第3話 《アトラス》の戦闘
――ズドンッ!
その戦鎚は巨熊のこめかみを強打した!
山のような巨躯が跳ね飛び、大地に転がった。
対し、戦鎚を片手に、白き鋼の巨人はズシンっと強く一歩を踏み出した。
「トワ」
その機体――《アトラス》の操縦席でユージンが後部シートの愛妻に声を掛ける。
「シートベルトは付けているか? 地上に出ていきなりだが戦闘になるぞ」
「う、うん! 大丈夫だ!」
トワは自分のシートベルトを確認してそう答える。
ユージンは「OKだ」と告げてから、
「シド。生き残りは何人だ?」
『周辺に大破した機体が七機。損傷レベルから全員即死だと思われます。生存者はあの一機だけのようです』
淡々とシドが報告する。ユージンは眉をしかめた。
「そうか。残念だ。しかし、たとえ一機だけであっても救援要請を受けた以上、見捨てる訳にはいかないな。早々に片づけるぞ」
ユージンはそう呟くと、《アトラス》に重心を深く沈めさせた。ギシギシと両足が軋み、一瞬後、大地が砕けた。《アトラス》が跳躍したのである。無限軌道は使わない。脚部に組む込まれた人工筋肉と圧縮機構を使って砲弾のような加速をしたのだ。魔装機兵の二倍はある巨体とは思えない速度だった。
だが、それも当然だ。《アトラス》の動力は精霊力。魔素ではない。直接、六元素の精霊から抽出している無限にも等しい力なのだ。転換された魔素とはエネルギーとしての純度が違うのである。そして、それに耐え得る機体強度もだ。
瞬時に間合いを詰めた《アトラス》は、災害獣の右肘に戦鎚を打ち込んだ!
桁違いに巨大な熊とはいえ、関節は急所の一つだ。強打されればダメージは免れない。絶叫を上げて、巨熊はガクンっと重心を崩した。同時に《アトラス》は無限軌道で加速する。氷上を滑走するかのように弧を描きつつ、唯一生き残った魔装機兵の前へと移動して、
『よく耐えた。後は俺が引き受けよう』
そう告げるなり、再び直線状に爆発的な跳躍を見せた。
その爆発力を乗せて、体勢を立て直そうとしていた巨熊の眉間を強打する!
「――がああああああッ!」
巨熊は仰け反りながらも、前脚を闇雲に振るった。
少し掠っただけで人は無論、魔装機兵であっても粉砕される爪だ。
しかし、ユージンの操る《アトラス》は、その恐ろしい攻撃を悉く回避する。砲弾のような跳躍と、弧を描く無限軌道による滑走を使い分けて巨熊との距離を詰める。
――ガゴンッ!
巨熊の肋骨を打つ! アギトから唾液が噴き出した。
巨熊は怒りのまま、右の前脚を振り下ろすが、《アトラス》は軽く浮き上がって交差するように爪を躱し、無限軌道を使って伸びきった前脚を登り切った。
――ドルルルルルッ!
すかさず左腕の機関砲で巨熊の右目を穿つ!
角も砕けて、思わず仰け反った巨熊の頭部めがけて戦鎚を振り下ろした!
頭蓋が砕ける音が響いた。
巨熊は大きくふらついて、ズズゥンと前のめりになって倒れ伏した。
砂塵が舞う中、《アトラス》が着地する。
そうして大量の血を流しながら、舌を出して倒れ伏す巨熊の前に立ち、
――ズドンッ!
その頭部に、容赦なく戦鎚を振り下ろした。
その一撃を以て、巨熊は絶命した。
『……悪いな』
ユージンは呟く。
『お前も生きたいのだろうが、目の前で人を殺されては見逃す気にはなれん』
双眸を細めて、そう告げるのだった。
◆
(す、凄い……)
一方、その傍らで。
間一髪の状況で助けられたセラフィーナは、その光景を凝視していた。
(な、何なのあれ? 魔装機兵? あんな大きいのが?)
白い鋼の巨人。
外見は魔装機兵によく似ているが、大きさは二倍以上もあった。
技術的に造れなくはないだろうが、機体が大きくなればそれだけ魔素の消費量も激しい。戦闘ともなれば猶更だ。あの大きさではあっという間に魔素を消費し切るはずだ。とても戦闘に適したサイズではない。
『……セラ』
その時、ユキが声を掛けてきた。
『気を付けて。異様な機体もそうだけど、腕前も。あれは只者じゃないわよ』
「……分かってるわ」
セラフィーナが頷く。
機体の大きさに目を奪われがちだが、驚くべきは操縦士の技量だ。あのサイズの機体を自在に操り、災害獣を圧倒してみせたのだ。只者のはずがない。
(……何者なの?)
あの技量は、魔弾クラスと言ってもいいかもしれない。
名のある傭兵か騎士である可能性は高いが、あんな機体は見たことがなかった。
と、その時。
『大丈夫だったか?』
白い鋼の巨人がゆっくりと近づいてくる。
疑問は多々あるが、命の恩人なのだ。まずは礼を言うべきだった。
『はい』セラは愛機を頷かせた。『助かりました。救援感謝いたします』
『……いや』
それに対して、白い鋼の巨人はかぶりを振った。
『少しばかり遅かったようだな。他に生き残りはいるのか?』
『商隊が退避したはずです。彼らだけはどうにか逃がせましたから』
『……そうか』
白い鋼の巨人は、無残に潰されたセラフィーナの僚機の方へ視線を向けた。
『それが救いだな。ああ、そういえば言い忘れていた』
そこでセラフィーナの方を見やり、
『俺の名はユージン=アサルトだ』
『これは申し遅れました』セラフィーナも名乗る。
『私の名はセラフィーナ=ガロンです。ハロンズ王国騎士団の二等騎士です』
『……ハロンズ王国?』
すると、男性の声が少し驚いたような声色に変わった。
『カーナ村ではなく? どこに出たんだ? 聞いたことがない国だぞ』
『なんだ? ユージンが最後に滞在していた村じゃないのか?』
その時、不意に女性の声がした。白い鋼の巨人の中から聞こえてきたのだ。
セラフィーナもユキも驚いた。
(え? うそ? まさか二人乗りなの? あの機体?)
そんなことを思うが、ユキが『流石に違うでしょう』と言った。
『移動専用の魔導車輛じゃあるまいし。戦闘用なのよ。きっと私と同じ人工精霊よ。その声が外に出たのよ』
そう指摘した時だった。
『ああ。すまない。紹介が遅れたな』
男性の声が告げる。
『今の声は妻だ。妻のトワイライトの声だ』
『――うそおッ!? 本当に二人乗りなの!? その機体!?』
思わず、セラフィーナは素の口調で声を上げてしまった。
ユキも驚いて黙り込んでしまう。と、
『ああ。その通りだ。実はこいつは戦闘用じゃない。長距離移動を重視した機体でな。だから一人用じゃないんだ』
災害獣をあそこまで圧倒した上で、そんなことを言い出した。
セラフィーナたちが言葉もなく、唖然としていると、
『ただ、どうやら今は少し道に迷ってしまっているようだ。この場所が分からないんだ。すまないが、君たちの街に案内してもらえないか?』
そうお願いされるのであった。




