ずっと雨でいいのに
母さんの頭痛が始まると、世界が止まったようだった。
今日は雨だ。
まるで鯨が跳ねた直後のような。
ポツ、ポツと、傘に当たる音がする。
皆はそれが嫌いらしい。
けれど、私は好きだ。
母さんが頭を抱えてる。
来たか。
群発頭痛が。
「大丈夫?」
私が声をかけると、母さんが答えた。
「駄目。」
急いで棚の引き出しをあける。
そこには病院からもらった頭痛薬。
私は、水をコップに入れて薬と一緒に持っていく。
この間は約一分。
慣れたものだ。
薬を飲んだら母さんはいつも寝る。
濁った水に沈む潜水艦のように何時間も、寝る。
母さんの寝息がまるで、鯨の鳴き声のように頭に響いた。
夜ご飯は作り置きしてある。
それを温めて一人で食べる。
中まで温まってないご飯を少しずつ。
それが私の心を表しているようだった。
中まで温まらない、そんなご飯が。
食べていると昔を思い出す。
母さんが群発頭痛になったのは、私が小学一年生の頃だった。
目の奥が焼かれている。
そんな感覚だと母さんは、言っていた。
それが何日も続く。
その痛みがどれくらいなのか、私には想像できない。
何日も頭痛が続いた日、母さんが倒れた。
急いで救急車を呼んだ。
父さんと一緒に乗り込んで、必死に祈った。
こんな毎日になるとも知らずに。
運ばれた先の病院の先生に言われた。
「群発頭痛ですね。」
「生活習慣が原因だと思われます。」
だって。
それから二年経った。
夜は早く寝る。
朝は早く起きる。
いつも同じ時間に起きる。
それを繰り返してる。
二年と少し経った今日もだ。
でも、少しも良くならない。
本当に診断は合ってるの?
そう思ってしまう。
私は、悪い子供だ。
自分で診断できないくせに。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
癒しも、静寂もない。
ただ、怒りと虚しさ、不甲斐なさしかない。
もう、こんな生活嫌だ。
泣いてしまいそうな心を落ち着かせる。
でも、喉の奥と目頭が熱くなることもある。
そんな時間が流れる。
学校に行っても、母さんのことを心配してしまう。
その度、家に帰らないといけない。
そう思ってしまう。
友達と話していても。
授業を受けていても。
なにをしていても。
どんな時でも。
「最近どうしたの?」
「クマができてるよ。」
私は、笑ってごまかした。
多分うまく出来たと思う。
父さんは、働いていて家にたまにしかいない。
母さんよりも、仕事の方が大事なの?
そう言ってしまいたくなる。
でも、言えない。
言ってしまえば楽、なのに。
言ってしまえばどうなる?
父さんは居なくなる。
母さんは働けない。
私が?
無理だ。
私が壊れる。
そのときは、全てが終わる。
それだけだ。
こんな気持ち、誰にも分かってもらえない。
分かってほしくもない。
心配されるのは嫌いだから。
父さんはたまに帰ってくると優しい。
遊んでくれる。
でも、母さんのお世話をしている時間は私の方が長い。
慣れているからだ。
でも、ただ母さんへの興味が足りないだけではないか。
父さんは現実から目を背けている。
卑怯だ。
そう思うが抑える。
困るのは私たちの方だから。
最近、ベッドに入っても眠れない。
この間に母さんが……。
そう思うと、眠れない。
誰にも言えない。
そんな現実だ。
明日も雨が降るらしい。
少しだけ息ができそうだ。
でも、いつかは晴れる。
ずっと雨でいいのに。
雨の音だけが私の癒しだ。
いつまでも雨で……。
友達に話そう。
そう思えた気がした。
気のせいかもしれない。
それでも良かった。
雨のなかで澄んだ水を飲めた気がしたから。