いつもの勉強会@イケメンは変態でも許されるんでしょうか
太郎の部屋で俺はシャーペンを片手に、折り畳みテーブルの上に置いた英語のプリントを睨んでいた。
うぅ〜む。
ぜんっぜんっ分からん!
ドアの向こうから階段をあがる足音が聞こえた。
「おーちゃん。カルピス作ったよー」
お盆にカルピスの入ったコップを2杯のせて太郎が戻ってきた。
「サンキュー」
太郎はお盆を折り畳みテーブルのうえにおくと、コップを手にとりカルピスを飲んだ。
そしてもうひとつのコップを俺の方に置いてくれるのかと思いきや、自分の口元にもっていき、一口飲んだ。
「え?あ、それ俺のじゃないんだ」
「…?おーちゃんのだよ」
そう言うと太郎は何食わぬ顔で手にしたコップを俺のそばに置いた。
「いや、だってお前、一口飲んだじゃん」
「今のは毒味」
???
何言ってんのこいつ?
ついさっき下のキッチンで自分で用意したもんじゃねえの、これ?
そんなに自分自身に信用がないの?
「俺、誰かに暗殺されそうなの?」
太郎は笑った。
「そうだとしたら、俺がそいつを殺してるよ」
おいおい、そういうヤンデレ発言はやめてくれ。マジで。
「ただ、カルピスの濃さを確かめただけ」
「ああ、なるほどね」
いや、なるほどね、じゃねえよ!いいよ!そんな余計なことしなくて!二度としないでくれ!
とは言えず、俺はもう一度プリントを見た。
「なあ、太郎。ここの和訳がわかんねえんだけど」
太郎は俺のプリントを覗き込んだ。
「ああ、そこは確かにちょっと難しかった」
カルピスを作りに行く前に太郎はプリントをほぼ仕上げてしまっていた。
太郎は熱心に説明してくれたが、俺はあまり聞いていなかった。
太郎のイカれ度合いが深刻化してるんじゃないかってことで頭がいっぱいだった。
「分かった?」
太郎が俺の目を覗きこんだ。
「ん?…あー、えっと…あんまし、よくわかんなかった…」
「ぐはっ!おーちゃん可愛い!」
太郎は急に俺の黒い髪をワシャワシャと撫でた。
「うわっ⁈やめろっ!」
俺は慌てて太郎の手を振り払った。
「おーちゃん可愛いすぎ!可愛いから許す!」
なにをだよ!
俺、お前に許してくれって頼んどいたことでもあった?
「つーか、可愛いとかやめろよ!俺だって175㎝あんだぞ!そりゃ182㎝のお前から見たら可愛いもんかもしんねーけどな、鉛筆1本分も差、ねえだろ!可愛いなんて言われる筋合いねえよ!」
「身長のことだと思ってるおーちゃん萌え」
太郎は片手で目を覆い肩を震わせている。
なにが萌えだ。ぶっ飛ばすぞ。
その後、俺はどうにかプリントを終わらせた。(結局、和訳は太郎のを丸写しした)
「おーちゃんは勉強できないけど、ゲームは上手いよなー」
俺たちは並んでポータブルゲームで通信をし、今まさに俺の活躍によってモンスターを倒したところだった。
ところで、太郎。その言い方じゃ、俺はゲームばっかりやってて勉強してない奴みたいじゃないか。まあ、その通りかもしんないけど…
「ふぅ」
俺はゲーム機をテーブルに置き、カルピスを飲んだ。
「うわっっ!!」
ガタン!
太郎は投げるようにゲーム機を離した。
「おーちゃんがカルピス飲んでる!」
飲んじゃ悪いか!
あいにく俺は、お前が口つけたからって飲めなくなるような肝の小さい男じゃねーんだよ!あと、じろじろ見るんじゃねえ!
