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第六章 決裂

 翌日の隠れ家は、まるで嵐の前の空のように重苦しい空気で満ちていた。

 机の上には昨夜の食事の片付けもされず、皿に残った冷えた味噌汁がじんわりと膜を張っている。

 外からは昼下がりの車の走行音が聞こえるのに、この部屋の中だけ時間が止まってしまったようだった。


 その沈黙を、ヨシロウの鋭い声が切り裂いた。

 「……もう、決める時だ」


 全員の視線が一斉に彼に向く。

 「俺は江戸に帰る。タケル、アヤメ……お前たちもだろ?」

 ヨシロウの声には迷いがなかった。


 タケルはうなずき、唇をきゅっと結んだ。

 「当たり前だ。里のみんなが待ってる。あの笑顔を取り戻さなきゃ、俺は死んでも悔いが残る」


 アヤメも小さく頷いたが、その目には迷いが宿っていた。

 「……うん。でも……」


 その瞬間、ミオが机を叩いて立ち上がった。

 「待ってよ! 江戸に帰るって言うけど、こっちの時代の人たちはどうするの!? 今、この街には笑えない人がたくさんいるんだよ!」


 ヨシロウの眉がぴくりと動く。

 「それが俺たちの仕事か? 里の仲間を見捨ててまで、この時代にしがみつくのか?」


 ミオは一歩も引かない。

 「しがみつく? 違う! ここにも守るべきものがあるって言ってるの! 便利さも、この時代の人間関係も、全部捨てるの? 私たちだからできることがあるんだよ!」


 カズマも椅子から身を乗り出した。

 「そうだ。こっちの時代には弱ってる人が山ほどいる。江戸のやり方を持ち込めば、少しは救えるかもしれない。俺たちがその橋渡しになるべきだ」


 ヨシロウは鼻で笑った。

 「橋渡し? 笑わせるな。こっちの連中は俺たちを見ても刀を怖がるだけだ。昨夜のこと、もう忘れたのか?」


 ミオの声が震えた。

 「……でも、それでも……誰かがやらなきゃいけない」


 アヤメが間に割って入ろうとする。

 「やめて……争わないでよ。私たちは同じ里の仲間でしょ?」

 しかし、その声は二人の熱い言葉にかき消された。


 そんな中、何気なくつけっぱなしだったテレビから、アナウンサーの切迫した声が流れた。


 『速報です。先ほど、繁華街で無差別襲撃事件が発生しました――』


 全員が顔を上げる。

 画面には、夜の街を逃げ惑う人々と、その後を追う黒装束の集団が映し出されていた。

 光る刃が街灯を反射し、乾いた叫び声がスピーカー越しに響く。


 『犯人は複数。全員が黒い装束を身にまとい、刀を所持しているとの情報です。通行人を無差別に攻撃しており……』


 タケルの顔から血の気が引く。

 「……忍び? いや……まさか、江戸の……!」


 ミオがテレビに駆け寄る。

 画面に映る忍びたちは、感情の欠片もない冷たい目をしていた。

 その瞳は、人を助けるためのものではなく、ただ命を狩るためだけに存在しているようだった。


 カズマが信じられないという顔でつぶやく。

 「異空間から……出てきたのか?」


 ヨシロウはゆっくりと刀を握りしめた。

 刃の先端がわずかに震えているのは怒りか、それとも別の感情か。

 「……あの闇の声……やはり奴らか」


 部屋の空気が一気に張り詰めた。

 五人は互いに目を合わせたが、そこにはもう昨日までの仲間としての信頼だけではなく、立場の違いによる深い溝がはっきりと見えていた。

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