2年生になったら@友だちは100人もできない
春休みが終わり、俺は自転車で春風を切り、桜並木を抜けて高校2年生の学園生活をスタートさせた。
学校につくと下駄箱のまわりは、クラス替えで騒いでいる人でごった返していた。新しいクラス表は奥の掲示板に貼り出されているが、今はさすがに見れそうになかった。自分のクラスが気になるが仕方ない。
「ぃよっっしゃああ!!!俺はずっとこの時を待っていたぁ!!」
突然、奥から大声が聞こえた。
残念ながら声の主は太郎だった。下駄箱にいた人達はしゃべるのをやめ、動くをやめ、太郎に注目した。学年いちの人気者が突然大声で叫んだのだから、まあそうなるのも無理はない。俺は太郎が時間を止める魔法をかけている間に掲示板まで急いだ。
掲示板には8枚紙が貼ってあり、そのうちの2年6組のクラス表の上のほうに大滝次郎、1番下に渡辺太郎と名前が載っていた。
階段に向かうと、壁に肘をあて、ほおづえをして立っている太郎がいた。太郎は俺を見つけると手を差し伸べた。
「さあ、ハニー。一緒に教室に行こう!」
俺はこの時、こいつを殴るか、家に帰るか悩んだ。が、結局、無視して素通りすることにした。
「えー、このクラスの担任の山崎だ。これから1年間よろしくな」
俺たちの新しい担任はハンド部の副顧問だった。
「お!このクラスには、太郎と次郎がいるんだな。これで三郎がいたら完璧だなあ!」
山崎はクラス名簿を見て笑った。しかし山崎の笑いに誘われるものは誰もいなかった。それもそうだろう。俺はしがない平凡な男子高校生だ。太郎ように有名じゃない。
山崎のクソ野郎め。周りをよく見ろ!みんな『は?次郎って誰のこと?』って顔してるのが分からねえか!
「えー、ではさっそく…」
しょっぱなから空気を白けさせてしまったわりには、めげている様子はなかった。
「学級委員を男女1人ずつと、7月にある修学旅行委員を2人、決めたいと思う。誰かやりたい奴いるかー?」
こういう時、すぐには誰も手を挙げないのが定番中の定番だ。
「大滝ー。修学旅行委員どうだ?」
げ、なんだよこいつ。
1番前の席にいてハンド部ということでロックオンされてしまった。
「いや、やりたくないです」
「そうか?楽しいぞ」
「俺、勉強できないんで委員会なんてやってる暇無いし」
我ながら情けない言い訳だ。
「はい!!」
1番後ろの席で太郎が高らかに手を挙げた。
「お、立候補するか?太郎!」
ガタン!
太郎は席から立ち上がった。
「おーちゃんが修学旅行委員やるなら、俺もやります!!」
あのバカ!
「…太郎、俺、やんねえから」
このままでは、勝手に委員にさせられそうなので、振り返って言った。
「じゃあ俺もやりません!!」
太郎は何故か満足そうな顔をして席に座った。…大丈夫かな、俺のこれからの学校生活。多分、大丈夫じゃないだろうな…。
「太郎くん、なんか変わったね」
女子の話し声が聞こえた。「どこがだよ⁉あいつは元来あーゆう奴だ!」と言ってやりたかった。太郎のやつ、今までクラスでどんだけカッコつけてたんだろう。
「なあ、なんで『おーちゃん』なんだ?」
休み時間になった時、俺の肩を叩いて後ろの席の黒ぶちメガネが聞いてきた。俺の勘が正しければ、こいつはきっと軽音部だ。
「大滝だから」
「名前で呼んだらさあ…」
!!
いつの間にか、太郎が横に立っていた。
「あ、こいつ大滝次郎っていうんだけどさ、名前で呼んだら『じーちゃん』になっちゃうだろ?」
それは、あだ名で呼ばなきゃいいだけだろ!
あと、軽音部、貴様!なぜ爆笑している!
「よろしな、じーちゃん」
「よろしく。次そう呼んだらぶっ殺す」
「川上。俺のおーちゃんを紹介するよ!」
どうやら太郎と黒ぶちメガネは元・同じクラスらしいが…その前に太郎、俺がいつお前の所有物になった?
「これは、おーちゃんです」
『This is a pen.』みたいな言い方するんじゃねえ!
「彼は16歳です」
ここにいる奴らは皆そうだよ!あと、なんで英語の教科書口調なんだ!それに黒ぶちメガネがふむふむと頷いているのが謎すぎる!
「彼はハンドボールをします。彼は海老フライとプリンが好きです」
え?俺すげーお子ちゃまじゃん。
「彼の得意科目はドッジボールです」
ようするに馬鹿っていいたいんだな。
「彼の性格は良く言えばクールです。悪く言えば、ただの無口なコミュ障です」
「おい、ひどいな」
自分でも意外なほど、落ち着いた返しだった。太郎、お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ!ふざけんな!さすがにちょっと傷付いたぞ。
「なるほど。大滝、お前のことはよく分かった。次はおれの番だな」
黒ぶちメガネは腕を組み、深く頷くと続けた。
「私の名前は川上 翼です。私は16歳です。…」
なんなの?こいつら?
…やっぱり川上は軽音部だった。ボーカルとギターをやっているそうだ。俺の周りにモンスターが1人増える予感がした。
学校が終わり、夕方俺はコンビニに来ていた。本当はレポート用紙を買いに行くだけの予定だったが、家のクソババアが
『近所の春花ちゃん、今度結婚するんだってー!話聞いてたらお母さんも結婚したくなっちゃった!ついでにゼ○シィ買ってきてー』
とふざけたことぬかしたせいで、辺りを警戒しなくてはならなくなった。
ブライダル雑誌を買うところを知り合いに見られたら死ねる。
無事にミッションコンプリートし、止めておいた自転車に乗ったとき、前の道に太郎の母親を見つけた。両手いっぱいに買い物袋をさげ、ナメクジくらいの速さで歩いている。
できれば今は関わりたくないが、あれじゃあ家に着くころには日付けが変わってるんじゃないかと思い声をかけた。
「あら、おーちゃんじゃない?」
近くで見ると買い物袋の中は2ℓペットボトルでいっぱいだった。
「重そうっすね。俺、自転車だし、家まで運びますか?」
「え、いいの?助かるわー。お茶が大安売りだと、何故かこうなっちゃうのよねー」
自然の原理みたいな言い方してるけど、これはただの買い過ぎだ。
「あれ?それゼ○シィ?」
しまったああー!
自転車のカゴにペットボトルみっちり袋を乗せたときに、ビニール袋から透けたブツを見られてしまった。
「おーちゃん、彼女と結婚でもするの?」
「あ…これは、お袋が買ってこいって言っただけで…そもそも俺、彼女いないっすから」
「あら、そうなの?じゃ私が立候補しちゃおうかなー?なーんて!」
笑えない。
そして、太郎の母親は言った。
「そういえば最近、太郎に彼女ができたみたいね」