気づき
ある日の昼下がり、五人は駅前の広場を歩いていた。
高いビルの間を、風がひゅうっと吹き抜ける。人々は絶え間なく行き来し、誰もが何かを急ぐように足を速めていた。
そのとき――。
「おい……あれ!」
タケルが指さした先で、スーツ姿の中年の男がふらりとよろめき、そのまま地面に倒れこんだ。
「倒れたぞ!」カズマが駆け寄ろうと一歩踏み出す。
しかし、すぐ近くを歩いていた現代の人々は、一瞬だけ立ち止まり男を見たが、次の瞬間には視線を小さな板――スマホ――に戻し、何事もなかったように歩き去っていく。
「……え?なんで助けないの……?」アヤメが目を見開いた。
ミオが男のそばにひざをつき、震える声でつぶやいた。
「なぜ……助けぬのだ……?命が危ういかもしれぬのに……」
その声は、駅前のざわめきにすぐかき消された。
タケルは唇をきつくかみしめ、何かを思い出したように小さくつぶやく。
「……忙しいんだとよ。数日前、コンビニの兄ちゃんが言ってた。『合理的じゃねぇからな』って……」
「合理的……?」ミオが首をかしげる。
ヨシロウは腕を組み、通り過ぎていく人々の顔をじっと見た。
「……みんな、目が疲れてやがるな。笑ってねぇ」
「しかも、誰とも話してない……」カズマが小声でつぶやく。
現代人の目はどこか虚ろで、笑顔は少なく、互いに声をかけることもない。
それは、五人が江戸の里で見てきた暮らしとは、あまりにも違っていた。
江戸の秋祭りでは、収穫した米や野菜を分け合い、病人がいれば皆で世話をし、囲炉裏を囲んで笑い合いながら夜を過ごした。
「……あの頃は、皆で背負ってたよな。楽しいことも、しんどいこともさ」タケルの声が少し震える。
「ここの人たちは……ひとりで全部背負ってるみたいだ」アヤメがぽつりと言った。
「便利なものは山ほどあるのに……心は、不便になってる気がするな」ヨシロウが静かに締めくくった。
五人の胸の中に、じわりと重いものが広がった。
令和の空の下、笑顔よりもスマホの光を優先する人々の姿が、彼らの心に深く焼きついたのだった。