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マイホーム・ザ・アトラス ~新婚旅行は、快適無双なキャンピングロボで~  作者: 雨宮ソウスケ


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第1話 《アトラス》発進!

「――旅立ちの時だ。ユージン=アサルト」


 厳かに、彼女は告げる。


「異界の知識。そして私の錬金術の粋を以て、お前の望む力はようやく完成した。あれにお前の技量が合わされば《奈落(アビス)》の大迷宮も突破できるだろう」


 その姿はまるで少女のよう。


 ――《奈落(アビス)》の魔女。


 六元素の精霊を操る大魔法使い。

 錬金術を極め、真理の瞳に開眼した者。

 悠久の寿命と不老の肉体を持つという半神半人(デミゴッド)族の最後の生き残り。


 千年前の魔法王朝期。そんなお伽噺の時代に、世界中に恐れられ、地の底へと追いやられたという邪悪なる魔女。それが彼女、トワイライト=イジュアールだ。


 しかし、白い法衣に、王冠に似た黄金のティアラ。右手に錫杖を持って神殿に立つその姿はあまりにも美しく、邪悪どころか、むしろ神秘性を宿していた。


「もう行くがいい」


 彼女は錫杖を天――地上の方へと向けた。


「迷い落ちたこの暗がりに、もはや用もないだろう」


「……お前はどうするんだ?」


 そう尋ねるのは、ユージンと呼ばれた少年だ。


「これまでと何も変わらない」


 その問いに対して、彼女は錫杖を下し、淡々とした眼差しを向けて答えた。


「この深き地の底にて、いつか朽ちることを夢見て悠久を生き続けるだけだ」


「……そうか」


 彼は双眸を細めた。そして一歩踏み出した。


「お前は俺の力が完成したと言ったな。だが、それは間違いだぞ」


「……なんだと?」彼女は眉根を寄せた。


「何を言う。あれは完成だ。製造に二年半もの年月をかけた私の最高傑作だ。あれを超える存在はこの世にはないはずだ」


「いや。未完成だ。最も重要なものが足りていない」


 彼はそう言い切って、彼女へと右手を差し出した。


「お前だ」


「……なに?」彼女はさらに眉根をひそめた。


「私だと? それはどういう意味だ? ユージン?」


 彼女がそう尋ねると、彼は小さく嘆息して、


「そのままの意味だ。完成にはお前が足りないんだ。《アーススフィア》は俺だけのためのものじゃない。まどろっこしくなりそうだから、最初に言っておくぞ」


 そして彼は告げる。


「俺はお前を愛している」


 一瞬、彼女は何を言われたのか分からなかった。


「……え?」


 ややあって、唇からそんな声が零れ落ちた。

 彼は言葉を続ける。


「俺が《奈落(アビス)》に落ちて三年。お前の弱さも、その途方もない孤独も少しは理解しているつもりだ。だからこそ、お前をもう一人なんかにさせたくない。くそ。やはりまどろっこしくなってきたな。はっきり言うぞ」


 そうして、ただただ呆気にとられている彼女に、彼は告げるのであった。


「お前が愛しい。お前を抱きたい。お前が欲しいんだ。どうか俺と共に生きてくれ」


 ――と。



 ――カシュン。

 その時、特殊な音を立てて、鋼鉄のドアが開かれる。

 おもむろに、彼は室内に入ってきた。


 年齢は十七歳ほど。黒髪に一部赤毛が混じった精悍な顔つきの少年だ。


 百八十センチの長身に、細身ながらも鍛え上げられた体には、黒を基調にした服を着込み、その上に拘束具のように幾つもの革製のベルトを巻いていた。胴体のみならず、大腿部や腕にもだ。普段はこの上に黒いジャケットを羽織っている。


 長い前髪の間から覗く赤い双眸は冷たいほどに鋭く、まさしく戦士の相だった。


 彼こそがユージン=アサルト。


 かつて、とある帝国にて魔装機兵(アームドギア)操縦士(ハンドラー)として活躍していた少年だ。

 帝国内はおろか近隣諸国においても『魔弾の戦鬼』の名は知れ渡っており、黒鉄の魔装機兵(アームドギア)を駆る傭兵の姿は敵味方問わずに畏怖はおろか、憧憬さえも抱かれていた。


