2人で
今回もよろしくお願いします!
文化祭当日の朝。私は、少しだけ早く登校した。
校門をくぐると、すでに教室棟から楽しげな声が聞こえてくる。模擬店の準備をする生徒たち、チラシを配る実行委員、衣装姿で記念撮影している子たち──あちこちに笑顔が咲いていた。
(今日が……本番なんだ)
胸がぎゅっと締めつけられる。でも、それは不安じゃなくて、どこか期待に近い感情だった。
「おっはよー澪! はえーな!」
振り返ると、陽翔が両手に紙袋をぶら下げながら駆け寄ってくる。
「朝からコロッケパン買ってきた。ほら、あんた絶対朝ごはん食べてないでしょ?」
「……ありがと」
陽翔は私の顔をじっと見つめると、少し笑って言った。
「今日も、かわいい」
「ば、ばか……!」
顔が熱くなる。でも、今日だけは怒れなかった。
* * *
開演一時間前。教室は劇の舞台へと変貌を遂げていた。
背景のパネル、大道具、小道具、照明代わりのスポットライト──すべてがクラスみんなの手でつくられたもの。
「みんなー! 一回通しでリハやろう!」
クラスメイトの呼びかけに、緊張した面持ちでそれぞれが持ち場につく。
「陽翔、準備できてる?」
「もちろん。澪は?」
「うん、たぶん……」
「大丈夫。俺、ちゃんと支えるから」
その言葉に、私はこくりとうなずいた。
台本を手に、陽翔と向かい合う。彼は少し照れくさそうに笑ってから、深呼吸をした。
「じゃあ、いくよ」
──その瞬間。
陽翔が、急に動きを止めた。
「……あれ……?」
彼が額に手を当てる。次のセリフを言うはずなのに、声が出ない。
「陽翔……?」
呼びかけると、彼の顔が少し青ざめていた。
「……なんか……変な感じが……」
陽翔の目が、どこか遠くを見るように細められる。震えるような小さな声で、彼はぽつりとつぶやいた。
「……見えた……また……」
私の心臓が、ドクンと跳ねた。
「なにが……?」
「──俺、また……死ぬ」
息が止まりそうになる。
陽翔の目は、まるで夢を見ているかのように虚ろで、その奥に深い不安と恐怖があった。
「場所も……時間も……見えた。はっきり……」
「待って……陽翔!」
私は彼の手をぎゅっと握った。陽翔は、少しだけ目を見開いて、我に返ったように小さく息をついた。
「……ごめん。大丈夫、大丈夫だから。ちょっと……ふらっとしただけかも」
そんなふうに笑ってみせたけど、その笑顔はどこかひどく脆くて、私はどうしても信じきれなかった。
* * *
そして、幕が上がる時が来た。
教室のドアが開き、観客たちが入ってくる。保護者、他のクラスの生徒、先生たち。ざわざわとした空気の中、開演のアナウンスが流れる。
(今は……考えるのはやめよう)
(この舞台が終わったら、必ず陽翔と話す。そして、未来を変えるために動き出す)
私はそう心に決めて、舞台の袖に立った。
目の前には、今日という一日が広がっている。
そして私たちは、運命と向き合う舞台の上へと、踏み出す。
舞台袖の暗がりの中、私は胸に手を当てて、深呼吸を繰り返していた。
(大丈夫。ちゃんと練習したし、陽翔もいる。怖くない──)
観客のざわめきがカーテン越しに聞こえる。体育館は、すでに人でいっぱいだった。
「……澪、大丈夫?」
陽翔が隣に立って、私の顔を覗き込む。
「うん、ちょっと緊張してるだけ」
「そっか。俺もさ、ちょっと手、震えてるんだ」
そう言って差し出された手は、確かにわずかに震えていた。
私は思わず笑ってしまう。
「……なんだ、それ」
「だからさ、澪がいてくれて助かってる」
陽翔の声は、まっすぐだった。あのときの事故のことも、未来のことも、今は全部忘れられるような、やわらかな時間だった。
「いってこい、って言って」
「……え?」
「俺の出番、もうすぐだからさ。なんか勇気出る気がするんだ」
私は少し戸惑いながらも、そっと声をかけた。
「……いってこい、陽翔」
「うん。ありがとう、澪」
陽翔は笑って、ステージへと向かっていった。
* * *
劇が始まると、私は自分でも驚くほど自然に役に入り込めた。
台詞を口にするたび、陽翔と目が合うたび、物語の世界に引き込まれていく。
会場からはときおり笑い声や、真剣なまなざしが感じられた。
(うまくいってる……!)
そう思っていた、そのときだった。
──ぱちん。
何かが、音を立てて切れた気がした。
視界の端で、陽翔がぴたりと動きを止める。
次の台詞が来るはずなのに、彼は一言も発しない。
(……陽翔?)
様子がおかしい。
彼は、台本を見ているわけでも、観客席を見ているわけでもなかった。
まるで、どこか別の場所──遠い遠い未来を、見ているかのような顔をしていた。
その目は、確かに”何か”を思い出していた。
(まさか──!)
私はとっさに台詞をアドリブでつなぎ、彼の袖をそっと引いた。
「……王子様、どうかされましたか?」
その声に、陽翔の瞳がかすかに揺れる。
「……あ……ああ、ごめん」
わずかに笑って、彼は続きを演じ始めた。
だが、私は見逃さなかった。
陽翔の手が、震えていること。
彼の目の奥に、深い戸惑いと恐怖が宿っていること。
──陽翔は、“思い出してしまった”。
* * *
無事に劇が終わると、体育館は拍手と歓声に包まれた。
カーテンの裏側で、私は息を切らして座り込んだ。
「お疲れ、澪!」
「すっごくよかったよ!」
クラスメイトたちが喜ぶ声が飛び交う中、私は陽翔の姿を探した。
──彼はいなかった。
教室にもいない。裏口にもいない。
心臓がどくどくと音を立てる。
(どこ……陽翔……)
私は足早に体育館を出て、昇降口、廊下、校庭と探しまわった。
そして、校舎の裏手。夕陽の差すベンチのそばに、ぽつんと立っている彼の姿を見つけた。
「陽翔……!」
私の声に、陽翔がゆっくりと振り返る。
その顔は、あのときと同じ──事故の前の日に見た、何かを諦めたような表情だった。
「……澪。ごめん、ちょっとだけ、一人になりたかったんだ」
「……さっき、何か思い出したの?」
陽翔は、驚いたように目を見開いた。
「……なんで、わかったの?」
「なんとなく、目を見ればわかるよ」
沈黙が流れる。
そして──彼は、小さくうなずいた。
「……思い出した。全部……あの、事故のこと。あの日、俺、プレゼントを買いに行こうとしてて……」
プレゼント?それは私への?
私は胸が締めつけられる思いだった。
(やっぱり、運命は……まだ変わってない……?)
陽翔はつぶやいた。
「……もしかして、俺は……また、死ぬのかな?」
言葉にできない痛みが、胸を締めつけた。
だけど──私は、決めている。
「そんなこと、させないよ」
私は彼の手を握った。
「今度は絶対に、守る。もう二度と、失いたくないから」
陽翔の目に、ほんの少し涙が浮かんだ。
「ありがとう、澪との思い出も全部思い出した」
こうして陽翔は記憶を全て取り戻し、事件の真相を全て知ることが出来る。
ここからは2人で乗り越えていくんだ。
どうだったでしょうか?
今回は陽翔の記憶が完全復活しました!
よければブクマや評価よろしくお願いします!
次回もお楽しみにー!