僕と君の
放課後の図書室は、外の喧噪と切り離されたように静かだった。窓際の席に座ると、斜め向かいに君がいた。髪に夕陽が溶けて、ページをめくる音すら優しく聞こえた。
君を初めて見たのは、たった一週間前のことだ。その時の僕は、ただ きれいなひとだ と思っただけだったのに、気づけば君の姿を探すのが日課になっていた。
ある日、君が本を閉じた瞬間、目が合った。
「ねえ、その本…好きなの?」
不意に話しかけられて、胸が跳ねた。
君が指差したのは、僕が借りようとしていた古い詩集だった。
「うん。言葉が優しいから」
「わかる。私もその本、好きなんだ」
その一言が、僕の世界に静かに灯をともした。
それから僕らは、図書室で時々言葉を交わすようになった。
他愛ない話。読んだ本の感想。放課後の小さな出来事。
短い会話だけど、帰り道の風景が変わるくらいには、僕の心は軽くなった。
そしてある日、君は言った。
「ねえ、今度さ…一緒に読みたい本があるんだ」
その言葉は、告白みたいに聞こえた。
けれど僕は、どう返せばいいのかわからなかった。
翌週、君は学校に来なかった。その翌日も、その次の日も。
図書室で空いた席を見つめて、僕は心のどこかがざわつくのを感じていた。
数日後、君から一枚のメモが届いた。丁寧な文字で、こう書かれていた。
「少し休むね。でも、また話したい。本のつづきも」
安堵と心配と、説明できない痛みが胸に広がった。
そして、冬の終わり。
薄いコートを着て図書室に入った僕は、見慣れた横顔を見つけた。
「…来たんだね」
声が震えるのを隠せなかった。
そして君はふっと笑った。
「うん。待たせちゃった?」
「すごく」
君は机の上に、一冊の詩集を置いた。僕が好きな本と同じ、あの古い詩集だった。
「ねえ…また一緒に、読んでくれる?」
その問いは、やっぱり告白みたいに聞こえた。
僕はゆっくりとうなずいた。
「もちろん。…僕と君の、続きがあるなら」
君は少し照れたように笑って、ページを開いた。
その距離は、季節が変わるよりも静かに、確かに近づいていた。
ページをめくる音が、ふたりだけの世界をつくっていく。
この時間がどれだけ続くのかはわからない。
けれど─
君と出会ってからの毎日は、僕の中で確かに「物語」になっていた。
【僕と君の】
そのタイトルの続きを、僕らがこれから書いていく。




