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第二十五話「紛い物の器を手に入れし怪物」・2

「……ふぅ、これで一件落着っしょ。確かにパワーはアレだったけど、不意打ちさえ喰らわなければよゆーみたいな?」


 軽く一息着いた霙は、手の甲で額の汗を拭うと、完全に凍り付いて一変してしまった一面の氷の世界を見て満足気に微笑んだ。

 そして、生き生きとした躍動感溢れるフォロトゴスの氷像を一瞥し踵を返すと、口を開いた。


「とりま他のメンバーと合流して――」


「あっ、霙ちゃん! こんなとこにいたんだ――って、さぶっ!?」


 唐突に大広間に第三者の明るい声色と、極寒の寒さを訴える大声が響き渡る。聞き覚えのある明朗快活な元気いっぱいの声に、思わずこちらも元気がもらえてしまう。

 霙は、さっとそちらに顔を向け、手を振った。


「お、あかねるじゃん! やっほ~い、あ、ちょいタンマね? それ以上近づくと、凍っちゃうかもだから」


「えええ!? そ、そうなの!? わ、わかった」


 大広間の入り口からひょっこり顔を覗かせていた茜が、驚きの声をあげて開けかけていた扉から慌てて手を放す。

 顔面に吹き付けるとてつもない冷気や、一瞬にして体温が下がるのを感じ、霙の言う事があながち間違いではないのだろうと察したのかもしれない。

 炎熱系属性所持者である茜ですらこの異常な寒さに一気に震え上がっている。

 彼女に軽く挨拶を済ませた霙は、内心そんな事を思いながら改めて手元の得物の凄さの余韻に浸っていた。

 大太刀を振り回し、切っ先からゆっくりと氷の鞘に納刀する。

 その直後、あんなに寒かったのが嘘かのように気温が正常値に戻っていく。大広間に出来ていた氷柱や氷の床も一気に融けていき、霙が「もーいいよ~」と合図を送って茜が再び顔を覗かせる頃には、大広間はすっかり元の様相を取り戻していた。流石にフォロトゴスが作り出した亀裂入りのクレーターまでは戻っていないが。


「……すっごい、さっきまで白銀の世界だったのに!」


 茜が目を爛々と輝かせ、純真無垢で無邪気な子供のように声を張り上げて、その感想を口にする。


「いんやぁ~テンションアガっちゃって、ついつい張り切っちゃったんよねー」


 フードを目深に被った状態で、照れ臭そうに後頭部を撫でる霙。そんな彼女の本気の一端をこうした形で目にした茜は、思わずその凄さに苦笑する。


「あはは、流石霙ちゃん。……ほぇ~、これって……確か、あの大男の――」


「そそ、人造人間のフォロトゴス何某。パパの刀で氷葬しちゃった」


 と、霙の近くまで歩いてきた茜が、ふと何かの視線を感じてそちらを見やり、氷像のフォロトゴスの姿に感嘆の声を漏らす。


「……この人が、妖燕おじさんを……」


 氷漬けにされた怨敵を強く睨み、そう独りごちる茜。そのいつにない彼女の雰囲気に、地雷でも踏んでしまったかと思わず気まずそうに渋い表情を浮かべた霙は、恐る恐る声をかけた。


