第6話 奥さまは色々と
夜、十一時。
居住キャビン・《アーススフィア》の二階にて。
回転椅子に足を組んで座り、ユージンは机の上でとある道具を分解していた。
バラバラにされたそれは自動拳銃。魔素で弾丸を発射する銃だった。ユージンは器用な指先で自動拳銃を組み上げた。そして十数秒で完成させた銃をスライドさせる。
「不備はないな」
感触からそう呟く。と、
「ユージン」声を掛けられた。「何をしているんだ?」
それは、ダブルベッドの縁に腰を下ろしたトワの声だった。
壁から飛び出た机に、床に固定された小さな背もたれを持つ回転椅子。右側の壁には組み込まれた大きな書棚とクローゼット。そしてトワが座るダブルベッド。天井を開けば小さいながらも物置小屋がある。これが二人の寝室だった。
「武器の点検だ」
自動拳銃を机に置いて、ユージンは答える。
「明日は久しぶりの街だからな。用心に越したことはない」
一拍おいて、
「そうだ。トワ。街では魔法は使うなよ」
「ん。これか?」
トワは人差し指を立てた。
すると、その先に水が集まって球体と成った。
「こんなの精霊魔法の初歩の初歩だぞ。魔法とも呼べないんだが?」
「お前にとってはな。だが、もう魔法使いなんてほとんどいないんだ」
ユージンは言う。
「精霊たちを信仰している宗教もある。魔法使いは精霊を奴隷扱いするということで禁忌として認定している国もあるんだ」
「むむ」トワは少し不満そうに頬を膨らませた。
「けど、この精霊魔法こそが、本来は精霊たちの最大の祝福なんだぞ。こうして私が使うと精霊たちはいつも喜んでくれるんだ」
その証明のように指先の水球が波打った。精霊たちには明確な自我はないが、トワ曰く人の役に立つと凄く嬉しがってくれるそうだ。
「それでもだ」
一方、ユージンはかぶりを振った。
「人前では見せない方が無難だ。もちろん、お前の錬金術もな。真理に至れば石を金にも変えるというあれはもう失われた技術だ。お伽噺に近い」
「それは少し寂しいな。地上にいた頃は私の専門学だったのに」
水球を消して、トワは苦笑を浮かべた。
「けど、精霊魔法も錬金術も使えないなら、私は無能だな」
そう呟くと、
「何を言っているんだ」呆れたようにユージンは嘆息した。
「《アトラス》を設計したのは誰だ? 自動人形たちを指揮して製造したのは誰だ? お前には次元も越えた膨大な知識があるだろう。何よりも」
ユージンは立ち上がってトワに近づくと、彼女の右頬に優しく触れた。
「俺の傍にいてくれている。地底へと追いやられたお前にとって地上に戻ることには大きな恐怖や不安もあったはずだ。それでもお前は俺に付いてきてくれた。今も傍にいてくれている。それだけでトワは俺の力になるんだ」
「……ユージン」
トワは顔を上げた。
それから「……ん」と呟き、両手の指を絡めて膝の上に置いた。
「私は今日、凄く嬉しかった。千年ぶりに太陽が見れて。星が見れて。私はずっと地上に戻りたかったんだって実感した。全部ユージンのおかげだ」
そこでトワは少し口元をへの字に結び、気合を入れた顔をした。
「だから、今日の私は気合が入っているんだ。きっといつもよりも頑張れるぞ」
「……そうか」
ユージンは微笑んだ。
そしてトワの艶やかな唇を親指でなぞり、深いキスを交わした。
夫婦の夜は更けていく――……。
翌朝。
『セラ。セラ』
少女の声が室内に響く。
『いい加減起きなさい! 爆睡してんじゃないわよ!』
その怒鳴り声に、ベッドで寝ていたセラフィーナは跳ね起きた。
騎士服のコートは脱いで、黒い操縦士服姿。金色の髪はぼさぼさで、蒼い瞳は寝ぼけ眼。口元にはよだれの後があった。
(え? ここどこ?)
ごしごしと口元を拭う。
あまりにも。
あまりにも借りたベッドが柔らかく、体にフィットして爆睡してしまった。予備ベッドだと聞いていたがとんでもない。高級ホテルのベッドさえも上回る心地よさだった。
『早く起きなさい。もう朝よ』
と、枕元に置いていたユキが言う。
セラフィーナは「ご、ごめん」と言いながら、洗面所を使わせてもらった。
綺麗で冷たい水だった。清浄なのは疑うまでもない。
髪を整えた後は、騎士服のコートを羽織って前のボタンを閉じる。最後にペンダントのユキを首にかけた。指をぐっぱっと動かしてみる。
(久しぶりに絶好調だ。私)
体内の魔素が充溢していることも感じた。
セラフィーナはパイプ梯子に向かうと、そのまま登っていく。
一階に顔を出すと、とてもよい匂いがした。
完全に一階に登りきると、キッチンにはユージンがいた。
こんっと卵を片手で割って、手に持ったフライパンに落としている。じゅううっという良い音がした。香ばしい匂いが室内を包み、鼻孔をくすぐる。
(あ。あれってやっぱりコンロだったんだ)
セラフィーナは火の出ていない鉄板を見てそう思った。
どうやら火ではなく熱で調理する機器のようだ。
(何気に凄いわね。異国の技術なのかしら?)