 だが、そんな名声も二つ名も、もはや不要だった。

 今の彼は自由だった。

 どこまでも、どこまでも自由だった。


「…………」


 ドアから出てきたユージンは、歩きながら周囲を見やる。


 そこは奥に行くほどに狭くなる楕円状の部屋だった。室内には個人用シートが二つある。前後に並んで設置されてあり、後ろ方が頭二つ分ほど高い位置にある。ユージンは足を止めて前部シートの背に左手を置いた。


 シートの前方を見やる。そこにあるのは様々な機器だ。


 精霊力(エーテル)ゲージに、後方を映す映像モニター。速度(スピード)メーターや、後部キャビン・《アーススフィア》を遠隔操作するスイッチなどもある。

 そして左右には、引き金の付いた操縦幹があった。


 ――そう。ここは操縦席(コックピット)だった。


 機器が設置されているのは、いわゆるインパネと呼ばれる部位だった。ただ操縦席(コックピット)ではあるが、ここに窓はない。天井へと流線的に繋がる白い壁面だけがあった。


(改めて見ると広いな。俺の知っている操縦席(コックピット)とは随分と違う形になった)


 ユージンが双眸を細める。と、


『おはようございます。ユージン』


 不意に声を掛けられた。青年の声だ。

 それは機器の一つ。インパネに組み込まれた蒼い宝石からの声だった。

 すべての魔装機兵に装備される支援用人工精霊の声だ。

 ユージンにとっては苛烈な戦場を幾度となく共に潜り抜けてきた相棒でもある。彼のことは『シド』と呼んでいた。


『気分はいかかですか?』


「……気分なら最高だな」


 そうは思えない淡々とした声で、ユージンは答える。


「嘘じゃないぞ。本当に最高の気分なんだ。体中から活力が溢れてくるかのようだ。悪友たちが言っていたことも今なら理解できる」


『そうですか。しかし、それでもその拘束ベルトは外さないのですね』


「ああ。これか」


 ユージンは自分の右腕を上げて、前腕に巻き付けたベルトに目をやった。


「もはや癖だな。やはり怖いのだろう。自分の中の獣が」


『体内に堆積した魔素(マナ)が魔獣化を引き起こすなど、ただの迷信ですよ』


「それは分かっているが、俺が常人とは比較にもならないほどの魔素(マナ)を内包していることは事実だしな。それをわずかずつしか放出できない特殊体質もな。俺がこれを不安なく外すのは、きっとトワ(・・)の前だけなんだろうな」


『そうですか。ふふ。そうでしたね』


 そこで、シドが含むように言う。


『おめでとうございます。ユージン。ようやくですね。ここは慣例に倣って「昨夜はお楽しみでしたね」とでも言いましょうか。今の私の存在的にも』


「お前は宿の主人か。確かに今のお前は存在的に似ているが、それよりシド」


 ユージンは鋭い眼光で、蒼い宝石を睨む。


「一応確認するが、昨夜、お前は何も見ていないな? 聞いていないな?」


『そんな野暮なことはしませんよ。《アーススフィア》の防音も完璧です。プライベートは守りますよ。私は常識的な人工精霊ですから』


「そうか。それを聞いて安心したぞ。もしお前がトワの裸でも見ているものならば、ハンマーの殴打で記録を破壊しなければならなかった」


『……それは記録の破壊だけでは済みませんよ。怖いことを言わんでください』


 シドの宿る宝石が淡く輝いて少しだけ震えた。

 一方、ユージンは腕を組んで真顔で言う。


「昨夜のトワは本当に綺麗で愛らしかったからな。男なら見たいと思うのは当然だ。だが、トワは俺だけのトワだ。いくら相棒であるお前でも見せる訳にはいかないぞ」


 と、宣言したところで、

 ――カシュン。

 不意に背後で音が鳴った。

 ユージンが入ってきたドア。《アーススフィア》へと続くドアが開いた音だ。


 ユージンが振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


 年の頃は十六歳ほどか。雪のような白い肌に、金色の瞳を持つ美しい少女だ。


 顔を横切る長い前髪に、腰辺りまで伸ばした後ろ髪は銀色だ。百五十五センチと小柄ながらも豊かな双丘が強調される抜群のスタイルを持ち、その上にはふわりとした白いワンピースドレスを着ていた。両足には黒いタイツと長い革紐靴(ブーツ)を履いている。