「あ、もしかしてあかねるも殺りたかった感じ? スマソ、うちが仕留めちゃって」


 顔の前で両手を重ね、片目を瞑って謝る霙に、茜は両手を左右に振りながら首を振った。


「あ、ううん、いいよ。それに、霙ちゃんはお父さんを殺されたんだもんね……あたしよりも因縁深いと思うし」


 さっきまでの殺気を含んだ怒りの雰囲気はどこへやら。霙に謝られた茜は、すっといつもの調子を取り戻してあっけらかんとした態度でそう言葉を返した。


「……にしても、ホントあかねるが近くにいるとポカポカするなぁ。喋る暖炉みたいな?」


 まるでこの空気を換えるように茜に向かって両手をかざし、それから一度両手を重ねて摩擦熱を生み出した後、もう一度暖を取るように両手をかざす。


「なにそれ、ひどいな~」


 物扱いされることに少々不快感を覚えた茜は、不服そうに膨れっ面になって頬を膨らませた。


「めんごめんご、許してちょ? ほら、お詫びにハグしたげるからさー」


 そっぽを向く茜に軽い謝罪を口にして、両手を広げて隙だらけの茜に抱き着く霙。


「ひゃあ!? み、霙ちゃん冷たいって~!」


 突然抱き着かれた事の驚きと、相変わらず雪のように冷たい彼女の体温にびっくりして、茜は短い悲鳴をあげて霙に文句を言った。


「え~いいじゃんいいじゃん、あかねるに抱き着くとあったかいんだもん……ちょっち暖取らせてよー」


 そう言って猫撫で声で、甘えるように霙が茜の頬に自身の頬をすりすりと擦りつける。


「もう~、甘えん坊さんなんだから」


 と、口ではくすぐったそうに言いつつ、満更ではなさそうな表情を浮かべてフード越しに霙の頭を撫でてあげる茜。


「っ!?」


 突然の事だった。

 異様な気配を察し、霙が氷像を見やった。直後、氷像の顔面部分に亀裂が入り、目元の氷が割れ、閉じ込められていたフォロトゴスの目がぎょろりと不気味に動き、霙の姿を捉えた。


「あかねる逃げてっ!」


 何事かと目を丸くする茜を、申し訳なく思いつつも大きく突き飛ばす霙。

 刹那――氷像が砕け散り、四方八方に氷の破片が飛び散った。そんな中から飛び出してきたフォロトゴスは、大地を轟かせんばかりの重低音の野太い雄叫びを上げ、霙に向かってタックルをかました。


「ぐぁっ!?」


 防御が間に合わず、腹部に猛烈な一撃をくらった霙は、大太刀を掴んでいた手を放し、猛スピードのタックル攻撃に吹っ飛び、大広間の壁に再び大の字に叩きつけられた。

 反動で壁から体が離れ、彼女は意識を飛ばしかけて朦朧としながら床に突っ伏すように倒れた。その少し後、タックルされた反動で手元を離れていた大太刀が、鞘に納められたまま空中から落下してきて、崩れた瓦礫の山に突き刺さった。

 唐突に巻き起こった出来事。その全てが一瞬で、あっという間だった。

 あまりに突然の事で、何が起きたのか、霙は勿論の事、仲間に突き飛ばされた茜もよく理解出来ていなかった。


「いったた……ぁ、み、霙ちゃんっ!?」


 フォロトゴスのタックルから庇われ、突き飛ばされた衝撃で尻餅を突いていた茜が、腰を撫でながら自分を庇った霙の方を向く。

 彼女は床にうつ伏せに突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。


「そんな……」


 ついさっきまで抱擁を交わして暖を取っていた相手が、自身を庇って傷ついている。茜はぐっと強く拳を握り、フォロトゴスを睨めつけた。


【驚愕……まさか、あの男の娘、ここまでの力、持っているとは……が、所詮は餓鬼。オラが負ける……ありえない】


 頭を左右に倒して首の骨を鳴らし、軽く腕を回してストレッチするフォロトゴス。

 それから彼は、頭蓋骨を貫通した大きな黒々としたネジを回し、ギロリと茜に視線を向けた。


【その頭、銀の冠、灯った炎、見覚えある。ウゥ……炎耀燐、妖燕……お前、あの男の娘、か?】


 意外にも、敵はその名前を憶えていた。おまけに、彼の口にした"あの男の娘"という言葉で、娘のように可愛がってもらっていた時代を思い出してしまい、様々な記憶がフラッシュバックしてきた事で、悲しみと同時、怒りが込み上げてきた。


「あたしはおじさんの姪……炎耀燐茜だよっ!」


 堪らずそう叫び声をあげる茜に、フォロトゴスはさして反応を示すでもなく、淡々と頭頂部のネジを回し続けながら口を開く。


【成程、姪か……お前の持つ炎属性、あの男と似た物、感じる】


「おじさんと似ている……?」


 茜の属性は炎。確かに、妖燕と同じ属性ではある。しかし、それだけでそんな事を言うだろうか。少々気がかりではあるが、今は目の前の敵に集中した方がよさそうだ。

 そう判断した茜は、得物の鉈を構え、相手を見据えた。


【ウゥ、まぁいい、どちらにせよ、母ちゃん達の邪魔する奴は殺す……それだけ】


 そう言うや否や、フォロトゴスは勢いよく突っ込んできた。霙同様、茜も小柄だ。敵との体格差は歴然。故に、初めの霙同様、茜も必然的に苦戦を強いられる形となった。

 鉈を振るい、そこから発生する炎攻撃でどうにかフォロトゴスに攻撃を加えはするものの、大したダメージにはなっていない様子。

 その証拠に、敵の猛攻は収まるどころか増していく一方で、茜の体力が著しく奪われていくだけだった。


「っはぁ、はぁ……全然、効かない……っ!」


【当然……オラが、お前如きに負ける、ありえない……】


 汗がポタポタと滴り落ち、地面に落下しながら茜の魔力に当てられて着火する。それはまるで、火の粉のようだった。


――ダメ……この力は、今のあたしにとってはとっておきみたいなもの……相手が油断しきっている時に使わなきゃ。



 疲労困憊の中、自身が得意とする液状魔法をどこで使うべきか思案する茜。と、急に攻撃の手が止んだ事で、フォロトゴスも訝しんだのだろう。息一つ切らした様子もなく、余裕綽々の態度で口を開いた。


