【一花編】甘々エピソード:「お兄ちゃんって、呼んでいいの?」
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(ショートエピソード)
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夕方。大学の講義から帰ってきた連がリビングに入ると、そこには一花の姿があった。制服のまま、ソファで膝を抱えている。
「……おかえりなさい、兄さん」
「ただいま。二葉は?」
「お風呂。今日はちょっと、私……待ってたの」
「……なんかあった?」
連がそう尋ねると、一花は顔を背けた。耳までうっすら赤い。
「兄さん。私、今日――その、学校で……ちょっと変なこと言われたの」
「変なこと?」
「“本当は兄のこと好きなんでしょ”って。からかわれたの。クラスの女子に」
「……!」
「……否定できなかったの。だって、嘘つけないから」
一花は、ゆっくりと連のほうを向いた。クールな仮面が、今は外れている。
「……兄さんのこと、私……すき。ずっと、すきだったの」
「一花……」
連が何か言いかけたとき、一花はふと目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「――お兄ちゃん、って、呼んでもいい?」
「…………っ」
「……一回だけだから。ほんとに、ほんとに一回だけ」
近づいてくる一花。制服のまま、ソファに座った連の隣にそっと腰を下ろし、肩に寄りかかってきた。
「お兄ちゃん――……すき」
その声は、涙が混じっているように聞こえた。
連は、動けなかった。ただそっと、一花の頭を撫でることしかできなかった。