第4話 休息
二十分後。
退避していた商隊と合流し、ユージンたちは街道を進んでいた。
無限軌道で走る《アトラス》に、八輪の大型魔導車輛が並走している。
車高は三メートルほど。全長は十メートルほどの四角状の鋼鉄の車輛だ。後方部は商品を積んだコンテナのようだ。強盗団や魔獣に備えて機関銃も装備されている。前方に大きな窓があり、二名の操縦士の姿が見えた。
なお、《ソレイユ》は完全に魔素切れだった。
魔素を枯渇するまで放出した人間は、それなりの睡眠をとらない限り回復しない。そのために今は魔導車輛の屋根に乗せてもらい、文字通りにお荷物になっていた。
(なんて無様な……)
愛機の中でセラフィーナも流石に落ち込んでしまう。
その上、同僚たちは全滅だ。これでは任務の続行も出来ない。
元々は隣接都市に向かっていた商隊だったが、護衛を失ってはどうしようもない。殉職した騎士たちの遺体も回収してやりたいため、商隊は一度王都に戻ることにしたのだ。
「……しかし、ハロンズ王国か。シド」
ユージンは《アトラス》を動かしながら、おもむろにシドに尋ねた。
「お前は知っているか? 俺は全く聞いたことがないんだが」
『私もですね』シドが答える。
『カーナ村は最後に立ち寄った村でしたが、そもそも私たちは急な地震による地盤沈下が原因で《奈落》へと落ちました。あまりに深く落ちたため、もはや深層に行く決断をするしか活路がないような状況でした』
「その決断自体は大正解だっただろう。おかげで俺はトワに会えたんだからな」
ユージンの言葉に、シドは『ええ』と同意した。
『ただ、その際にも相当に移動していました。さらに帰りに関しては……』
そこで一拍おいて、
『まさか、あの大迷宮を造ったご当人さまが同行していながら、一カ月半近くも彷徨い続けることになるとは思いもしませんでしたね』
「むむ。仕方がないだろ」
その指摘に、トワがむっとした表情を見せて腕を組んだ。
「私があの大迷宮を造ったのは千年も前のことだぞ。その後は人が怖くてずっと神殿に引き籠っていたんだ。脱出ルートなんて知るはずもないだろ」
『ごもっともですね』シドがふっと笑った。
『いずれにせよ、相当な距離を踏破しています。それに最後は頭上の岩盤を破壊して強引に脱出しましたから、仮にここが大陸の端であったとしても不思議ではありませんよ』
「確かにそうだな。仕方がない。街に行って地図を手に入れるか」
ユージンはそう決めた。
だが、それも恐らく明日以降になる。
災害獣に襲われた場所は、王都の方が近いのだが、それでも一日半はかかる距離にあった。移動速度を上げることも出来るが、その分、魔素の消費は大きくなる。移動特化の魔導車輛は複数人で操縦も可能だが、それだけ消耗しやすい乗り物ということでもあった。
ここは、どうしても一泊は避けられないところだった。
そうして、その日の夕方。
ユージンは、草原に停車して食事の準備する商隊の主人に招かれていた。
「いやはや、凄いですな」
五十代ほどの商人が、両膝をつく《アトラス》を見上げて言う。
キャビン後方の一部が開き、それが手すり付きの階段となって地面へと続いている。
「あの大きさで魔装機兵なのですか?」
「いや。あれは言ってみればハリボテだ」
ユージンは言う。
「魔獣は自分よりも背の高い敵を恐れるからな。威嚇用の外装に過ぎない。見た目は魔装機兵だが、実際は魔導車輛に近いんだ」
「おお。なるほど」ポンと手を打つ商人。
「それは確かに効果的かも知れませんな。強盗団にも有効そうだ」
「ああ。役に立つ」
ユージンはそう言って頷く。
一方、その近くで一人の少女が半眼を向けていた。
金色の髪を肩まで伸ばした蒼い瞳の少女。操縦士用の体に密着する黒いスーツの上に騎士のコートを着たスレンダーな少女だ。セラフィーナ=ガロスである。
(いやいや。なに言ってるのよ)
あの動きの一体どこがハリボテなのか。
そうツッコみたいところだが、命の恩人は明らかにそれを隠したい雰囲気だ。
ここは流石に黙っていることにした。
(けど意外。かなり若い人だったわ。私より年下かも)
一部赤毛の混じった黒髪に、赤い瞳。黒を基調にした服を着て、ファッションなのか、ベルトを多数身に着けている。恐らく十代後半の少年だ。
奥さんの方とはまだ会っていないが、声の感じからして若い夫婦のようだ。
「しかし、少し困りましたね」
その時、商人が困った様子でセラフィーナの方に顔を向けた。
「私たちは食事後には基本的に魔導車輛内で休息を取ります。そのため、キャンプ用品は持ち合わせておりません。男所帯でもあるため、休息スペースにも余裕がなく……」
「……あ」
セラフィーナは目を見開いた。
本来、セラフィーナは休息にはキャンプをする予定だった。そのための食料も含むキャンプ用品及び、通信機を運ぶ専用の従騎士の機体がいたのだが、その機体も完全に大破し、キャンプ用品も回収することが叶わなかった。
「わ、私なら野宿しますので」
『いや。それは流石に危険でしょう』
セラフィーナの言葉を少女の声が否定する。愛機から取り外され、セラフィーナの胸元にペンダントとして吊るされている宝石――ユキの声だった。
『草原なら狼系の魔獣もいるわ。二メートルはある怪物狼どもよ。一人で野宿なんてしたら群れに襲われるわよ』
「な、なら《ソレイユ》の中で休んで……」
『あんな場所でぐっすり眠れるの? むしろ疲れて休息どころじゃないわよ。魔素不足で明日もお荷物になる気?』
「うぐっ……」
完全に論破されてセラフィーナは呻いた。すると、
「なら、俺のところに泊まればいい」
おもむろに、ユージンがそう告げた。
セラフィーナと、商人の男性もユージンに視線を向ける。
「睡眠をとれるようなスペースもある。俺が男で心配なら妻も一緒だから大丈夫だ。問題はないと思うぞ」
「い、いんですか? アサルトさん」
セラフィーナがそう尋ねると、ユージンは「ああ」と頷いた。
「ありがとうございます。アサルト氏」
商人の男性も感謝を述べた。
「騎士の方に対して失礼かもしれませんが、やはりうら若き女性ですからね。私どもにしても安心いたしました」
一呼吸入れて、
「せめてお食事はこちらでご用意いたしましょう。奥方とご一緒にどうぞ」
そう告げて、商人は笑顔を見せた。




