変わり始めた日常
第2話です!
よろしくお願いします!
陽翔と再会して、三日が経った。
――いや、正確には「もう一度出会ってから」三日目の朝、だった。
私は、陽翔の通う高校の門の前に立っていた。自分の通っていた校舎とよく似ているけれど、よく見ると細かい違いがあちこちにある。古びた校舎、制服のリボンのデザイン、掲示板に貼られた古いイベントポスター。
まるでドラマのセットの中に紛れ込んでしまったような、不思議な感覚。
「……ほんとに、戻ってきちゃったんだな」
ぽつりと呟いてから、私は空を見上げた。
太陽はやさしく、空気はあたたかい。春の匂いがする。
――だけど、この世界は「過去」だ。
自分がいた世界とは違う、数年前の時代。戻り方も分からないまま、私はこの時間の流れの中に取り残されていた。
「結城さん、おーい!」
声に振り返ると、校門の前から手を振っている陽翔の姿があった。陽翔は、昨日と同じように、無邪気な笑顔で駆け寄ってくる。
「わ、待っててくれたの?」
「だって約束したじゃん。朝、一緒に登校しようって」
――そんな約束、したっけ。
思わず笑ってしまいそうになった私を見て、陽翔がニヤリと笑った。
「……してないけど。俺が勝手に決めた!」
「も〜……」
「でも、君ひとりでこの学校に通うの大変でしょ。しばらく案内してあげるよ」
まるで昔からの友達みたいに、自然な距離感。何も知らずに接してくれる陽翔のやさしさが、時々ちくりと胸に刺さる。
陽翔から話を聞く限り、今は私が高校2年生の年で、つい先週学校が始まったばかりらしい。
(陽翔くん、あと……何ヶ月で、いなくなっちゃうんだっけ)
その事実だけは、絶対に忘れてはいけない。でも。
「ありがとう、陽翔くん」
笑顔でそう言った自分に、少しだけ救われるような気がした。
*
放課後、校舎の裏手で、陽翔がカップ焼きそばをすすっていた。
「うまっ。やっぱ焼きそばパンより焼きそば本体だよな〜」
「……食べすぎ。さっき学食でラーメン食べてなかった?」
「細かいことは気にしな〜い!」
この三日間、陽翔は驚くほど自然に私のそばにいてくれた。休み時間や放課後に声をかけてくれて、一緒に昼食を食べたり、学校のあちこちを案内してくれたり。
まるで、昔からこうして過ごしていたかのような錯覚にさえなる。
「……澪って、もともとはどこに住んでたの?」
「え?」
「いや、転校生ってことになってるけど、あんまり情報がないっていうか。気になるじゃん?」
当然の疑問だった。でも、澪はうまく答えられなかった。
だって、私が本当にこの世界の「住人」じゃないことを、陽翔は知らない。
「んー……ちょっと、事情があって。家のこととか、あんまり話さないほうがいいって言われてるの」
「そっか。ごめん、無理に聞いたりして」
「ううん、気にしないで」
陽翔はそれ以上聞こうとせず、代わりにちょっとふざけた調子で言った。
「ま、謎の美少女ってことで!それはそれでアリでしょ!」
「……誰が美少女よ」
笑い合った瞬間、風がふわっと吹いた。
あの神社で舞った風と、少しだけ似ていた。
(ここでまた、風が吹いたら……私は、戻れるのかな)
でも、今の自分は――まだ戻りたくない。
もう一度、彼に恋をするって決めたから。
陽翔と別れ、夕暮れの街を歩いていると、ふと胸の奥に静かな痛みが広がった。
(こんなに楽しくて、嬉しいのに……)
その喜びは、同時に切なさを連れてくる。
今こうして一緒にいられる時間には、終わりがある。陽翔の運命は、私だけが知っている。誰にも言えないその事実が、心を重たく縛っていた。
だけど――それでも。
今はまだ、前を向きたかった。過去がどうであれ、今この瞬間を大切にしたかった。
「……ただいま」
私が身を寄せているのは、街外れの古いアパートだった。陽翔の友人の家族という設定で、事情を知らない学校側には“身寄りのない転校生”として紹介されている。
この時代に送り込まれたとき、一体どうやってここまで整ったのか……不思議だったが、神社での風の力が何かしらの“帳尻”を合わせてくれたのかもしれない。
そして今、私は“この時代の一人の女子高生”として日々を送っている。
*
次の日の放課後。
陽翔が教室から走ってくると、息を切らしながら言った。
「澪! 今日さ、ちょっと寄り道しない?」
「寄り道?」
「うん。秘密の場所に案内してあげる。俺しか知らない特別スポット!」
「……またそうやって大げさなこと言って」
「本当だって。今日みたいに天気いい日に行くと、めっちゃ気持ちいいんだ」
夕焼けに照らされた校舎の窓。私は少しだけ迷ったあと、うなずいた。
「……うん。じゃあ、行こっか」
*
陽翔が案内してくれたのは、小さな丘の上にある神社の裏手――雑木林を抜けた先にある見晴らしのいい草原だった。
町を一望できるその場所には、誰もいなかった。鳥のさえずりと、風の音だけが耳に残る。
「ここ、ほんとに綺麗……」
「でしょ? 俺、なんか落ち込んだときとかここ来るんだ」
陽翔は、空を見上げながら言った。
「ここにいるとさ、未来のこととか、どうでもよくなっちゃう」
「……どうでもいい?」
「うん。わかんないことだらけじゃん、未来って。勉強とか、進路とか、将来とかさ。考えてもどうせその通りになんかならないし」
「……たしかに」
「でも、こうして今、誰かと一緒に笑ってる時間はさ、ちゃんと“今”だけのものじゃん?」
陽翔の言葉が、風に乗って澪の胸に染み込んでいく。
ああ、この人は、こんなにも真っ直ぐなんだ――。
「……陽翔くん」
「ん?」
夕陽が差し込む中、私はほんの少しだけ、勇気を出した。
「私、これからも……陽翔くんのそばにいてもいい?」
「なにそれ、急に。……っていうか」
陽翔はくしゃっと笑って、こう言った。
「今さら何言ってんの。もう友達じゃん、俺たち」
その言葉に胸がぎゅっとなった。
(ううん。私は、友達じゃなくて――)
けれど、まだ言えない。今はまだ、彼にとって“ただの転校生”でいい。
また、ゼロから始めよう。
いつかもう一度、ちゃんと彼に恋してもらえるように。
*
その夜、部屋の窓から外を眺めながら、私は日記を書いていた。
四月十二日。
陽翔くんと出会って四日目。
彼は何も覚えていないけれど、私にとっては、もう一度手に入れた大切な時間。
未来を知っている私にできるのは、今を全力で生きることだけ。
陽翔くん、私はもう一度あなたに恋をする。
たとえ、あと数ヶ月しか一緒にいられなかったとしても――。
窓の外で、またあの風がそっと吹いた。
それはまるで、彼に出会えた奇跡を優しく包みこむような、あたたかい風だった。
私がこの世界に来た理由、はっきりとは分からないけど、陽翔を救う絶好のチャンス。
私はふと思った。
--陽翔の死因って確か交通事故だったけど、あの日はなんであんな道に居たの?
第2話、どうだったでしょうか?
次回からどんどん陽翔の情報が分かっていきます!
よければブクマや評価よろしくお願いします!
次回も楽しみに!