小さな違和感
第3話です!
よろしくお願いします!
陽翔との日々が、静かに、でも確かに積み重なっていく。
転校生として過ごす生活にも少しずつ慣れてきて、教室での居場所もできてきた。陽翔の明るさと人懐っこさのおかげで、クラスの人たちとも自然と話せるようになってきたのだ。
それでも――。
(私は、この時間の中に“混ざってるだけ”なのかもしれない)
ふと、そんな思いが私の心をかすめることがあった。
笑い合う陽翔やクラスメイトたちの輪の中で、私だけが別の時間を背負っているような、そんな孤独感。
でもそれを、陽翔の存在が何度も救ってくれた。
「……澪? 聞いてる?」
「えっ、ごめん、なんだっけ?」
「だからさー、今度の放課後、みんなで図書室に集まって勉強会しよって話!」
陽翔の友人のひとり、明るくておしゃべりな中村くんが手を挙げて言った。
「テスト前だし、みんなでワイワイやったほうが楽しいって!」
「陽翔、お前どうせ教科書も開かないじゃん」
「そんなことないよ! 俺だってやるときはやる!」
なんて言いながら、陽翔がちらっと私のほうを見る。
「澪も、来る?」
「……うん。行く」
陽翔の隣にいるだけで、胸の奥がほんのりあたたかくなる。
この時間が、ずっと続けばいいのに――そう思ってしまう自分が、怖くもあった。
*
放課後の図書室は、思いのほかにぎやかだった。
勉強会という名目のわりには、おしゃべりばかりでほとんど進まない。でも、それが楽しかった。
「おーい! ここの答え、分かるやついる?」
「自分で考えろよ!」
陽翔はというと、英語の教科書を開いていた……が、どう見ても半分寝かけていた。
そんな様子を見ながら、私は少し微笑む。
(本当に変わらないな、陽翔くんは……)
でも、そのとき。
小さな“違和感”が、ふと胸に浮かんだ。
(この時期……陽翔くんって、たしか……)
――この頃、陽翔はよく体調を崩していたはずだ。
当時の澪の記憶では、季節の変わり目に風邪をひいて、数日休んでいた。
そんな些細な出来事でも私の記憶にはしっかり残っている。
でも、目の前の陽翔は元気そのもの。むしろ以前よりも活発に見えるくらいだった。
(……違う。私の知ってる時間と、ズレてる?)
それは、ほんの小さな、けれど確かな“変化”だった。
私がこの時代に来たことで、陽翔の行動や体調に影響が出ているのかもしれない。
つまり――“未来が少しずつ変わり始めている”。
(もし、私がここにいることで……陽翔くんが助かる未来に変えられるとしたら?)
心臓が、どくんと高鳴った。
そんなことが、本当にあり得るのだろうか。
もしも彼を救えるのだとしたら、この奇跡のような再会に意味があるのかもしれない。
だが、その一方で、心の奥にもうひとつの不安が生まれていた。
(……未来を変えることで、私は“帰れなくなる”んじゃないか?)
それはまるで、物語のルールのように、誰かが決めた枷のように。
「代償なく奇跡は起きない」――そんな声が聞こえた気がした。
図書室からの帰り道、私は陽翔と並んで歩いていた。
日は沈み、街には少しずつ夜の気配が降りてきている。
柔らかなオレンジ色の街灯に照らされる道を、二人の足音だけが静かに響いていた。
「今日、なんか変だった?」
陽翔が突然そう言って、私は少し驚いた顔をしてしまった。
「えっ、なにが?」
「いや……澪、今日ちょっと元気なかった気がして。勉強会のときも、ぼーっとしてたし」
彼はそう言いながら、少し心配そうな目を向けてくる。
私は、一瞬だけ迷った。
本当のこと――つまり“未来が変わり始めてる”こと、“自分がここに来たせいで何かが動いてしまってるかもしれない”ことを、話すべきかどうか。
でも、まだ言えなかった。
だって、彼にとってはそれは“未来の死”を告げることにもなりかねない。
「……ううん、大丈夫。ただ、ちょっと眠かっただけ」
「……そっか」
陽翔はそれ以上何も聞かず、「じゃあ、今日はちゃんと寝なよ」と笑った。
(やっぱり、優しいな……)
それだけで、胸が苦しくなるほどだった。
*
次の日。
教室に入ると、私はまたあの“違和感”を感じた。
――席順が、少し違っている。
私がこの学校に来たとき、陽翔の席は一番窓側の後ろだったはず。でも今は、教室の真ん中あたりに移動している。
理由を聞いてみると、「昨日、担任が気まぐれで変えたらしいよ」と、クラスメイトが笑って答えた。
それは、些細な変化だ。
でも、私の記憶にはなかった出来事だった。
だって、陽翔の席を私が学校生活で何回みていたことか!
(やっぱり、時間が少しずつズレてきてる……)
私がこの世界にいることで、周囲の出来事が少しずつ変化している。
未来が変わる可能性――それは同時に、“自分が知っている陽翔の死”も変えられるかもしれないという、希望だった。
けれど。
(もし、本当に彼を救えるとしたら……私は、いつ現代に戻るんだろう)
それが分からなかった。
未来を変えることが“戻る鍵”になるのか、それとも、代償として“帰れなくなる”のか。
今の私には、どちらもあり得ることだった。
*
その日の放課後。
二人はまた、あの小さな丘の上に来ていた。
夕暮れの草原に寝転びながら、陽翔が言った。
「この場所、今日も貸切だな」
「うん。……落ち着くね、ここ」
空は淡い茜色に染まり、雲がゆっくり流れていた。
風が心地よく、時間だけがやさしく流れているようだった。
「……陽翔くんって、怖くなったりしない?」
「え?」
「未来のこととか……明日、何が起きるか分からないって思うと、不安にならない?」
私の問いに、陽翔は少しだけ目を伏せて、それからまた空を見上げた。
「なるよ。めっちゃなる。でもさ」
彼は小さく笑って言った。
「不安になっても、どうせ明日は来るし。だったらさ――誰かと笑って過ごした一日があるほうがいいじゃん?」
その言葉に、私は息を飲んだ。
まるで彼が、自分の想いも、不安も、全部見透かしているかのように思えた。
そして、気づいた。
(私はもう……この時間をただ“過ごしてる”んじゃない)
陽翔といることに、笑うことに、意味がある。
それが未来を変える力になるのなら、きっと私はこの時間に“来た意味がある”。
風がまた、やさしく吹いた。
澪は静かに瞳を閉じ、願うように呟いた。
「……ねえ、陽翔くん。私、君の未来を……守りたいって思ってもいいかな」
「ん?」
「なんでもない」
澪は笑った。
もう、ただ見送るだけの未来にはしない。
必ずこの手で、あの悲しい運命を変えてみせる。
それがたとえ、自分の戻る場所を失う代償だったとしても。
第3話、どうだったでしょうか?
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次回も楽しみにー!