 旅用の出で立ちへと着替えたトワイライト=イジュアールである。


「もう起きたのか。トワ」


 ユージンがそう声を掛けると、


「……うるさい」


 トワイライト――愛称『トワ』は、むすっとした顔で答えた。


「私を誰だと思っているのだ。《奈落(アビス)》の魔女にして数多なる異界の観測者。トワイライト=イジュアールだぞ。私にとって睡眠など退屈しのぎだ。本来は不要なのだ」


「いや。だが」ユージンは眉根を寄せた。


「昨夜はその不要な睡眠をとるほどに疲弊したのだろう? 情けない話だが、昨夜の俺は自制心が皆無だった。相当に無理をさせてしまったと思うのだが」


「――うぐっ!」


 頬を赤らめてトワは呻いた。それからひょこひょこと頼りない足取りで歩くと、少し呻きながら後部シートに座った。そしてユージンと視線が重なり、


「……ケダモノめ」


 ジト目でそう言い放つ。


「その通りだ。くたくただ。そもそも昨夜は私の千年を越える人生の中でも初めての経験だったのだぞ。なのに容赦なさすぎだ。もっと気遣え。凄く怖かったんだぞ」


「……すまない」ユージンは謝罪した。


「もっともだと思う。だが、分かって欲しい。俺にも相当な想いがあったんだ」


『それにユージンは童貞でしたからね』シドが言う。


『内包する莫大な魔素(マナ)のためにまるで少年のように見えますが、二十七年間もほとんど戦闘のためだけに人生を費やしてきましたから』


「こんな男の相手など、きっと娼婦ぐらいしかしてくれないからな」


 ユージンが、シドの言葉を継いだ。


「しかし、娼館に金を使うのは勿体ないと思っていたんだ。一時(いっとき)の快楽を買うぐらいなら訓練でもして生存率を上げるべきだと考えていたな」


『なんとも脳筋的な発想ですね』


 呆れたようにシドは溜息をつく。


「まあ、俺は戦うことしか知らなかったからな。それよりもだ」


 おもむろに、ユージンは歩き出した。

 そしてトワの傍まで行くと、彼女の手を掴んでシートから立たせた。

 トワは小首を傾げて、


「……? 何をするのだ。ユージン。私は今、ちょっとしんどいんだぞ」


「すまない。トワ」


 ユージンは、そんなトワを強く抱き寄せた。「むぎゅ」とトワは声を零した。


「改めて礼を言わせてくれ。トワ。お前は拒絶することも出来たはずだ。だというのに、お前は俺を受け入れてくれた。本当にありがとう」


 心からの感謝を、ユージンは告げる。

 それからトワを離すと、彼女の細い両肩を掴み、


「後悔はさせない。絶対にだ」


 強い眼差しでそう宣言した。


「……うん」


 トワは小さく頷き、微笑んだ。

 彼女は踵を上げると、ユージンの首筋に両手を回して彼の顔を近づけさせた。

 そして、

 ――ちゅっ、と。

 幼子のように、無垢で拙さのあるキスをした。

 トワは真っ赤な顔で視線を逸らしつつ、口元を押さえて、


「……ん。期待してる。ユージン」


 そう呟いた。ユージンは「ああ」と力強く頷いた。


「トワ。今日からお前はトワイライト=イジュアールじゃない。トワイライト=アサルトだ。親も知らない俺の初めての家族。俺の愛する妻だ」


 そう告げて、ユージンは前部シートに移動して座った。シートベルトで体を固定してからトワを手招きする。


「トワ。行こうか。出立の時ぐらいは二人で座るのも悪くない」


「……うん」


 頷くトワを横向きに膝の上に乗せてから、操縦桿を強く握る。


「シド。《アトラス》の発進だ」


『了解です。ユージン』


 シドがそう答えると、壁面と天井が一気に変貌した。

 そこに映るのは先が見えないほどに高い天井。地面には淡く輝く石畳。並んで立つ支柱が、ここが神殿であることを示していた。

