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タケル編 ― 路地裏の料理人

 ある日の午後、タケルは細い路地を歩いていた。ネオン街の喧騒から一本入っただけなのに、空気はしんと静まり、漂う匂いが急に食欲をそそる。

 「なんだ、この香り…!」

 ふらふらと引き寄せられるように足を運ぶと、そこには古びた暖簾がかかった小さなラーメン屋があった。


 中を覗くと、店主らしき頑固そうな親父が、一人で汗を拭きながら鍋を振っている。

 「いらっしゃ…おぉ、兄ちゃん初めてか?」

 「ええ、なんかいい匂いに釣られちまって」

 席に座ると、湯気とともに濃厚な香りが鼻をくすぐった。だが、厨房を見ると――大量の注文が入り、親父一人では明らかに手が回っていない。


 タケルは少し迷った末、立ち上がった。

 「親父さん、手伝っていいか?」

 「え? いや、客にそんな…」

 「大丈夫だ、包丁なら任せろ!」

 そう言うや否や、タケルはカウンターをひょいと飛び越え、まるで舞うような手つきで野菜を刻み始めた。

 トントントン――まるで忍者修行で鍛えた手裏剣投げのように正確で速い包丁さばきに、店主は目を丸くする。

 「な、なんだその速さは!? キャベツが消えてく…!」

 「江戸仕込みだ。鍋も振るぞ!」


 あっという間に大量のラーメンが完成し、客たちの前に並べられた。

 湯気とともに漂う香りに、店の中は一気に笑顔で満ちる。

 「兄ちゃん、ただ者じゃねぇな…うちで働かねぇか?」

 こうしてタケルは、昼は料理人、夜は忍びという二つの顔を持つようになった。


 その日以来、タケルの作るラーメン目当ての常連客も増えていった。

 ある夜、スーツ姿の疲れきったサラリーマンがカウンターに座った。

 「…なんか、今日はダメだ。上司に怒鳴られっぱなしで」

 タケルは笑いながら、器に麺を盛る。

 「ほら、食ってけ。今日は大盛りサービスだ」

 「えっ、大盛り?」

 「忍びの世界じゃ、腹が減ってちゃ戦えねぇんだ。あんたも戦ってんだろ?」

 サラリーマンは驚いたように笑い、そのラーメンをすすった。

 「…あったけぇな。なんか、胃じゃなくて心にくる味だ」


 その言葉に、タケルはふと江戸の囲炉裏端を思い出す。

 仲間と囲む熱々の鍋、湯気越しに交わす笑い声。

 ――腹いっぱいと笑顔。それが人を生かすんだ。

 タケルはそんな思いを胸に、翌日も鍋を振るい続けた。

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