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撃たない国の戦争  作者: 霧島レイ
10/17

疑われる理念

世論は、ある日突然変わるものではない。

静かに、しかし確実に、

「言ってはいけなかったこと」が言われ始める瞬間がある。


その日が、来た。



朝のニュース番組。

キャスターは、原稿を読み上げる前に一瞬だけ間を置いた。


「……本日は、世論調査の結果からお伝えします」


画面に、数字が映る。


《非暴力政策を「見直すべき」:52%》

《現行維持:38%》

《分からない:10%》


スタジオが、わずかにざわつく。


「過半数、ですか」


解説者が、言葉を選びながら口にした。


「国民の不安が、

 数値として現れた結果だと思います」



街頭インタビュー。


「非暴力は理想だと思います」

「でも、守れないなら意味がない」


「宗教が悪いとは言わない」

「けど、放置していいとも思えない」


誰も、戦争を望んでいない。

ただ、守られたいだけだった。



国会。


野党議員が、珍しく慎重な口調で質問する。


「政府は、

 この国の非暴力理念を、

 今後も無条件に維持する考えか」


答弁席に立つ首相の表情は、硬かった。


「非暴力は、この国の根幹です」


それ以上、踏み込まない。


だが議場の空気は、

その答えに満足していなかった。



“調整役”の政治家が、

ゆっくりと立ち上がる。


「誰も、理念を捨てろとは言っていません」


全員の視線が集まる。


「問われているのは、理念をどう守るかです」


言葉が、巧みにすり替わる。


「守るために、

 一時的な調整が必要な場合もある」


その“調整”が何を意味するか、

誰もが分かっていた。



保安庁の分析室。


ミナトは、

世論推移のグラフを見つめていた。


「……来たな」


同僚が小さく息を呑む。


「ここからは、

 理念が“前提”じゃなくなる」


「選択肢になる、ってことか」


ミナトは頷いた。


「選択肢になった理念は、必ず負ける」



夜。


討論番組は、かつてないほど視聴率を上げていた。


「非暴力は、現代の脅威に対応できない」

「いや、暴力を使えば同じ穴の狢だ」


だが番組の構成は、

明らかに前者を多く取り上げている。


「“現実的対応”」

その言葉が、何度も繰り返される。



同時刻。

宗教国家の地下施設。


指導者は、

世論調査の数字を見て、微笑んだ。


「良い」


側近が言う。


「彼らは、自分たちで疑い始めています」


「そうだ」


彼は静かに答えた。


「信仰を壊す必要はない。

 信じられなくすればいい」



深夜。

治安部隊の詰所。


隊員の一人が、

テレビを消して言った。


「……俺たち、悪者になるのか?」


誰も、否定しなかった。



ミナトは、

庁舎の屋上で夜風を浴びていた。


この国は、

何も間違っていなかった。


だが今、

正しさそのものが、重荷になっている。


彼は理解した。


次に来るのは、

「例外を認めろ」という要求だ。


理念に、

小さな穴を開ける提案。


それが通った瞬間、

この国は、

もう元には戻れない。



街は、今日も平和だった。

だが人々の中で、

一つの問いが共有され始めていた。


非暴力は、本当に私たちを守っているのか。


その問いが、

戦線を一段、内側へ押し進めた。

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