 外の景色が全面に映し出されているのである。地下深くのため、暗い景色なのは残念だが、まるで天井と壁が取り除かれたかのような解放感だった。


六元精霊炉(エーテルエンジン)起動。循環開始。精霊力(エーテル)ゲージ100% 出力安定しています』


 シドが報告する。


『《アトラス》発進に伴い、居住キャビン・《アーススフィア》を独立させます。局所重力領域展開。全連結通路遮断のため、近づかないでください』


 数秒ほど空けて、ガコンッという音が響いた。


『《アーススフィア》独立確認。局所重力も安定しています』


 ユージンは双眸を細めた。


「よし。これでどれほど暴れても俺とトワの新居(ホーム)に被害は出ないな」


『はい。《アーススフィア》は《アトラス》の動作に関係なく平常状態を維持します』


 シドが淡々とした声で回答した。


「OKだ。トワ。念のために俺に掴まっているんだぞ」


「うん。分かった」


 ユージンの肩を掴み、より体を密着させてトワが頷く。ユージンも頷き返し、


「行くぞ。《アトラス》」


 操縦桿を動かした。直後、ズシンと巨大な足が一歩を踏み出した。

 それは黒い骨格(フレーム)の上に、白色の外装を纏う鋼の巨人だった。


 その全長は、恐らく十メートル以上はあるか。

 厚い胸部装甲を持ち、頭部はやや前方にある。肩周りを覆う装甲は特に分厚く、後頭部と肩の前面を覆っている。左腕の手甲には小型の機関(ガトリング)砲が装着されていた。右手には戦鎚(ウォーハンマー)を携えている。両足の踵には無限軌道が組み込まれていた。装甲が厚い大腿部に比べると脛部(けいぶ)が細いため、全体的に上半身の方が大きく見える姿だった。


 兵装も含めて魔装機兵(アームドギア)の基本的なシルエットとも言える。ただし、通常サイズの魔装機兵(アームドギア)は四メートルほどなので体格差は倍以上もある。


 そもそもこの機体は根本からして全く違う存在なのだが、外見的に異質なのは他にもあった。背負っている物体だ。


 何故か胴体よりも大きい四角状の物体が背中に装着されているのである。それは完全に機体と一体化していた。使い捨ての加速噴射機構ブースターバックパックにも似ているが、噴射孔がどこにもない。意図の分からない物体だった。


 だが、これこそが、この機体・《アトラス》の最大の特徴なのだ。そこには浮遊する巨大な球体――居住キャビン・《アーススフィア》が内蔵されているのである。


 ――ズシン、ズシン。

 鋼の巨人は、戦鎚(ウォーハンマー)を片手に歩き出し始めた。

 背中に巨大な荷物(キャビン)を抱えていても、その足取りは全く揺らがなかった。


「お前もご機嫌なようだな。《アトラス》」


 操縦桿を握りつつ、ユージンが柔らかな笑みを見せる。


「俺の新しい愛機。世界で唯一の『精霊機兵(エーテルギア)』。そうだな。異界の知識を借りて俗称を決めるのなら、『キャンピングロボ』とでも呼ぶか」


『何とも平和そうな名前ですね』


 シドがそう指摘すると、ユージンは小さな笑みを零した。


「それでいいのさ。力は必要だ。だが、俺はもう傭兵は辞めるつもりだ。これからは開拓者(シーカー)か運送屋でも始めてみるか。それに――」


 ユージンは、右手でトワの頭を抱き寄せた。


「そもそも、俺たちはこれから世界旅行――新婚旅行に行くんだからな」


「……う、うん。新婚旅行か……」


 ユージンの膝の上でもじもじとしながらも、トワが金色の瞳を輝かせる。


「ユージン! 私は街が見たい! 星が見たい! 海が見たいぞ!」


「ああ。トワ。全部見せてやる。未踏の景色さえも。俺とシド。そして――」


 ユージンは言う。


「俺たちの《アトラス》でな」








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