引きこもりの親
娘が引きこもりになった。
そうなると思ってなかった。
どうやら会社でなにかあったらしい。
話してくれたらいいのに。
なんで話してくれないんだ?
とりあえず娘の部屋のドアを叩く。
「起きてるか?」
「そろそろ、外に出てみないか?」
返事がない。
もしかして……。
「開けるぞ。」
焦りと恐怖に身を任せてドアを開ける。
そこには寝ている娘の姿。
安心した。
てっきり……。
テーブルの上には、すぐには数えきれないほど大量の空き缶。
それもアルコール飲料のみ。
これは……異常だ。
一晩でこんなに飲むのは見たことない。
様子を見ている場合じゃない。
どうして気づけなかったんだ。
自責の念に駆られる。
でもなんで……こんなになるまで……。
「ううん。」
娘が起きたようだ。
問い詰めなけらばならない。
本当はしたくないが、しょうがない。
「あれ?」
「なんで……お父さんが……?」
娘は顔色が悪かった。
二日酔いだろう。
頭痛と混乱、吐き気。
色んな感情が混じっている。
そんな顔に見えた。
私は、注意しないといけない。
そう思った。
「……お前……飲みすぎじゃないか?」
「体調に気をつけないと、体を壊すぞ。」
出来るだけの優しさだ。
怒りを抑え込む。
それを娘は気づいていないようだ。
「……お父さんには……関係ないでしょ。」
「もう……無理なの。」
「会社で……起きたこと……なにも知らないくせに。」
「……出ていって。」
「部屋から……出ていって。」
その言葉は酒気を帯びていた。
どれだけ飲んだのだろうか。
だけど、俺も限界だった。
男一人で育ててきて。
こんなことを言われるとは。
深く息を吐く。
ため息かもしれないが、そんなのはどうでもよかった。
怒りを抑えられない。
言ってはいけない。
分かってるのに。
口が滑る。
「……一人じゃ生きていけないくせに。」
言葉が口を滑るように出てくる。
「俺だって、限界なんだ。」
「お前は自分を一人だと思ってるだろ?」
「それは違う。」
「ここにもいる。」
娘の口は開いたまま、息を吸うことも忘れているようだった。
その顔を見てると思い出す。
妻を失くしたあの時を。
事故だった。
バスに乗っているときに、車と衝突したらしい。
不運。
それしか言えない。
葬式の時。
お前は同じような顔をしていたよな。
よく覚えてるよ。
泣きたくても泣けない、言いたいのに言えない、伝えたいことも……もう伝えられない。
そんな顔だったよ。
俺もそうだった。
平和で仲良し、たまに喧嘩したけど、良い家族だった。
それが一瞬で消えたあの日。
後悔しかない。
あの時、行かせなければ。
あの時、俺が行っていれば。
そう、何度思っただろうか。
もう数えるのもやめた。
それでも前に……前に進まなければいけない。
俺はなんとかしてみせる。
我が妻よ、遠くから視ていてくれ。
絶望を希望に変える瞬間を。