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親父だった俺が、美人教師になって息子のクラスに配属された件  作者: 鈴木拓海


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第1章 俺が担任の美人教師になった件について

奇妙な保護者会のあと、37歳の社畜・橘健司は一枚の謎のメモを拾う。

そして翌朝、目を覚ますと――なぜか“美人教師”になっていた。


「橘静香」として赴任した先は、なんと自分の息子・優太のクラス。


しかし、学校では“美人すぎる新任教師”として一瞬で噂になり、クラス中が大騒ぎ。

その一方で、優太だけは気づき始める。


眼鏡を直す仕草。

生活に疲れたような目。

そして、肝心な時に限ってテンパるところ。


――この先生、親父にそっくりじゃないか?


学校生活のカオスと勘違いの中で描かれる、

「もう一度、父親になるため」の青春やり直しコメディ。

# 第一話



## 俺が担任の美人教師になった件について



朝から雨だった。



映画みたいにロマンチックな雨じゃない。



サラリーマンのネクタイを朝八時には「濡れた首輪」に変える、あの最悪の東京の雨だ。



橘健司は、こういう日が嫌いだった。



……いや。



平日そのものが、だいたい嫌いだった。



「橘さん、クライアントがまた打ち合わせ延期です」



「あー……はい」



「あと川崎の倉庫からクレーム来てます」



「はいはい」



「それと、息子さんの件で――」



健司はノートPCから顔を上げた。



「……学校から二回ほど連絡が」



沈黙。



後輩社員が気まずそうに咳払いする。



「すみません。余計なお世話でしたよね」



いや。



むしろ、お前の方が俺より把握してる。



健司は無理やり笑った。



「大丈夫です」



今月二百四十七回目くらいの嘘だった。



---



学校に着いた頃には、保護者会はもう始まっていた。



三階。


二年B組。



ドラマやアニメだと妙にノスタルジックに見える日本の学校の廊下。



現実は、



* チョークの粉、


* 古いリノリウム、


* 濡れた傘、


* 思春期の疲労感



みたいな匂いがした。



「橘さん、お忙しい中ありがとうございます」



担任教師が丁寧に頭を下げる。



忙しい中、ね。



まるで俺に“時間”なんてものが存在してるみたいに。



健司は息子の席に座った。



狭い。



膝が机にぶつかる。



高校生ってどうやってこのサイズで生活してんだ……?



黒板には大きくこう書かれていた。



> 『子どもたちの未来を一緒に支えていきましょう!』



健司は思わず鼻で笑いそうになる。



そりゃそうだ。



支えたいよ。



残業と深夜コンビニ弁当の合間でな。



---



「優太くん、最近ますます無口になっていまして」



担任が柔らかい声で言う。



健司は機械みたいに頷いた。



「授業中もよく窓の外を見ています」



頷く。



「時々寝ています」



頷く。



「クラス活動にもあまり参加していなくて……」



……



その瞬間。



健司は、自分が息子のことを何一つ知らないと気づいた。



好きな食べ物?



たぶんカレー。



得意科目?



知らない。



友達は?



……



最後にまともに会話したの、いつだ?



教師の声が、窓を叩く雨音に溶けていく。



隣の机には、誰かがコンパスでこう彫っていた。



> 「世界って、つまんない。」



健司はその文字をしばらく見つめた。



三十七歳の社畜が考えそうなことだったからだ。



---



保護者たちが帰ったあと、教室には換気扇の音だけが残った。



健司は立ち上がる。



背中が「バキッ」と鳴った。



隣町まで聞こえたんじゃないかと思うレベルで。



老化。最高。



帰ろうとした時、机の下に紙切れを見つけた。



「ん?」



綺麗な字でこう書かれている。



> 『子どもを理解したいなら、子どもの世界を別の側から見なさい』



下には奇妙なマーク。



オカルト研究会とか好きそうなデザインだった。



「……最近の高校生ってやつは」



健司は適当にポケットへ突っ込んだ。



そして、そのまま忘れた。



完全に。



致命的に。



---



家に帰ると、静かだった。



「ただいま」



返事はない。



優太の部屋の灯りも消えていた。



また遅くまでどっかいるのか。



冷蔵庫を開ける。



ビール一本。



コンビニ弁当の残り半分。



そして、



> 『だいすきパパ!』



と書かれた小さなマグネット。



優太が七年前にくれたやつだ。



健司は突然、消えてしまいたくなった。



大げさにじゃない。



ただ、どこか遠くへ。



数年くらい。



---



そのままスーツ姿で寝落ちした。



そして、夢を見た。



学校だった。



また。



ただし今度の廊下は、異様に静かだった。



静かすぎる。



蛍光灯がチカチカ瞬く。



窓の外は青い夕闇。



どこかでチャイムが鳴った。



健司は音の方へ歩き出す。



コツ。



コツ。



コツ。



……軽い。



足音が軽すぎる。



視線を落とす。



女子用ローファー。



……



は?



