止まった未来と、動き出す日常
第4話です!
よろしくお願いします!
──月曜日の朝。空はいつも通りの青さを見せている。
けれど、私の心の中には、これまでにはなかった感情がひとつ、深く沈んでいた。
(……今日は、あの事故が起きた日、だったはず……)
死んだはずの陽翔が、目の前で元気に笑っている。
一週間前、信じられないほど唐突に、私は過去に戻ってきた。そして、失ったはずの恋人・陽翔と再会し、また一緒に過ごせるようになった。
でも、彼の死を知っているのは私だけ。
私はその運命と向き合いながら過ごしてきた。
……だけど。
(──何も起きなかった。陽翔は……生きてる)
私は、教室の窓際で静かに立っている陽翔を見つめた。
陽翔も気づいたのか、ふとこちらを向いて笑う。
「おはよ、澪」
「……うん。おはよう、陽翔」
その笑顔があまりにも自然で、あまりにもいつも通りで、私は思わず胸に手を当てる。
(……変わった。運命を、乗り越えた……?)
未来のあの日、陽翔が死ぬ理由となったはずの「事故」は起きなかった。
「なーんか最近、元気ないよな? 澪、疲れてる?」
「……そ、そうかな。たぶんちょっと寝不足なだけ」
陽翔が心配そうにのぞき込んでくる。
その距離の近さに、思わず顔が熱くなってしまう。
何も知らない陽翔。けれど、私の変化にはちゃんと気づいてくれている。
「じゃあさ、今日放課後、どっか寄ってく? ちょっと気晴らしに」
「え……」
「ほら、前に言ってたケーキ屋、まだ行けてなかったろ? たまには甘いもんでも食べて、元気出そーぜ」
優しい提案に、胸がじんわりと温かくなる。
(……もう一度、こうして彼と過ごせるなんて)
そう思えることが、奇跡のようだった。
「うん、行く。ありがとう、陽翔」
陽翔は満足そうに笑った。
「よっしゃ! じゃあ、放課後な!」
それだけで、まるで世界が明るくなったような気がした。
* * *
放課後。二人は駅前の小さなケーキショップに並んでいた。
ショーケースの中には色とりどりのケーキがずらりと並んでいる。
「うわー、めっちゃ迷う……。澪、決めた?」
「私は……この苺のミルフィーユにするかな」
「お、ミルフィーユ派? 俺はチョコモンブランかなあ」
ケーキを選び、テーブルについたふたり。
陽翔はフォークでケーキを切りながら、ふと顔を上げた。
「……あのさ」
「うん?」
「俺、ちょっとだけバイトやってたの、知ってた?」
私は手を一瞬止める。
「……うん、なんとなく。最近忙しそうだったもん」
陽翔は少しだけ困ったように笑った。
「んー……実はさ、今やめようか迷ってるとこ」
「えっ?」
「なにか目標のために始めたような気がするんだけどさ、思ったよりハードで…」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
(……まだ、バイトの話は終わってない?)
「でも、ちゃんと考える。澪とか、友達といる時間、やっぱ大事だし。なんか、最近すげぇ思うんだよ。今を、大切にしたいって」
その言葉に、私は目を伏せてうなずいた。
--陽翔がバイトを辞めたことが未来を変えるトリガーだったのかもしれない。
陽翔は今、こうして目の前にいてくれる。けれど、まだ何かが残っている──運命の「伏線」のようなものが。
「……陽翔」
「ん?」
「ありがと。……今日、来てよかった」
「おう! なんか元気出たか?」
「うん。……ちょっと、出た」
陽翔はそれを聞いて、安心したように頷いた。
翌日。
教室には、どこか浮き足立ったような空気が漂っていた。
「おーい、みんなー! ホームルーム始める前に、ちょっとお知らせー!」
担任の明石先生が教壇に立ち、手をパンと叩く。
その一言に、教室がざわざわと賑やかになる。
「さて、今年もやってまいりました文化祭。来月頭に本番があるから、今週からクラスごとに出し物を決めて、準備していくぞー」
「うわ、もうそんな時期か〜」
「なにやる? 屋台? それとも演劇?」
教室のあちこちで、楽しげな声が弾む。
「去年はたしか、お化け屋敷だったよな」
「うちのクラス、演技力ゼロだったけどね」
「でも楽しかった〜!」
私も思わず笑ってしまう。
そうだ、去年は陽翔と一緒に“びっくり係”をやったんだっけ。
暗い廊下でふたりきりになったとき、陽翔が手を握ってきたこと。今でもはっきり思い出せる。
(……あのときも、こんなふうに笑ってたな)
日常が、戻ってきた。
そう思いたかった。けれど──。
「澪ちゃん、今年は何やりたい?」
前の席の友梨がくるりと振り返る。
「え? うーん……まだ考えてないけど、演劇とかも楽しそうだよね」
「いいね! 陽翔くんと恋人役とかやってほしい〜」
「ちょ、なっ……!?」
私が慌てて視線をそらすと、陽翔がニヤッと笑って手を振っていた。
「演技とか無理だからなー。俺は裏方希望でーす」
「逃げたな!」
笑いが弾ける。そんなふうに、教室の空気はどんどん明るくなっていく。
* * *
昼休み。
屋上でふたり並んでお弁当を食べながら、陽翔がぽつりと呟いた。
「……最近、夢を見るんだ」
「夢?」
「うん。なんか、すごく……悲しい夢。誰かが泣いてて、俺のこと呼んでる。でも、声が遠くて……手を伸ばしても届かない」
私の指先が、無意識にふと止まる。
「それって……」
「何かあったのかなって思って。記憶じゃない、けど……ただの夢って感じでもなくてさ」
陽翔は曇った空を見上げながら、肩をすくめた。
「俺、なんか変なこと言ってる?」
「……ううん。ちょっと、びっくりしただけ」
(……陽翔。もしかして……何かを“思い出しかけてる”?)
未来のことなんて、陽翔が知っているはずがない。
けれど、この世界に来てから何度も感じている。“何かが少しずつ、ほころびはじめている”ような、不安。
「大丈夫だよ」
私は陽翔の手のひらに、自分の手をそっと重ねる。
「夢の中でも、私がちゃんと見つけるから。陽翔のこと」
「……澪」
陽翔はしばらく黙って、それからふっと笑った。
「そっか。……そしたら、安心だな」
その笑顔は、いつもと同じだった。でも、胸の奥が妙にざわついた。
* * *
その日の夕方。
澪はひとりで教室に戻り、机の引き出しからプリントを取り出そうとした。
そのとき──。
引き出しの奥に、小さな封筒が入っているのを見つけた。
「……え?」
差出人の名前は、書いていない。
けれど、封筒には小さなカードが一枚だけ入っていた。
《また、選んでしまうんだね──》
それだけ。筆跡は、どこか見覚えがあるような、ないような……。
(……これって、誰が……?)
背中に、ひやりとした風が吹き抜けた気がした。
第4話、どうだったでしょうか?
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次回も楽しみにー!