝説の戦士……その命、私に捧げてもらうわ!】


「悪いわね。生憎と、あなたにあげる命は持っていないわっ!!」


 足を開き構えた雷落は、電気を通さないゴム手袋を外しその辺に放ると、その両手から電撃を放った。

バチバチッ! と火花が散り、ドナルドを襲う。が、彼は痺れている様子もなく、ただニタリと不気味に笑っているだけだった。

電撃攻撃は効かないのか? 雷落には、冥霊族との交戦経験は一度たりともない。名前くらいは書物で見た事があるが……。

何が効き、何が効かないかなどは、さすがに覚えていなかった。もう少し勉強しておけばと、今更ながらに後悔する。本当は、もう少し時間があればそうしている予定だった。しかし、敵の訪問時間が早すぎた。

雷落は唇を噛んで出口の方を見た。出口はあそこしかない。使える道具も少ししかない。ただ、彼女はもう一つ気がかりな点があった。

クロノスの研究員はどうなったのか? いや違う。それは既に見当がつく。今目の前で無残に横たわる血まみれの女性の死体を見れば……。

 では、小夜の安否か? それも違う。元々このドナルドなる包帯男(ミイラ)の片手を持ってきたのは彼女だ。恐らく、情報をこれ以上漏らされないように既に殺されているだろう。

ならば何なのか。それは、光蘭の事だ。ここはエレゴグルドボト帝国のサンダルコ街跡近くに存在するクロノス研究所のほんの一部。その近くで、光蘭は鋼鉄と修行をしていたのだ。確かに鋼鉄の事も心配ではあるが、彼は相当な力の持ち主だし、何よりもあの無駄にデカい鋼鉄球がある。自慢の硬い一撃ならば、そう易々と殺られはしまい。

だが、光蘭は違う。さすがにあれから十六年も経って大きく成長はしたが、それでもまだまだ他の皆に比べれば若い。何よりも、場数が少なすぎる。

あの時、まだ九歳と幼かった光蘭を戦わせるのは忍びなかった雷落は、なるだけ彼女を敵と交戦させるのを避けた。それが仇となった。あの時少しでも場数を踏ませてあげれば、こういう時に陥った時の対処も容易だったであろうに。

雷落は、今更ながらに自分の取った選択の末路を呪った。どうせなら刻暗の力を借りて過去に戻り、やりなおしたいくらいである。しかし、歴史の改竄は禁忌だ。許されていない。そんな事をすれば、どんな事態になるかしれない。


【ほら、こんな狭い場所じゃあ戦いにくいでしょう? お得意の雷も、こう電子機器類が多いと使用しにくいでしょうしねぇ?】


 雷落が明らかに不利である事を知っているようで、ドナルドは大層滑稽に雷落を嘲笑う。

何だか物凄く歯がゆい気分だ。どうにかしてこの敵を倒してやりたいが、生憎と雷落もそこまでの戦闘力は持っていない。


「くっ!!」


 手に装着した金属製グローブ。それには、四本の鍵爪の様な形状をした刃物がついている。これを振るえば、包帯を裂く事は可能だ。ただ、敵を倒せるかまでは分からない。

 だが、戦わねば殺られる。それは間違いない。雷落は、きゅっと口を一文字に結んで前へ勇み出た。


「くらえぇっ!!」


 掛け声と同時、手を振り下ろす。四本の鍵爪が獣の様にドナルドの体へ迫る。が、少し掠めただけでダメージは殆どない。


「すばしっこいわね!」


【よく言われるわぁん♪ にしても、あなたってホント体力ないわねぇ? まだ少ししか動いていないってのに、もう息があがっちゃってるわよぉ?】


 そう、雷落の一番駄目な短所がそれだった。彼女は毎日といっていいほど研究に没頭し、常にレポート作成を行っている。多くの実験を行い、成果もあげてきた。だが、そうなると基本的に(おろそ)かになる。それが体力だ。凄まじいまでの体力低下と筋力低下。そのせいで、雷落はほんの数メートル走っただけでバテてしまい、倒れてしまう。

そのため……。


「はぁ、はぁ……くっそぉ……」


 持久力がないのである。すっかり息の上がった雷落は、顎から滴る汗を手の甲で拭い、歯噛みする。

どうにも、手ごたえがない。そもそも、敵が早すぎて攻撃をすぐに避けられてしまうのだ。体力がもう少し続けば、まだまだ攻撃出来そうだが、体力面ではてんで役に立たない雷落の体ではもう活動限界である。万事休すか……。

が、事態は急変した。ドナルドが鎌を振り下ろし、動けぬ雷落にトドメを刺そうとした、その時だ。


「お姉ちゃんっ!!」


 鼓舞するようなその声音。自分をお姉ちゃんと呼んで慕う、その声に反応して、雷落は目を見開き手の甲から伸びた四本の鍵爪で鎌を受け止めた。


【んなぁッ!?】


 この動きの機敏さには、ドナルドもぎょっとして驚愕の声をあげてしまう。雷落の体力と筋力では、とても止められるはずがない。そう高を括っていた……。だが、おかしい。だとすると、どうして彼女は鎌を受け止められるのだ? 何か特別な薬か何かを投与して一時的にパワーの増強を? ならば、最初からやれよという話だ。じゃあ、一対何が彼女のパワーを上げたのだろう?

そこで、ようやくドナルドは肩越しに後ろを見やる。自分が入ってきたこの部屋の入り口に、輝かしいばかりの黄金色の髪を持った女性が立っていたのだ。その瞳は誰かを想いながらも闘志に溢れ、戦う気満々という感じだ。

 思わず後ずさるドナルドだが、すぐに鎌を構えなおし、光蘭へ向けた。


【こりゃあ驚いたわねぇ。この力、そして何よりもこの忌々しい聖なる雰囲気……あなた、光属性戦士ね?】


「そうよ!」


 元気いっぱいに、短くはっきりと、光蘭はそう告げる。


「駄目、光蘭! こいつはヤバイやつなの、早く逃げて!!」


「そういうわけには行かないわよ! それに、鋼鉄さんが危ないの! お姉ちゃんの助けがいるの!!」


【あらぁ、泣ける話ねぇ~世話になった男を助けるために、ここまで来たっていうの? アッハハハ、無駄足だわねぇ……フォロトゴス兄さんが相手なら、いくら体が頑丈でも耐えられないわ。先に肉体の方が悲鳴をあげて、それで終わり……】


 そんな、あの鋼鉄が死ぬ? 雷落はあまりにも信じがたい話を聞かされて目を泳がせた。そして、そんな隙を狙われた。


【死になさぁ~い!】


 鬼気迫る表情で、雷落に肉薄するドナルド。ようやく自身の危機に気付くが、時既に遅し……殺られる、と思った。

というわけで、四部です。鋼鉄はフォロトゴスによって吹っ飛ばされ、廃墟とかした建造物共々生き埋めに。生死不明です。

そして、ついに狂気とも呼べるオカマ――もとい、ドナルドがやってきます。

小夜ちゃん、登場早々にお役目御免とは……。彼女と紫音とのアレは、説明するかどうかは不明です。

雷落と光蘭は果たして助かるのか……五部に続きます。

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