足音
第6話です!
よろしくお願いします!
翌朝、私は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、ほんのりと部屋を照らしている。
(──また、夢を見てた)
夢の中で、誰かの声がした。
陽翔の声ではなかった。けれど、どこか懐かしい、優しい声だった。
《選ばなければならない時が、また来るよ》
そんな意味の言葉だった気がする。でも、夢の記憶はもう輪郭が曖昧になっていた。
(「また選んでしまうんだね──」)
あの封筒の言葉が、胸の奥でじんわりと広がっていく。
誰が、なぜこんなメッセージを残したのか。考えれば考えるほど、不安が募る。
「……いってきます」
家を出ると、ちょうど角を曲がった先で、陽翔がこちらに手を振っていた。
「おっはよ、澪! 昨日は楽しかったな!」
「うん、ありがとうね」
陽翔はどこまでも自然体で、そんな姿が嬉しくもあり、苦しくもある。
──本当に、このまま幸せでいられるのならいいのに。
* * *
放課後、予定していた通し練習をするために、教室に数人が残っていた。
私と陽翔は、隅の席に並んで座っていた。
「……やっぱ、緊張するな。澪、セリフちゃんと覚えてる??」
「うん、ちょっと不安だけど頑張る」
「楽しみだな。澪と共演できるなんて、ちょっと照れるけど」
陽翔は照れ笑いしながら、台本をぱらぱらとめくる。
その笑顔を見て、私は少しだけ安心した。
(……大丈夫。今はまだ、守れてる)
けれど、そのとき。
「……あれ、澪。机の中、なんか落ちてるよ?」
「え?」
覗き込むと、白い紙切れがひとつ、ひらりと落ちていた。
(……また?)
拾い上げて開くと、そこにはたった一行だけ、黒いインクでこう書かれていた。
《選択の先に、もう一度「失う」ことになるとしても?》
背筋が、ぞくりと凍る。
陽翔がそれに気づいた様子はない。ただ、不思議そうに澪の顔を覗き込んでいるだけ。
「どうかした?」
「う、ううん……なんでもないよ」
私は震える指先で紙をたたんで、鞄の奥にそっとしまった。
(誰が、どうして……?)
何かが動き始めている。
それは、陽翔を取り戻したあの日から、ずっと少しずつ、確実に迫ってきているようだった。
翌日から、文化祭の準備が本格的に始まった。
授業のあと、放課後の教室には段ボールや布が持ち込まれ、机は並び替えられて舞台のようになっていく。
「こっちのカーテン、もうちょい右!」
「大道具、くぎ打ちすぎないでよ!」
みんながわいわい言いながら作業する中、私はスカートのすそをつまんで、ちょっとだけ後ろのほうで控えめに立っていた。
「澪、こっち来て。衣装合わせしよ」
陽翔が声をかけてきて、思わず胸が跳ねる。
「えっ、い、今?」
「うん、仮の衣装だけどさ。サイズ合うか見たいって」
鏡の前に立つと、なんだか別人みたいだった。
「うわ〜澪、めっちゃ似合うじゃん!」
「ほんと! これはもう主役しか勝たんって感じ!」
恥ずかしくて顔が熱くなる。
そのまま教室に戻ると、陽翔がセリフの台本をめくって待っていた。
「お、来た来た……って、え、マジで澪?」
「……変じゃない?」
「いや、全然! むしろ……やばい。惚れる」
陽翔の言葉に、私の心臓は破裂しそうだった。
でも、笑って受け流すしかない。
「ば、バカじゃないの……」
(でも、嬉しい……)
陽翔と並んでセリフを読み合っていると、だんだんと緊張がほぐれてくる。
たった数行の台詞でも、お互いの呼吸を感じながら交わす言葉に、不思議なぬくもりがあった。
──忘れてしまいたくなるくらいに、今が幸せだった。
* * *
夜。私は自室のベッドの上で、封筒から出てきた紙を並べていた。
最初の「また選んでしまうんだね」
そして今日の「選択の先に、もう一度『失う』ことになるとしても?」
紙の端には、同じインクの小さな記号のような模様がある。
──まるで、誰かが意図的に送りつけてきたかのように。
(もし……もしこれが、本当に”未来”からの警告だったとしたら)
(ただ私が虐められてるだけかもだけど.....)
陽翔を救ったあの日から、時間の流れが少しずつずれている気がする。
陽翔の事故の日がズレたこと。見たことのない景色。夢の中の言葉。
(私は、本当に陽翔を……救えたんだよね?)
なのに、どうして。どうして、こんなにも不安なんだろう。
もう一度失うなんて、絶対に嫌だった。
今の陽翔を、もう誰にも奪わせたくなかった。
──けれど、その強い思いが、かえって何かを歪めているのではないか。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「澪ー? ごはんできたよー」
母の声だった。
「はーい、すぐ行く!」
慌てて封筒と紙を引き出しの奥にしまう。
(考えすぎ、だよね。きっと。……大丈夫、きっと大丈夫)
心にそう言い聞かせながらも、止まらない足音がどこかで響いている気がして、私はそっと胸に手を当てた。
6話、どうだったでしょうか?
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次回も楽しみに!