そんな風に思う。と、その時。
『ユージン』
不意に室内に声がした。
『お客さまが目を覚まされたようですよ』
「ん? ああ、そうか」
ユージンは振り向いた。
「おはよう。セラ」
「は、はい。おはようございます」
セラフィーナはぺこりと頭を下げた。が、すぐに疑問を抱く。
「あの。さっきの声は?」
「ああ。あれは俺の相棒。人工精霊のシドの声だ」
『初めまして。セラフィーナさん。ユキさん』
シドが挨拶をする。
『挨拶が遅れてすみません。私の名はシド。この《アーススフィア》及び《アトラス》の管理をする支援人工精霊です』
「あ、よろしくお願いします」
姿は見えないが、とりあえずセラフィーナは頭を下げた。ペンダントのユキも『よろしく』と返答した。
「もうじき朝食が出来る。トワは朝が苦手だから先に食べてくれ」
そう言って、ユージンは目玉焼きを、焼いてあったトーストの上に乗せた。
「す、すみません」
セラフィーナは申し訳なく思いながらも、ソファーに座った。このソファーもギョッとするほどに座り心地がいい。弾力と柔らかさのバランスが絶妙なのだ。
そして、ユージンは彼女の前に朝食を持ってくる。
目玉焼きを乗せたトーストに、皿に盛りつけられたベーコンとサラダのセットだ。
一般的な朝食ではあるが、何と言うか、香りが明らかに違っていた。
「コーヒーも入れるよ。けど、熱い内にどうぞ」
ユージンにそう勧められて、セラフィーナは「ありがとうございます。ご馳走になります」と返して、まずトーストを口に運んでみた。
――しゃくり。
「―――っ!? っっ!?」
思わず目を剥いた。
美味しい。凄まじく美味しい。外はカリカリで中はふわふわ。深い甘みも感じる。目玉焼きも白身がぷるんとして弾けそうだ。一口では止まらず、がつがつと食べてしまうが、途中で思い出したようにベーコンとサラダに目をやった。フォークをとって厚めのベーコンを刺す。そのまま口に運んでみると、
(うわっ!? 肉汁すごっ!?)
こっちにも目を丸くする。
騎士団の保存食とは比べ物にもならない濃厚な味だ。サラダもまた絶品だった。シャキシャキとした食感に、かけてある見たことのないドレッシングも塩味が効いて素晴らしい。
「美味しっ! このベーコンと目玉焼き。もしかして『魔獣食』なんですか?」
「いや。それは昨日、朝食用に商隊から分けてもらったモノだ」
自分たちの分の朝食を作りながら、ユージンが言う。
「純粋に熱の通りが違う差なんだろうな。調理器具は妻が拘った。それと味付けもか。小麦粉の配合も、ドレッシングや調味料とかもこれも全部妻が調合したんだ」
「す、凄いですね」
口元にドレッシングをつけながら、セラフィーナは尋ねる。
「奥さんって、どこかの宮廷料理人なんですか?」
「……いいや。確かに美味しいモノには相当な拘りがあるようだが、配合や調合は本人曰く暇つぶしだったそうだ」
と、ユージンが返した時だった。
「ゆーじーん、ゆーじーん……」
不意に上階から声がした。トワの声だ。
セラフィーナが二階の入り口に目をやる。そしてギョッとした。
輝くような剥き出しの美脚が、パイプ梯子を伝って降りてきたからだ。
ゆっくりと全身を現す。降りてきたのは、下着も履かず、白い素肌の上に男物の白いシャツを羽織っただけのトワだった。
「つかれたよぉ。くたくたぁ。ユージンがシャワーあびさせてぇ」
うわ言のように、そんなことを呟いている。
一方、ユージンは思わずかぶりを振っていた。
「トワ。お客さまの前だぞ」
「……ふえ?」
ユージンの言葉にトワは正気に返った。
同時に一階に到着し、セラフィーナと視線が重なって、
――ボッ、と。
顔を真っ赤にした。そしてそのまま逃げるように地下へと降りていった。
セラフィーナは数秒ほど唖然としていたが、徐々に状況を理解して、かあああっと彼女も真っ赤になった。
「……朝から妻がすまない」
とりあえず謝罪するユージンであった。
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