第2話 魔装機兵と災害獣
その日、彼女は深く後悔していた。
先人たちの言葉を、今日まで軽視していたことを。
――魔装機兵は最悪の兵器だ。
それは、数十年も前からずっと言われ続けていたことだった。
そして歴代の操縦士たちは、こうも伝えている。
――あれはまるで棺桶のようだと。
(そんなの、操縦が下手な人たちの言い訳だと思ってた……)
彼女の名は、セラフィーナ=ガロス。
年齢は十九歳。ガロス伯爵家の令嬢にして、ハロンズ王国の二等騎士だった。
そして同時に魔装機兵の操縦士でもあった。
今や開拓者たちや傭兵団にも普及している魔装機兵だが、ハロンズ王国――というより騎士団を持つ規模の国ならば、騎士である以上、誰もが操縦士であることを必須とされている。
その中でセラフィーナは天才と言われていた。
模擬戦では一度も敗北なし。騎士学校は飛び級の上、首席で卒業した。
彼女だけは違う時間の速さで動いているようだと教官たちには絶賛されたものだ。
それも当然だった。なにせ、彼女の魔素内包量は常人の三倍近くもあるからだ。
この自然豊かで広大な大地――ラスティリアは、精霊たちに愛された世界だ。
火、風、土、水、光、闇。大気に満ちる六元素の精霊たち。彼らは生きとし生ける者に祝福を与えた。そして世界から注がれるその力は生物の体内で別の力へと変換された。
それこそが生物のみが発する力。魔素である。
魔素はあらゆる分野に応用された。ありふれた日常品の動力から、魔導列車や魔導車輌などにも活用された。勿論、魔装機兵にもだ。
――そう。魔装機兵の動力とは、操縦士自身なのである。
一般的に魔装機兵の連続活動時間は二時間だと言われている。そんな中、セラフィーナは四時間以上も機体を動かし続けても魔素切れを起こしたことはなかった。
彼女は魔装機兵の戦闘に並々ならぬ自信を持っていた。
だがしかし、今は……。
(わ、私は……)
息が切れる。滴り落ちる汗が止まらない。
『セラ!』
支援人工精霊が耳元で叫んだ。少女の声だ。
『魔素ゲージの残量が15%を切ったわ! 早く撤退を!』
「分かってるわよ!」
苛立った様子でセラフィーナはそう返す。
たった十分の戦闘で、もうそこまで消耗してしまっている。
特殊な事例もあるが、一般的に魔素ゲージは操縦士の魔素内包量そのものだ。すなわち、このゲージが尽きればもう動くことも出来なくなるということだった。
セラフィーナは強く唇を噛んだ。
彼女が今いる場所は愛機・《ソレイユ》の操縦席だった。
慣れたはずの場所である。だが、今はこの空間に恐怖さえも覚えていた。
魔装機兵内では操縦士はほとんど頭部しか露出していない。俊敏性を確保するために極限まで軽量化しているからだ。操縦士は機構の一部のように組み込まれている。
(ここは棺桶、私の棺桶……)
カチカチと歯が鳴り始める。
外の光景を映す無機質な三つのモニターが、さらに圧迫感を与えていた。
その恐怖は《ソレイユ》にも現れる。戦鎚を持つ手が震え始める。
『セラ!』
支援人工精霊である『ユキ』が叫んだ!
『しっかりして! 死ぬわよ!』
その時、
『ひ、ひいいいィィ!』
僚機が戦鎚を放り出して逃げ出した。セラフィーナと同じ二等騎士の機体だ。無限軌道を限界まで加速させて脱兎のごとく逃走するが、
――ズズゥンッッ!