「え……?」



声。



自分の声じゃない。



柔らかくて、高い。



深夜ドラマに出てくる若い女教師みたいな声。



「いやいやいやいや」



目を覚まそうとする。



無理だった。



廊下が揺れる。



身体が熱くなる。



いや、そういう意味じゃない。



もっと奇妙な感覚だ。



身体の“設計図”そのものを書き換えられているみたいな。



肩が軽くなる。



スーツがぶかぶかになる。



指が細く、長くなる。



「な、なんだこれ……」



顔を触る。



ヒゲがない。



肌がやたら滑らかだった。



「“すべすべ”ってなんだよ!?」



髪が肩へ流れ落ちる。



長い。



そして、その時。



健司は理解した。



これは夢じゃない。



日本製の最悪な超常現象だ。



腰が細くなる。



重心が変わる。



一歩踏み出した瞬間、よろけた。



「女の人ってどうやって歩いてんの!?」



シャツが白いブラウスへ変わる。



ネクタイが消える。



カーディガン。



スカート。



そして――



胸。



大きすぎない。



でも、確かにある。



健司の脳が停止した。



「……」



数秒後。



「うわああああああっ!?」



思わず胸を隠す。



誰もいない廊下で。



鏡が現れる。



そこに映っていたのは、



肩までの黒髪。



知的な眼鏡。



整った顔立ち。



そして、



完全に人生終わった顔をした美女だった。



「ふざけんなよ……」



その瞬間、校内放送が鳴る。



『おめでとうございます。試用期間は一学期です』



「はぁぁぁ!?」



チャイムが鳴り響いた。



---



目を覚ました瞬間、健司は三つの事実を理解した。



一つ。



まだ女だった。



二つ。



ブラジャーは人類への復讐兵器だ。



三つ。



肩からTシャツが危険な感じでずり落ちていた。



「うわっ!?」



飛び起きた瞬間、長い髪が絡まり、そのまま床へダイブ。



「いったぁぁぁ!?」



最悪だ。



鏡の中には、



だぼだぼTシャツ姿の美人女性。



なのに目だけは完全に疲れた社畜。



ギャップがひどい。



机の上に、あの紙が落ちていた。



裏にはこう書かれている。



> 『橘静香


> 臨時国語教師』



「……辞めたい」



---



二時間後。



世界が完全に狂っていることが判明した。



身分証が存在する。



LINEアカウントも存在する。



教員免許まで存在する。



「もう魔法じゃなくて行政テロだろ……」



---



校門は地獄の入り口に見えた。



女子生徒たちの笑い声。



野球部の叫び声。



下駄箱の音。



そして――



視線。



めちゃくちゃ見られている。



いや待て。



女性って毎日こんな監視社会で生きてるの!?



「え、誰あれ?」



「新しい先生?」



「美人じゃない?」



「若くない!?」



「モデルみたい……」



ギャル二人組が即座に分析モードへ入る。



「眼鏡やばくない?」



「わかる。あれズルい」



「絶対彼氏いるって」



「逆にいなさそう」



やめろ。



俺の恋愛事情を勝手に議論するな。



健司は無意識に眼鏡を直した。



「きゃー! 見た!?」



「ドラマの先生みたい!」



死にたい。



今すぐ。



---



「では、二年B組をお願いします」



教室のドアが開く。



騒がしい。



野球の話で盛り上がる男子。



スマホを見せ合う女子。



窓際で寝てるやつ。



後ろの席ではオタク男子が叫んでいた。



「だから二期は原作改変しすぎなんだって!」



「うるせぇよ!」



「……あ、新しい先生?」



教室が静かになる。



さらに静かになる。



そして全員が止まった。



あ。



この空気知ってる。



“クラス全員による外見審査タイム”だ。



「美人……」



「やば」



「大人のお姉さん感ある」



「いやクール系」



「眼鏡強すぎ」



「絶対婚約者いる」



「百円賭ける?」



「安っ」



健司は魂が抜ける感覚を覚えた。



俺はこういう世界の住人じゃない。



Excelと高血圧の世界の人間なんだよ。



---



そして、優太を見つけた。



窓際。



気だるそうな顔。



“全部めんどくさい”って顔。



でも今、その顔が徐々に凍りついていく。



優太は目を細めた。



もう一度見る。



いや。



いやいやいや。



ありえない。



でも……



なんでこの先生、家の親父と同じ感じで眼鏡直すんだ……?



しかも。



なんか“生活に疲れた目”してない? 



「では、自己紹介を」



健司は前へ出る。



視線。



多すぎる。



特にギャル二人が倍くらい見てくる。



「え、えっと……」



名前。



新しい名前。



早く思い出せ。



なんで横浜倉庫の電話番号は覚えてるのに、自分の名前は出てこないんだ!?



「私は君たちの父――」



静寂。



野球バカすら止まった。



誰かがシャーペンを落とす。



優太が青ざめる。



社会的に死んだ。



完全に。



「……作者です!!」



健司は半ば叫んだ。



「知識の作者というか!!」



空気がさらに悪化する。



「えぇ……」



「国語教師って変な人多くね?」



「でも美人」



「なんか怖い」



後ろのオタク男子が小声で言った。



「この先生、文化祭で絶対事件起こすタイプのキャラだ」



「黙れ、中村」



優太はゆっくり顔を覆った。



……終わった。



でも。



なんで新しい先生のテンパり方、親父とまったく同じなんだよ……?



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