Who ~誰?
光が見えたのは、進み始めて一時間ほどたったころだろうか。心身ともに疲れていたせいか、一日ほど歩いていたほどに体は感じていた。
進んでいる最中に前にいる横山さんが息を切らしながら話しかけて来た。
「今から、作戦の続きを話す。よく聞け。」
そう言われてオレは、途中までしか作戦を聞いていなかったことに気がついた。
「あ、そうでしたね、集中しすぎて作戦の続き聞いていないことすら忘れてました・・・。」
「はっはっは、そうだったか。悪かったな、じゃあ話すぞ。」
そうして横山さんは話し始めた。
「ここをすすむと川原に出る。そこはシャンポル|違反者徹底撲滅運動第二処罰所付近だ。シャンポルにはオレたちの事は広がっているはずだ。必ず川原で見張っている。そこでだ、夜になるのを待ちこっそり出る、そして逃げるんだ。見つかるのは確実だ。だが、昼に逃げ惑うよりも目立たない。もうそれ以上のできる事はないんだ。頼む。」
無謀だと思った。もう死んでしまう、自分の命はこれが最後だと、心の中で思った。
横山さんも強がってはいるが、声が震えていた。
「わかりました。ここまで来たんだから、最後まで逃げましょう!」
オレは自然に思ってもいないことを言っていた。それは、横山さんを励ましたいといった自分の心の声だったのかもしれない。
「ありがとう、勇気が出たよ。」
そういわれてオレはうれしかった。そしてまた横山さんはその作戦の続きを話し始めた。
「逃げ続けてもつかまるに決まっている。だからそんな自殺のような馬鹿な真似はしない。当然逃げ場があるからこの作戦にしたんだ。その作戦は・・・。」
そこから横山さんの声が変わった。後ろからだから顔は見えないが、表情が変わったのも分かった。
「オレの元職場である、耳鼻咽喉科に逃げ込むんだ。」
「スクレッチレー?」
オレは横山さんにすぐ尋ねた。
「スクレッチレーはオレが作った病院の一つだ。」
「横山さんが作った病院の一つ?」
<一つ>という言葉に引っかかったオレはもう一度新たにたずねた。
「あぁ、オレは自分で言うのはなんだが、結構なエリート医師だったんだ。ハハッ」
少し声が明るくなった。自慢げに話していた。
「だから弟子を雇い、プロデュースして病院を建てたんだ、俺の力でな。」
本当に自慢げだ。
「ソンで二十四つの病院を建てたんだ。まぁ実際働いているのは、俺ではなくって弟子たちなんだけどな。」
「に、二十四つ?」
つい驚いて声が出た。
「ハッハッハ、うれしいよ驚いてくれて、ありがとう。まあその二十四つの病院の一つがその川原の近くにあるんだ。そこにいるオレの弟子は金堂廉迩榔。一番弟子だ。」
「本当にその弟子はかばってくれるんですか?オレたちを・・・」
横山さんの一番弟子だというのに、なんてことを聞いてしまったんだろうと、後になって後悔した。
「そうだな・・・。でも、信じるしかないんだ、今は。」
声がさびしくなったように思えた。
そして今に至る。
「ついに来ましたね・・・この時が。」
「あぁ」
オレも横山さんも心臓がつぶれてしまうほどの緊張感に襲われた。
脈拍数もドクドクドクッと早くなっていくのが体でも感じることができた。
ちょうど、今は夜だった。
チャンスだった。今行かなければもう来ない!という・・・
横山さんは小声でオレにこう言った。
「落ち着けよ、さっき俺が言ったとおりに動くんだ。良いな?スクレッチレーの場所はお前は知らないから、俺の後に続け。」
オレは静かにコクリとうなずいた。
「行くぞ!」
そう言って横山さんは低姿勢のまま走り出し、トンネルの外に出た。オレもその後に続いた。
あたりは暗く、月光だけが静かにきらきら光っていた。
周りは静かで、オレたちの草むらを走るサッサッという音だけが…とはいかなかった。
すぐに待機していたシャンポルが「まてぇ~!!!」と声を荒げて追いかけてきた。
予想どおりだ、最初から追われるということは覚悟していたはずなのに、なぜだろう・・・心臓が破裂しそうだ。足が固まったようにうまく走れない。すぐに息が上がり、意識が朦朧とした。
「おい!」
その声の主は横山さんだった。
その声で意識がはっきりした。
「やべぇぞ!銃が、銃が!」横山さんは後ろを見ながらこう言った。
横山さんの顔は真っ青だった。
オレはとっさに振り返った。
だがもう遅かった・・・
シャンポルたちはそれぞれ、右ももの横辺りにあるチャック式のポケットから銃を取り出し、銃口をオレたちの方へ向けてきたのだ。
「うわああああああああああああああああああああああ!!」
横山さんは叫んだ。
オレはあまりの驚きで声さえ出せなかった。
――――――――――――――バンッ!
目を瞑った。
そこからオレの意識は無くなった。
『おい!大丈夫か?』
いい声のおじさんのような声だった。横山さんの声ではない。
誰だ?オレはそっとまぶたを開けた。するとそこには馬?いやヒト?
上半身はたくましい男の体だが、下半身は馬の胴体だ。まさか・・・
「ケンタウロス?」
声に出た。
「オイ、きみ、あまり驚かないんだな。」
「いやいやいや、十分驚きましたよ。」
なぜオレはこんなに馴れ馴れしいんだ?と思ってしまうほどの話し方だった。
オレは死んだんだ。だから何か吹っ切れたのかな。それに死んでいるんだからケンタウロスがいたって天使がいたって別に驚きはしない。
「きみ、気絶していたが大丈夫か?」
「えっ、だってオレはあのまま撃たれて死んだんじゃ・・・」
起き上がってあたりを見渡すとシャンポルたちは血を流し片っ端に倒れていた。
そして横にはしっかり横山さんがいた。
「心配したぞ、このまま起きないのかと思ったよ。」
横山さんは言った。
「え?じゃあオレは生きてる?じゃあケンタウロスは?」もう頭がちんぷんかんぷんだった。
「このケンタウロス、いや、マスケルさんがシャンポルたちを倒してくれたんだ。」
「そうだったな、自己紹介がまだだったな。オレの名前はゴスレッジ・ド・マスケル。普通の人間だよ、安心してくれたまえ。」
そう言い、ケンタウロスは徐々に人間に戻っていった。
妙に横山さんが普通だったのは、オレが起きる前にもう十分驚いたからだろう。
「マスケルさんは何者なんですか?」
それが一番の疑問だった。ケンタウロスが人間に代わってもう意味がわからなかった。そもそもケンタウロスがいることが疑問だったんだが・・・。
だからそのくらいの質問しかできなかったのだ。
「私は特殊な能力を持った人間だ。お前たちもこの力がほしくないか?」
オレは声が出た。
「えっ?」