「エロ…」
「は?何言ってんのお前?」
ライトブラウンの瞳がしっかりと俺をとらえていた。
「…おーちゃんってさ…天然?」
「お前にだけは言われたくない」
「なんだよー。それじゃ俺が天然みたいじゃん」
いや、そう言ってるんだよ、太郎くん。
「ちょっと、もう1回飲んで。写真とるから」
ほとほと、うんざりしてきたので切り出すことにする。
「太郎さん。そういう変態的発言はやめてもらえませんか?」
「太郎さん⁈…それもありだな。これから俺のこと、そう呼ぶの?」
なんでこいつが勉強できるのか、誰か教えてくんない?
「そういう変なこと言うのはやめろっつってんだ!!」
「別に2人だけの時はいいんじゃね」
ケロっとしてやがる。
「あのなあ、2人だけだからって、俺が突然『女の子の○○○を×××したい』とか言ったらおかしいだろ?」
「おーちゃんっ!!」
太郎は目を丸くして、声を上げた。
耳が赤くなっている。
そんなリアクションとられたら、言ったこっちが恥ずかしいだろ。
「俺はおーちゃんをそんな子に育てた覚えはない!」
「へえ、奇遇だな。俺もお前に育てられた覚えはねえよ」
そんなこんなで勉強会?はお開きになった。
「えー、もう帰んのかよ。レアアイテム手に入れるまでやろう」
太郎はゲーム機を片手に言った。
「いや、そしたら帰り遅くなるし、また今度にしようぜ」
「じゃあさ、チョコ食ってけよ、チョコ!」
太郎はドサリとピンクの紙袋をテーブルの上に置いた。
「俺がそれ食ったら、お前のファンに呪われるって」
「この処理、手伝ってくれよー」
「処理とか言うな!失礼だろ!」
「おーちゃんって意外と紳士だよな。なんでそれでモテないの?」
知るかよ!俺に聞くな!このクソ野郎。
「あ、でも、俺のお袋はおーちゃんのことかっこいいって言ってた」
それは俺は喜ぶべきなのか?
「多分、韓流スターみたいだからだろうけど」
「なんだよ?韓流スターみたいって?」
「顔が地味」
「ほっとけ!!」
韓流スターってことは、俺、かっこいいってこと?なんて思った俺がアホだったよ。
ってか、その発言は韓流スターに失礼だろうが!謝れ!
俺は自転車に乗り、住宅街をぬって家に向かった。まだ夕方の6時台だってのに、空は真っ暗だった。吐く息が白い。手がもげそうなくらい冷えていた。
なんで今朝、手袋忘れちまったのかなー
そう思ったときだった。
「おーーちゃーん!!!」
突然後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「太郎?」
振り返ると太郎が自転車を懸命にこいで、こちらにやって来た。
「よかった…捕まえられて…」
息を切らしている。
「おーちゃんに、チョコ、用意してなかったんだけど、やっぱり俺も、渡したくて」
「え?」
「これ、やるよ」
目の前に差し出されたのは、市販のチョコやらクッキーが詰まった小さな袋だった。急いで用意したのだろう。袋の縛り方が雑だった。
「ああ、えっと…わざわざ、ありがとな」
俺はおずおずと袋を受けとった。
「まるでロミオとジュリエットだな」
太郎、俺も詳しく知らないけど、ロミオとジュリエットに自転車で疾走するシーンなんてないと思うぞ。
「それは違うけど、とにかくありがと」
俺は太郎から受けとった袋を鞄につっこんだ。
「これで、おーちゃんの今年のバレンタイン成績は6つになったな!じゃあまた明日、学校でなー!」
そう言うと太郎は帰っていった。
なんとも言えない気持ちで俺も家路を急いだ。
が、直ぐに止まって、振り返った。
もう太郎は見えなくなっていた。
あいつ、なんで俺が貰ったチョコの数知ってんだよ⁈
俺が便所にでも行ってる間に鞄をあさったのか?
だーー!!くそっ!あの野郎!!
頼む!誰か、あの変態を止めてくれ!!