岩@イマジン
『そうえば最近、太郎に彼女ができたみたいね。この前、うちに連れてきたのよ。他校の子らしいけど、結構かわいいわよね?……えっ、知らなかったの⁉』
俺はベッドで仰向けになり、先ほどの太郎の母親の言葉を思いだした。正直、いい気分はしなかった。最初はなんでそう思ったのか分からなかったが、こうして横になって考えてみると、理由が分かった。
俺と太郎は親友同士だ。幼稚園からずっと同じ学校に通っている。今回まで一度も同じクラスになったことは無いが、中学、高校とも同じ部活に入り、毎日一緒に下校する。俺と太郎はなんでも話せる仲だと思った。しかし、そう思っていたのは自分だけだったのかもしれないと思うと少し悲しく感じた。
でも、だからなんだ?
太郎に彼女がいることを知れたのはいいことだ。高校生になってからというもの、太郎のことを怪しんできたが、それはただの俺の勘違いだと分かったのだから。
きっと俺は自意識過剰なやつなんだな。これからは気を付けよう。
「ちょっと次郎!!」
「うあっ!!」
お袋が勢いよく部屋のドアを開けた。
「おい!ノックし「ちょっと!これやったのあんた?」
「…は?んなわけないだろ!どう考えても姫じゃねえか!!」
どうやら俺のお袋は、俺のことをハンドタオルをビリビリにする奴だと思ってるらしい。
「あら、そう」と言ってボロ雑巾を手にしたババアは俺の部屋から出て行った。
…まったく。最悪な気分だ。
「なんてこった!!箸が無い!」
学校の昼休み、弁当を取り出した太郎が言った。
「購買行って貰ってきたら?」
「じゃあ、おーちゃん一緒に行こう!」
「え。ちょっとめんどくさい」
「なんだよ!意気地なし!俺だってめんどくさいんだからな!」
「そうだぞ、意気地なし」
川上。お前はちょっと黙っててくれ。
俺と川上は、いつの間にか机を囲んで弁当を食べる仲になっていた。最近はもっぱら俺と太郎と川上で昼休みを過ごしている。
「はい」
俺は自分の箸を太郎に差し出した。
「俺、おにぎりだし、おかず食うまでの間使っていいよ」
「え⁉いいの?」
いいけどさ、なぜ手から奪い取るような取り方をする?
「よっ!ガンジー」
…ガンジーか。
その後、太郎から箸を返してもらったが『おーちゃんと間接キス』というふざけた小声をキャッチしてしまったせいで、いつもより弁当が不味く感じた。
「そういや、この前、彼女と猫カフェに行ったんだけどさ。猫ってかわいいのな!膝に乗ってきたりして。まじやべーよ」
スマホで猫の画像を見せながら、川上が言った。
猫じゃらしで遊んだり、寝ていたりする猫の写真を見て太郎は悶絶している。
「ずる。お前まじずるい。猫を誘惑した。猫を盗撮した」
意味不明な言いがかりだな。
「くそーー!俺も猫カフェ行きてー!!おーちゃん今度一緒に行こう!」
「そいゆうのは、お前の彼女と行ったらいいんじゃねーの?」
「え、カ、カノジョ?お、おれに彼女なんていないって…そもそも俺、カノジョなるものを知らないし…」
お前、とぼけるの下手過ぎ!!
そして今俺は、太郎の部屋で正座している。
なぜかというと、太郎も折りたたみテーブル越しに正座しているので、俺もしたほうがいいのかな?と思ったからである。
「やっぱり、おーちゃんには話しておくべきだよな」
「なに?」
「俺、彼女いるんだ」
「知ってるよ。この前、お前のお袋から聞いた」
「そっか…。でもそれには理由があるんだ!」
「ふーん」
なんだか、どうでもいい話になりそうな予感だ。早く『どうぞ、足をくずして下さい』って言ってくれないかな。
「俺、好きかもしれない奴がいて…」
「なんだよ、かもしれないって」
「それは、その…。なんて言ったらいいかな」
沈黙のあと、太郎は言った。
「なあ、想像してみてくれよ」
俺の頭の中でジョン・レ○ンの歌声が聞こえた。
「例えば、そーだな…岩を好きになったとする」
…い、いわ?
「…岩下さんのこと?」
「違うって!岩だよ!山とかにある大きな石!それを好きになったって想像してみてくれよ」
えっと。
「ちょっと無理」
「真面目に考えてみてくれって!」
岩がすごいセクシーな形をしてるとか?…いや!無理だ!岩を好きになることを考えるほどの想像力は、俺にはない!!
「とにかく、岩を好きになったらまずいだろ?」
「まあ…」
足が痺れてきた。
「他の人を好きになろうって思うよな?」
「そうだろうな。岩のことを本気で好きになるなんてことは何かの病気の末期症状だろうから、人を好きになるよう努力すると思う」
「だろ?だから俺は彼女をつくったんだ!」
「え?お前、好きな岩がいるの?」
人類史上、こんなふざけたことを言ったのは俺が初めてだと思う。
「ちげーよ!今のは例えばの話!とにかく、そういう理由で彼女がいる」
「それ、なんか酷くねえ?」
「まあ、あの子には悪いことしたと思う。でもなんか性格も合わなくて、しつこくされたりもして、今は自然消滅まっしぐら」
「ああ、そう」
「今度、ちゃんと謝ろうと思ってる。それに俺は思ったね。岩を好きになったのなら、岩のそばにいればいいって!」
そう言って太郎は足をくずしたので、俺も正座をやめた。
俺は痺れた足をさすりながら、結局こいつは何が言いたかったんだろうと考えてみた。
しかし岩のインパクトが強過ぎて、いまいちよく分からなかった。