【どうした、もう終わり、か? あの男と違って、張り合い……ない】


「っく! 馬鹿にしないでよ!」


 相手の易い挑発に載せられ、茜は自棄になって先程までよりも炎の火力をあげて鉈を振るった。あまりの熱気と炎の熱さに周囲の気温がどんどん上がっていく。

 数刻前までは極寒の世界だった大広間は、今や灼熱の大地へと変貌を遂げていた。


【……ふむ、少しはやる】


 激しく動き回る中で、徐々に体温も上がってきていたのだろう。気づけば、フォロトゴスの身体もじっとりと汗ばんできていた。

 一方で、茜は尋常でないほど汗をかいていた。ただでさえ暑がりだというのに、この周囲の気温と、怒りに身を任せて頭に血が上っている今、茜の体温も相当上昇していた。汗で武器を握る手が滑りそうになるのを必死に抑え、どうにかフォロトゴスの俊敏な動きと猛攻に応戦していく。

 と、幾度も響き渡る大轟音と、この異様な熱気にうなされ、ようやく霙が目を醒ました。


「……いっつぅ~しくじった。こりゃ、なぎさたんにドヤされそ……」


 背中を中心に、身体のあちこちから悲鳴という名の痛みが襲い掛かってくる。どうにか立ち上がろうと試みるが、足が震えて力が入らず、上手く立ち上がる事が出来ない。


「……あちゃちゃ、参ったなぁ……ん? あれは」


 と、動けぬ自身を情けないと思いつつ、ふと轟音のする方に視線を向ければ、そこには茜がフォロトゴスと戦っている姿があった。苦戦を強いられている状況下なのだろう。滝汗のように汗だくの茜は、目元に滴る汗を鬱陶しそうに感じつつ、動けない霙の代わりに必死になって戦ってくれている様子だった。


――なーる、この異様な熱さはあかねるが頑張ってくれてたからなんだね。ごめん、あかねる……申し訳ないんだけど、もちっとばかし耐えてよね……。



 自身の太ももに手を添え、霙は絶好の機会を窺う事にした。




【くっ、ちょこまかと! オラ、お前達、この先行かせる訳、いかないッ! これ以上、母ちゃんの邪魔、させないッ!!】


「……っくぅ!? っはぁ、はぁ……どうして、そこまで母親に執着するの?」


 茜がずっと気になっていた事だった。目の前の敵――フォロトゴスは、常にずっとある目的の上で行動していた。それは、母親のため。他の敵は、単に伝説の戦士を殺す事を主目的としていた。しかし、彼は違う。確かに彼も伝説の戦士を殺しはしたが、それはあくまで母親のためであった。つまり、彼をここまで突き動かすだけの存在が、この先にいるということになる。


【お前、何、わかる……オラは、母ちゃんのため、何だって、するッ! その邪魔するなら、お前ら、全員、殺す……ただ、それだけッ!】


 再び始まる拳の連続攻撃。どうにかそれを躱したり、炎の渦で防御し、再びフォロトゴスと距離を取る茜。


「……分からない、あなたがそこまでするのはどうして?」


 どうにも理解出来ない謎。そんな怪訝な表情を浮かべる茜に、フォロトゴスの拳が動きを止めた。

 それから両拳を下ろし、ゆっくりと口を開く。


【オラ……母ちゃんが全て……母ちゃんのおかげで、今のオラがある】


「……どういうこと?」


 小首を傾げる茜。そんな彼女に、フォロトゴスは握っていた拳に視線を落とし、その拳を開いた。


【生まれ変わる前の事、オラ、生前、生まれつき体、弱かった……】


『っ!?』


 あまりに意外な衝撃発言に、フォロトゴスと距離を取っていた茜も、目を醒ましてゆっくり息を整えていた霙も驚愕を露にした。

 そんな二人の反応を他所に、彼は虚空を見上げ、昔話を始めた。

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