僚機は無残に圧し潰された。
ここは街道近くの広い草原だ。邪魔になるものは何もない。
だからこそ、そいつは空高く跳躍し、僚機を前脚で踏み潰したのである。
セラフィーナは硬直して、そいつの姿を見据えた。
純白の獣。熊に似ているが、額から二本の角が生えている。
さらに特徴的なのはその巨躯だ。四メートル級の魔装機兵を圧し潰すほどの大きさである。その全長は二十五メートル近くもあった。
この獣は『魔獣』と呼ばれる存在だった。彼らもまた精霊たちに祝福を受けたのだが、変換した魔素が多すぎる上に、体外に排出することが出来ない存在だった。そして溜め込み過ぎた魔素は肉体にまで影響を与えて、怪物へと変貌してしまったという俗説を持つ獣たちだ。
多種多様な魔獣たちのサイズは、およそ二メートルから四メートルほどが多い。充分危険なサイズだが、中には異常なほどに巨大化する個体がいた。最大で五十メートルにも至る怪物がいるのだ。討伐するには大砲で迎え撃つしかないサイズだ。
だが、それも直撃させることが難しい。魔獣は決して愚かな獣ではないからだ。
砲弾で狙われていることを察すれば回避もする。直撃しても急所だけはかばう。城砦からの砲弾の嵐でもない限り、撃退も難しかった。そんな巨大な特殊個体を『災害獣』と呼んで区別するようになったもの自然な流れだった。
そして今、セラフィーナの目の前にいる個体。
商隊の護衛任務に就いていたセラフィーナの部隊を、彼女以外皆殺しにした、種族名としては『角熊』と呼ばれているこの魔獣は間違いなく災害獣だった。
(こ、これが災害獣……)
歯が鳴るのが止まらない。
セラフィーナが災害獣と遭遇したのは、今日が初めてだった。
強盗団やただの魔獣。魔装機兵同士の模擬戦とはまるで違う。
圧倒的な存在感。あの爪牙の前では魔装機兵の装甲など紙にも等しい。
斬り裂かれるか、圧し潰されて終わりだ。
(……だから棺桶なんだ……)
先人たちの言葉を、ようやく理解する。
けれど、同時に思い出す。
魔装機兵が災害獣に対抗するために生み出された兵器であるということも。
かつて騎士学校の教官は言っていた。
――急所に砲撃が当たらないのなら、当たる砲弾を作ればいい。私たちは生きた砲弾だ。当たるまでひたすら敵の急所を追う砲弾なのだ。
教官はこうも言っていた。
――それを極めた者だけが『魔弾』を冠する二つ名で呼ばれるのだ。
『セラ!』
その時、ユキが再び叫ぶ!
『逃げなさい! もう商隊も安全圏よ! 足止めの必要もない! セラ!』
そこで声を張り上げて、
『ここは逃げなさい!』
相棒の叱咤にセラフィーナは恐怖を打ち払う。
「――動いて! 《ソレイユ》!」
セラフィーナは愛機を後方へと走らせた。重い戦鎚を捨て、脚部の無限軌道をフル稼働させて加速する。僚機の二の舞にならないように、背を向けることはしない。
巨熊は少し警戒したようだが、すぐさま地響きを立てて追いかけてくる。巨体とは思えないない速さだ。全速であるというのに引き離せない。みるみる魔素ゲージが下がっていく。
(やだ、やだ、やだ……)
セラフィーナの瞳に涙が滲んでいく。左腕の機関砲の乱射で牽制するが、並みの魔獣ならばいざしらず、災害獣が相手では気休めにもならない。
(死にたくない! 死にたくない! やだやだやだッ! 誰か助けて――)
その時、災害獣が前傾姿勢になって、さらに加速した。
一気に間合いを詰めて、巨体で弾き飛ばすつもりだ。
セラフィーナは目を見開いた。
『やだァ……助けてッ! 助けてえッ! 誰かッ!』
彼女の声を《ソレイユ》が伝えた。
けれど、その声は誰にも届ない。味方は全滅していた。
そのはずだった。
『救援要請だな。了解した』
淡々としたその声が応えるまでは。




