第五章 闇の声
その夜、隠れ家はしんと静まり返っていた。
窓の外では、しとしとと細い雨が降り続いている。屋根を叩くその音が、まるで誰かが外で忍び足をしているかのように耳にまとわりつく。
ヨシロウは座卓の上で、黙々と刀を研いでいた。
ぎり…しゃり…と研ぎ石が刃をこする音だけが部屋に響き、時折、刃先から細かい火花がぱっと散る。
その火花が、彼の険しい横顔を一瞬照らした。
タケルは壁にもたれ、ため息をつく。
「…なんか、今夜は空気が重いな」
「気のせいじゃない」ミオがつぶやいた。「外の雨、いつもより冷たく感じる」
その瞬間――
部屋の隅の暗がりが、ゆらり、と揺れた。
影が動いた? いや、風はないはずだ。
全員の視線がそこに集まったとき、低く湿った声が、耳ではなく心の奥に直接響いた。
《……帰りたくはないのか……?》
カズマが息をのむ。
「なんだ…今の声…?」
ヨシロウは反射的に刀を抜き、刃をその闇に向ける。
「誰だ! 姿を見せろ!」
ゆっくりと、影の中からひとりの男が歩み出た。
黒い装束に身を包み、その眼光は鋭く、しかしどこか懐かしい。
「……父上……?」
アヤメの声が震えた。唇も小さく震えている。
男は静かにうなずいた。
「そうだ、アヤメ。あの日…あの大地震で、わしも裂け目に飲み込まれた」
アヤメの目から、ぽろっと涙が落ちる。
「生きて…いたの…?」
男は一歩踏み出し、五人全員を見回した。
「だが、お前たちがこの時代に染まっていく姿を見て……果たして戻るべきか、迷っている」
ヨシロウが息を荒くしながら、強い声で言い返す。
「迷う必要なんざねぇ! 俺は…俺たちは帰る。こんな冷たい時代に魂を置いていく気はねぇんだ」
ミオがその前に立ちはだかる。
「待って! この時代だって、人の温かさは残ってる! 見えないだけなんだよ! 私たちが…見つければいいんだ!」
彼女の目は涙で光っていたが、その声は震えていなかった。
父の影は、ふっと口の端を上げ、低く笑った。
「……見つけられるか……それとも、闇に溶けるか……」
次の瞬間、影は音もなく崩れるように消えた。
残ったのは、外の雨音と、まだ消えない刃の冷たい光だけだった。
誰も口を開けなかった。
ただ、雨の音が心の奥まで染み込んでくる――まるでその声の続きが、まだ外に漂っているかのように。




